米国を軸に急成長するSKオン
韓国企業のEV・車載電池戦略(後編)

2023年8月7日

本稿では、韓国車載電池メーカーを中心に最近の動向について概観している。前編では、現代自動車グループのEV戦略と、LGエナジーソリューション・LG化学について概観した(前編「合弁工場建設を急ぐLGエナジー」参照)。後編では、SKオン、サムスンSDIの車載電池事業についてみた後に、電池原料・材料のバリューチェーン全体でビジネスを広げるポスコ・グループの動向について整理する。なお、車載電池の主な生産プロセスは図のとおり。

図:車載電池の主な生産プロセス
車載電池の4大材料は、正極板、負極板、セパレータ、電解液(エンケムなど)。これらをセル組み立て、モジュール組み立て、電池パック組み立てを経て、EVに搭載される。正極板の主な原料はニッケル、コバルト、マンガン、リチウムで、前駆体、正極材を経て正極板が作られる。負極板の主な原料は天然黒鉛、人造黒鉛で、負極材を経て負極板が作られる。

注:本稿では便宜上、黄色を「電池原料」、水色を「電池材料」と呼称する。
出所:各種資料を基にジェトロ作成

米国生産を急拡大させるSKオン

SKオンは2021年10月、SKイノベーションから分離して発足した二次電池(注1)企業だ(2023年3月末でSKイノベーションの出資比率は95.24%)。他の韓国大手2社に比べ、SKオンの電池事業は歴史が浅い。前身のSKが2005年にハイブリッド車向けリチウムイオン電池の開発に着手し、2006年に生産を開始した。2009年にEV向け車載電池の開発に着手、2014年に起亜自動車(現 起亜)に車載電池の供給を開始した。後発企業の同社の戦略について「毎日経済新聞」(2023年7月19日、電子版)は、「SKオンは競合他社に比べ10~20%程度、販売価格が安い」という業界関係者の見解を伝えた上で、「戦略的に価格を調整する一方、これを通じ完成車メーカーと合弁会社を作り、供給先を確保する戦略を取っている」と紹介している。

少し前になるが、2022年7月14日発表の同社プレスリリースによると、同社は韓国、中国、トルコ、ハンガリー、米国で工場を稼働、ないし稼働予定だ(表1参照)。特に、米国の生産規模拡大が著しい。その結果、同社では2022年に77ギガワット時(GWh)だった総生産能力を2025年に220GWh、2030年には500GWhに急拡大させる計画を示した。海外拠点のうち、米国とトルコではフォードとの連携を軸に生産増強を図っている。なお、同社は投資が先行しているため、法人発足後2年連続、営業赤字に陥っている。ちなみに、2022年の連結売上高は7兆6,178億ウォン(約8,380億ウォン、1ウォン=約0.11円)、営業損失は1兆727億ウォンだった。

表1:SKオンの生産拠点
国名 拠点 生産能力 稼働(予定)年
韓国 忠清南道瑞山市 5GWh 2018年稼働
中国 江蘇省常州市 7GWh 2020年稼働
広東省恵州市 10GWh 2020年稼働
江蘇省塩城市第1工場 27GWh 2021年から順次稼働
江蘇省塩城市第2工場 33GWh 2024年稼働
米国 ブルーオーバルSK(フォードとの合弁)ケンタッキー州グレンデール、テネシー州スタントン 129GWh 2025年に順次稼働
ジョージア州コマース第1工場 9.8GWh 2022年稼働
ジョージア州コマース第2工場 11.7GWh 2023年稼働
トルコ アンカラ近郊(フォード、コチとの合弁) 30~45GWh 2025年稼働目標
ハンガリー コマーロム第1工場 7.5GWh 2020年稼働
コマーロム第2工場 10GWh 2022年稼働
イバンチャ 30GWh 2024年稼働

