スマホ利用検査で眼底疾患を早期発見(日本)
ジェトロ賞受賞の水野優氏

2024年1月16日

2023年のHVC KYOTOでジェトロ賞を受賞した広島大学病院広島臨床研究開発支援センター助教の水野優(みずの・ゆう)氏は、緑内障や糖尿病網膜症など無症状で進行する眼底疾患の早期発見を目的に、誰でも簡単に眼底撮影ができる機械と人工知能(AI)遠隔診療を組み合わせた医療機器の開発を行っている。ジェトロ京都は、起業に至る経緯と海外展開を含めた今後の事業計画について、話を聞いた(インタビュー実施日:2023年8月24日)。

京都最大のヘルスケア・ピッチイベントでジェトロ賞受賞

京都では、ヘルスケア分野の国内外スタートアップ企業のグローバル展開を支援するピッチイベント「HVC KYOTO(Healthcare Venture Conference KYOTO)」が毎年開催される。2016年から京都リサーチパークや京都府、京都市、ジェトロ京都が主催している(過去の同イベントについては2020年11月4日付ビジネス短信参照)。

HVC KYOTOは全編英語で行われており、新型コロナウイルス禍では、オンラインでの実施に移行していた。8回目の開催となる2023年は7月6〜7日にオンラインとオフラインを併用して実施された。バイオテックとメドテック(注1)の2領域に特化した内容で、京都を中心に国内19社、海外3社の計22社のスタートアップが参加した。また、アジアを中心としたエコシステムの紹介セッションも開催され、オンライン配信を含めて563人が視聴者として参加した。

参加企業のうち15社によるピッチを経て、事業展開に関して有望と判断された企業には、各主催機関からアワードが提供される。ジェトロ京都は、広島大学病院広島臨床研究開発支援センターの水野優(みずの・ゆう)氏にジェトロ賞を授与した。水野氏は、緑内障などの無症状で進行する眼底疾患の早期発見を目的として、誰でも簡単に眼底撮影ができる機械とAI遠隔診療を組み合わせた医療機器の開発を行っている。ジェトロ京都は同氏の社会貢献に対する熱意の高さを評価し、今回のジェトロ賞授与を決めた。

水野氏が実現目指すスマートフォンでの眼底検査

水野氏は広島大学医学部を卒業後、社会福祉法人三井記念病院糖尿病・代謝内科で後期研修までを受講。糖尿病患者は合併症として糖尿病性網膜症(注2)を発症するリスクがあるために、眼科で眼底検査を実施する必要があるが、水野氏は糖尿病患者の眼科受診率の低さに驚いたという。糖尿病と同様に糖尿病性網膜症も無症状で進行するが、薬の処方機会がないことや、疾患に対する認知度の違いが原因なのか、眼科受診の必要性を感じる患者は非常に少ない。眼科は糖尿病外来に比べて短い待ち時間で済むにもかかわらず、受診の意欲が低くなるようだ。このような状況を加味して、精密な眼底検査を行うための眼底カメラでなくても、誰もが簡便に眼底の状況を観察することができるツールがあればよいのではないかと水野氏は考えた。近年のスマートフォン内蔵カメラの解像度向上とも相まって、AIによる分析機能を合わせたデバイスの開発に至った。さまざまな理由で眼科受診が困難な患者のスクリーニングを眼科医以外(内科医など)でも行うことができ、さらに、円滑に眼科専門医で確定診断と治療を行う体制を作り上げることで、治療可能な失明を防ぎ、100歳まで「明るい」世界を築くことを目標としている。

水野氏は、三井記念病院での後期研修の後、東京大学付属病院糖尿病・代謝内科、広島大学付属病院眼科、県立広島病院眼科、厚生労働省、日本医療研究開発機構を経て、広島臨床研究開発支援センターで臨床、研究を継続しながら、起業準備の段階にある。


スマートフォンを使用した眼底検査(水野氏提供)

臨床研修終了後に大学院で糖尿病モデルマウスの眼底撮影を試みたが、当時在籍していた生化学教室には撮影装置がなく、眼底の記録が満足に得られないことを経験した。近年のスマートフォンの目覚ましいカメラ機能の進化に着目し、iPhone13と眼底観察レンズを組み合わせてみたところ、ヒトでもスクリーニング診断には十分な画質の眼底画像が取得できることが判明した。眼底観察レンズと被写体との距離を含めたパラメーターなどの設定がデバイス開発に際しての最重要ポイントだったという。

2024年中をめどに、医療機器としての承認をクラスⅡ(注3)で取得し、特許権の取得に関しても、同時期に手続きを終える計画を進めている。開発中のデバイスを保険診療として使用できるようになれば、糖尿病患者の眼底検査の普及につながり、失明を防ぐことにつながると考えている。

糖尿病性網膜症は、先進国もさることながら、アジアの新興国でも大きな問題となっている。水野氏は広島県とジェトロとの海外展開支援プログラムで訪問したインドネシアの状況を課題視しており、国内で承認された後は、インドネシアを皮切りにアジア地域での展開を目指す。水野氏は1件でも多くの失明リスク軽減に貢献できればと夢を膨らませている。


「ジェトロ賞」を受賞した広島大学病院臨床研究開発支援センター助教の水野優氏
(壇上中央、ジェトロ撮影)

注1:
メディカル(医療)テクノロジー(技術)を組み合わせた造語で、情報通信技術(ICT)を医療に活用する取り組みのこと。
注2:
糖尿病の3大合併症(糖尿病腎症、糖尿病神経症、糖尿病性網膜症)の1つ。糖尿病が原因で目の中の網膜という組織が障害を受け、視力が低下する病気のこと。
注3:
日本国内では、医療機器はリスクに応じてクラス1から4まで分類されており、各クラスによって製造や販売などに関する規制が異なる。
  • クラスⅠ(一般医療機器)
    不具合が生じた場合でも、人体へのリスクが極めて低いと考えられるもの
  • クラスⅡ(管理医療機器)
    不具合が生じた場合でも、人体へのリスクが比較的低いと考えられるもの
  • クラスⅢ(高度管理医療機器)
    不具合が生じた場合、人体へのリスクが比較的高いと考えられるもの
  • クラスⅣ(高度管理医療機器)
    患者への侵襲度が高く、不具合が生じた場合、生命の危険に直結するおそれがあるもの
執筆者紹介
ジェトロ京都 産学連携コーディネーター
佐竹 晋(さたけ しん)
外資系製薬企業、製薬関連人材派遣企業、医療機器スタートアップでの勤務を経て、2020年5月にジェトロ入構。京都貿易情報センターの京都大学担当デスクとしてスタートアップ企業の海外展開を支援。