タイで勤怠管理のDX化に取り組むヒューマンテクノロジーズ

2023年12月11日

ヒューマンテクノロジーズ(タイ)は、2022年8月に新たにタイに進出したSaaS(Software as a Service)分野の企業だ。勤怠管理システムをタイ向けにローカライズし、日系企業を中心に労務管理のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。同社がタイ進出に向けて取り組み始めたのは、新型コロナウイルスの感染が拡大した2021年からで、準備期間には苦労も多かったという。同社の横田正裕社長に、SaaS企業としての進出の経緯、現在、取り組んでいる営業や労務・採用の工夫について聞いた(取材日:2023年10月18日)。


ヒューマンテクノロジーズ(タイ)の横田社長(同社提供)

日系企業の集積が魅力のタイ

質問:
タイでの事業内容について。
答え:
日本に本社を置くヒューマンテクノロジーズは、2001年に設立したSaaS企業。設立当時はSaaSではなく、アプリケーション・サービス・プロバイダ(ASP)と一般に言われていた。当社は、「KING OF TIME」という勤怠管理アプリケーションを開発し、日本では既に5万社で導入され、300万人の従業員に日々利用されている。結果、日本では市場シェア第1位を獲得している(注)。このサービスをタイで展開すべく、2022年8月に現地法人を設立した。タイ法人は現在、営業を中心に6名体制で運営しており、日系企業を中心に約30社の顧客がある。これから、タイの地場企業への販路開拓にも取り組んでいきたい。
図1:「KING OF TIME」の管理者画面、従業員の残業や休暇申請を
ブラウザ上で承認、タイ語にも対応
「KING OF TIME」の管理者画面では従業員の残業や休暇申請をブラウザ上で確認・承認することができる。 タイ語にも対応している。

出所:同社提供

質問:
タイ進出の経緯について。
答え:
当社のサービスは、出退勤を行う従業員数に応じて課金される仕組みである。そのため、日本の労働人口が減っていく状況下、海外にも活路を求めていた。2015年にはシンガポールに法人を設立したが、同国はASEAN地域統括として同業他社の進出も盛んだった。また、開発拠点としては最適だったが、人口規模が小さいため、東南アジア内の他国で営業拠点を設立することを考えていた。ASEANの中では、タイは労働人口や日系企業が多く、親日で文化的にも日本に似ているところがある。また、経済の発展度合いも考慮に入れると、進出先の最適地という結論に達した。
質問:
タイ進出の魅力は何か。
答え:
東南アジアを俯瞰(ふかん)すると、人口で言えばインドネシア、ベトナム、フィリピンという選択肢もある。しかし、ASEANマーケットを開拓するには、現地で操業する企業のニーズを理解し、今後何が必要とされるかを把握する必要があった。企業ニーズを把握しないまま進出し、初めから地場企業向けに営業を行っても、販売に苦戦すると想定していた。また、現地にどういった課題があり、どのような機能があれば商品が売れるのかなどの市場情報も不足していた。他方、タイでは、日本国内で納品実績のある一定数のお客様が既におり、地場企業に比べて、言葉や商習慣の面でも営業しやすい日系企業が約6,000社も立地しているため、まずはタイ市場から取り組みを始めるのが最良という結論に至った。
質問:
進出時にハードルはあったか。
答え:
進出計画を開始したのが新型コロナ禍の2021年で、準備期間に約1年かかった。弁護士事務所や会計事務所を探し、またタイ投資委員会(BOI)の奨励を取得する書類手続きもあり、同時並行で営業や従業員の採用、事務所の設置場所の選定も進めなければならなかった。反省点は、進出前にタイ市場の特性について十分に情報収集し、サービスを現地化する上での最適解が見いだせていなかったことだ。また、事業内容的に、タイの労働法もしっかり調べる必要があった。タイの労働環境に対応したサービスを提供できるかどうかがカギだ。そのため、今でも現地ニーズを吸い上げつつ、アプリケーションの調整を連続的に行っている。顧客ニーズを開発チームにフィードバックする作業を進めている。
質問:
ジェトロや中小企業基盤整備機構など公的機関の支援サービスもある。海外展開支援に対する期待は。
答え:
公的機関の支援があるとは詳しく知らなかった。事前に知っていれば、活用したかった。進出してから販売パートナーなどを探したが、今思えば、事前に当社サービスのニーズがあるかどうか、3~4社と商談などを実施してから検討を進めればよかった。そういったビジネスマッチングの部分で支援を得たかったと感じる。

