メキシコビジネス環境の光と影
好況の裏で人件費高騰や人材不足などが課題

2024年4月8日

メキシコ経済省によれば、2023年のメキシコへの直接投資額は360億5,800万ドルで、同統計史上の最高額を記録した。直近の推移をみると、新型コロナ禍に突入した2020年を底に、3年連続で投資額は増えている。日本からの投資額は、米国、スペイン、カナダに次いで4番目に多く、約29億ドルを記録し、2022年と比較しても約61%も増加している。その一方でメキシコでは、進出企業の増加に伴い、雇用環境の悪化や、土地代の高騰など、ビジネス環境は年々悪化している。本稿では、ジェトロが2023年12月に発表した「2023年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編、注1)」に加えて、2024年2月19~24日に実施した現地進出日系企業12社へのヒアリング結果に基づき、進出日系企業が見たメキシコのビジネス環境を分析する。

営業利益見込みが大幅に改善、現地自動車産業の回復が寄与

2023年の営業利益を黒字と見込む割合は回答企業のうち59.0%を占めた(図1参照)。2022年度の調査と比較すると、赤字と答えた企業の減少幅が相対的に大きく、黒字や均衡に流れるかたちとなった。また、景況感を表すDI値(2023年見込み、注2)は前年比で16.2ポイント増の34.1%で、中南米域内で最も高く、2022年よりも景気が好転していると感じる企業が多くなったことが分かる。

図1:2023年の営業利益見込み(メキシコ・業種別)
回答社全体(217社)では黒字59.0%、均衡17.5%、赤字23.5%。輸送用機器部品(自動車/二輪車)(41社)は黒字41.5%、均衡26.8%、赤字31.7%。販売会社(28社)は黒字64.3%、均衡10.7%、赤字25.0%。商社(27社)は黒字44.4%、均衡29.6%、赤字25.9%。プラスチック製品(14社)は黒字57.1%、均衡7.1%、赤字35.7%。運輸/倉庫(14社)は黒字78.6%、均衡7.1%、赤字14.3%。金属製品(メッキ加工を含む)(9社)は黒字44.4%、均衡0.0%、赤字55.6%。その他製造業(9社)は黒字77.8%、均衡11.1%、赤字11.1%。一般機械(はん用・生産用・工作機械/農機・建機/金型・機械工具を含む)(8社)は黒字62.5%、均衡25.0%、赤字12.5%。輸送用機器(自動車/二輪車)(7社)は黒字57.1%、均衡28.6%、赤字14.3%。建設/プラント/エンジニアリング(7社)は黒字71.4%、均衡28.6%、赤字0.0%。電気・電子機器(5社)は黒字60.0%、均衡40.0%、赤字0.0%。鉄鋼(鋳鍛造品を含む)(5社)は黒字40.0%、均衡20.0%、赤字40.0%。繊維(紡績/織物/化学繊維)(4社)は黒字75.0%、均衡0.0%、赤字25.0%。電気・電子機器部品(4社)は黒字25.0%、均衡50.0%、赤字25.0%。医療機器(3社)は黒字100.0%、均衡0.0%、赤字0.0%。非鉄金属(3社)は黒字100.0%、均衡0.0%、赤字0.0%。ノンバンク(保険、証券、クレジットカード、リース等)(3社)は黒字66.7%、均衡0.0%、赤字33.3%。

注:回答社数が2社以下となった業種は便宜上表示していない。
出所:「2023年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」

黒字と回答した企業の営業利益に影響した要因を見てみると「自動車産業の回復」「売り上げ、販売増」「政策金利」「生産・販売効率化によるコストカット」「為替」などが自由記述内で多く挙げられていた。

主な黒字要因として挙げられた「自動車産業の回復」という点について、現地自動車関連の日系企業にヒアリングしたところ、「2023年の中ごろから半導体不足が解消されOEMの生産が回復した印象」「特に日系完成車メーカーの生産台数増加の恩恵を受けた」との声が多く上がった。実際、メキシコの国立統計地理情報院(INEGI)によると、2023年の自動車生産台数は377万9,234台で前年比14.2%増と大幅に増加している。さらに、メキシコ進出日系企業と取引が多い日系の完成車メーカーの生産台数も回復を果たしている。日産が57.5%増の61万5,571台と前年の不振から回復し、企業別で2番目に生産台数が多かった。その他、マツダは36.7%増の20万2,506台と好調で初の20万台超を記録。ホンダも32.4%増の16万7,249台と大きく回復した一方で、トヨタはモデルチェンジの影響で6.8%減の25万15台だった。

