ニアショアリングの波も受け、投資が過去最高水準に(メキシコ)
中銀・民間シンクタンクがアンケート

2023年10月20日

メキシコ中央銀行は2023年9月14日、四半期地域経済報告を発表した。あわせて、特別レポート「メキシコへの再配置に関する企業見解調査(2022年6月~2023年6月)」を掲載。このレポートによると、調査対象企業の26.1%が「昨今の需要拡大や拠点再配置の流れで生産、サービス、投資が増えている」と実感している。 地域的には北部で、産業的には輸出比率の高いグローバル製造業を中心に、拠点再配置(いわゆるニアショアリング)の影響を感じる傾向が強いようだ。進出日系企業が多いグアナファト州やケレタロ州が含まれる中央部でも、需要拡大による好影響を挙げる比率が高い。

ニアショアの流れを受けた製造投資の活性化は、GDP統計にも表れている。2023年の投資(総固定資本形成)は過去最高の規模に達した。しかし、(1)製造投資の急増に電力インフラが追い付いていない、(2)一部の州で人材確保が困難になっている、など、さらなる投資誘致に向けて課題も多い。

グローバル製造業の2割が拠点再配置の影響を実感

中央銀行は四半期地域経済報告(注1)の作成のため、業況感などに関するアンケート調査を毎月実施している。その対象は、従業員100人以上の企業1,300社以上(製造業と非製造業、双方を含む)がその対象になる。2023年7月に実施されたアンケート調査では、特別な調査項目として「メキシコへの再配置に関する見解」について設問が設けられた。

このような設定がされたのは、前年(2022年10月31日付地域・分析レポート参照)に引き続いてのことだ。すなわち、当該調査では2年連続で従業員100人以上の企業に対し、ニアショアリングの影響を実感しているかを聞いたことになる。もっとも、設問の表現は変えた。前年は「ニアショアリングの影響により、過去12カ月間で実際に自社の製品やサービスの需要増や外国投資の増加を実感したかどうか」と尋ねた。これに対し2023年は、「新型コロナ禍以降の需要の拡大、または拠点再配置の影響で、過去12カ月の間に生産、販売、投資が増加したか」とした。さらに、その要因(需要の拡大か、拠点再配置の影響か)を特定できるようにした。

需要の拡大、または拠点再配置の影響で好影響があった企業は、全体では26.1%に達した。その要因を特定した場合(注2)、需要の拡大による生産・販売・投資増が24.7%、拠点再配置に直接起因した生産・販売・投資増は9.3%になる。拠点再配置要因に限ると、非製造業以上に製造業への恩恵が大きい(製造業では11.2%)。

さらにグローバルチェーン参画製造業(注3)に絞ると、ますます比率が高くなる。需要拡大を含めた全体では35.8%、需要拡大に限定した好影響が31.2%、拠点再配置に直接起因した好影響でも18.2%。すなわち2割近くの企業が、ニアショアリングの影響を直接実感していることになる(図1参照)。

図1:需要拡大や拠点再配置で生産・販売・投資が増加した企業の比率(産業別)
需要の拡大、または拠点再配置の影響で好影響があった企業は、回答企業全体では26.1%に達したが、その要因を特定した場合、需要の拡大による生産・販売・投資増は24.7%、拠点再配置に直接起因した生産・販売・投資増は9.3%となる。製造業では需要の拡大、または拠点再配置の影響で好影響があった企業は29.3%、その要因を特定した場合、需要の拡大による生産・販売・投資増は26.9%、拠点再配置に直接起因した生産・販売・投資増は11.2%となる。グローバルチェーン参画製造業の場合は。需要拡大を含めた全体では35.8%、需要拡大に限定した好影響が31.2%、拠点再配置に直接起因した好影響でも18.2%となる。その差の製造業では、需要拡大を含めた全体では22.8%、需要拡大に限定した好影響が22.5%、拠点再配置に直接起因した好影響は4.2%となる。非製造業では、需要拡大を含めた全体では24.0%、需要拡大に限定した好影響が23.3%、拠点再配置に直接起因した好影響は8.0%となる。

