車載ソフトウエア開発、日本企業のインド活用進む

2024年4月5日

車載ソフトウエア開発で、日本企業のインド活用が進んでいる。インドの車載ソフト専業KPITテクノロジーズ(以下、KPIT)は、その好例。2022年度の日本向け事業が前年度比で30%増加している。市場形成が徐々に進むと見込まれるソフトウエア定義自動車(SDV:Software Defined Vehicle)開発に向け、キープレーヤ―の一角を占めている。

片や、日本国内では人手不足だ。そうしたことから、その他の車載ソフトウエア開発でも、人材が豊富なインドに注目が集まる。その足掛かりを築いている企業の動きを追った。

ホンダ向け開発人員2,000人

KPITは、西部マハーラーシュトラ州プネに本社があるソフトウエア開発会社、2005年に日本に進出した。当初は半導体設計事業を行っていたが、直近10年は自動車向け事業に注力している。日本を含めたアジア事業の経営責任者を務めるロハン・ソホニー上級副社長は「よりクリーン・安全・スマートな世界のためのモビリティー再構築」を掲げる同社のビジョンと、脱炭素化目標を示し、交通事故死者ゼロ社会を目指す日本は、特に親和性が高いと語る(3月7日聴取)。


KPITのソホニー上級副社長(ジェトロ撮影)

同社はフランスのルノーやドイツのBMWなど、数を絞った業界大手の顧客に高い専門性を提供している。インドを中心として、ドイツなど世界に1万3,000人のソフトウエアのエンジニアを抱える同社の部門は、「自動運転部門」「E/Eアーキテクチャー(電気・電子システム構造)&ミドルウエア部門」「パワートレーン部門」などに分かれている。ソフトウエア開発会社でありながら、自動車工学について深い知見を備えているためだ。

ソホニー氏は「自動車業界でソフトウエアは過去5年で最も重要な分野になった」との見解を示す。同社は提供する業務の範囲として「チップからクラウドまで」を掲げ、半導体やクラウドコンピューティングなどの知見を生かし、顧客に対してエコシステム全体の改善を提案できる体制を築いていると説明している。

日本では、ホンダや日立アステモ、パナソニックなど7社を顧客に持つ。また、2022年度の売上高を地域別に見ると、アジア事業(約7,300万ドル)が約20%を占める。その中で大部分を稼ぎ出しているのが日本事業で、増加率も前年度比30%と高い。

特にホンダとは長年の取引があり、2023年3月にはソフトウエア開発分野での提携の基本合意を発表した(2023年3月15日付ホンダニュースリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。提携により、KPITは2030年までにホンダ向けのソフトウエア開発人員を2,000人に拡大し、「次世代電子プラットフォームのオペレーティングシステム、電動パワートレーン、先進安全、自動運転」などの分野をカバーする。今回のホンダとの提携は、市場調査会社が「これからの自動車の決定打」と指摘するSDVの開発を見据えたものとみられる。

現在、KPITは世界で完成車メーカー6社のSDV開発に関与している。KPITの広報担当者は、今後も世界の完成車メーカーが次世代の電気自動車(EV)とソフトウエアに関する提携が進むことが見通され、同社の事業機会は拡大する一方との見解を示している。

ホンダと日産自動車が3月15日に発表した戦略的パートナーシップ検討のプレスリリースにも、具体的な取り組みとして「バッテリーEVに関するコアコンポーネント」「商品の相互補完」とともに、「自動車車載ソフトウエアプラットフォーム」も分野の1つに含まれている。なお、日産については、神奈川県厚木市に2017年に設立したソフトウエアトレーニングセンター(STC)での研修内容などをインドのIT最大手タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)と構築した経緯もある。

ソフトウエアの統合に注力

トヨタ自動車は2023年9月、ソフトウエアとハードウエアを両輪とする体制を発表し、「ソフトウエアファースト」の新組織を設立した。これは、自動車業界でソフトウエアが重視されるようになったことを示す端的な例と言える。各社がソフトウエアを重視するのは、これから製品を差別化していく上で主戦場の1つになるとみられているためだ。

SDVでは、ソフトウエアがハードウエアやサービスの価値を決めていくことになる。そのSDVに明確な定義はない。ただし、一般的には「オーバー・ジ・エア(OTA、無線通信経由)」でソフトウエアを更新し、さまざまな機能を拡張や追加できる車を指す。完成車メーカーは、これまでの自動車を売り切るビジネスモデルから、販売後も機能や性能を更新するモデルを見据えているとされる。

車載ソフトウエア自体は既に多くの車両に搭載されている。ハイエンドモデルの自動車にプログラムされるソースコード行数は1億行を超えるといわれる。自動操縦が実用化されていることで知られる民間航空機でも、約1,500万行程度といわれる。このことを考え合わせると、自動車に使われるソフトがいかに多様な環境に対応する必要があるかが分かる。ただ、現在の車載ソフトウエアの多くは電子制御ユニット(ECU)に不随する組み込みソフトウエア(注)で、ハードウエアに不随し、それぞれが独立して作動している。1車当たりのECUは30~200個に上り、ソフトウエアは複雑を極めている。

KPITのソホニー上級副社長によると、SDV時代を見据え今後の車載ソフトウエアの最大の課題は、ECUの全てをどのように連動させるかだ。同社は、「ソフトウエアの統合に注力している」と強調する。

