国際法の専門家に聞く、国家債務の再編プロセス(スリランカ)

2024年3月29日

国家債務の再編過程では、債権者である投資家が自身の投資財産の保護を求めて債務国政府を相手取り訴訟を提起するケースがある。スリランカの場合、ハミルトン・リザーブ・バンク(Hamilton Reserve Bank)が米国のニューヨーク連邦地方裁判所に、スリランカ政府を相手取った訴訟を展開している。

こうした裁判は、国家の債務再編の進展にどのような影響を与えるのか、国際法を専門とする東京大学社会科学研究所准教授の中島啓氏に聞いた(取材日:2023年12月22日)。


中島啓氏(中島啓氏提供)
質問:
国家債務の再編と関連した、自身の研究内容について。
答え:
債務国の債務不履行(デフォルト)後に生じる債権者と債務国の間の紛争処理の在り方を国際法の観点から研究している。ソブリン債(注1)の債務再編をめぐる国際的な規律とともに、契約および国内法の規律にも焦点を当てながら、より均衡のとれた国際的なガバナンスの在り方や制度構築を追究している。
2022年9月には、英国のケンブリッジ大学出版局から著書として、『The International Law of Sovereign Debt Dispute Settlement外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (ソブリン債紛争処理の国際法)』を上梓した。