注:グローバル製造業は自動車産業などグローバルサプライチェーンに組み込まれた業種。
出所:中央銀行「拠点再配置に関する企業見解調査2022年6月~2023年6月」

地域別にみると、総合的には中央部で影響の実感が大きい(26.9%)。これは、需要拡大を要因とする受益が大きいためだ。南部でも、2割近く企業が需要増による好影響を挙げた。ただし、拠点再配置に起因する好影響を挙げた企業はかなり限られている

片や、拠点再配置に直接起因した好影響を挙げる比率が高いのが、北部だ。この要因に限って比較すると、中央部を上回る。(図2参照)。

図2:需要拡大や拠点再配置で生産・販売・投資が増加した企業の比率(地域別)
需要の拡大、または拠点再配置の影響で好影響があった企業は、全国では26.1%に達したが、その要因を特定した場合、需要の拡大による生産・販売・投資増は24.7%、拠点再配置に直接起因した生産・販売・投資増は9.3%となる。北部では、需要の拡大、または拠点再配置の影響で好影響があった企業は27.1%、その要因を特定した場合、需要の拡大による生産・販売・投資増は25.7%、拠点再配置に直接起因した生産・販売・投資増は11.9%となる。北中部では、需要拡大を含めた全体では22.8%、需要拡大に限定した好影響が21.8%、拠点再配置に直接起因した好影響が6.1%となる。中央部では、需要拡大を含めた全体では28.6%、需要拡大に限定した好影響が26.9%、拠点再配置に直接起因した好影響は9.8%となる。南部では、需要拡大を含めた全体では19.5%、需要拡大に限定した好影響が19.4%、拠点再配置に直接起因した好影響は5.7%となる。

出所:中央銀行「拠点再配置に関する企業見解調査2022年6月~2023年6月」

製造業の成長を1ポイントほど押し上げ

2023年のレポートでは、アンケート結果からニアショアリングが製造業全体の生産に与える寄与度を推計している。

当該推計は、拠点再配置に直接起因した生産増が見られると回答した企業を対象に、どの程度生産が増えたかを尋ねた結果に基づく。その平均11.6%。好影響が全くなかった企業もあるため、従業員100人以上の全ての製造企業の生産額合計に与えた寄与度は0.9%ポイントとした。

同様に、拠点再配置に直接起因した雇用増は、回答企業の平均で9.7%、業界全体への寄与0.6%ポイント。拡張投資額の増加率は回答企業平均11.9%、業界全体への寄与0.8%ポイント。研究開発投資については、それぞれ9.9%、0.4%ポイント。今後を含む投資計画額の増加で、14.9%、0.9%ポイント。外国企業への販売額(輸出)の増加で、11.8%、0.7%ポイントになっている(表1参照)。

表1:ニアショアリング(拠点再配置)が製造業に与えた影響(単位:%)
項目 好影響を回答した
企業の増加率平均
製造業全体への
影響
生産 11.6 0.9
雇用数 9.7 0.6
拡張投資額 11.9 0.8
研究開発投資 9.9 0.4
投資計画額 14.9 0.9
外国企業への販売額(予定含む) 11.8 0.7

注:「好影響の回答平均」は、拠点再配置の影響で生産・販売・投資が増えたと答えた企業の増加率の平均。「製造業全体への影響」は、従業員100人以上の製造企業全体に与えた影響(増加率)の推計。
出所:中央銀行「拠点再配置に関する企業見解調査2022年6月~2023年6月」

回答企業には、前回も答えていた企業も多い。新型コロナ禍以降の需要拡大、または拠点再配置により生産、販売、投資に2年連続で全く影響を受けなかったのは64.8%だ。その残りが、何らかの影響を今までに実感した企業ということになる。しかし、2022年も2023年も好影響を実感している企業は4.3%に過ぎない。2023年に影響が弱体化・消滅してしまった企業が11.2%あるためだ。反対に、2022年調査段階では好影響を実感していなかったものの、2023年調査で実感するようになった企業が19.7%に及ぶ(表2参照)。

表2:2022年調査と2023年調査に双方回答した企業の影響有無の変化
項目 影響無し/
好影響
2023年調査
影響無し 好影響
2022年調査 影響無し 影響を受けなかった
64.8%
影響が最近顕在化
19.7%
好影響 影響が弱体化・消滅
11.2%
影響が持続
4.3%

