ドイツ政府が初の中国戦略を策定
競争相手・ライバルの側面を強調

2023年9月4日

ドイツ連邦政府は2023年7月13日、ドイツ初の中国戦略を策定した。本稿では、その概要と特徴を紹介するとともに、ドイツ産業界の受け止めや専門家の評価、中国側の反応などをまとめた。

ショルツ首相、外相ともに中国戦略発表に際してコメント

オラフ・ショルツ首相は7月13日、中国戦略〔ドイツ語版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(588KB)英語版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(563KB)〕の発表に際して、自身のSNSで「目標は(中国からの)デカップリング(分離)ではない。しかし、将来的には重大な依存関係であることは避けたい」とコメントした。アンナレーナ・ベアボック外相は、同じく13日にメルカトル中国研究所(MERICS)が開催した中国戦略に関するシンポジウムで、同戦略は「過去10年間の中国の行動から生じた課題」に対処するものだとし、同時に同戦略は「われわれは現実的であり、ナイーブではないことも示している」と述べた。

なお、中国戦略発表の約1カ月前の6月14日には、ドイツ初の国家安全保障戦略(2023年6月22日付ビジネス短信参照)が策定された。EUでも6月20日に欧州委員会がEU初の経済安全保障戦略を発表したところ、その中で中国を名指ししていないものの、デリスキング(リスク軽減)を目指すとしている(2023年6月23日付ビジネス短信参照)。また、6月29~30日の欧州理事会(EU首脳会議)で採択された総括の中で、対中関係のデリスキング(リスク軽減)が確認された(2023年7月4日付ビジネス短信参照)。

中国はパートナーであるも、競争相手やライバル

中国戦略では、中国は重要なパートナー、競争相手、体制上のライバルとの基本認識を示した上で、中国がルールに基づく既存の国際秩序の再構築を試みていることや、経済力の行使によって国際社会での政治的目的の達成を目指していることなどに触れ、近年は競争相手と体制上のライバルの側面が強まっていると強調した。ただし、このような現状はドイツと中国の協力が不可能なことは意味せず、中国との協力は中国戦略の基礎となる要素としている。

パートナー、競争相手、体制上のライバルという点に関して、中国戦略では次のように表現している。

  • パートナー:中国は世界秩序のあらゆる問題に影響を及ぼしており、ドイツは気候変動などの重要な世界的課題の解決に不可欠なプレーヤーとして、中国との協力を求める。
  • 競争相手:中国へのドイツの依存度は増しており、ドイツは中国からの「デカップリング(分離)」は否定するものの、「デリスキング(リスク軽減)」を早急に進める必要がある。
  • 体制上のライバル:中国は国際秩序の原則についてドイツと異なる考えを持っており、大きな経済力、技術力、軍事力、政治力を背景に、新たな世界秩序の形成を目指している。

なお、中国戦略では、6月発表の国家安全保障戦略で言及のなかった台湾についても触れている。すなわち、「一つの中国」原則を引き続き基本としつつも、台湾との関係は今後拡大したいことや、現在の台湾海峡の変更は平和的かつ相互の合意によってのみ起こり得ること、台湾海峡を巡る軍事的緊張はドイツと欧州の利益にも影響することなどが記されている。

また、中国とロシアとの関係は、特にロシアによるウクライナへの侵略戦争以降、ドイツにとって安全保障政策上、直接的な課題になっているとした。その上で、中国との対話を継続してロシアの侵略戦争に反対する明確な立場の表明を強く求めるとし、逆にもし中国からロシアに武器を供与していれば、これはEU・ドイツと中国の関係に直接的な影響を与えるとしている。

中国からのデカップリングではなくデリスキングを進める

中国戦略では、EUが結束して中国に対応することが重要であり、同戦略はあくまでもEU共通の中国政策の目標と原則の枠内で、その強化に貢献しようとするものだとした。その上で、「中国との2国間関係」「ドイツとEUの強化」「国際協力」の3つの観点から対応の方向性を規定している。