出所:同社プレスリリース(2022年7月14日付)などを基にジェトロ作成

同社の2022年1月以降の主な事業展開は表2のとおり。

生産能力は、米国を中心に増強中だ。2022年7月14日、フォードとの合弁会社が発足し、2025年から順次、生産を開始すると発表した。生産能力は129GWhと、同社の他の生産拠点に比べ、圧倒的に大きい。また、原材料確保に向けて、活発に活動している。韓国国内では、ポスコホールディングとバリューチェーン全般にわたるMOU(了解覚書)を締結(2022年6月16日)、エコプロ、中国・格林美と前駆体工場建設の投資協定を締結した(2023年3月23日)。北米では、米国インフレ削減法対応で、フォード、エコプロビーエムと正極材合弁生産に向けたLOI(意向表明書)を締結(2022年7月23日)、ウエストウォーター・リソーシズと負極材共同開発の協約を締結した(2023年5月3日)。さらに、電池原料の鉱物資源確保では、オーストラリアのグローバル・リチウム・リソーシズ(2022年9月29日)、同国のレイク・リソーシズ(同年10月12日)、チリのSQM(同年11月9日)と相次いで協力関係を構築し、正極材の主原料のリチウムの確保に注力している。

表2:SKオンの車載電池関連事業の主要動向(2022年1月~2023年年7月)
発表年月日 概要
2022年
6月16日
ポスコホールディングスとMOU(了解覚書)を締結。リチウムなどの原材料・正極材・負極材・リサイクルなど事業のバリューチェーン全般について共同でプロジェクトを発掘し、協力を行う。両社はSKオンの二次電池中長期計画を共有し、ポスコ・グループの素材拡大供給について合意。今後、実務グループを作り、海外事業拡大のための中長期戦略、リチウム・ニッケルなどの原材料分野の投資、正極材開発計画、負極材供給量拡大、廃バッテリーリサイクルなどについて協議する予定。
7月14日 フォードとの合弁会社(折半出資。本社は当初、米国ジョージア州に所在、今後、テネシー州に移転予定)のブルーオバルSKが正式に発足。テネシー州、ケンタッキー州の3工場合計の生産能力は年産129GWhで、2025年から2026年にかけて順次、生産を開始する予定。
7月23日 フォード、韓国の正極材企業・エコプロビーエムと、北米で正極材生産施設建設のため共同投資することで合意、LOI(意向表明書)を締結。製品はSKオン・フォードの米国合弁会社のブルーオバルSKに供給する。
9月29日 オーストラリアのグローバル・リチウム・リソーシズと、リチウムの安定的供給のためのMOU(了解覚書)を締結。これにより、リチウム精鉱の中長期的な安定的確保が可能になった。さらに、グローバル・リチウム・リソーシズが推進中に生産プロジェクトに持ち分出資する予定。
10月12日 オーストラリアの資源開発企業のレイク・リソーシズの持ち分10%を取得し、アルゼンチン産の高純度リチウム23万トンの供給を受ける契約を締結。供給を受ける期間は、2024年第4四半期から最大10年間。供給を受けたリチウムは米国とFTAを締結した国で精製後、北米の生産拠点に供給する予定。
11月9日 チリのSQMとリチウム長期購入契約を締結。2023年から2027年に、SQMから高品質水酸化リチウム計5万7,000トンの供給を受ける。今後、リチウムの追加供給・生産施設投資の検討、使用済み車載電池のリユース(再利用)などでの協力について協議する。
11月25日 韓国の電池素材企業のエコプロ、中国の前駆体企業の格林美とインドネシアにおけるニッケル中間財生産の合弁法人設立のための業務協約を締結。3社は、スラウェシ島にニッケル・コバルト水酸化混合物工場を建設し、2024年第3四半期から生産開始する予定。さらに、3社は、韓国での硫酸ニッケル・前駆体生産で協力し、米国インフレ削減法に対応する計画。
11月29日 米国インフレ削減法に対応すべく、現代自動車グループと北米での車載電池供給協力のためのMOU(了解覚書)を締結。2025年以降、現代自動車グループの北米生産拠点に車載電池を供給する。供給量・協力形態などは今後、協議する。
2023年
3月23日
2022年11月25日発表の案件で、同社、エコプロ、中国・格林美3社が韓国・セマングムで年産5万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を締結。2023年内に着工し、2024年完工を目標とする。
4月23日 2025年までに韓国・大田市の車載電池研究院に総額4,700億ウォンを投じ、研究施設を拡充、次世代車載電池のパイロット・プラント、グローバル品質管理センターを設立することを発表。
5月3日 米国の鉱物資源開発企業のウエストウォーター・リソーシズと、負極材共同開発の協約を締結。協定に基づき、両社はSKオン製電池に特化した環境に優しい高性能負極材の研究・開発を予定。
6月22日 フォードとの合弁会社・ブルーオーバルSKが米国エネルギー省から最大92億ドルの条件付き融資を受けることが決定。融資は、米国内の3工場の建設に充当する。