逆に、赤字回答企業の影響要因については、前述の「為替」に加え、「人件費高騰」や「原材料費、輸送費の高騰」なども見られた。改善の理由として、「現地市場での需要増化(68.1%)」が最も多く、同理由を挙げた企業は業種別で輸送機器部品(14社)、商社・卸売業(11社)、プラスチック製品、販売会社(ともに8社)の順で多い。悪化の理由は「為替変動(48.8%)」と「人件費の上昇(46.5%)」の回答割合が比較的大きく、ともに現在のメキシコのビジネス環境を悪化させている要因になっていることが分かる。現地の日系企業は、ビジネスはドルで行うが、収益計算を現地通貨ペソで行っている企業が多く、2022年秋から続くペソ高のあおりを受け利益が目減りするという。ただし、2024年のDI値は48.6ポイントとさらに高水準となっていることから、2024年のメキシコにおけるビジネスの見通しは明るいと見る企業は多い。

メキシコにおける今後1~2年の事業展開については、回答企業の56.4%(前年比5.0ポイント増)が「拡大」意向を示した。同国での拡大意欲は世界と比較しても高く、南アフリカ共和国(57.7%)やベトナム(56.7%)に次ぐ高水準だった(図2参照)。

図2:今後1~2年の事業展開の方向性
インド(295社)は拡大75.6%、現状維持22.7%、縮小0.7%、第三国(地域)へ移転、撤退1.0%。ブラジル(106社)は拡大68.9%、現状維持24.5%、縮小4.7%、第三国(地域)へ移転、撤退1.9%。南アフリカ(52社)は拡大57.7%、現状維持38.5%、縮小0.0%、第三国(地域)へ移転、撤退3.8%。ベトナム(841社)は拡大56.7%、現状維持40.8%、縮小1.8%、第三国(地域)へ移転、撤退0.7%。メキシコ(218社)の拡大意欲はそれに次ぎ、拡大56.4%、現状維持39.4%、縮小2.8%、第三国(地域)へ移転、撤退1.4%。ドイツ(253社)は拡大54.9%、現状維持41.9%、縮小2.4%、第三国(地域)へ移転、撤退0.8%。韓国(76社)は拡大53.9%、現状維持44.7%、縮小1.3%、第三国(地域)へ移転、撤退0.0%。UAE(100社)は拡大53.0%、現状維持40.0%、縮小7.0%、第三国(地域)へ移転、撤退0.0%。フランス(70社)は拡大51.4%、現状維持47.1%、縮小1.4%、第三国(地域)へ移転、撤退0.0%。米国(721社)は拡大49.9%、現状維持45.4%、縮小3.5%、第三国(地域)へ移転、撤退1.2%。インドネシア(497社)は拡大49.5%、現状維持46.3%、縮小3.6%、第三国(地域)へ移転、撤退0.6%。英国(98社)は拡大43.9%、現状維持53.1%、縮小3.1%、第三国(地域)へ移転、撤退0.0%。タイ(595社)は拡大42.2%、現状維持54.1%、縮小2.7%、第三国(地域)へ移転、撤退1.0%。シンガポール(418社)は拡大41.9%、現状維持52.9%、縮小4.5%、第三国(地域)へ移転、撤退0.7%。中国(710社)は拡大27.7%、現状維持62.3%、縮小9.3%、第三国(地域)へ移転、撤退0.7%。

出所:「2023年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」

その拡大理由として、7割の企業が「現地市場ニーズの拡大」と回答した(図3参照)。具体的な自由記述欄を確認すると、自動車生産の回復、現地調達化の動き、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)、ニアショアリングによる新規顧客の増加などの様々な要因から現地での需要が増加していることが分かる。中には、電動車ニーズへの対応との回答もあり、これはここ数年で欧米メーカーを中心に電気自動車(EV)生産拠点をメキシコに構えるメーカーが増加していることから、EV生産に必要な原材料・部品の需要をうまく取りこんでいる日系企業がいることを表している。同国のEVシフトに関してヒアリングをしたところ、「既にEV関連製品を生産している」と回答した企業もあれば、「本社では開発、製造をしているが、まだメキシコでは生産していない」と、各社によってメキシコにおけるEVシフトへの対応度は異なるようだ。また興味深いことに、ヒアリングをした自動車関連の進出日系企業の多くから、「(直接的または間接的に)米EV大手のテスラから引き合いがあった」という声が上がった。テスラはメキシコのヌエボレオン州と国境を接するテキサス州にギガファクトリーを有し、両州の境に位置するコロンビア橋の検問所にはテスラ専用通関レーンを設け、メキシコで製造された同社用の自動車部品を素早く通関できる体制を構築している。また、ヌエボレオン州では同社の新工場建設が予定されており、今後もメキシコ国内でテスラ用のEV関連製品を生産する需要が増々高まると考えられる。ただし、同州の進出日系企業によれば、新工場の建設開始が当初の予定から遅延しており、先行きが不透明な上、「テスラは自動車メーカーとしての規模は小さく、支払いが適切になされるのかも未知数」とテスラとのビジネスに慎重な姿勢を見せる企業もいた。

