地域の知財取引センターに向けた香港の知財政策や取り組みを紹介

2023年12月26日

中国国務院が2021年10月28日に公表した「『第14次5カ年(2021~2025年)規画』国家知的財産権保護および運用規画」(国発2021[20号)、以下「知財十四五」)では、香港特別行政区(以下、香港)が知的財産取引センターとして発展することを支持する方針が示されている。また、世界知的所有権機関(WIPO)が公表したグローバル・イノベーション・インデックス(GII)の2023年版の報告書(注1)で、GIIの総合ランキングにおいて香港の順位は2022年の14位から17位に下がったものの、132カ国・地域の中での順位であることを考えると、香港のイノベーション・パフォーマンスについては比較的高い位置にあるといえる。本稿では、そのような香港でどのような知的財産権(以下、知財)の政策や取り組みがあるのか、政府の方針に触れつつ概要を紹介する。

地域の知的財産取引センターに向けた方針

香港では、毎年10月ごろに香港政府の行政長官による施政報告(施政方針演説)が行われており、2021年の施政報告から「地域の知的財産取引センター」と題する項目を設けて、当面の方針や目標を掲げている。

2022年の施政報告では、前述の知財十四五での方針を受けて、(1)知財の保護の強化、(2)能力開発、(3)プロモーションの拡大、という3つの指針が示された。

さらに、2023年の施政報告では、(1)知財法制度の強化、(2)「パテントボックス」税制優遇措置の実施、(3)特許代理人サービスに関する規制、(4)現地オリジナル作品の取引促進、という4つの指針が示された。本稿ではこれら方針のうちいくつかを紹介する。

(1) 知財保護の強化

まず、2023年までの短期的な目標として、香港の特許出願人が中国本土で優先審査を受けられるパイロットプロジェクトを開始すること(2023年1月1日から開始済み、注2)や、デジタル環境における著作権保護を強化するための著作権条例の改正法案を可決すること(2022年12月に可決後、2023年5月1日から施行済み)、国際商標登録制度の実施に向けた準備作業を完了すること(2023年11月末時点で未達)が掲げられた。

次に、中期的な目標として、2024年までに登録意匠制度の見直しを進めることが掲げられている。現時点で詳細は明らかにされていないものの、中国本土に続き、香港においても部分意匠制度やハーグ協定に基づく意匠国際登録制度などが導入される可能性がある。

最後に、長期的な目標としては、2019年末から開始した実体特許審査(新規性・進歩性・明細書記載要件などの審査)の制度の自律性を2030年までに確保することが挙げられている。香港知識産権局(HKIPD)によると(ヒアリング日:2023年1月16日)、特許審査官100人程度の中規模サイズの知財庁を目指すとしており、審査官の採用活動とともに、中国国家知識産権局(CNIPA)の協力を得ながら、人材育成や品質管理体制の構築に取り組んでいるようである。

(2) プロモーションの拡大

IPビジネス・アジアフォーラム(注3)の開催を含む、さまざまな活動を通じて、香港の知財取引と専門サービスを促進することが目標に掲げられている。また、さまざまなセクターが知財取引の商機をさらに見いだせるようにするため、知財取引用のプラットフォームである「アジアIP取引ポータル」を強化するとしている。同ポータルは、香港内外の35を超えるパートナー(注4)と提携しており、2万8,000以上の取引可能な知財リストを検索できる無料オンラインプラットフォームである。ユーザーは知財の種類別(特許、著作権、商標、登録意匠の4つ)、産業別、国・地域別などの選択項目から対象を絞り、譲渡やラインセンスの候補となる知財を探すことができる。

(3) 「パテントボックス」税制優遇措置の実施

香港では「パテントボックス」税制優遇措置の導入を目指している。2023年10月に発表された前述の施政報告(施政方針)によると、研究開発(R&D)活動や特許発明の転換や商業化を促進するため、特許などで生じた所得に対して軽減税率を適用するいわゆるパテントボックス税制について、利益税率を現行の16.5%から5%に引き下げる法案を2024年前半に立法院に提出するとした。