2030年に自動車市場の15%も

ソフトウエアを事業の主軸に据えた事業体「ボッシュ・モビリティー」を2024年に発足させた自動車部品大手、ドイツのボッシュは、2025年以降、SDVが大規模に市場に導入されると予測する。経営コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループの試算によると、2030年のSDV市場規模は6,500億ドルになり、自動車市場全体の15~20%に達する。2030年に完成車メーカーが手にする車載ソフトウエアと電子機器の収入も、2023年の約3倍の2,480億ドルと推計される。ソフトウエアと電子機器のサプラヤーの売上高は、2030年時点で4,110億ドルが見込まれる。2023年の2倍近くになる計算だ(図参照)。

図:車載ソフトウエアと電子機器の収入予測
完成車メーカーの車載ソフトウエア・電子機器収入は2023年の870億ドルから2030年の2,480億ドルに増加。サプライヤーの車載ソフトウエア・電子機器収入は2023年の2,360億ドルから2030ねんの4,110億ドルに増加

出所:ボストン・コンサルティング・グループの試算を基にジェトロ作成

インドは、そのソフトウエア開発の一端を担うとみられる。全国ソフトウエアサービス産業協会(NASSCOM)エンジニアリングR&D評議会のカーティケヤン・ナタラジャン会長(当時)は2022年に、インドで7万人超が世界の完成車メーカーや1次サプライヤー(ティア1)の先進ソフトウエア開発に従事していると発言した(「ビジネス・スタンダード」2022年11月18日)。

では、1次サプライヤー大手の従業員数は、どれほどの規模なのか。例えば、ボッシュ・モビリティーは、インドで3万1,000人(革新的製品の開発エンジニア数は4,000人)を擁する。また、ドイツ自動車部品大手コンチネンタルが2022年11月に南部カルナータカ州ベンガルールに開所した技術センターの新キャンパスには、開所時点で6,500人が働く。インド電子・情報通信技術省がNASSCOMのデータを引用した統計によると、2021年度のインドIT業界の全従業員数は510万人に達する。

日本含めたグローバル市場向け製品も

ホンダなどの完成車メーカー以外の日本企業も、インドの豊富な人材に注目し、足掛かりを築いている。

車載機器大手のパイオニアは、2023年8月にベンガルールに研究開発拠点を開設した(2023年7月18日付パイオニア報道資料参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。開発分野は、EV向け、二輪車向けも含めた「インフォテインメント、安全・セキュリティー製品、テレマティクス、コネクテッドソリューションなどの成長分野」としている。ソフトウエアの開発が核になるとみられる。

同社コーポレートコミュニケーション部の角谷朗子部長によると、拠点を設立したのは、インドの自動車市場が成長していることに加え、「ソフトウエアを開発できる人材が多いこと」が大きな要因だ(3月4日ヒアリング)。エンジニアが英語を使い、グローバル向けの製品を検討しやすい環境であることも進出要因と指摘する。 同開発拠点の人員を数年で数十人規模にする計画で、インド市場向けに加え、日本を含むグローバル市場へ投入できる製品の開発を目指す。2024年度中に第1弾を市場に投入したいという。

1年で150人規模に

電子部品大手アルプスアルパインは2023年4月、インド財閥大手タタ・グループ傘下のタタ・エレクシーと車載ソフトウエアの長期的戦略パートナー契約を締結した(2023年4月7日付アルプスアルパインプレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。南部ケララ州のティルバナンタプラムにあるタタ・エレクシーの拠点内に、アルプスアルパインの「グローバルエンジニアリングセンター」を設立している。

米中対立など世界の分断が進み、グローバル企業の完成車メーカー向けの開発を従来どおり中国で進めることが地政学的に難しくなっていることが、背景にある。同社の田中正晃執行役員は、昨今はサイバーセキュリティーや機能など、受注した製品に求められる要件が増えるとともに複雑化してきたと指摘。「ソフトウエア開発工数が足りなくなってきた」と明かす。


アルプスアルパインの田中執行役員(ジェトロ撮影)

インドでは、ソフトウエア開発のエンジニアが多く、人材を確保できることや、タタ・エレクシーに欧州の完成車メーカーや1次サプライヤー大手との取引実績があり、幅広い技術を持つことなどが今回の契約を締結した理由と説明する(3月15日ヒアリング)。

同センターには現在150人が所属し、2025~2026年に量産されるステアリングなどのスイッチ系組み込みソフトウエアを開発している。また、日本国内の開発センターでも、タタ・エレクシーの人員を受け入れて交流しながら開発を進めている。

両社にとって、日本でソフトウエア人材を確保するのは難しい状況だ。情報サービス産業協会(JISA)が主要企業を対象に実施した2023年10~12月期の「JISA-DI調査」によると、「人材不足」から「過剰」を引いた雇用判断DI値は77.2ポイントに上った。過去最悪だった前年同期の80.3ポイントに迫る結果ということになる。ここからも、ソフトウエア分野を含めた慢性的な人材不足が続いていることが分かる。

一方KPITでは、2023年10~12月期の3カ月だけで、新卒・中途採用合わせて750人以上を増員した。前述のNASSCOMの統計でも、インドのIT業界の従業員数が2026年に950万人に達すると予測されている。車載ソフトウエア開発する上では人材の需給面からも、日本企業によるインドの活用が進む可能性は高い。


注:
各種の電子機器を機能させるための制御ソフトウエア。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
今野 至(こんの いたる)
出版社、アジア経済情報配信会社などを経て、2023年9月から現職。