特集:米中摩擦でグローバルサプライチェーンはどうなる?米中貿易摩擦の日本企業への影響(その3)代替需要を享受する企業も

2020年1月10日

中国からの生産移管先での需要増などプラスの影響も

これまで2回にわたり、直接的および間接的なマイナスの影響について述べてきたが、次に、プラスの影響について報告したい。米中貿易摩擦により、「漁夫の利」のようなものを含め、プラスの影響を受けている日本企業の事例も以下の通り、みられる。

(1)台湾やベトナムなど、在中企業の生産移管先での需要の高まり

米中貿易摩擦の影響で、中国向けの輸出が減少した一方で、中国から生産移管された国・地域での需要の高まりが期待できる、とする声が少なからず聞かれた。

実際、既にプラスの影響を享受しているケースとして、前述の通り中国進出台湾系企業による中国から台湾本土への回帰により、台湾からの受注が増加した旨の声が聞かれる。例えば、「中国向け輸出が減少した一方で、(台湾での設備投資を増やす動きが出ていることを背景に)台湾向けが拡大」(電気機械メーカー)といった具合である。

また、「米中貿易摩擦により、中国からのシフト機運が急激に高まり、その出口がコスト競争力のあるベトナムである。同国北部に生産拠点を有する当社では、米中貿易摩擦を利用し、中国で調達している部品をベトナム工場での生産部品に代替するよう、中国進出日系企業に対し、積極的に営業活動を行っている」(樹脂成型)といった、米中貿易摩擦を商機として捉える日本企業もみられた。

(2)在中企業の対米輸出減少の代替としての、日本企業による対米輸出の増加

米中貿易摩擦で、在中企業による対米輸出が減少したことから、在中企業の代替として日本企業が対米輸出を増加させる動きも見られた。一方、米国による対中追加関税措置により、中国製品が価格競争力を低下させ、日本企業製品の対米輸出競争力が相対的に向上したケースもある。「米中貿易摩擦により、中国から(米国向け)の部品供給が止まり、米国進出自動車関連企業は、東南アジアやメキシコからの部品調達を強化。ベトナムに生産拠点を持つ当社にとってはビジネスチャンスになっている」(プラスチック部品メーカー)といった日本企業のベトナム現地法人などからの対米輸出の拡大が見込まれる声も聞かれた。

(3)中国製造元企業の対米販売減少で、在中製造元企業の対日卸(輸出・販売)価格が低下

仕入れ先の中国メーカーが米国向け販売を減少させることで、日本向けの卸価格が低下するケースもみられた。日本企業関係者は、「中国企業は米国向け売り上げが落ちていることから、販売価格を引き下げており、当社にとっては中国からの仕入れ値が下がっている」としている。

(4)在米競合企業の対中ビジネス減少の代替としての、日本企業の対中ビジネス拡大

一方、在米競合企業による対中ビジネスが減少したことから、その代替として、日本企業が中国でのビジネスを拡大させるケースも見られる。「北米の競合他社が中国市場で事業が困難になったため、その分が日本に回り、対中ビジネスが上向いている」(ソフトウエア関連)といったものである。

(5)中国市場における米国産品の代替で、中国側輸入品目が多様化したことなどを機に、中国での輸入・調達価格が低下

また、米国産品が中国市場に入りにくくなることで、中国側で輸入品目が多様化したことから、かえって中国での輸入・調達価格が低下したケースも見られた。具体的には、「中国で調達する原材料はもともと米国産が多かったが、米中摩擦を機に米国産が激減し、他地域産が増加。その結果、米国産よりも良い条件で原材料が入手できるようになった」(商社)といった「棚からぼた餅」のようなケースである。

(6)部材調達先の変更(米国から中国へ)に伴う、在中国企業からの取引照会の増加

一方、米中貿易摩擦の影響で、米国からの部材調達が困難となったため、調達先を米国から中国へ切り替える動きも見られた。

そのほか、米中貿易摩擦を通じて、中国の商習慣が改善されることを期待する声も散見された。

なお、日本企業、とりわけ中堅・中小企業に対し「米中貿易摩擦の影響の有無」について尋ねた際、「影響はない」、あるいは「あまり影響はない」との回答が意外と多く聞かれることも事実である。具体的には、「米中間では直接的な取引は行っていないため、影響はない」(商社)、「米中のいずれの企業とも交流はないため、影響を受けない」(機械メーカー)といった具合である。「県内企業との話題の中で、米中貿易摩擦に関してはあまり出てこない。中国の取引先商社が対米向け取引量減少のあおりで、間接的な影響が聞かれる程度。特に、中小企業は新聞報道などから断片的に米中貿易摩擦について把握しているレベルである」(地方貿易産業振興団体)といった声も聞かれた。日々、米中貿易摩擦の関連報道が大きく取り上げられ、米中双方の動きが金融・株式市場にも波及し一喜一憂する現況下、「中国や米国に拠点や顧客を持たず、両国との事業上の接点がない」、あるいは「少ない」日本企業にとっては、米中貿易摩擦は「対岸の火事」に映っているように思われる。