図3:事業を拡大する理由
「現地市場ニーズの拡大」は70.2%、「輸出の増加」は24.0%、「高付加価値製品・サービスの受容性が高い」が19.8%、「人材面での優位性が高い」が7.4%、「優遇措置の拡大」が0.8%、「記載の緩和」が0.8%、「その他」が11.6%。

出所:「2023年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」

拡大する機能には、旺盛な需要に対応すべく「販売(63.0%)」機能の強化に加え、「生産(汎用品、28.6%)」「生産(高付加価値品、28.6%)」も拡大させていく意向だ。特に自動車関連企業(注3)の生産拡大意向に限れば、汎用品が50.0%、高付加価値品が55.0%と半数以上が生産に注力することが分かる。また注目すべき点として、自動車産業においては高付加価値品の生産意向が汎用品を初めて上回った。ある日系企業は「汎用品は価格競争に巻き込まれやすく、人件費が上がっている今は利益率が悪い。高付加価値品の生産をして利益率を上げていく必要がある」と説明した。

調達の現地化意向が強く表れる結果に

サプライチェーン(販売・調達・生産)に関する現状と見通しを問うパートでは、原材料・部品の調達先に変化が見られた。現在の国・地域別の調達割合を問う設問では、日本、中国、米国、ASEANの調達割合が前回調査から軒並み減少した。代わりに所在国からの調達割合(注4)、つまり現地調達の割合が5.9ポイント上昇している。今後の調達先の見直し予定を問う設問では、回答企業の38.4%が「見直しを行う」予定と回答した。見直しを行う全59件中、特に日本(30件)、米国(10件)、ASEAN(7件)からの調達を見直す企業が多く、その変更先としてメキシコ地場企業(20件)、メキシコ進出日系企業(14件)が多く、今後も現調化が進むと予想される(表参照)。自動車部品関連の日系企業は現調化が進むメキシコについて、「メキシコではまだサプライチェーンが完成していないため参入がしやすく、アジアでは相手にされなかった欧州系の企業側から声がかかることがある」という。

表:見直しを予定の調達先と見直し後の調達先(全59件)(-は値なし)
項目 国・地域名 変更後
所在国・地域(現地進出日系企業) 所在国・地域(地場企業) 所在国・地域(その他外資系企業) 米国 メルコスール 日本 中国 韓国 ASEAN その他アジアオセアニア その他 総計
変更前 所在国・地域(現地進出日系企業) 1 1 2
米国 3 2 2 1 2 10
メルコスール 1 1
日本 5 13 3 5 1 1 1 1 30
中国 1 2 1 1 5
韓国 1 1 2
ASEAN 5 2 7
欧州 2 2
総計 14 20 6 7 2 4 1 1 2 1 1 59

出所:「2023年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」

悪化する雇用環境、現地では人材の取り合いに

メキシコへの投資が加速する中、ヒアリングをした現地日系企業から度々耳にしたのは「人材不足」という言葉だ。「人材不足の課題に直面しているか」を問う設問では、回答企業の63.5%のメキシコ進出日系企業が「はい」と回答しており、中南米平均の52.7%を大きく上回った。業種(大分類)別では、製造業が69.5%、非製造業が55.9%となっており、特に製造業において人材不足が顕著にあらわれている。職種別での人材不足の深刻度合いを問う設問(注5)では、「工場作業員(注6)」が最も深刻で、62.4%の製造業企業が深刻と回答した(注7)(図4参照)。次いで、「専門職」「一般事務職」「一般管理職」の順で深刻の回答割合が高くなっており、いずれも4割を超えた。

