生産年齢人口が減少、中高年・シニア層の活用に注目(韓国)

2023年5月8日

韓国では長年、出生率の低い状態が続いてきた。そのため、労働力の中核をなす生産年齢(15~64歳)人口も減少に転じた。生産年齢人口は今後も減少し続け、労働力需給が逼迫する恐れがある。一方、韓国の55~64歳の就業率は日本やドイツに比べて低い。生産年齢人口減少の影響を緩和するためにも、中高年・シニア層(注1)の活用が課題になっている。

本稿では、中高年・シニア層の就業状況や政府の政策について概観する。

生産年齢人口の減少が将来にわたって続く

韓国の少子高齢化は、急速に進んでいる。1970年に4.53だった合計特殊出生率は、1984年に2.0を、2018年に1.0をそれぞれ割り込み。直近の2022年には0.78まで落ち込んだ(2023年5月15日付地域・分析レポート参照)。他方、1970年に71.7歳だった平均寿命(男女計)は着実に伸びている。2000年76.0歳、2010年80.2歳、2021年時点では、83.6歳だ。

出生率の低下は生産年齢人口に影響を及ぼしている。かつて増加が続いていた生産年齢人口は、2019年の3,763万人をピークに減少に転じた。将来推計(中位推計)によると、生産年齢人口は、2050年に2019年の3分の2に、2070年には半分以下に減少する見通しだ(図参照)。そのため今後、労働供給量が減少し、労働力需給が逼迫する可能性が高い。

図:生産年齢(15~64歳)人口の推移と将来推計
韓国の生産年齢(15~64歳)人口はかつて、増加基調にあった。しかし、2019年の3,763万人をピークに、減少に転じた。生産年齢人口は今後も減少基調が続く見込みだ。統計庁「将来人口推計」によると、出生・死亡・国際移動いずれも中位推計の場合、生産年齢人口は2050年に2,419万人、2070年に1,737万人に減少する見通し。

注1:将来推計は、出生、死亡、国際移動いずれも中位推計による。
注2:各年7月1日時点の外国人を含む常住人口数。
資料:統計庁「将来人口推計」(2021年12月発表)

中高年・シニア層の就業意欲は高い

生産年齢人口の減少が続く中で、労働力確保の方法として注目されるのが、中高年・シニア層の活用だ。

これに関連し、近年、法制度に変更があった。すなわち、「60歳定年の義務化」だ。かつて韓国では、「60歳定年」は企業にとって努力目標にすぎなかった。この状態を改善するため、定年を60歳以上とすることが法律で義務付けられた(従業員300人以上の事業所などには2016年から、それ以外は2017年から適用)。しかし、実際、全ての従業員が60歳まで勤め上げられるかといえば、必ずしもそうではない。特に大企業では、その傾向が強いと言われる。「名誉退職」(勧奨退職を意味する韓国語での表現)を余儀なくされることが珍しくないという。

これについて、統計をみてみよう。統計庁「2022年5月 経済活動人口調査 高齢者付加調査」(注2)結果によると、55歳から64歳で「最も長く働いた職場を退職した年齢」は平均49.3歳(男性51.2歳、女性47.6歳)。「60歳定年」には程遠いのが実態だ。離職理由は性別で傾向が異なるが、特に男性についてみると、「事業不振、操業中断、休・廃業」「勧告辞職、名誉退職、整理解雇」の順に多かった。ここからも、前述の「名誉退職」が珍しくないことが裏付けられる。

そうした事情もあってか、韓国の中高年・シニア層の就業率は決して高いとはいえない。OECDによると、韓国の2022年の55~64歳(男女計)就業率は68.8%。米国(63.5%)よりは5ポイント程度高いものの、日本(78.1%)より10ポイント近く、ドイツ(73.6%)より5ポイント近く低い。

その一方で、韓国の中高年・シニア層の就業意欲は高い。直近の「2022年5月 経済活動人口調査高齢者付加調査」結果によると、55~79歳(男女計)のうち、「将来、働きたい」と回答した比率は68.5%に達した。また、この比率は5年前の2017年は62.6%だったが、毎年着実に上昇している。さらに、直近の調査結果でその動機をみると「生活費の補填(ほてん)」(57.1%)、「働く楽しみ」(34.7%)の順となっている。特に生活費不足が、高い就業意欲につながっていることが分かる。生活費不足を裏付けるのが、韓国のシニア層の貧困率が先進国の中で特に高い事実だ。OECDによると、韓国の66歳以上の貧困率(注3)は2020年時点で40.4%。これは、ラトビア(35.0%、同年)、エストニア(34.5%、2019年)などを押さえ、OECD加盟国で最も高い水準ということになる。

では、生活費が不足するのはなぜか。その大きな理由として、年金支給額の少なさが挙げられる。韓国の年金制度は、(1)国民年金(注4)と、(2)特殊職域年金(公務員年金、軍人年金など)に分けられる。このうち、多くの国民が加入するのが(1)ということになる。この(1)が国民皆年金になったのは1999年。歴史が比較的浅いだけに、受給額は多くない。国民年金公団によると、2022年の1人当たり平均国民年金受給額(月間)は53万2,998ウォン(約5万3,300円。1ウォン=約0.1円)にすぎない。片や、韓国の物価は日本と大差ない。年金収入だけで生活を成り立たせるのは事実上無理がありそうだ。

政権が中高年・シニア労働力活用を後押し

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は「労働改革」の一環として、中高年・シニア層の活用に強い関心を示している。