望まれる貿易摩擦のいち早い解決

以上、米中貿易摩擦の日本企業への影響についてマイナス、プラス両面から概観してきた。大ざっぱなイメージとしては、次の図のようなイメージとなるように思われる。

図:米中貿易摩擦の日本企業への影響
この図は、米中貿易摩擦の日本企業への影響について、“影響なし”とするグループと、“影響あり”とするグループの大きく二つに分けたものである。また、“影響あり”とするグループは、“マイナスの影響あり”、“プラスの影響あり”に分類でき、さらに、“マイナスの影響あり”のグループは“直接的なマイナスの影響あり”、“間接的なマイナスの影響あり”に分類できる。 なお、“影響なし”とする日本企業は、米中間での取引がない企業や米中いずれか企業との取引がない企業と思われる。 また、影響の内容に関し、“直接的なマイナスの影響”は、自社製品が追加関税の適用対象となったケースである。具体的には、追加関税引き上げの影響を受け、関税引き上げ分を(1)自社負担するケース、(2)顧客側が負担するケース、(3)自社・顧客折半で負担するケース、(4)値上げにより消費者側に負担を強いるケースなどが見られる。(4)の消費者側に負担を強いるケースは自社製品の売上減に繋がる。また、自社製品が追加関税の適用対象となったことで、生産拠点の一部または全量移管を行ったり、検討する企業もみられるが、移管に伴うコスト増となる。 一方、“間接的なマイナスの影響”としては、顧客(中国、日本、第三国・地域)からの発注先延ばしや受注減、在中企業の在庫のダブつきによる第三国・地域での競合激化、ベトナムなど生産拠点移管先でのコスト上昇、人材獲得競争等が見られる。 また、“プラスの影響”としては、台湾など生産拠点移管先での受注増、在中競合企業の米国市場からの撤退による日本企業の事業機会拡大、中国からの調達・仕入価格の低下、在中企業からの米国企業代替の取引照会増加、中国市場における日本企業製品のコスト競争力の向上、中国商習慣の改善期待等があげられる。

出所:ジェトロ作成

また、米中貿易摩擦の「影響あり」、「影響なし」の割合に関しては、2019年11月にジェトロが実施したアンケート調査(注1)が参考になる。同調査では、海外ビジネスに関心が高い日本の中堅・中小企業(有効回答2,306社)に対し、「保護主義的な動き(保護貿易主義)が自社に与えた影響」について聞いたところ、現時点では、「影響はない」が37.4%、「わからない」26.8%、「全体としてマイナスの影響がある」19.9%、「プラスとマイナスの影響が同程度」6.5%、「全体としてプラスの影響がある」2.1%、無回答7.2%となっている。

なお、前述の図では、「影響あり」とした企業に関し、マイナスの影響とプラスの影響に分けて記載しているが、前述のアンケート結果からも、マイナス、プラス双方の影響を受ける日本企業も存在している。

プラスの影響を享受している企業の中には、前回取り上げた通り、顧客企業の生産移管先での新たな需要増加はじめ、従来の調達先よりも結果的により良い条件での調達先を見いだしたケース、さらには追加関税でコストアップとなった中国国内調達部品の代替としてコスト競争力のあるベトナム製部品を売り込もうとする動きなども散見された。しかしながら、プラスの影響の多くは、生産コスト面などで事業環境が相対的に悪化しなかった日本企業が「漁夫の利」のように享受(または期待)しているものが多い。見方を変えれば、中長期的にプラスの影響を享受し続けることができるかどうか、必ずしも定かではないものが少なくないようにも思われる。

一方、マイナスの影響に関しては、追加関税の適用など直接的なものはもとより、間接的なものを含め、より広範囲の企業が悪影響を被っている。日本企業によるマイナスの影響の回避、あるいは対応策として、卸売・販売価格の調整、生産拠点のシフトや、調達先の変更などさまざまな動きが見られた。

2019年12月13日、米中両国は、貿易交渉で「第1段階の合意」に達し、米国は同月15日に予定していた、中国製スマートフォンやパソコンなどを対象とした対中追加関税第4弾の残り1,600億ドル分(リスト4B)の発動を見送るとともに、同年9月1日発動済みの第4弾(リスト4A)1,200億ドル分の対中追加関税率を15%から7.5%へと引き下げることになった(注2)。一方、中国も12月15日から米国製品3,361品目に対し適用予定であった5%か10%の追加関税の発動を当面見合わせる旨、明らかにしている(注3)。

技術覇権を巡る米中の争いなど先行き不透明感は依然として残るが、米国が高率の追加関税を初めて緩和させた意義は大きいものと思われる。日本企業の円滑なグローバル事業展開を図る観点からも、いち早い米中貿易摩擦の解決が切に望まれるところである。


注1:
米中貿易摩擦による中堅・中小企業への影響調査-2019年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(速報値)-2019年12月 ジェトロ海外調査部。調査期間は19年11月5日~11月末。
注2:
今後、「第1段階の合意の署名」に移り、署名から30日後にリスト4Aの追加関税率を引き下げる予定。その後、第2弾の合意に向けた交渉が始まる見込み。第1段階の合意の署名時期に関し、トランプ大統領は2019年12月31日、ホワイトハウスで2020年1月15日に合意文書に署名する旨、自身のツイッターで表明している。
注3:
米国製の自動車および同部品を対象に、2019年12月15日から復活予定としていた追加関税も発動を見送った。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部上席主任調査研究員
川田 敦相(かわだ あつすけ)
1988年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、シンガポール、バンコク、ハノイ事務所などに勤務、海外調査部長を経て2019年4月から現職。主要著書として「シンガポールの挑戦」(ジェトロ、1997年)、「メコン広域経済圏」(勁草書房、2011年)、「ASEANの新輸出大国ベトナム」(共著)(文眞堂、2018年)など。

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