注:「好影響」は過去12カ月でコロナ禍ニアショアリングなどの影響で生産・販売・投資が増えたと答えた企業の比率。
出所:中央銀行「拠点再配置に関する企業見解調査2022年6月~2023年6月」

ニアショアリングに起因した中国企業の進出が目立つ

中央銀行がニアショアリングに関するレポートを初めて発表したのは、2022年9月だった。それ以来、メキシコでは民間コンサルティング会社や金融機関などが次々とニアショアリングの影響に関する調査レポートを発表するようになった。

その1つが、地場コンサルティング会社ベスティガ・コンスルトーレス(Vestiga Consultores)だ。同社は2023年1月16日~2月6日、企業経営者など919人を対象に電話アンケートを実施した(注4)。

このアンケート結果によると、ニアショアリングが直接的、あるいは間接的に自社に及ぼす好影響の度合いについては、「大いに」が49%、「程々に」が30%に達した。さらに「僅(わず)かに」まで含めると、90%以上が恩恵を受ける(図3参照)。ニアショアリングの恩恵を活用する準備はできているかという質問に対しても、「大いに」が55%、「程々に」が29%と8割以上を占め、楽観的な見通しが読み取れる。

他方、メキシコがニアショアリングの恩恵を国として活用できるかについては、「大いに」が37%、「程々に」が32%になった。自社への影響より悲観的にとらえていることになる。これは、後述するメキシコのビジネス環境上の課題の存在により、十分に機会を活用できないと考える経営者が一定程度いることを示している。

図3:ニアショアリングの国や自社への恩恵の度合いと準備状況
自社については、「大いに」恩恵を与えるが49%、「程々に」恩恵を与えるが30%に達し、「僅かに」恩恵を与えるが14%、「何も」恩恵を与えないが7%。メキシコ全体に及ぼす影響は、「大いに」が37%、「程々に」が32%、「僅かに」が20%、「何も」が11%。ニアショアリングの恩恵を活用する準備状況については、「大いに」が55%、「程々に」が29%、「僅かに」が10%、「何も」が6%。

注:2023年1月16~2月6日に919人の経営者等に対して実施した電話アンケート結果。
出所:Vestiga Consultores(2023年2月15日発表)

ニアショアリングがこのように進んでいく中、中国系企業の新規進出が目立つようになってきた。

もっともその動きは、当地の対内直接投資統計にあまり表れていない。当該統計上、第三国・地域を経由した投資はその第三国・地域からの出資として計上される。さらに、それらの中で最大の出資比率を占めた国・地域の名称で、投資元が表示される。この方式に従うと、中国からの対内直接投資は、2022年時点でも極めて少額に過ぎない。

しかし、現地法人数統計では、ある国・地域からの出資を受け入れる場合、少額でも計上される。メキシコ経済省によると、中国からの出資がある企業数は過去3年間で11.2%増加した。2022年末時点で、日本を超える1,328社の中国系企業が存在するという。

表3:出資国別現地法人数の推移(各年末時点)(単位:社、%)
国名 2019年 2020年 2021年 2022年 増減(過去3年)
企業数 企業数 企業数 企業数 構成比 企業数 伸び率
米国 30,462 30,712 31,488 32,219 47.8 1,757 5.8
スペイン 6,558 6,723 6,885 7,060 10.5 502 7.7
カナダ 4,148 4,169 4,296 4,436 6.6 288 6.9
ドイツ 2,224 2,252 2,311 2,364 3.5 140 6.3
イタリア 2,269 2,282 2,311 2,354 3.5 85 3.7
アルゼンチン 2,104 2,114 2,174 2,236 3.3 132 6.3
フランス 2,033 2,033 2,093 2,166 3.2 133 6.5
英国 2,036 2,050 2,096 2,156 3.2 120 5.9
韓国 2,024 2,032 2,050 2,080 3.1 56 2.8
オランダ 1,942 1,950 1,970 1,961 2.9 19 1.0
コロンビア 1,407 1,420 1,487 1,545 2.3 138 9.8
中国 1,194 1,207 1,279 1,328 2.0 134 11.2
日本 1,263 1,274 1,286 1,300 1.9 37 2.9
ベネズエラ 1,198 1,205 1,227 1,246 1.8 48 4.0
スイス 922 928 945 990 1.5 68 7.4
ブラジル 745 767 794 821 1.2 76 10.2
チリ 686 704 752 799 1.2 113 16.5
パナマ 673 686 710 726 1.1 53 7.9
イスラエル 406 410 417 431 0.6 25 4.1
ベルギー 414 420 425 428 0.6 14 5.4
合計 63,364 63,873 65,562 67,383 100.0 4,019 6.3