香港での知財に関する各種サービス

次に、香港で展開されている知財関連の各種サービスを紹介する。

(1) オンライン検索システム

HKIPDに出願した特許、商標、意匠の情報については、HKIPDが提供するオンライン検索システムで検索可能である(英語、簡体字、繁体字)。

(2) 無料相談サービス

香港では、無料の知財相談サービス(Free IP Consultation Service)にも力を入れている。例えば、HKIPDが提供する中小企業向けの45分の無料対面相談サービスでは、香港弁護士会の支援を得て、知財の登録、管理、ライセンス、デューデリジェンスなど多岐にわたる内容の相談が可能である。

(3) 特許出願助成金制度

現地法人などが自らの発明を香港内外に特許出願する際の費用を支援する特許出願助成金PAG制度(PAG)もある。PAGの運営機関は香港生産力促進局(HKPC)で、対象者については香港で設立した企業、香港の永住権保持者もしくは香港に7年以上滞在することが認められた居住者で、これまでいかなる国・地域において特許を保有したことがなく、本制度を利用したこともないのが条件である。条件が限定的であるため対象者は限られるものの、25万香港ドル(約475万円、1香港ドル=約19円)または特許出願に要した費用合計額の90%のいずれか低い方の資金援助を受けることが可能である。

(4) 模倣品への対応

香港には、小売業者が、模倣品・海賊版を販売せず、真正品のみを販売していることを宣言する「No Fakes Pledge」スキームがある。HKIPDが1998年から実施しているプロジェクトであり、12の指定発行機関(2023年12月現在)のいずれかに加盟している小売業者だけが参加可能とされる。本スキームに参加するすべての小売業者は、店頭に「No Fakes Pledge(正版正貨)」ロゴのステッカーやテントカードを提示している。ステッカーの掲示で、信頼できる小売業者を簡単に見分けられるようになるため、観光客や消費者が安心して買い物をすることが可能となる。

香港での知財に関する各種取り組み

香港で実施されている知財関連の取り組みについて、いくつか紹介する。香港税関は、香港における著作権および商標権の侵害行為に対して刑事制裁(取り締まりや香港裁判所への起訴を含む)の任務を負う唯一の政府機関である。香港では、中国本土での市場監督管理局による行政摘発のような制度はなく、税関が市中やネット上の模倣品の取り締まりも行っており、権利者・市民からの情報提供や情報分析の結果などに基づいて、工場や倉庫などへの強制捜査を行うこともある。

なお、香港税関による取り締まりには、中国本土とは別に香港の税関への事前登録を要するので注意が必要である。その際には、権利者による「有資格鑑定人」(注5)の任命が必須となる。税関からの求めに応じて、権利者は「有資格鑑定人」を真贋(しんがん)判定のために香港税関に出頭させなくてはならない。

また、香港では仲裁による紛争解決にも力を入れている。知的財産紛争(とりわけ中国本土の当事者が関与する紛争)では、香港と中国本土の間に仲裁に関していくつかの特別協定があるなど香港での仲裁に利が大きいため、当該紛争の解決に向けた選択肢として香港での裁判外紛争解決手続き(ADR)が有用である(2023年6月2日付地域・分析レポート参照)。


注1:
日本を含む132カ国・地域のイノベーション・パフォーマンスをランク付けした年次報告書。WIPOのウェブサイトに掲載されている。
注2:
マカオにおいても、2023年7月1日から同様のパイロットプロジェクトが開始されている。
注3:
香港の貿易促進を目的とした法定機関である香港貿易発展局(HKTDC)の主催により、毎年開催されている知財イベント。
注4:
香港内にあるR&Dセンターや大学などに加えて、中国技術交易所やWIPO GREENなどの香港域外にあるプラットフォームも含まれる。
注5:
ジェトロ「香港における税関登録関連調査報告書(2017年3月)PDFファイル(975KB)」の「【調査項目2】知財権の事前登録制度(権利侵害品の監視の目的)」を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
島田 英昭(しまだ ひであき)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、特許審査の品質管理や審判実務者研究会などを担当後、2022年8月ジェトロに出向、同月から現職。