出所:SKオン プレスリリース資料を基にジェトロ作成

拡大路線に転じたサムスンSDI

サムスンSDIは1970年、日本のNECとの合弁会社のサムスンNECとして発足した。1999年に現社名に変更し、現在に至っている。事業領域は、二次電池などの「エネルギーソリューション事業」と、半導体素材・液晶素材・有機EL素材といった「電子材料事業」の2つの事業部門で構成されている。2022年の連結売上高は20兆1,241億ウォン、営業利益は1兆8,080億ウォンだった。

同社は、前述の2社に比べ、量的拡大よりも質的向上に注力する傾向にあった。ちなみに、「聯合ニュース」(2023年7月21日)は「サムスンSDIは競合他社のLGエナジーソリューションやSKオンに比べ、投資に保守的との評価を受けてきた。生産能力確保よりも収益性中心の成長戦略を取ってきたため」と述べている。実際、二次電池の海外生産拠点は、ハンガリー拠点を中心に生産能力を増強してきたものの、生産能力の本格的な拡張には慎重だった。2023年1月2日発表の同社社長の新年の辞でも、「『圧倒的な技術競争力』『最高の品質』『収益性優位の質的成長』という経営方針に従い、(中略)今年1年間の推進すべき課題に積極的に対応する」と述べるなど、量的拡大を優先する戦略となお、一線を画していたようだ。

しかし、2022年5月25日、米国でステランティスとの合弁で車載電池工場を建設することを発表して以来、2023年に入ると、4月25日に米国でGMと合弁工場設立構想を推進することで合意、7月24日にステランティスとの合弁企業の第2工場を建設することを発表など、足元では米国を中心とした海外生産拠点の拡大戦略に転換したようだ。前述の「聯合ニュース」の記事は、「米国インフレ削減法などで北米市場が急成長したことで、攻撃的な投資基調に変化したと解釈できる」と述べている。ちなみに、同社の2022年1月以降の主な事業展開は表3のとおり。

表3:サムスンSDIの車載電池関連事業の主要動向(2022年1月~2023年7月)
発表年月日 概要
2022年
3月14日
  • 京畿道水原市のSDI研究所で全固体電池のパイロットラインを着工。圧倒的な技術競争力と最高の品質の確保で、収益性を重視した質的成長を目指す。
5月25日
  • ステランティスと米国インディアナ州に車載電池セル・モジュール合弁企業を設立する契約を締結。総投資額25億ドル以上。2025年第1四半期の本格稼働開始を予定。生産規模は当初、年産23GWh、将来的には年産33GWhに拡張予定で、総投資額は31億ドルまで増加する見通し。
7月21日
  • マレーシア第2工場の起工式を開催。投資総額1兆7,000億ウォンで、2024年から円筒型電池を量産予定。電動工具、マイクロ・モビリティ、EVなど多様な用途先に対応する予定。
8月16日
  • 米国ボストンとドイツ・ミュンヘンにR&D研究所をそれぞれ設立。地域別に特化した電池新技術のR&Dを通じ、圧倒的な技術競争力優位を確保する狙い。米国拠点は、リチウムイオン電池の核心技術・次世代電池の研究開発が活発な大学・スタートアップと連携し、ドイツ拠点は製造工程・設備開発に強みを持つ大学・研究機関と連携する。
2023年
4月25日
  • GMと米国に車載電池合弁企業を設立する構想を推進することで合意。2026年の量産開始を目標に、30億ドル以上を投資し、年産30GWh以上の規模の工場を設立する予定。製品は全量、GMに供給する。これによりGMという新規顧客を確保。合弁企業の所在地などは今後決定する。
7月24日
  • ステランティスとの合弁企業の米国車載電池第2工場を建設することでステランティスとMOU(了解覚書)を締結。2027年稼働開始目標で、生産能力は年産34GWh。建設地は未定。
  • 建設中の第1工場の生産能力を23GWhから33GWhに拡大することを決定。