注:1999年以降に一度でも外国資本の投資があったことを報告した現地法人の数。1999年以降に一度も外国からの出資増減がない企業は含まれていない。
出所:メキシコ経済省外国投資局から作成

また、デロイト・メキシコも2023年3月、レポートを発表(注5)。このレポートでは、外資系企業が2021~2022年に発表した投資計画(ニアショアリングに起因するもの)53件を報道などからリストアップし、分析している。

州別にみると、この期間中に最も多く発表されたのは、(1)北部ヌエボレオン州で20件に上った。これに、(2)北部コアウイラ州が9件、(3)バヒオ地域のグアナファト州(注b)8件、(4)北部チワワ州4件、(5)バヒオ地域のアグアスカリエンテス州(注6)3件、と続く。

業種別には、(1)自動車産業が最多で22件。以下、(2)家具6件、(3)電気機器5件、(4)電子機器4件、(5)家電3件。

出資国・地域別には、(1)中国19件、(2)米国8件、(3)日本と(3)ドイツがそれぞれ6件、(5)台湾4件、(6)イタリア3件と続く。中国系企業の進出は、北東部に集中している(ヌエボレオン州に12件、コアウイラ州4件)。一方で、業種は多様だ(自動車産業5件、家具4件、電気機器3件、家電と建設機械が2件ずつ)。その背景には、米国が通商法301条に基づいて中国製品に対して広く追加関税を課していることがありそうだ。すなわち、課税回避がその目的と言えるだろう。

図4:ニアショアリングの流れで2021~2022年に発表された投資計画
州別にみると、投資計画が最も多く発表されたのは北部ヌエボレオン州であり、20件、続いて北部コアウイラ州が9件、バヒオ地域のグアナファト州(中央銀行の定義では中央部)が8件、北部のチワワ州が4件、バヒオ地域のアグアスカリエンテス州(同北中部)が3件、北部のバハカリフォルニア州とバヒオ地域(北中部)のサンルイスポトシ州、ハリスコ州が2件、南部のユカタン州と中央部のメキシコ州が1件。業種別にみると、自動車産業の投資が最多で22件、家具が6件、電気機器が5件、電子機器が4件、家電が3件、プラスチックと金属加工と建設機械が2件ずつ、その他(衣服、消費財、玩具など)が7件となっている。出資国別にみると中国が19件で最多、米国が8件、日本とドイツが6件、台湾が4件、イタリアが3件、フランスとカナダが2件ずつ、オーストリア、英国、香港が1件ずつ。

注:投資金額は報道ベースの累計(100万米ドル単位)。
出所:Deloitte México (Galaz, Yamazaki, Ruiz Urquiza, S.C.), Nearshoring en México, Marzo 2023

設備投資は過去最高の水準に

ニアショアリングの流れは、メキシコにおける投資活性化に寄与している。

2023年上半期(1~6月)の対内直接投資額は290億4,100万ドル(2023年6月末確認時点)に達した。上半期終了時点の確認済み投資額(注7)として、過去最高を記録したかたちだ。

また、2023年上半期の国内総固定資本形成(メキシコ国籍企業の投資を含む)は、前年同期比18.2%増。経済成長への寄与度が3.85ポイントに達した。堅調な民間消費の寄与度3.19ポイントを上回り、GDP成長の最大の牽引役になったことは注目される(注8)。なお総固定資本形成は、約9割が民間部門の投資で占められる。2023年第2四半期(4~6月)は、前年同期比で21.2%増、季節調整済み前期比6.5%増と急増した。民間部門の投資が2022年第4四半期から3四半期連続で前年同期比2桁の成長を遂げたのは、ニアショアリングの流れを受けた結果と理解される(2023年9月20日付ビジネス短信参照)。