ちなみに、尹政権にとって「労働改革」は目玉政策の1つだ。尹大統領は2023年1月1日の国民に向けた「新年の辞」で、「韓国の未来と未来世代の運命がかかった労働、教育、年金の3大改革をこれ以上、先伸ばすことはできない。まず、労働改革を通じ、韓国経済の成長を牽引しなければならない」と述べた。特に労働改革に、並々ならない意欲を示している。

尹政権が労働改革の具体的な姿を提示したのは、政権発足(2022年5月10日)から間もない6月23日のことだった。この時に発表した「労働市場改革の推進方向」で示された骨格は、(1)労働時間制度の改善と(2)賃金制度の改編の2つだ。(1)では、労働時間の上限を見直し、柔軟な労働時間制度を活用することなどが中心になる。(2)には、韓国で根強い年功序列型賃金体系の見直しを促進し、シニア層の継続雇用に関する制度改善を検討することなどが盛り込まれている。この発表を通じて、政府の問題意識と改革の方向性を示したかたちだ。

さらに、政府は2023年1月27日、「高齢層の熟練と経験が未来成長動力につながるための雇用戦略-第4次高齢者雇用促進基本計画(2023-2027)-」を発表した。これは、2023年から2027年までの5年間に政府が取り組むべき中高年・シニア層の雇用促進策をまとめたものだ。「年齢に関係なく望むだけ働ける労働市場の実現」をビジョンとして掲げ、5つの推進課題を挙げた(参考参照)。

参考:ビジョン「年齢に関係なく望むだけ働ける労働市場の実現」

推進課題1.長く働ける条件作り
  1. 自律的な継続雇用に対する支援拡大
  2. 職務・成果中心の賃金体系の改編に対する支援
  3. 継続雇用のための制度的基盤作り
推進課題2. 再就職・能力開発支援の強化
  1. 体系的な再就職支援
  2. 職業訓練への参加機会の拡大
  3. 雇用機会を通じた社会参加の活性化
推進課題3. 雇用機会・創業機会の拡大
  1. 雇用機会の拡大
  2. 社会貢献活動の活性化
  3. 技術創業支援の強化
推進課題4. 雇用セーフティーネットの強化
  1. 退職予定者などに対する企業の再就職支援サービスの充実化
  2. 雇用セーフティーネット格差の是正
  3. 多層構造の老後所得補填体系の構築
  4. 安全な仕事場作り
推進課題5. 超高齢社会に備えた雇用インフラ構築
  1. 年齢差別のない労働市場の実現
  2. シニア層の統計などの改善
  3. 「高齢者雇用法」の改定

資料:政府関係部署協同「高齢層の熟練と経験が未来成長動力につながるための雇用戦略-第4次高齢者雇用促進基本計画(2023-2027)-」

この中で政府が特に重視しているのが、冒頭に掲げた「推進課題1. 長く働ける条件作り」だろう。政府発表では、以下のような項目が並んだ。

  • 定年退職者を継続雇用する中堅・中小企業に対する「高齢者継続雇用奨励金」の拡充
  • 優秀事例の発掘・表彰を通じた自発的なシニア層雇用拡大の誘導
  • 職務給・成果給中心の賃金体系に転換した企業に対する支援策の検討
  • 継続雇用の必要性についての社会的議論の推進
  • 海外の事例調査

なお、尹政権の経済政策は労働政策に限らず、「自由」「市場経済」を前面に打ち出し、政府の介入を抑制しようとするところに、特徴がある。例えば、2022年6月16日に発表した「新政府の経済政策方向」では、「経済運営の4大基調」の1点目に「自由」を挙げ、その説明の冒頭に「経済運営を政府から民間・企業・市場中心に転換する」と明記した。このような政策基調は、中高年・シニア層の雇用促進策にも反映されている。推進課題1をみても、政府が労働市場に直接介入するというよりも、企業自ら継続雇用を拡大するように環境整備を行うという姿勢がうかがえる。

「継続雇用」について、政府が現段階で特定の雇用形態を想定しているわけではない。前述の政府発表では、「推進課題1.長く働ける条件づくり 3.継続雇用のための制度的基盤作り」のポイントとして「社会的な議論が必要な事項(案)」を挙げている。その具体的論点のトップとして「継続雇用:定年後再雇用、定年延長、定年廃止などの継続雇用方式」と挙げた上で、「社会的な議論の結果を反映し、2023年末までに『継続雇用ロードマップ』を策定する」としている。ここでも、まずは企業経営者や労働組合関係者などの議論を見守る立場と解釈できる。

ただし、同じ政府発表の中で「(60歳定年の義務化を巡って)短期間での急速な定年延長により、一部のシニア層の早期退職や、民間部門の若年層の雇用機会の減少といった副作用が生じた」とも記述している。ということは、少なくとも定年延長に賛成ということでもなさそうだ。では、どのような着地点が考えられるのだろうか。「ヘラルド経済」(2023年2月5日、電子版)は「日本のように60歳定年以降も企業が雇用責任を持つ『継続雇用制度』を適用するのではとの観測が強まっている」と報じた。


注1:
本稿でいう「中高年・シニア層」は、主として50代、60代を念頭に置いている。
注2:
統計庁では毎年5月に「経済活動人口調査 高齢者付加調査」を実施している。これは、「経済活動人口調査」(日本の「労働力調査」に相当)の一環と位置付けられ、55歳から79歳の国民を対象に追加的に実施している。経済活動の実態や、過去の勤務経験、就業に対する希望などが調査対象だ。 この調査結果が公表された最新版が、「2022年5月 経済活動人口調査 高齢者付加調査」。
注3:
「貧困率」は、全人口の中で、家計所得中央値の半分を下回る層の割合と定義される。
注4:
日本では国民年金・厚生年金の2階建ての制度設計になっているのに対し、韓国の国民年金は1階建て。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。