投資額減退も、高付加価値分野に投資の動き(英国)
米中貿易摩擦の情勢下に見る中国企業の対外直接投資動向調査

2020年1月10日

2018年の中国企業による英国への直接投資は、他の多くの国からの投資と同様に、金額ベースでの減退が見られた。一方で、投資事例の中には、電気自動車(EV)や製薬、デジタルなど英国の成長市場や高度人材の獲得を狙ったとみられる高付加価値分野への投資の動きがある。米中の貿易摩擦で相互の投資が手控えられる中、中国からの資金が英国の技術開発(テック)分野に集まる事例もある。

各国投資の多くが減退する中、中国もマイナス

2018年の中国企業による英国への直接投資を国際収支ベース(ネット、フロー)で見ると、2017年の6億3,700万ポンド(約891億8,000万円、1ポンド=約140円)からマイナスに転じ、1億400万ポンドの引き揚げ超過となった(表1、表2参照)。外国企業からの投資全体を見ると、米国やカナダなど一部の国で前年比増の投資が見られるものの、EU加盟国や日本など多くの国で前年からの投資額の大幅減となっており、英国のEU離脱(ブレグジット)を背景に、投資の手控えや英国からの引き揚げの動きがあると見られる。2018年末の中国の投資残高は17億7,500万ポンドと、全体の0.1%のシェアだった。

表1:英国の国・地域別対内直接投資(実績ベース,ネット,フローおよび残高)(単位:100万ポンド,%)(△はマイナス値、—は値なし)
国・地域 2016年 2017年 2018年
金額 金額 金額 伸び率 投資残高
欧州 135,463 40,270 2,744 △ 93.2 800,156
階層レベル2の項目EU 129,768 23,997 △ 12,031 579,048
階層レベル3の項目スペイン 1,955 1,491 3,827 156.7 50,150
階層レベル3の項目ドイツ 2,731 4,260 3,142 △ 26.2 83,945
階層レベル3の項目ベルギー 634 94,363
階層レベル3の項目キプロス 162 256 400 56.3 7,727
階層レベル3の項目マルタ △ 74 106 1,060
階層レベル3の項目フィンランド △ 18 95 537
階層レベル3の項目ポルトガル 3 9 △ 7 249
階層レベル3の項目イタリア 333 △ 219 6,006
階層レベル3の項目アイルランド △ 599 1,200 △ 1,881 14,864
階層レベル3の項目ルクセンブルク 18,415 1,015 △ 2,005 111,438
階層レベル3の項目オランダ 1,778 △ 16,228 137,582
階層レベル3の項目デンマーク* 47 △ 809 343 5,882
階層レベル3の項目スウェーデン* △ 13 293 △ 165 9,464
階層レベル2の項目英国王室属領 2,994 7,874 12,345 56.8 141,296
階層レベル2の項目EFTA 2,705 8,413 2,511 △ 70.2 79,000
階層レベル2の項目ロシア △ 39 5 53 960.0 704
米州 29,096 25,555 44,714 75.0 543,508
階層レベル2の項目米国 26,780 16,720 39,541 136.5 416,661
階層レベル2の項目カナダ 138 3,737 4,563 22.1 23,770
オーストラリア △ 913 3,222 1,042 △ 67.7 15,912
中近東 2,528 909 △ 64.0 20,052
シンガポール 4,125 △ 676 259 7,845
日本 2,127 6,029 253 △ 95.8 89,180
韓国 179 165 249 50.9 2,107
香港 2,292 130 △ 94.3 23,041
中国 433 637 △ 104 1,775
インド △ 580 763 △ 221 11,311
合計(その他を含む) 191,952 80,576 49,276 △ 38.8 1,520,603

注1:再投資収益を含む。
注2:数値がある、または公表されている国・地域のみをジェトロが算出。
注3: 投資残高は年末時点。
*は非ユーロ圏
出所:英国国民統計局(ONS) 2019年12月3日発表数値

業種別に中国企業の英国への投資動向を見ると、公表されているデータの中では、10億7,500万ポンドと残高の大きい金融サービス部門で2018年の投資額をフローでみると、1億3,600万ポンドの引き揚げ超過となる動きがあった。

表2:中国の業種別対英直接投資(単位:100万ポンド,%)(△はマイナス値)
業種 2016年 2017年 2018年
金額 金額 金額 前年比 投資残高
石油・化学 97 15
輸送機器 110 △ 1 207
小売り・卸売り △ 2 5 230
専門サービス 1 △ 1 86
その他サービス △ 4 4
その他製造 △ 1 2 2 0 27
金属・機械 3 1 37
電気・電子 △ 1 1 39
情報通信 6 1 △ 83 28
輸送 4 △ 30 8
金融サービス △ 176 △ 9 △ 136 1,075
合計 433 637 △ 104 1,775