当地の投資(総固定資本形成)は、比較的最近まで大きく冷え込んでいた。その背景には、2018年12月のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)政権発足以降、投資家の不安を招く政策が数々実施されてきたことがある。(1)法的枠組みを尊重しない大衆意見公募の結果を基に、メキシコ新国際空港(NAIM)の建設を中止した(2018年11月1日付ビジネス短信参照)ことや、(2)米国のビール会社がビール工場の建設を計画したのに対して、水利用許可を取り消した(2020年3月26日付ビジネス短信参照)こと、などがその一例と言えるだろう。

総固定資本形成指数(季節調整済み、2008年平均=100)は、2018年12月時点の98.1から新型コロナ感染拡大前の2020年3月には既に91.6まで下がっていた。その後、新型コロナの感染拡大で63.9まで落ち込み、その後は回復に転じた。とはいえ、その勢いは緩慢で、新型コロナ禍前の水準に達したのは2022年10月だった。しかし、それ以降の伸びは著しい。2023年1月に97.8、2023年6月には118.2に達した。

総固定資本形成の約5割を占める設備投資に限ると、2018年12月の90.6から徐々に下落。2020年3月時点で80.5まで下がっていた。新型コロナ禍下の2020年5月に55.3まで落ち込んだ後、回復に転じた。2021年12月に87.3とようやく危機前の水準に達し、2022年12月には104.5、2023年6月には115.0の水準に達している(図5参照)。

図5:投資(固定資本形成)指数(季節調整済)の推移
総固定資本形成指数は、2018年12月時点の98.1から新型コロナ感染拡大前の2020年3月に既に91.6まで下がっていた。その後新型コロナの感染拡大で63.9まで落ち込み、その後は回復に転じたものの、その勢いは緩慢であり、新型コロナ禍前の水準に達したのは2022年10月だった。しかし、それ以降の伸びは著しく、2023年1月に97.8、2023年6月には118.2まで達している。総固定資本形成の約5割を占める設備投資でみると、2018年12月の90.6から徐々に下落し、2020年3月時点で80.5まで下がっていた。新型コロナ禍の2020年5月に55.3まで落ち込んだ後回復に転じ、2021年12月に87.3と漸く危機前の水準に達し、2022年12月には104.5、2023年6月には115.0の水準に達している、建設投資でみると、2018年12月の95.4から徐々に下落し、2020年3月時点で86.7まで下がっていた。新型コロナ禍の2020年5月に59.8まで落ち込んだ後回復に転じ、2021年8月に87.0と漸く危機前の水準に達し、2022年12月には99.8、2023年6月には116.8の水準に達している。

出所:国立統計地理情報院(INEGI)データから作成

投資集中地域で電力不足や人材確保難が浮上

ニアショアリングは、メキシコの経済発展にとって間違いなく追い風と言える。しかし、この追い風を生かしきれない実情もあることを懸念する声も多い。

前述のベスティガ・コンスルトーレスのアンケート調査では、「ニアショアリングの機会を逃すことにつながりうる最大の障壁」についても聞いている(単一回答)。その結果、最も回答比率が高かったのは「治安悪化」で、33%を占めた(図6参照)。続いて多かったのが「政府の政策や決定」(27%)、「米国・カナダとの紛争」(20%)、「優秀な人材の確保」(11%)、「低水準なインフラと電力供給」(7%)と続いた。

治安悪化の根源は貧困と言われる。その貧困をなくすことに重点を置くのが、現AMLO政権だ。しかしメキシコの治安は、なおも改善していない。治安市民保護省(SSPC)が2023年8月22日に発表したデータによると、現政権下の殺人件数は、2019~2023年7月の4年間7カ月で既にエンリケ・ペニャ・ニエト前政権の6年間分を超えている。さらに昨今は、貨物盗難の被害も拡大している。