(1)中国との2国間関係

中国戦略では、2011年から継続的に開催されているドイツと中国の政府間協議や、2023年6月の政府間協議の結果、新たに追加した「気候変動とグリーン移行にかかる対話・協力メカニズム」(2023年6月29日付ビジネス短信参照)をはじめとする各種テーマに特化した政府間対話などを通じて、両国の政府間協力を深めるとしている。特に、中国は二酸化炭素(CO2)排出量が世界一であると同時に、再生可能エネルギー関連技術も非常に進んでいる国であることから、世界の気候保護について特別な責任を負っており、気候保護をドイツ・中国協力の重点課題にすべきとした。

経済分野では、中国からのデリスキングを進めるほか、教育・科学・研究分野では研究と教育の自由に対するリスク、違法な干渉、一方的な知識・技術移転などを最小限にしつつ、協力を進めるとした。

このほか、欧州議会やドイツ連邦議会の所属議員の中国訪問や両国市民の相互交流の積極化、ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法などに基づく人権尊重の徹底、最大の債権国の中国が重債務国の債務再編に協力するよう呼びかけるとした。

(2)ドイツとEUの強化

ドイツの中国製品への一方的な依存度の高さ(例えば、鉱物、希土類、リチウムイオン電池、太陽光発電、医薬品のような重要品目)や、ドイツ企業の国外事業における中国市場の重要性の高まりなどを踏まえ、デリスキングを進めるとした。

具体的には、「中国製品」依存への対応として、(1)デジタル・グリーン分野の欧州での生産・加工能力の強化、(2)原材料などのサプライチェーンの多元化(備蓄やリサイクル、パートナーとなる第三国への原材料生産支援を含む)、(3)欧州の技術・デジタル主権の確保に向けた研究開発投資の拡大やイノベーション促進の枠組みの整備〔例えば、欧州半導体法(2023年8月2日付ビジネス短信参照)やEUの人工知能(AI)規制枠組み規則案(2021年4月23日付ビジネス短信参照)〕などに取り組む。

また、「中国市場」依存への対応については、ドイツ企業は意思決定で地政学的リスクを十分に考慮しなければならないとした。地政学的危機が発生した場合に国家資金が企業救済に向かう必要がないように、リスクに係るコストは企業によって内部化されなければならない。そのため、ドイツ政府は貿易保険や国外投資保証の制度変更などを通じて、ドイツ企業のインセンティブ構造を変化させ、中国市場への自社の依存を減らすことが魅力的になるよう目指すとしている。

加えて、欧州委員会が検討しているEU域外への投資審査制度(2023年6月23日付ビジネス短信参照)については、「軍事・諜報(ちょうほう)能力の向上の中心的役割を果たすと考えられる一部の進歩的技術がドイツ企業の資本、専門知識、知見を通じて、国際的な平和と安全を損なうような行動をとるグループの軍事・諜報能力の向上に利用されることを防止する」ことに、ドイツ政府とEUは共通の関心を持っているとした。その上で、「対内直接投資管理と貿易管理のための既存の制度を補完するものとして、対外直接投資に関連するリスク管理の適切な措置の導入が重要であり得ることをドイツ政府は認識している」とした。加えて、EU対外投資審査制度の検討プロセスにはドイツ政府も関与し、独自の分析や関係者との意見交換を行っていることを明らかにした。

輸出管理については、国際的な輸出管理体制の輸出管理リストの調整と、自国の輸出管理リストの見直しに尽力するとした。そのほか、二重用途物品の輸出規制の有効性にとって、新技術に対する各国の協調的なアプローチが決定的に重要とした。

このほか、中国企業を念頭に置いた対内直接投資審査と重要インフラ保護に取り組むことなどを記載した。

(3)国際協力

米中間の地政学的競争や、「一帯一路」構想など中国主導のイニシアチブによる中国依存国の増加などを背景に、ドイツは世界各国との協力関係をより一層強化するとした。

地域としては、インド太平洋地域の政治的・経済的な重要性が高まりつつあるとし、経済面から軍事・安全保障面まで幅広い協力の重要性を詳しく述べている。また、分野としては、特に半導体、AI、グリーン技術などが国家の繁栄と安全保障にとってますます重要になっているとし、主要技術の研究開発といった国際協力の重要性を詳しく指摘している。

