就労経験者が指摘、人材を確保できる日系企業とは(インド)
「仕事で成長を感じたい」との声も

2024年4月22日

インドで、事業拡大を検討する日系企業は多い。その中で、人材の需給逼迫は頭の痛い課題だ。従業員の定着率向上と人材の採用を強化するにあたり、日系企業での就労経験者の声が参考になるかもしれない。

本稿では、首都ニューデリーとハリヤナ州グルグラム(注1)でジェトロが実施した座談会の発言と、事前アンケート調査で浮き彫りになった意見をまとめる。日系企業の人事評価や給与水準に関する満足度は必ずしも高くない一方、学習機会やチームワークに関しては魅力を感じるとする声があがった。

投資リスクの4位に離職率の高さ

ジェトロの「2023年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では、多くの在インド日系企業が人材に関する課題に直面していることが明らかになっている。在インド企業に対し投資環境リスクを尋ねた設問では「従業員の離職率の高さ」が4位に入った。また、3位には「人件費の高騰」が入り、投資リスク上位5位のうち、2項目が人材に関わる内容だったことになる。一方、「今後1~2年の間に事業拡大を考える」とした企業は、75.6%に上った。これは、世界の主要国で最も高い水準になる。事業を拡大するためには、人材の定着や増員が求められる。しかし、前年と比較した雇用状況に関する設問では、「悪化」が21.2%と、「改善」の14.6%を大きく上回っているのが実状だ。

そこでジェトロは、パソナインディアの協力の下、日系企業の就労経験者を対象に座談会を企画した。2024年2月17日に、2会場で開催。事前アンケート(注2)の結果を踏まえた項目に沿って、インド人司会者が日系企業で勤務した体験について尋ねた(就労経験者は、これに自由コメント)。出席者は、合計10人(ニューデリー4人、グルグラム6人:表参照)。2年以上就労していた者から選定した。なるべく本音で話せるよう、日本人は同席しなかった。

座談会では、「社内コミュニケーション」「経営方針」「人事・評価制度」「仕事に求めるもの」が多く話題に上った。この記事では、その4項目に分けて解説する。また、アンケート調査結果から日系企業への評価を整理すると、図1の通りになる。

なお、本稿に登場する日系企業就労経験者がインド人を代表するわけではない。また、記事中で紹介するコメントなどは、発言者個人の考えに基づくことを申し添える。

表:座談会出席者
開催地 出席者の構成
ニューデリー 男性3人:製造業(20代)、非製造業(30代)、非製造業(40代)
女性1人:非製造業(40代)
グルグラム 男性3人:製造業(20代)、製造業(30代)、非製造業(30代)
女性3人:製造業(20代)、非製造業(30代)2人

注:属性については、注3参照。
出所:パソナインディアからの聴取結果

図1:日系企業勤務経験者による日系企業への評価
「非常に良い」が唯一2割を超えたのは、「学習機会・人材育成」の項目。次に「職場環境」で同17%、「チームワーク・協力」「双方向のコミュニケーション」で同15%と続いた。他方、「給与水準」と「定期昇給」については、「非常に良い」と回答した人はいなかった。

出所:ジェトロによる事前アンケート調査(パソナインディア協力)

人事・評価制度:職位には資格満たした人を

事前アンケートで、「非常に良い」が唯一2割を超えたのが「学習機会・人材育成」だった。座談会では、「日系企業は新入社員への教育が充実している」(30代男性)や「技術分野の人間としては、日系企業は非常に合っていた。技術面でのラーニングカーブが急激に上昇した」(20代男性)などの意見があった。一方で、「日系以外の外資系企業では、立ち振る舞いなどのソフトスキルも学ぶことができる。しかし、日系企業ではそれらは学校で学ぶものと思われている」(30代男性)との感想もあった。

日系企業でハラスメント被害について側聞しないことも、評価につながっているようだ。「日系企業の組織では、ハラスメントが深刻に捉えられている。被害についてはめったに聞かない」(40代男性)という。ただ、「日本人に対するえこひいきは見られる」(30代男性)や「給与や職位は、資格を満たした人に与えられるべきだ。しかし、多くの場合、(資格の有無に関わらず)日本人が上級職に就く」(20代女性)という指摘もあった。人事に偏りがあるとの見方があることにも注意しておくべきだろう。

日系企業の特徴として多くの出席者が指摘したのが、手続きや過程を重んじる姿勢だ。これに関連しては、厳しい意見が聞かれる。例えば、「プロセスが必須で結果は二の次」(30代男性)や「やり方よりも結果を重視すべき」(40代男性)、「承認を取るプロセスに時間がかかることが大きな問題」(20代男性)などが指摘された。