こうしたことから、経済界は政府に対策強化を訴えている。しかし、アンケート回答では「政府の政策や決定」の問題指摘も目立った。これは、現AMLO政権下の法的不安定性(前述)を反映していると言えるだろう。また、「優秀な人材の確保」は、人材確保難が顕在化していることを表している。特に昨今のニアショアリングの流れの中で投資が集中している北東部を中心に実際、深刻な課題だ。

図6:ニアショアリングの機会を逃すことにつながり得る障壁
最も回答比率が高かったのは「治安悪化」であり、33%を占めた。続いて多かったのが「政府の政策や決定」(27%)、「米国・カナダとの紛争」(20%)、「優秀な人材の確保」(11%)、「低水準なインフラと電力」(7%)、「その他」(2%)と続いた。

出所:Vestiga Consultores(2023年2月15日発表)

BBVAメキシコ(当地最大の商業銀行)は2023年7月、メキシコ工業団地協会(AMPIP)の会員企業を対象にアンケート調査を実施した。

この調査によると、工業団地デベロッパーが考える外資系企業の進出にとっての障害(複数回答)として最も多かったのは、「電力(の供給不安)」(回答率91%)だった。これに、「行政手続き」(74%)、「水資源」(63%)、「天然ガス」(40%)、「アクセス道路」(34%)と続いた(図7参照)。

主要州別にみると(挙げられた全障害件数が分母)、グアナファト、ケレタロ、ヌエボレオンの順に「電力」を挙げる比率が高かった。一方、「水資源」ではヌエボレオンとメキシコ州の比率が相対的に高く、ハリスコとグアナファトで相対的に低かった(図8参照)。

図7:外資系企業進出に向けた障害
最も多かったのは「電力(の供給不安)」であり、91%に及んだ。続いて「行政手続」という回答が74%で多く、「水資源」(63%)、「天然ガス」(40%)、「アクセス道路」(34%)、「その他」(23%)と続く。

注:比率計上にあたっての分母はアンケートを受けた全ての工業団地。
出所:BBVA Resarch「メキシコ工業団地協会(AMPIP)会員企業へのアンケート」

図8:外資系企業進出に向けた障害
ヌエボレオン州では、「電力(の供給不安)」が40%、「行政手続き」が27%、「水資源」が23%、「天然ガス」が7%、「アクセス道路」が3%。グアナファト州では、「電力(の供給不安)」が47%、「行政手続き」が20%、「水資源」が13%、「天然ガス」が13%、「アクセス道路」が7%。ケレタロ州では、「電力(の供給不安)」が44%、「行政手続き」が20%、「水資源」が16%、「天然ガス」が12%、「アクセス道路」が8%。ハリスコ州では、「電力(の供給不安)」が31%、「行政手続き」が41%、「水資源」が13%、「天然ガス」が13%。メキシコ州では、「電力(の供給不安)」が25%、「行政手続き」が40%、「水資源」が20%、「天然ガス」が10%、「アクセス道路」が5%。

注:構成比計上にあたっての分母は各州における全回答(挙げられた全障害)。
出所:BBVA Resarch「メキシコ工業団地協会(AMPIP)会員企業へのアンケート」

既にみたとおり、AMPIP会員の9割以上が電力供給不安を問題視する。ニアショアの流れで工業団地への企業進出が活発化し、一部の工業団地では既存入居地域で配電容量が足りなくなる事態が生じている。もっとも実は、発電能力が不足しているわけではない。深刻なのはむしろ、送配電インフラの方だ。

そうなると、需要のある工業団地に電力を届けさえできれば解決するはずだ。しかしAMLO政権下で赤字経営に陥っている国営電力公社(CFE)が、必要なインフラを自己予算で新たに整備してくれるとは考えにくい(注9)。このため、新規進出企業や生産拡張企業自らが動かざるを得なくなっている。工業団地や国家電力エネルギー管理センター(CENACE)とも相談の上、自社工場付近までの送電線を新たに敷設。さらには、新しい変電所を建設することまで余儀なくされているのだ。なおこの場合、経費は企業が負担しながら、完成した送配電インフラは結局、CFEに寄付することになる。