出所:サムスンSDI プレスリリース資料を基にジェトロ作成

電池原料・材料のバリューチェーン拡充を図るポスコ・グループ

従来、鉄鋼を中心にビジネスを営んできたポスコ・グループは、市場の急成長が見込まれる二次電池事業に着目、2010年に電池原料・材料事業に進出した。グループ傘下のポスコケミカル(現 ポスコフューチャーエム)は、2011年にLG化学(現 LGエナジーソリューション)と製品開発の協力体制を結び、2012年に正極材、負極材の本格供給を開始した。さらに、同グループは正極材原料のリチウム、ニッケルや、負極材原料の黒鉛などへの投資を続けてきた。このような垂直統合の結果、グループで二次電池原料・材料事業のバリューチェーン全体をカバーする体制となった。

電池原料・材料事業に携わっている主なグループ企業は、持ち株会社のポスコホールディングス、商社のポスコインターナショナル、ポスコフューチャーエム(2023年3月にポスコケミカルから社名変更)の3社だ。ポスコホールディングスは事業開発と投資事業、ポスコインターナショナルは原料供給と貿易業務、ポスコフューチャーエムは正極材・負極材の生産を行っている。このうち、ポスコインターナショナルは、(1)天然黒鉛の供給、(2)銅箔(どうはく)原料の供給、(3)使用済み電池のリサイクルを中心に行っている。

ポスコホールディングスのウェブサイトよると、同グループは正極材5カ所(韓国3カ所、中国・浙江省、カナダ・ケベック州)、負極材3カ所(全て韓国)の生産拠点をそれぞれ展開している。さらに、正極材原料のリチウム、ニッケルについては次のとおりだ。リチウムは、アルゼンチンの塩湖の権益を2018年に買収したほか、オーストラリアでも鉱山企業に出資し、権益を確保している。ニッケルは、オーストラリア企業に出資しているほか、最近では2023年5月にインドネシアでニッケル製錬工場を建設することを発表している。

ポスコ・グループは、2023年7月11日に電池原料・材料事業の生産能力、売上高の目標値などを発表した(表4参照)。2030年の売上高目標は62兆ウォンとしたが、これは、従来の売上高目標(41兆ウォン)を5割も上方修正したものだ。ここからも同グループが事業拡大にさらなる拍車を掛けていることがうかがえる。実際、発表では「今後3年間、グループの投資全額の46%を二次電池素材事業に集中投資し、2026年以降、本格的に利益を創出する」としている。その上で、「核心原料(注2)から素材までの『フル・バリューチェーン構築』、生産能力拡大などによる『量的拡大』と、製品ポートフォリオ拡大と技術開発の『質的拡大』を通じ、『2030年二次電池素材グローバル代表企業への跳躍』という事業ビジョンを実現する」と、強い決意を示している。

表4:ポスコ・グループの2030年における電池原料・材料分野の事業目標 (-は値なし)
品目 生産能力 売上高 備考
リチウム 42万3,000トン 13兆6,000億ウォン
  • 投資済みの塩湖・鉱山の開発で、リチウム企業世界トップ3入りを目指す。特に、アルゼンチンの塩湖の第3・第4段階開発については2027年までに塩湖リチウム10万トン生産体制を構築。
  • ポスコHYクリーンメタル(中国・浙江華友鈷業、GSエナジーとの合弁会社)のリサイクル工場完工、ポスコ・ピルバラ・リチウム・ソリューション(オーストラリア資源大手のピルバラ・ミネラルズとの合弁)の水酸化リチウム工場完工により、グループのリチウム商業生産が立ち上がる予定。
ニッケル 24万トン(高純度ニッケル) 3兆8,000億ウォン
  • 経済性確保が容易なインドネシアでの合弁事業でサプライチェーン強化を図る。
  • 米国インフレ削減法などに柔軟に対応する。
リサイクル事業 7万トン 2兆2,000億ウォン
  • 生産品目は、リチウム・ニッケル・コバルトなど。
  • 欧州・米国などで体制を構築し、廃バッテリ-から原料を加工し、顧客先に供給する環境に優しいリサイクル・エコシステムを構築する計画。
正極材 100万トン 36兆2,000億ウォン
  • 韓国国内生産集中化で競争力確保。
  • 顧客企業とのパートナーシップ強化で受注基盤・生産能力を拡充。
負極材 37万トン 5兆2,000億ウォン
  • 天然・人造黒鉛、シリコン系など全製品の生産・販売体制構築。
次世代素材 9,400トン
  • 全固体電池向け高容量負極材を開発。
  • 固体電解質の生産を拡大。
合計 62兆ウォン