学習機会・人材育成とは対照的に、「非常に良い」が皆無だったのが、「給与水準」と「定期昇給」だった。出席者からは、「一部の日系企業は、業界水準も給与指標に取り入れているようだ。しかし、多くは自社の業績と個人業績だけで給与を決めている。業界の動向も見るべき」(30代男性)や「昇給率を常に1桁に抑えようとしていた」との体験談が示された(注4)。そのほか「入社時には良い待遇を得ても、その後は伸び悩む」(20代女性)など、批判的な内容が多かった。


ニューデリーでの座談会(パソナインディア提供、写真の一部を加工)

社内コミュニケーション:従業員関与強化で退職ゼロも

総じて評価が高いのが、「チームワーク・協力」だ。事前アンケートで「良い」が約8割に達し、「あまり良くない」「悪い」の合計が1桁にとどまった。出席者からは、「(日本企業は)協調により事業を成功させてきた。これは強みで、どのように協力しチームワーク力を高めるかは学ぶべき」(30代男性)や「従業員エンゲージメントの方針以上に、部門長が協力を進めたチームがあった。このチームでは、2年半にわたって退職者がゼロだった」(20代男性)など、評価する意見が出された。

もっとも、「職場環境」(日本人経営陣のオープンさ、相談しやすさ、など)に関しては、それほど評価されていない。「あまり良くない」「悪い」の合計も、約3割に及んだ。出席者からは「プロフェッショナリズムを持っていることは理解できる。それでも、もう少しオープンさがあってもいい。言葉の壁があるのかもしれない。いずれにせよ、インド人社員が近づきがたい」(30代女性)といった声や「通訳が誰よりも経営陣の身近にいる。2人目の上司と化してしまうことがある」(40代男性)など、直接コミュニケーションを取る難しさを訴える声もあった。

時間外の連絡などにとまどう意見も出た。「多くの日本人は就業時間後にも働いていて、回答を要求される」(20代男性)や「家族が帯同してない(日本)人が多い。週末にも働いていて、返信を求められる。上級職の立場にある者はプライバシーを理解し、尊重すべき」(30代女性)との声があがった。

経営方針:権限移譲には高い関心

最も評価が低い項目の1つが、「意思決定プロセス」と言える。事前アンケートで「あまり良くない」「悪い」の合計が37%に上った。ただしこれは、企業としての意思決定に関する体験的な意見ではない可能性が高い。というのも、回答者の中に役員経験者がほとんどいなかったためだ。むしろ、中間管理職以下の従業員の見方が示されたものとして捉えられよう。

これに関連して出席者の多くが口にしたのは、日系企業では権限が委譲され難いという不満だ。「たった1~2人が会社を運営していると感じる。なぜ上級管理職に対し、職に見合った決定をさせないのか」(30代男性)や「経営者が日常業務に追われている。その権限を部下に委譲して、ビジョンやミッションを達成するための計画を策定すべき」(30代女性)との考えが示された。このほかにも、「長期的に事業拡大を望むのなら、長期的なビジョンと計画、日本人と協働する地元のリーダーが必要」(30代男性)、「過去10年くらい、現地化(localization)という言葉を聞いている。裏返すと、多くの企業で実現できていないということになる」(40代男性)という指摘も出た。一方で、「自分たちの意見を(日系企業の経営陣に)伝える行動を私たち自身が取っていない。これで(日本人に)分かれというのは難しい」(20代男性)といった声もあった。

時間管理や一律の勤務時間も、多くの出席者が取り上げた話題だ。「日本が経済大国として成功した秘訣(ひけつ)は、規律の順守や時間厳守にあると思う。しかし、他国では適応するのが難しい」(30代男性)や「インド人上司には遅刻の理由について自由に話せる。(相手が)日本人だと、どう感じるかを心配して言うのをためらってしまう」(30代女性)などの声があった。また、勤務姿勢についても違和感が生じているところがある。「特に国際的な経験が少ない駐在員は、皆が常にデスクについていることを求める。実際の業務の有無にかかわらず、仕事しているように映る姿勢を見せ続けなければならない」(40代女性)という感想も聞かれた。

ただ、コロナ禍以降は変化の兆しがあるという。これは、「コロナ禍後の転職検討の要素の1つが、ワークライフバランス」(30代男性)という意見にも表れている。従業員からの働きかけも、その動きを後押ししているようだ。例えば、「コロナ禍を経て、勤務時間の柔軟性について話し合いが始まっている」(40代男性)や、「コロナ禍前は非常に厳しかった規則について、(日本人経営者を)長時間説得。最近は服装の規定を廃止し、勤務時間もハイブリッド型や柔軟なものに変わった」(20代男性)という。


グルグラムでの座談会(パソナインディア提供、写真の一部を加工)

