メドリング-日本発スタートアップが挑むスマートクリニック展開
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(7)

2021年5月18日

地場大手IT企業幹部や、スタートアップ創業者などのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムでのデジタルトランスフォーメーション(DX)の注目分野や日本企業との協業に向けたヒントを探る本シリーズ。第7回は、2019年設立の日本発スタートアップで、ベトナムでスマートクリニック展開を目指すメドリングを取り上げる。

メドリングは2020年12月、ハノイのイオンモール・ハドン内にスマートクリニック「メティック(METiC)」を正式開院した。ジェトロの「日ASEANにおけるアジアDX促進事業」に採択され、医療分野でDX実証を進めている。同年10月、菅義偉首相のベトナム訪問に合わせて開催された文書交換式では、日本・ベトナム両首脳の前でパートナー企業のJVHB(ジャパン・ベトナム・ヘルス・ブリッジ)と協力覚書を交わし、注目を集めた。メドリングのベトナムでの展開戦略や展望について、最高経営責任者(CEO)の安部一真氏と、現地でクリニック運営やシステム開発に当たる最高技術責任者(CTO)の三浦笑峰氏に聞いた(2021年3月2日)。


メドリングの安部一真CEO(中央)と三浦笑峰CTO(右端)(同社提供)

ベトナム進出の決め手は成長市場、医療ニーズ、IT

質問:
ベトナムを選んだ理由は。
答え:
第1に、経済や人口ともに成長著しい市場であること。第2に医療課題が山積していることに着目した。ベトナムでは医療機関の不足や都市部の大病院への集中、生活習慣病の増加などが懸念されている。また、予防のためにクリニックに通うという文化が根付いていない。重症化してから初めて病院に行くといったケースが少なくない。そこで、スマートクリニックにビジネスチャンスを見いだすとともに、社会課題解決に貢献できないかと考えた。
市場の成長性や医療ニーズの高まりという点では、他のASEAN諸国でも同様だが、第3の決め手となったのが、スマートクリニックで軸になるITだ。ベトナムにとって2020年は、「DX元年」とも言える。さまざまな分野でDXが起こり始め、医療分野もその1つだ。例えば、電子カルテは導入フェーズから普及フェーズに今後入っていく。ITやDXが普及し、人工知能(AI)など新たな技術を導入しやすい土壌が整っていることが、ベトナムを選んだ決め手になった。
質問:
医療にどうITを活用していくか。
答え:
現在、開発に注力しているのがクラウド型の電子カルテ。診断データの蓄積、AI活用による医療水準の向上を目指している。ベトナムの医療機関では、患者のデータが院内のサーバに保存されている場合が多い。セキュリティーやバックアップの面でリスクを抱えていることになる。ある病院では、容量がいっぱいになったら、古い患者のデータから随時削除していると聞いて驚いた。このため、クラウド型でインタフェースも使いやすい電子カルテの開発を進めており、将来的にはメドリング以外の医療機関にも展開していく計画だ。
このほか、先進的な取り組みも進めている。例えば、日本にいる医師がセカンドオピニオンとしてベトナム人医師の診察を補助する「グローバル遠隔診療」などを試験導入している。また、研究段階だが、「メディカルボックス」も開発中だ。ちなみにメディカルボックスとは、検査や診療相談ができる無人ボックス。有名な例では、中国の保険大手、平安保険による「一分鐘診所(ワンミニッツクリニック)」などがある。ベトナムでも、山岳地帯などのへき地では、医療環境の改善に相当の時間がかかると見込まれる。オンラインを活用した初期診断を安価に提供できればと思う。
メディカルボックスのような取り組みは、現在の日本では規制上難しい。ベトナムでまず成功モデルを構築し、将来的に日本に逆輸入できたらとも考えている。
質問:
開院後の状況とベトナム人の健康意識は。
答え:
メティック・ハドン院は内科を主な領域とし、プライマリーケアや予防医療などの医療サービスを提供する。診療面では、ベトナム人医師に対し、日本の医師によるオンラインの指導を定期的に行うなど質の担保に努めている。開院後は1日に10人から20人ほどが来院。意外と20~30代の若い層も多く、スマートフォンによる問診なども抵抗感なく受け入れてもらっている。現在はまだ診療メニューが限られる。しかし、今後は予防接種なども拡充させていきたい。
新型コロナ禍の影響もあり、ベトナム人の健康志向は高まりつつあると感じている。診断では予想どおり、高血圧や血糖値が高い人が散見された。意外だったのは、骨密度が低い人が多かったこと。そのため、蓄積された診断データを基に、例えば、骨粗しょう症予防にお薦めの食品などをイオンモール側に提案していくプロジェクトが進んでいる。なお、このようなプロジェクトは、モール内に開院した狙いの1つでもあった。
日本では「健康維持にはまず定期的な健診が重要。その上で、何か問題があったら治療する」という考え方が基本だ。しかし、ベトナムではまだそういった認識が根付いていない。一方、こうした基本を飛び越えて、本来補助的なものであるはずのサプリや機能性食品に飛びつく傾向がある。メティックでもサプリは扱っている。しかしあくまでも補助的なものとして、健診などと併せて推奨していくことにしている。こうした啓発を通じ、ベトナム人の健康意識の改善や行動変容につながることも期待している。
質問:
苦労した点は。
答え:
開院するだけでも予想外のことが多かった。特に許認可取得では、相当苦労した。例えば、日本国内では医師が1人いれば大抵のことは対応できるのに対し、ベトナムではワクチンを打つ人、機械を操作する人と、細かくライセンスが定められている。また、ベトナムでの医薬品輸入には、サプリも含めてハードルが非常に高い。これらの許認可取得に当たっては、最終的に現地パートナーであるジャパン・ベトナム・ヘルス・ブリッジが迅速かつ正確に対応してくれた。もっとも、当地は日本製医薬品の展開に大きな可能性を秘めていると思う。
現地パートナーとの協力関係を築くため、コミュニケーションを円滑にすることと、ミッションを共有すること、正当な業務には正当な対価を支払うことに留意した。一言でいうと、積み重ねということに尽きると思う。