注:「次世代素材」の売上高の記載なし。
出所:ポスコホールディング・プレスリリース(2023年7月11日付)を基にジェトロ作成

同グループの受注は堅調だ。ポスコフューチャーエムの発表(2023年4月26日)によると、主な受注実績は、LGエナジーソリューション30兆2,959億ウォン(三元系・四元系正極材、2023~2029年)、サムスンSDI40兆ウォン(三元系正極材、2023~2032年)、アルティウムセルズ9,393億ウォン(人造黒鉛負極材、2023~2028年)、同13兆7,696億ウォン(四元系正極材、2023~2025年)、同8兆389億ウォン(四元系正極材、2025~2033年)となっている。ポスコフューチャーエムの強みについて、「ヘラルド経済」(2023年6月7日、電子版)は正極材を例に挙げ、「今後の正極材企業の競争力を決定付けるのは、中国を除くサプライチェーンを構築できる原料調達能力、前駆体生産能力、大規模投資を可能にする資金調達能力だ。ポスコはこれら要素をすべて備えている」とする専門家の見解を紹介している。

2022年1月以降のグループ各社の動向は次のようにまとめられる(表5~7参照)。特に、中国との関係について着目すると、「脱中国依存」一辺倒ではなく、「脱中国依存」と中国企業との連携強化の双方で動いている。これはLG化学やSKオンも同様だ。原料の調達では、中国への依存度を低下させるべく、調達先の多角化を推し進めている。例えば、正極材原料のリチウムは、アルゼンチンやオーストラリアから安定的に調達できる体制を構築しつつある。負極材原料の黒鉛については、タンザニアで天然黒鉛を調達、韓国国内では人造黒鉛の生産能力拡大を図っている。そうした一方で、中国企業と相次いで協力関係を結んでいる。すでに、2021年5月に、中国・浙江華友鈷業との合弁で電池リサイクル事業を担うポスコYHクリーンメタルを全羅南道に設立していたが、足元でも、インドネシアでのニッケル生産の協力について中国・寧波力勤資源科技開発とMOU(了解覚書)を締結(ポスコホールディングス、2023年2月24日)、慶尚北道で浙江華友鈷業との合弁で前駆体・高純度ニッケル工場を建設(ポスコフューチャーエム、2023年5月3日)といった発表がなされている。