仕事に求めるもの:キャリアアップ機会の提供を

従業員が仕事に何を求めているかを一般化するのは難しい。だとしても、キャリアアップへの関心があることは間違いないだろう。実際、多くの出席者が座談会で引き合いに出していた。

事前アンケートによると、日系企業の「キャリアアップ」機会はあまり評価されていない。「あまり良くない」「悪い」の合計で3割を超えた。「意思決定プロセス」と並んで低評価と言わざるを得ない。座談会では、「(社内では)キャリアップの欠如が退職の最大の理由だ。入社後4~5年の社員は、次にどういうキャリアパスがあるのかが分からないと辞めていく。たとえ昇給率が10%に達していても、だ」(30代女性)や「若くて才能のある人材にアピールしようと思うなら、キャリアパスを決めておくべき。採用面接では、入社5年後の姿をどう予想するか応募者に聞くことがあった。しかし、むしろ面接する側がその回答を用意しておく必要がある」(20代男性)などは、職務上の経験に根差した発言だろう。

仕事で成長を感じられるかどうか、ということも大きな要因になっているようだ。「一定レベルに達した後に、さらに成長できるように機会と課題が与えられるべき」(30代女性)や「明示された業績指標などは短期のものにすぎない。企業が5年後にどう成長し、その中でどのような役割を与えられるのかというのが明確でない」(30代男性)、「若手は成長することが必要だ。また、会社に意見が取り入れられることを求めている。そういう退職者からの意見があることを指摘しておきたい」(20代男性)などの意見もあった。

日系企業の多くでは、職の安定性が特徴になっている。このことを魅力の1つと捉える発言もあった。具体的には、「日系企業では失職するという問題はほとんどない、当初は魅力的に映る」(30代男性)という。しかし、同じ出席者が「(日系企業で)一定の水準に達した後は、給与がそれなりでも、それ以外の手当や柔軟性で見劣りする」とも指摘した。また、「1990年代には安定性が重要だったのかもしれない。しかし、現在は経済が成長し、求人があふれている。そうした中では、『どうキャリアアップしていくのか』『仕事への貢献にどう報いてくれるのか』を意識するようになる」(30代男性)とのこと。さらに、10年以上勤務している場合でも、転職の誘いがあれば「当然検討する」(40代女性)という意見もあった(図2参照)。

その対策として、上司からのねぎらいが効果を上げるという見立てもあった。「大きなプレッシャーの中で仕事をする若手に対し、短時間でも良いので感謝を示してみてはどうか。実際、そうすることで転職する気持ちが変わった例を見ている」(20代男性)とのことだった。

図2:転職理由(複数回答)
「技能向上」が最大で61%、続いて「昇格・キャリアアップ」37%、「給与」35%、「職場環境」35%と続く。

出所:図1と同じ

図3:就業中の仕事にとどまる上で重要な要素(複数回答)
「技能向上」が最大で65%、続いて「給与・定期昇給」59%、「職場環境」46%と続いた。

出所:図1と同じ

なお、事前アンケートでは、(1)転職理由と、(2)就業中の仕事にとどまる上で重要な要素についても聞いている(ともに複数回答)。その結果を示したのが、図2と図3だ。(1)も(2)も最大の理由は「職能向上」で、6割を超えた。特に転職理由としては、2位以下の30%台を大きく引き離した。これは座談会で話題に上った「仕事で成長を感じられるか」に重なる課題とも言える。

確かに、「成長」は、給与や評価ほど制度化が容易でないかもしれない。しかし、人材を引きとめる対策を考える上で、大きなヒントになる可能性もあるだろう。


注1:
ニューデリーとグルグラムのいずれも、日系企業が集積する都市。
注2:
事前アンケートの対象は、日系企業で就労経験のあるインド人オフィス勤務者。デリー首都圏(日本企業専用工業団地のあるラジャスタン州ニムラナを含む)で、2024年2月7~17日に実施した。有効回答は46人。
注3:
参加者の属性として示した製造業・非製造業の別は、座談会開催当時の就労先(日系か非日系かを問わない)に基づく。
なお、座談会参加者が日系企業に就労した年数は、2~15年と幅がある。また、非日系企業を含めた経験社数は、2~6社だった。
注4:
ジェトロとインド日本商工会(JCCII)の「2023年度賃金実態調査」によると、2023年(暦年)の実績に基づく日系企業の昇給率は、2桁の伸びだった。具体的には、スタッフが10.4%増(前年は9.6%増)、ワーカーが10.3%増(同9.4%増)になっていた(2024年3月22日付地域・分析レポート参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
今野 至(こんの いたる)
出版社、アジア経済情報配信会社などを経て、2023年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。