マインドセットをリセットし、ビジネスチャンスをつかむ

質問:
DXを進める上で、ベトナムの強みと弱みは。
答え:
前述のとおり、ベトナムは成長著しいマーケットだ。同時に、ASEANの中でエンジニアの供給源として数少ない国の1つでもある。北部ではハノイ工科大学などを中心にIT人材が集積しており、豊富なエンジニアを抱えている。
一方、いまなお人件費が安いため、日本などと比べて自動化や効率化へのマインドが低い。そのため、DXを進めるよりは人を雇ってしまおうという考えもみられる。日本では生き残りのため効率化は避けられないが、ベトナムでは人口・経済の成長を背景に、必ずしも効率化に向けた経営努力をせずとも何とかなってしまう。いずれベトナムも日本のようにシフトし、競争も激しくなっていくだろう。だとしても、現時点ではそこが弱点といえる。
質問:
今後の計画は。
答え:
1年以内の黒字化を目指している。2021年、2院目となる小児専門クリニックを開院予定だ。2025年までにベトナム国内の大型商業施設などに100院、2030年までにインドネシア、カンボジア、ミャンマーなどASEAN諸国で300院を開く計画だ。
質問:
ベトナムでの展開を目指す日系スタートアップへのメッセージは。
答え:
ベトナムは成長市場で、一般的に勤勉な人も多い。今後間違いなく伸びていく国だと思う。一方、忘れてはならないのは、日本とは政治体制が異なるという点だ。日本のように制度やルールが明確という感覚で参入しようとすると、想定外の問題に直面し、さまざまな場面で足をすくわれかねない。マインドセットを一度リセットし、スケジュールや資金はバッファーを持たせておくなどの準備が必要だ。また、ベトナムではスタッフのケアも重要。そのため、毎日密にコミュニケーションを取り、風通しのよい組織づくりを心がけている。
いまだ課題も山積している。その分、日本のスタートアップにとってビジネスチャンスは多く、今後ますます注目されていく市場と確信している。

「メティック(METiC)」ハドン院グランドオープンの様子(メドリング提供)
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
新居 洋平(あらい ようへい)
2010年、ジェトロ入構。展示事業課、麗水博覧会チーム、ミラノ博覧会チーム、ジェトロ広島を経て、現職。