注 : —は非公表データ。
出所:英国国民統計局(ONS) 2019年12月3日発表数値

製造業に加え、高付加価値分野でも投資

2018年以降の中国企業による英国への投資事例を見ると、その業種は多岐にわたっている。その一方で、英国は2017年11月に公表した産業戦略で、2040年までに乗用車・商用車の全ての新車をゼロエミッションにすることを目標とする「将来型モビリティー」のほか、「AI(人工知能)・データ」「高齢化社会」「クリーン成長」を注力する産業分野として打ち出しており、当該産業分野では、特に大きな技術革新が期待されている。こうした分野で、技術的なノウハウやブランド獲得、新規市場の開拓を狙う中国の投資も見られている。鉄道車両製造大手の中国中車(CRRC)は、2019年3月に英国の半導体製造ダイネックスを買収した。CRRCは、ブレグジットの不透明性にかかわらず、ダイネックスの所在するイングランド北東部のリンカンシャーの研究開発センターに年間1,000万~1,200万ドルを投資してきたとしている。今後、同社は2019年中にバーミンガムにも、電気自動車(EV)用チップなどを開発するためのイノベーションセンターを開設し、2022年までに150人の技術者を雇用することに加え、最大5,000万ポンドを投資することを発表している。2019年6月には中国の恒大集団が、傘下のスウェーデンのNEVSと共に、EV向けに部品開発を手掛ける英国のプロティーンを買収することを発表している。この買収については、国際的なEV市場での主要なプレーヤーになる戦略の一環としている。これ以外にも、2018年8月に日産自動車が、英国サンダーランドに保有するバッテリー生産事業を、中国の再生可能エネルギー事業者であるエンビジョングループに譲渡することで合意した事例がある。

デジタルの分野では、中国のeコマース大手アリババ傘下のアリババ・クラウドが、2018年10月に英国内に2カ所のデータセンターを設置したことを発表した。欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域ではドイツ、アラブ首長国連邦(UAE)に続く3カ国目の設置となり、より効率的なデジタル通信が可能になるとしている。また、中国通信大手の華為技術(ファーウェイ)は、2018年2月に5年間で30億ポンド規模の英国からの調達を実施すると発表した。同社は英国内のオフィスに加え、ケンブリッジに研究開発施設の開設を計画していると、2019年5月4日付の「フィナンシャル・タイムズ」紙は報じている。

医薬品分野でも、動きがあった。華東医薬は、2019年11月に英国ヘルスケアのシンクレア・ファーマを買収したことを発表した。シンクレア・ファーマは西欧に加え、米国、韓国、メキシコ、ブラジルなどにも展開しており、華東医薬の中国市場と合わせ、グローバルな市場展開を狙う。また、医療分野で特に優れている英国の高等教育機関に目を付けた動きも見られ、北京の清華大学が運営するTUSホールディングスは2018年7月に、ケンブリッジに海外初となるサイエンス・パークを開設した。同社は、ケンブリッジをバイオテクノロジーにおける人材とクラスターの世界有数のハブであると位置付け、同分野でのスタートアップを育成し、成長促進を行うとしている。また、同年8月には、オックスフォード大学から独立したバイオ技術のオックスフォード・バイオダイナミクスが、中国の投資ファンドGLキャピタルと戦略的提携を結び、GLキャピタルが同社の5%の株式を取得することが発表された。取引額は975万ポンドと発表されている。

そのほか、不動産の分野では、大手カントリーガーデンが2018年4月に、ロンドン東部リー川周辺のアイルサワーフの広大な敷地を買収し、約4億ポンドを投じて780超の住宅施設と大型商業施設の開発を計画していることが報じられ、2019年2月に経営破綻した英国の大手鉄鋼メーカーであるブリティッシュ・スチールは同年11月に、中国の鉄鋼メーカーである敬業集団から、買収による救済を受けることを発表した。

米中摩擦を首相は懸念も、テック分野ではスタートアップへ投資の動き

ボリス・ジョンソン首相は、2019年8月にフランス南西部ビアリッツで開催されたG7首脳会議の際、メディアの取材に応じ、米中貿易摩擦がエスカレートすることに懸念を表明。両国が互いに関税引き上げなどを行うことは、グローバル経済を衰退させることになるとし、「進むべき道ではない」とコメントした。その一方で、米中貿易摩擦がテック分野での英国投資を後押しする面もあるとする見方もある。2011年にデイビット・キャメロン元首相によって立ち上げられたテック分野の起業家ネットワーク団体テック・ネーションは、2019年8月に英国のテック産業に対する世界からの投資についての報告書を公開した。同報告書によれば、2019年の1月から7月までの間の英国のスタートアップへの投資額は約67億ドルとなり、前年同期比で約43%増の大きな伸びを見せた。このうち、米国とアジアからの投資額は37億ドルと大きく、2018年の同期間の約15億ドルから約2.5倍となり、特に大きな伸びとなっている。

これについて、ニッキー・モーガン前デジタル・文化・メディア・スポーツ相も、才能ある人材が豊富なことや、ビジネスフレンドリーな投資環境といった強固なイノベーション基盤が投資を引き付けており、米国とアジアという世界最大かつ最も重要な2つの技術市場からの関心が高まっていることは、英国の投資先としての魅力を証明するものだとコメントした。2019年8月21日付「テレグラフ」紙は、この発言を受け、英国企業への投資が増加する要因として、米国と中国の間での貿易摩擦激化や投資規制強化の動きによって、双方の投資家が互いに投資を見合わせていることが背景にあると指摘している。同紙によれば、米国の新規外資規制導入により、中国投資家が25億ドル以上の米国への投資を断念し、一方で、米国投資家も米中貿易摩擦の継続を理由に、中国への投資を手控えているとしている。

2019年のスタートアップへの投資事例としては、AI開発を手掛ける英国スタートアップのプロウラー・ドットアイオーが2019年5月に、中国のテンセントなどから総額2,400万ドルの資金調達に成功したことを発表している。また、2019年9月には英国スタートアップのエバーレッジャーが実施した2,000万ドルの資金調達ラウンドに、テンセントが参加するなど、中国勢による英国のテック分野への関心の高まりを示す事例が見られる。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木下 裕之(きのした ひろゆき)
2011年東北電力入社。2017年7月よりジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2018年3月から現職。