電力をめぐる問題は、こうした短期的なものだけにとどまらない。加えて、クリーン電力の供給に関する課題もある。CFEの電源構成の約6割は、天然ガス・コンバインドサイクル発電だ。石油・石炭火力などを含めると、化石燃料による火力発電が7割以上を占める。クリーンな電力の利用を掲げるグローバル企業にしてみると、CFEから電力を調達するとその目標達成が危うくなってしまう。では、CFE以外から買い付けるわけにはいかないのか。太陽光や風力など再生可能エネルギー(再エネ)を電源に発電する民間発電事業者なら、確かにある。しかしAMLO政権下、民間事業者による発電自体が制限される方向にある。CFE以外からの電力を調達したり、大規模に再エネ自家発電したりするのに、困難が伴うのが実情だ。結果、クリーン電力の導入が円滑に進んでいかない(2021年7月2日付地域・分析レポート参照)。

「ニアショアリングの追い風を生かしさらなる投資を呼び込むためには、まずは、治安の改善といった基本的なビジネス環境の整備が必要。加えて、国営企業重視のエネルギー政策を転換すべきだ」。そう主張する有識者が多い。また、(1)競争力のある民間再エネ発電を積極的に導入すべき、(2) CFEは、発電事業でなく本来的に負っている送配電網整備の責任を果たすべき、という声も根強い。

大統領と国会議員の次期選挙は、2024年6月2日に予定されている。その際、エネルギー政策の今後が大きな焦点になることは、避けられないだろう。


注1:
この調査で定義する地域は、以下の通り。
  • 「北部」:バハカリフォルニア州、ソノラ州、チワワ州、コアウイラ州、ヌエボレオン州、タマウリパス州。
  • 「北中部」:南バハカリフォルニア州、シナロア州、ドゥランゴ州、サカテカス州、ナヤリ州、アグアスカリエンテス州、サンルイスポトシ州、ハリスコ州、コリマ州、ミチョアカン州。
  • 「中央部」:グアナファト州、ケレタロ州、イダルゴ州、メキシコ州、首都メキシコ市、モレロス州、プエブラ州、トラスカラ州。
  • 「南部」:ゲレロ州、オアハカ州、ベラクルス州、タバスコ州、カンペチェ州、ユカタン州、キンタナロー州、チアパス州。
注2:
この要因を特定する設問は、複数回答として設定された。そのため、両回答を合計した比率が、回答全体の比率を超える。
注3:
グローバル製造業とは、自動車産業など、グローバルサプライチェーンに組み込まれた製造業の業種。本アンケート調査では、業種ごとの輸出比率などを考慮し、以下の〔 〕内を製造する企業と定義した。 北米産業分類(SCIAN)の315〔衣類〕、同326〔プラスチック・ゴム〕、同331〔卑金属〕、同332〔金属製品〕、同333〔機械・機器〕、同334〔データ処理・通信・計測・その他の電子機器〕、同335〔電気機器・発電機器〕、同336〔輸送用機器〕、同339〔その他の製造業〕。
注4:
Vestiga Consultores, ¿Aprovechará México las oportunidades del Nearshoring?, Febrero 2023
注5:
Deloitte México(Galaz, Yamazaki, Ruiz Urquiza, S.C.), Nearshoring en México, Marzo 2023
注6:
中央銀行の定義でグアナファト州は、バヒオ地域ではなく「中央部」とされる。
同様に、アグアスカリエンテス州も「北中部」とされる。
注7:
外国直接投資は、実行時からかなり遅れて報告されることが多い。一方、対内直接投資統計では、投資が実行された四半期ごとに、さかのぼって金額が修正される。そのため、当初発表された投資額が後に上方修正されるのが通例になっている。
注8:
当地の民間消費は当期、堅調に増加していた(前年同期比4.6%増)。こうした場合、総需要全体の半分近くを占めることから、経済成長への寄与度は民間消費が最大になることが多い。 しかし実際には、国内総固定資本形成の方が寄与度で上回る結果になった。
注9:
メキシコで発電事業は、2013年末の憲法改正と2014年の電力産業法の施行により、民間部門に開放されるようになった。しかし、国家電力系統(SEN)の計画と送配電事業は依然として国家独占と規定される。すなわち、民間事業者が送配電することはできない。
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所長
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『FTAガイドブック2014』、共著『世界の医療機器市場』など。