中国戦略に対する関係者の評価

(1)産業界の受け止め

ドイツ産業界は、同戦略がデカップリングではなく、デリスキングを目指す点を評価し、おおむね好意的に受け止めている。以下では、主な産業団体が中国戦略の発表と同日の7月13日に発表した見解を紹介する。

  • ドイツ産業連盟(BDI)
    BDIはジークフリート・ルスブルム会長の見解を発表した。同会長は「デカップリングではなく、デリスキングを進めるという戦略は正しい。地政学的リスクに焦点を当てると同時に、グローバルな課題に対処するための中国との実質的な経済関係や協力に対するドイツの関心を強調している」とした。また、中国との経済・政治関係や気候保護分野での協力という「緊張ある領域で、ドイツ政府はドイツ産業界全体の観点から、中国戦略ではバランスの取れたアプローチを追求している」と評価するとともに、「産業界の視点からは、例えば、ドイツ企業の国外投資を管理するため手段として導入可能なものなど、幾つかの措置の具体的な設計については、まだ議論が必要」と今後の課題を指摘した。
  • ドイツ商工会議所連合会(DIHK)
    DIHKはペーター・アドリアン会頭の見解を発表した。同会頭は「デリスキングという戦略は、中国に対処する政策として適切なアプローチ」とした。「対中関係の議論がデカップリングという考え方から距離を置いたのは良いこと」だが、「この戦略には多様化を支援する明確な措置や手段が欠けている」と不十分な点を指摘した。
  • ドイツ自動車工業会(VDA)
    VDAはヒルデガルト・ミュラー会長の声明を発表した。同会長は「ドイツ政府が中国戦略でデカップリングを否定し、デリスキングを進めるアプローチに政府内で合意したことは基本的に正しい」とした。この基本スタンスに続けて、「しかし、この目標は、世界的な貿易協定や原材料・エネルギー分野での提携とともに、適切な手段によって実現されなければならない。ここで指針となる原則は『必要な限り自律的で、可能な限りオープンでグローバルかつ市場志向的なもの』だ」とした。そして「基本になるのは、産業立地としての条件の良さが競争激化に対する最良の保険」と結んだ。

(2)専門家の評価

専門家の間では、中国戦略の全体的な評価として、大きな驚きはないものの、現状と今後の見通しに関する分析の明確さや的確さについて、ドイツの中国政策の変化を示すものとして肯定的な評価が多い。特に、中国ビジネスで地政学的リスクを考慮する必要があるというシグナルを送った点について、肯定的な評価が多い。一方、デリスキングの道筋が曖昧なことや、予算など新規のリソースを投入することに踏み込んでいないこと、優先順位が十分に示されていないことなどから、実効性をやや疑問視する意見も多い。

また、同戦略のEU全体にとっての意義として、欧州最大の経済大国で、中国と密接な経済関係を持つドイツが連立政権内での対立を抑えつつ、比較的明確な言葉で文書化したことはEUにとって前進と評価する意見もある。ただし、ドイツには、EUの安全保障戦略に係る議論を主導する意図はないとの評価もあることには留意が必要だ。

中国の反応と今後の見通し

中国戦略発表の翌日の14日、中国政府は同戦略を批判した一方で、中国とドイツのパートナーの側面も強調しており、これは融和的姿勢を示しているとされる。実際、中国の報道でも、同戦略はほとんど取り扱われていないもようだ。この理由としては、ドイツ政府の工夫(例えば、同戦略で前向きな協力関係を強調するなどの文言、ドイツ・中国両政府間協議の前向きな交流など)が功を奏したとの評価があるほか、経済が低調な中国にとってドイツが重要であることの表れとの評価もある。

中国戦略は9月の連邦議会で審議、承認される予定。今後、同戦略に盛り込まれた各種の措置が立法化を含めてどのように具体化されるかが注目される。

執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所 次長兼産業調査員
日原 正視(ひはら まさみ)
2003年、経済産業省入省。エネルギー政策や中小企業政策などを担当した後、大臣官房会計課政策企画委員、中小企業庁財務課長を経て、2022年7月から現職。