販路開拓での工夫と課題

質問:
営業活動方法や取り組みについて。
答え:
ダイレクトメールの送付のほか、販売パートナー経由での紹介も多い。当社のサービスの特性上、従業員に給与を支払っている企業すべてにニーズがあると思っている。特に、ITソリューションベンダーや、多種多様な業種と取引をしているOA・事務機器関連企業との相性が良く、そうした業界の企業と販売面で協力を深めている。日系銀行などが実施するマッチングイベントもありがたい。日系企業への営業を進めつつ、やはり販路を拡大させるためには、地場企業の開拓が必須だと考えている。現在、市場分析や競合企業の強み・弱みを調査している。
質問:
地場企業向けの販売の難しさとは。
答え:
日本企業は勤怠管理をしっかり行うのが当たり前なので、勤怠管理に関するサービスに需要がある。しかし、タイの地場企業の場合は、給与システムの市場はあるものの、勤怠管理は念頭にない企業が多く、給与システムのオプション機能程度の認識にとどまっている場合が多い。指紋や顔認証で勤怠管理を行う企業はあるが、残業や休暇取得などの申請機能がついていない。また、そのような申請作業は、依然として紙で行う企業が多い。そのため、サービスを販売して終わりではなく、勤怠管理をデジタル化することのメリット、生産性を上げて他に取り組むべきことを分かりやすく提案する必要があると考えている。
質問:
デジタル化、ペーパーレス化の阻害要因は。
答え:
日本企業が考えるよりも、「デジタル化(DX)」はタイで浸透していない。客先の従業員に当社サービスの利用可能性について検討してもらうと、「現在のままで問題ない」と、システム導入が不要だと言われることが多々ある。従業員側としても、従来からの紙での手続きに慣れていることや、手作業での部分が可視化され、効率化が進むことにより、人を減らされたくないという意識も根強いようだ。勤怠管理も、手作業で20~30時間をかけて入力・管理していたものが、数時間に短縮された場合に、余った時間や労働力を何に回せばいいか分からないという課題もある。そういった企業に「業務効率化」「合理化」を提案しても拒否反応を起こされてしまう。
質問:
合理化や効率化が宣伝文句にならないとすると、どのように訴求すればよいか。
答え:
勤怠データをグラフ化することで、きちんと出勤・労働している人を見える化できるということだ。GPSで位置情報を取得し、また、残業時間が長い人も特定できる。評価基準の公正化や業務の標準化を行い、頑張っている従業員を手厚く評価する材料に活用できる。タイでは年間約3万件、労働者による労働訴訟が発生しているが、勤怠管理の見える化ができていれば、従業員と雇用者で言い分が異なった時、企業を守る手段としても使える。きちんと働いていたかどうか、客観的な証拠として残すことができる。
図2:雇用動向や遅刻欠席回数をグラフ表示、同データを人事戦略に活用可能
社内での在勤者統計がとれる。雇用動向や遅刻欠席回数をグラフに表示することができ、同データを人事戦略に活用できる。

出所:同社提供

質問:
タイ政府はDXを推進しようとしている。
答え:
日本では働き方改革で効率化が進んだ面もあるが、タイ政府も企業のDXによる効率化を推進した方がよいと感じている。タイはバックオフィス担当の賃金の低さから、依然としてアドミ(総務・管理)業務をマンパワーで解決している企業が多いと感じる。外資系企業による自動化や少子化による労働人口の減少も進んでおり、タイ企業のDX化は避けられない課題だと考えている。

日系企業としての労務や採用面での課題と工夫

質問:
労務管理に関わる企業として、日系企業の弱点をどう捉えているか。
答え:
3点挙げられる。まず、幹部の意思決定力が弱いと感じる。その背景には役職とは名ばかりで権限がない、帰任の任期が後1年なので(決定を先送りする)と制度上の問題もあるかもしれない。マネージングディレクターやゼネラルマネージャーが前向きに話を進めようとしても、現場スタッフに止められることがよくある。本当に進めたいことがあるなら、反対を押し切ってでも実現させようとする力強いリーダーシップが必要だ。「~たら」「~れば」で(実行せずに)後悔しても、結局は全部自分に返ってくる。やってから後悔した方がよい。2点目は、ローカル社員の評価基準が不透明なことだ。何を達成すれば昇進し、給与が上がるかが明らかでないケースが散見される。代表者や上役の駐在員が数年ごとに交代し、ローカル社員は幹部になれない点もマイナス要素だ。キャリアパスがよく分からないという不満をよく聞く。3点目に、地場企業や他国の企業に比べて承認・決定のプロセスに時間がかかるという指摘も多い。現地法人の社長に裁量・権限が付与されていない企業も少なくないのではないか。また、ローカル社員から改善の提案を行っても無視される、という不満の声も聞くことがある。中には、日本人の社長がローカル従業員と全く話そうとしない企業もある。
質問:
組織の体制や制度は変えにくい面もある。どのような工夫をしているか。
答え:
当社では、給与レンジや昇給基準を明示している。四半期に1度、年に4回の評価を行うほか、毎月1対1の面談を行い、本人のキャリア構築にも協力している。アウトプットにたけた人材を育成したいため、会社に提案を多く行う人を数値化し評価するといった工夫もしている。タイ人は自分の考えを言わないと聞いていたが、そんなことはない。こうした評価制度により、勤続年数や経歴にかかわらず、能力の高い社員に対しては期中でも給与を1.5倍に引き上げたこともある。つまり、現地法人側に評価の裁量権が与えられているということだ。一般的に、現地の相場感を知らない日本本社に評価や昇給判断はできないはずであり、本社判断を仰ぐべきでないと考える。
質問:
社員からの提案では、どのようなものがあるか。
答え:
一例としては、漫画が好きな社員からの提案に基づいて、サービス紹介の漫画外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを描いてもらった。ほかに、FacebookやTikTok外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを通じた採用活動も始めた。「本気で採用したいなら、あなたも(動画に)出てください」と言われ、(自分も)動画に登場することもある。タイ人は給与も重要だが、職場の心地よさや、楽しい雰囲気を重視する面があるため、「ここなら楽しく働けそう」と感じてもらうべく、SNSの活用に取り組んでいる。
質問:
採用時の工夫はあるか。
答え:
ミスマッチを減らすことが重要だ。当社の価値基準である7つのバリューズを必ず確認してもらった上で、賛同できる人だけを採用している。また、採用エージェントだけに頼らず、面接の日程調整のやりとりなど、面接以外の場面での振る舞いなども選考の一部として考慮することで、ミスマッチが起きないよう慎重に採用を行っている。

注:
富士キメラ総研「ソフトウェアビジネス新市場2023年版」勤怠管理ソフト、SaaS市場、利用ID数(2022年度実績)による。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
松浦 英佑(まつうら えいすけ)
2023年6月から現職。スタートアップ担当。