表5:ポスコフューチャーエム の車載電池関連事業の主要動向(2022年1月~2023年7月)
発表年月日 概要
2022年
2月28日
  • 車載電池の寿命を延ばし、充電速度を速める低膨張負極材への投資拡大を決定。1,054億ウォンを投じ、世宗市に建設中の天然黒鉛負極材工場を低膨張負極材専用ラインに変更し、2023年に量産を開始する予定。アルティウムセルズ(GMとLGエナジーソリューションの米国合弁企業)などからの受注増に対応する。
3月7日
  • 全羅南道光陽市に年産10万トン規模の前駆体工場を建設する投資協定を全羅南道および光陽市と締結。中国からの輸入依存度が高い前駆体の国産化率を高め、正極材の価格競争力を強化する狙い。前駆体工場建設により光陽湾地域での正極材のバリュ-チェーン構築を進める。
  • 同社は、前駆体の生産能力を現在の年産1万5,000トンから2025年に同18万5,000トンに拡大し、内製率を33%から67%に引き上げる計画。ポスコ・グループ他社のニッケル採掘権確保、リサイクル事業などの原料事業と連携し、前駆体生産拡大のための投資を拡大する。
3月8日
  • GMと合弁で年産3万トン規模のカナダ・ケベック州にハイニッケル正極材工場を建設することを決定。生産品はアルティウムセルズ(GMとLGエナジーソリューションの車載電池合弁企業)経由で、GM製EVの生産に投入する。第1段階として4億ドルを投じ、今後のGMのEV事業拡大に合わせ、生産規模を段階的に拡大する考え。
3月25日
  • ポスコ・グループが2024年に塩湖・鉱石リチウム(水酸化リチウム)年間9万3,000トン生産体制を構築する予定で、同社のリチウム・グループ内自給率が102%に達する見通しと発表。ポスコ・グループの車載電池原料バリューチェーン強化の一環。
4月7日
  • 慶尚北道浦項市に年産3万トン規模の次世代EV向け正極材工場を着工。投資規模は約2,900億ウォンで、2024年稼働目標。将来的には生産規模をさらに拡大する予定。
  • 同社は2025年までに、韓国で年産16万トン、海外(北米、中国、欧州、インドネシア)で同11万5,000トン、合計27万5,000トンの正極材生産能力を確保する見込み。
4月25日
  • 2030年の生産能力目標を、正極材61万トン(従来の目標 42万トン)、負極材32万トン(同26万トン)にそれぞれ上方修正すると発表。
7月28日
  • GMと約13兆8,000億ウォン規模の正極材供給協約を締結。2023~25年に光陽工場からアルティウムセルズにハイニッケル正極材を供給する。今後、GMとの協力関係をさらに強化する考え。
  • さらに、ポスコケミカルは、光陽工場に年産4万5,000トン規模の正極材用前駆体生産能力増強を決定。
11月10日
  • 全羅南道光陽市に正極材工場増設を完工。同工場の生産規模は年産3万トンから同9万トンに拡大。光陽工場以外の現在の正極材生産能力は所在地別に慶尚北道亀尾市(同1万トン)、中国浙江省(浙江華友鈷業との合弁工場、同5,000トン)。さらに、慶尚北道浦項市(同6万トン)、中国浙江省(浙江華友鈷業との合弁工場、同3万トン)、カナダ(GMとの合弁工場、同3万トン)で工場を建設中。
  • ポスコ・グループでは、光陽工場の近くで電池素材バリューチェーン・クラスターを形成している(水酸化リチウム生産のポスコ・ピルバラリチウム・ソリューション、廃バッテリ-再活用事業を行うポスコHYクリーンメタルなど)。
12月2日
  • 慶尚北道浦項市に人造黒鉛負極材工場を完工。総投資額は2,307億ウォン、生産能力は年産8,000トン(最終的には1万6,000トン)。人造黒鉛負極材は従来、中国・日本などから全量輸入しており、初の国産化。
12月5日
  • アルティウムセルズと、人造黒鉛負極材9,393億ウォン分の供給契約を締結。2023年から28年までの6年間、浦項工場から供給する。
2023年
1月30日
  • サムスンSDIと、2023~32年に40兆ウォン規模のハイニッケル三元系正極材を供給する契約を締結。
2月1日
  • 慶尚北道浦項市の人造黒鉛負極材の生産能力を8,000トンから1万8,000トンに拡大する第2段階の工事を着工。「脱中国」素材サプライチェーン構築などの需要増加に対応する目的。
3月21日
  • 慶尚北道浦項市に、サムスンSDI向けのハイニッケル三元系正極材専用工場(年産3万トン)を建設することを決定。2025年に生産開始予定。
4月25日
  • 慶尚北道浦項市に、年産4万6,000トン規模のハイニッケル四元系正極材工場を追加建設することを決定。予想される世界市場の拡大に備える狙い。2025年竣工予定。竣工すれば同社の正極材生産能力は27万1,000トンに拡大。同社は追加投資を行い、2025年の正極材生産能力を34万5,000トンに増強する計画。
4月26日
  • LGエナジーソリューションと、2029年までの7年間でハイニッケル正極材30兆2,595億ウォン分を供給する契約を締結。製品は国内外のLGエナジーソリューション生産拠点に供給。
5月3日
  • 中国の浙江華友鈷業、慶尚北道、浦項市と投資MOU(了解覚書)を締結。原料調達に強みを有する浙江華友鈷業と合弁企業を設立し、前駆体と高純度ニッケル生産ラインを建設する。さらに、ポスコフューチャーエムは負極材工場の追加建設を検討すると発表。
6月2日
  • GMとの合弁企業・アルティウムカム(カナダ・ケベック州)の正極材の生産能力拡大でGMと合意。2026年完工を目標に、正極材工場増設と前駆体工場新設を推進。
7月26日
  • ウリ銀行と金融支援MOU(了解覚書)を締結。正極材・負極材の設備投資・海外事業のための2兆ウォンの資金を今後3年間、ウリ銀行から調達可能に。