図4:職種別の人材不足の深刻度合い(有効回答133社)
上級管理職(ディレクターなど)は深刻ではない24.8%、あまり深刻ではない21.1%、やや深刻15.0%、とても深刻7.5%、該当なし31.6%。一般管理職(マネージャーなど)は深刻ではない13.5%、あまり深刻ではない27.1%、やや深刻34.6%、とても深刻11.3%、該当なし13.5%。一般事務職は深刻ではない17.3%、あまり深刻ではない30.8%、やや深刻42.9%、とても深刻3.8%、該当なし5.3%。工場作業員は深刻ではない5.3%、あまり深刻ではない5.3%、やや深刻25.6%、とても深刻36.8%、該当なし27.1%。プログラマーなどのIT人材は深刻ではない12%、あまり深刻ではない18%、やや深刻19.5%、とても深刻9%、該当なし41.4%。専門職(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)は深刻ではない8.3%、あまり深刻ではない18%、やや深刻37.6%、とても深刻15.0%、該当なし21.1%。その他(委託も含む/運転手、建設関係、宅配関連など)は深刻ではない20.3%、あまり深刻ではない26.3%、やや深刻7.5%、とても深刻3.8%、該当なし42.1%。

出所:「2023年度海外進出日系企業実態調査|中南米編」

人材不足が進む背景として、企業の進出ラッシュによる人材の取り合いが起きている。特に、給与水準が高い欧州系を中心とする大企業に人材が流れていくことが多く、進出日系企業は「現在は上昇している最低賃金+αの給与水準でなければ労働者が集まらない状況」と口をそろえる。ヒアリングを進めると、給与水準が高い外資系企業に比べ、資金力に劣る日系企業は職場環境や福利厚生などの充実を図ることで離職率を抑えようとする工夫が見られる。実際、職場環境や仕事の内容を理由に、外資系の企業に移った従業員が日系企業に出戻りを希望するケースが起きているという。離職率1%以下を保っている日系企業に人材定着の秘訣(ひけつ)について聞いたところ、「働きやすく、少し緩い雰囲気の職場環境」との回答を得た。人材定着のため具体的に実施していることとして、「社内で職場の満足度調査を実施し、要改善の項目に迅速に対応する」「始業時間の融通が利くようにしている」「社内イベントを開催し社員同士の交流を深める」など、やはり働く環境に関連する工夫が見られる。一方で、人材不足への対応として、単純作業の自動化や工場を1カ所に集約するなど生産性の効率化を検討する企業も、特に北部地域を中心に現れている。米国に近く、企業の進出が急増している北東部ヌエボレオン州モンテレイ市に拠点を構える日系企業によれば、「同じ地区では自動化がほとんど完了しているという企業が多い。自動化すれば保全スタッフが必要だが、モンテレイには技術系に優れた人材が多いので問題ない」とし、同地域では生産の自動化が進展している、と語った。また、人材獲得の方法は企業によって様々だ。「周辺地域でのビラ配り」「家族・友人の紹介にインセンティブを与える」「近隣の大学生をインターン生として受け入れる」「SNSの広告を発信する」「ジョブフェスタに参加する」など、企業によって様々な工夫がみられる。ただし、同じ手法を使っている企業でも効果に差があることも事実だ。


注1:
ジェトロでは、2023年8~9月にメキシコを含む中南米7カ国(メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ペルー、ベネズエラ)に進出している日系企業を対象にアンケート調査を実施し、その結果を取りまとめた。
注2:
2023年の営業利益見込みが前年に比べて「改善」と答えた比率から「悪化」と答えた比率を引いた数値。
注3:
アンケート調査対象企業の業種(小分類)で、「輸送用機器部品(自動車/二輪車)」と「輸送用機器(自動車/二輪車)」に分類される企業を足し上げた数。
注4:
所在国(日系企業)、所在国(地場企業)、所在国(その他外資系企業)を合計した割合。
注5:
同設問では、「上級管理職(ディレクターなど)」「一般管理職(マネージャーなど)」「一般事務職」「工場作業員(製造業企業のみ回答対象)」「プログラマーなどのIT人材」「専門職(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)」「その他(委託も含む/運転手、建設関係、宅配関連など)」の7職種について、深刻度合いを「とても深刻」「やや深刻」「あまり深刻ではない」「深刻ではない」「該当なし[雇用していない(予定のない)職種]」のいずれかを選択する。
注6:
工場作業員については、製造業のみが回答対象。
注7:
「とても深刻」と「やや深刻」を合わせた割合。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課中南米班
小西 健友(こにし けんゆう)
2022年、ジェトロ入構。米州課中南米班でメキシコ、ブラジルなどの政治・経済の調査を担当。