『The International Law of Sovereign Debt Dispute Settlement』の表紙(中島啓氏提供)
質問:
ソブリン債務の再編は、債務国の経済再建という観点からどのような意義があるのか。
答え:
再編によって返済総額が減額される分、財政負担は軽減される。また、債務不履行に陥った国は信用格付け会社による格付けが大きく下がるが、債務再編がまとまることで完全な経済の回復には至らなくとも、金融市場に対して肯定的なシグナルを送り、その結果として、格付け会社による評価の改善につながり得る。
新たな債券の発行を通じて、市場からの資金調達につながる可能性もある。経済の回復には通常、多額の資金が必要となる。格付けが低い場合、慎重にデューディリジェンスを進める民間金融機関からお金を借り入れられず、新規の債券を発行することができない。
質問:
現在、国際社会には、ソブリン債務の再編についてどのような仕組みがあるのか。
答え:
ソブリン債務の再編については、現在のところ確立した国際的な仕組みが存在していない。債務返済が困難になった債務国に対し、2国間の公的債務の救済措置を取り決める非公式な場としてはパリクラブ(主要国債権国会合)が筆頭に挙がるが、拘束力はなく、対象も公的債務に限定される。また、民間金融機関に対するソブリン債務については、民間金融機関で債権者団を形成し、債務国政府との交渉を行うロンドンクラブ(民間債権者会議)があるものの、こちらは現在ではほぼ機能していない。確立した仕組みが存在していないことから、債務国は対応に苦慮してきた。
質問:
ソブリン債務再編に関する国際的な枠組みの構築が企図されたことはあったのか。
答え:
過去には、国際社会で債務再編に関する仕組みを構築しようという動きが何度かあったが、いずれの試みも進展は乏しいものであった。債務を巡る問題が取り沙汰されるたびに国際的な仕組みの重要性が指摘されるものの、根本的な対処には至らず尻すぼみとなってきた。
2001年には、IMFが、国内法での倒産手続きに着想を得た、ソブリン債務再編メカニズム(Sovereign Debt Restructuring Mechanism:SDRM)をつくろうという動きがあった。その背景には、国際資本市場で新興国への民間資金の流入が拡大し、1994年にメキシコで発生した通貨危機や2001年にアルゼンチンで発生した通貨危機(2018年11月1日付地域・分析レポート参照)などの問題があったことがある。
2014年には、国連総会でソブリン債務再編に関する多国間法的枠組みの創設を求める決議が採択された。当時は、アルゼンチンの債務をめぐる紛争が背景にあった。米国で、ハゲタカファンド(注2)がアルゼンチンに対して債務の返済を求めて提訴し、最終的に裁判所はファンド側に有利な差し止め(injunction)命令を下した。アルゼンチンは、債務再編に応じた訴外の債権者にのみ債券償還を行う意向だったが、米国の裁判所は、債権者間の平等な扱いを要求する債券の契約条項やそれまでのアルゼンチン政府の言動などを踏まえて、訴外の債権者に債券償還を行うのであれば、原告に対しても等しく支払うよう求めた。この命令は、アルゼンチン政府の返済計画を狂わせることとなり、民間金融機関であるヘッジファンドの行動に主権国家が左右されることへの危機感が国際社会に広がった。
質問:
国際的な仕組みがないと、どのような問題があるのか。
答え:
抜け駆け訴訟(Holdout Litigation)による再編交渉の長期化という問題がある。一部の債権者が自身の利益を求めて債務再編交渉中に裁判に訴えると、すべての債権者が平等かつ公正な条件で合意することが難しくなり、交渉の進展に支障が生じる。
投資家は当然、利益の拡大を行動原理とすることから、国際協調を図る公的債権者よりも、短期間で確実に資金回収を進めようとする傾向があり、多くの当事者が関係して、合意に時間を要する再編交渉を忌避し、抜け駆け訴訟を企てることにも理由はある。そもそも、訴訟や仲裁は、それ自体としては正当な権利実現の手段であって、ソブリン債紛争処理においても変わるところはない。
質問:
抜け駆け訴訟は具体的にどのように進められるのか。
答え:
訴訟の形式には、国内裁判と投資仲裁の2種類があり、投資家はより確実かつ早期に債権回収が進めやすい方法を選択することになる。投資仲裁は、投資家の本国と債務国の国家間で投資関連協定を結んでいる場合のみ利用可能である。
国内裁判の場合、投資家は債務国との間で締結された契約の不履行を請求原因として、国内裁判所に提訴する。ソブリン債券の場合、ニューヨーク州法に準拠して発行されることが多いため、ニューヨークの連邦裁判所によるニューヨーク州法の下での裁判が規定されていることが多い。
投資仲裁は国家間の投資関連協定に基づくもので、投資家は債務国が国際法上保護されるべき投資財産に対して適正な措置をせず、差別的・不合理に取り扱ったという国際法違反を提起することになる。投資紛争解決センター(ICSID)が事務局機能を提供し、また国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)が作成した仲裁手続き規則に依拠した仲裁が利用されることが多い。
質問:
通常、抜け駆け訴訟は投資家にとって有利に働くのか。
答え:
常に投資家に有利に働くわけではなく、裁判所は公益保護の観点から一定期間審理を控えることがある。スリランカの債務をめぐるハミルトン訴訟でも、ニューヨーク連邦地裁は審理を延期した。
裁判所は、国際的な債務再編交渉の進展状況を考慮し、当事者間の利益を衡量(こうりょう)した上で、裁判の進行を止めたほうが債務再編は進展すると判断した場合、米国国内法で認められた米国国内裁判所の礼譲(れいじょう、comity)や裁量(discretion)を根拠に、一定期間審理を延期する。他の債権者が債務再編交渉に真摯(しんし)に対応している中で、一部の投資家が抜け駆けした裁判請求を認めてしまえば、債務再編交渉に参加していた他の債券保有者も裁判を提起するようになり、ひいては債務再編交渉がまとまらず、債権者全体に影響が及ぶことになる。
質問:
投資家本国の政府は、債務国との国際協調を図る一方で、投資家の海外での活動を保護する必要がある。本国政府が取るべき政策にはどのようなものがあるのか。
答え:
投資関連協定は、現在2,500以上の国や地域との間で締結されている。通常は、経済交流が密な国同士で結ばれてきたが、より多くの投資を呼び込むという観点から、投資受入国は積極的に締結を進めてきた。
そうした背景もあり、例えば1990年代には米国やイタリアの投資家がアルゼンチンの債券を多く購入していた。ドイツやスロバキア、キプロスの金融機関は、ギリシャの債券を購入していた。日本の金融機関もアルゼンチンの円建て債券(サムライ債)を購入し、モラトリアム(返済猶予)に陥った際には問題となった。
自国投資家による海外への投資を本国が保護していくならば、投資関連協定で保護される投資財産の対象として債券(bonds)を含めるとともに、仲裁による救済手続きの利用可能性を明記することが望ましいだろう。
しかしながら、比較的近年に締結された新しい投資関連協定は、債権者保護一辺倒にはなっていない。債務国の債務再編に向けた交渉努力を尊重し、債務再編交渉がある程度まとまってきているときには、仲裁を通じた投資家の請求の範囲をむしろ制限しようという潮流も見られる。ソブリン債務再編が、投資受入国による規制権限の行使として受け止められてきている。
比較的シンプルな条文だけで構成されていたかつての協定とは異なり、近年の投資関連協定では、投資受入国の規制権限の行使裁量の内容に踏み込んだ内容を明記するものも多い。例えば、環境や安全、健康などの分野で投資受入国の正当な規制権限の行使を認めており、条文内容の具体化も進んでいる。
略歴
中島 啓(なかじま けい)
国際司法裁判所法務官補を経て、2020 年 4 月から東京大学社会科学研究所准教授。ジュネーブ国際開発高等研究所で博士号(国際法学)、東京大学で博士号(法学)を取得。専門分野は、国際法一般、国際裁判論、貿易投資法、国際金融法。主な著作に『国際裁判の証拠法論』『The International Law of Sovereign Debt Dispute Settlement』などがある。

注1:
ソブリン債とは、国債や政府機関債など各国政府や政府機関が発行または保証する債券の総称のこと。
注2:
ハゲタカファンドとは、債務不履行となった債権や経営危機に陥っている機関が発行する債券を購入・譲渡・その他の取引によって手に入れ、企業再生や転売などで利益を得ようとする投資ファンドのこと。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
寺島 かほる(てらしま かおる)
オークションハウス、デザイン事務所、出版社編集部などを経て2021年7月から現職。