注:ポスコケミカルは、2023年3月20日にポスコフューチャーエムに社名変更。
出所:ポスコフューチャーエム プレスリリース資料を基にジェトロ作成

表6:ポスコホールディングス の車載電池関連事業の主要動向(2022年1月~2023年7月)
発表年月日 概要
2022年
3月14日
  • 固体電解質技術を保有するチョングァンと2月に合弁でポスコJKソリッドソリューションを設立、慶尚南道梁山市で全固体電池の核心素材の固体電解質工場を着工。2022年下半期から年産24トンの固定電解質を生産予定。
3月24日
  • アルゼンチンのオンブレ・ムエルト塩湖で水酸化リチウム工場を着工。総投資額はインフラ投資・運転資金を含め約8億3,000万ドル、2024年上半期竣工目標。生産規模は当初、年産2万5,000トン、2028年までに最大10万トン規模に段階的に拡大する予定。
6月15日
  • SKオンと、リチウムなどの原料・正極材・負極材・リサイクルなどの二次電池材料事業全般で協力を行うMOU(了解覚書)を締結。今後、実務グループを作り、海外事業拡大のための中長期戦略、リチウム・ニッケルなどの電池原料分野の投資、正極材開発計画、負極材供給量拡大、廃バッテリー・リサイクルなどについて協議する予定。
6月21日
  • ポスコ・グループは、オーストラリアの資源大手ハンコック・プロスペクティングと戦略的協力に関するMOU(了解覚書)を締結。今後、リチウム、ニッケルなど電池原料の鉱山開発・加工などの分野での協力を検討。
7月5日
  • シリコン負極材生産技術を有する国内スタートアップのテラテクノスの株式100%を取得する契約をテラサイエンスと締結。今後、年内に設備増強を開始し、2024年上半期に量産・販売を計画。
8月26日
  • 2021年3月にポーランドに設立した子会社PLSCの二次電池リサイクル工場が完成。今後、欧州の車載電池製造過程で発生する廃棄物や廃バッテリーからリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンなどを抽出し、ポスコHYクリーンメタルに供給する予定。
10月6日
  • GSエナジーと、二次電池リサイクル事業の合弁会社「ポスコGSエコマテリアルズ」を設立するための契約署名式を開催。EUなど、2030年から二次電池リサイクル原料使用義務化を念頭に、電池リサイクル事業に注力する考え。
10月10日
  • LGエナジーソリューションと車載電池事業のMOU(了解覚書)を締結。リチウム、正極材、負極材、リサイクルなど、電池素材(原料・材料)事業全般で協力を強化する狙い。今後、正極材・負極材の中長期供給・販売契約の締結、リサイクル・次世代負極材分野の事業・技術協力を進める計画。
10月11日
  • アルゼンチンのオンブレ・ムエルト塩湖で炭酸リチウム工場の第2段階投資事業を決定。総投資額は約10億9,000万ドル、生産能力は水酸化リチウム換算で年産2万5,000トン。米国インフレ削減法による国内外の顧客企業のリチウム供給拡大要請に対応する。現地で生産した炭酸リチウムを水酸化リチウムに加工する工場は、2023年上半期に韓国で着工し、2025年下半期に竣工予定。
10月14日
  • ポスコが、光陽製鉄所内に二次電池用高純度ニッケル精製工場(年産2万トン)を着工。2023年下半期竣工予定。ポスコ・グループ傘下のSNNCがフェロニッケルを精錬し、ニッケルマットを生産、ポスコがニッケルマットを精製し、高純度ニッケルを生産し、ポスコケミカルなどに供給する計画。これにより、中国依存度を引き下げ、米国インフレ削減法に対応する。
10月28日
  • ポスコJKソリッドソリューションが固定電解質工場(年産24トン)を竣工。
  • ポスコ・グループは、全固定電池企業の台湾・プロロジウムに出資、シリコン負極材企業のテラテクノスを買収するなど、電池材料分野への投資を拡大中。
2023年
2月14日
  • オーストラリアの鉱物探査・開発企業のジンダリー・リソ-シスと、米国のリチウム粘土鉱床の共同研究・事業協力に関するMOU(了解覚書)を締結。
2月24日
  • 中国の寧波力勤資源科技開発と、インドネシアにおけるニッケル生産相互協力に関するMOU(了解覚書)を締結。両社で、スラウェシ島でニッケル中間財生産工場を建設する計画。第1段階として2023年内に工場建設を開始し、2025年に生産を開始する予定。
4月12日
  • ポスコ・グループは、本田技研工業とEV分野の包括的協力のMOU(了解覚書)を締結。今後、正極材・負極材・全固定電池用素材、リサイクルなどの分野での協力を模索する予定。
5月3日
  • 韓国企業初の海外ニッケル精錬工場をインドネシアで建設することを決定。工場はハルマヘラ島に立地予定で、年産52万トンのニッケル中間財を生産。総投資額4億4,100万ドルで、年内に着工、2025年に商業生産開始を予定。
5月30日
  • ポスコ・グループはSKCと、リチウムメタル負極材などの次世代電池材料の包括的協力のためのMOU(了解覚書)を締結。
6月13日
  • ポスコホールディングスは、2022年10月11日発表の事業の一環として、アルゼンチン産炭酸リチウムをベースにした水酸化リチウム工場を全羅南道麗水市で着工。2025年竣工を目標に、5,750億ウォンを投資する予定。
6月21日
  • ポスコホールディングスとポスコフューチャーエムは、中国の中偉新材料(CNGR)と二次電池用ニッケル精製と前駆体生産を行う2つの合弁会社を慶尚北道浦項市に設立する契約を締結。それぞれ、2026年の量産開始を目標に、2023年第4四半期に工場を着工予定。
6月29日
  • ポスコホールディングスは、2022年10月11日発表のアルゼンチンの炭酸リチウム工場(第2段階)を着工。
7月10日
  • ポスコホールディングス、中国・浙江華友鈷業、GSエナジーの3社が合弁で設立したポスコHYクリーンメタルが、全羅南道麗水市に二次電池リサイクル工場を竣工。同工場は年間でニッケル2,500トン、コバルト800トン、炭酸リチウム2,500トンの回収が可能。
7月11日
  • 2030年の二次電池素材(原料・材料)分野の生産能力・売上高目標を発表。

出所:ポスコホールディングス プレスリリース資料を基にジェトロ作成

表7:ポスコインターナショナルの車載電池関連事業の主要動向(2022年1月~2023年7月)
発表年月日 概要
2023年
5月29日
オーストラリア系鉱業大手のタンザニア子会社ファル・グラファイトと車載電池用天然黒鉛の長期供給契約を締結。ポスコインターナショナルは、今後25年間で75万トン規模の天然黒鉛供給を受ける。

出所:ポスコインターナショナル プレスリリース資料を基にジェトロ作成


注1:
「二次電池」(蓄電池、充電池ともいう)とは、充電により繰り返し使用できる電池を指す。二次電池は、自動車、ノートパソコン、携帯電話、工具など、さまざまな機械・機器で使用されるが、近年、需要が急拡大し、二次電池市場拡大を牽引しているのが車載電池だ。本稿では、「二次電池」としている箇所も、車載電池を念頭に記述している。
注2:
「核心原料」は、日本で使われる「重要原材料」と同義。

韓国企業のEV・車載電池戦略

  1. 合弁工場建設を急ぐLGエナジー
  2. 米国を軸に急成長するSKオン
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。