特集:RCEPへの期待と展望 -各国有識者に聞くRCEP協定締結国間の経済ルール共通化は企業に大きな恩恵(シンガポール)

2021年3月10日

シンガポールは2020年11月、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。RCEPはシンガポール経済や産業にとってどのような影響があるか。政府のRCEP首席交渉官のスライマー・マハムード氏〔貿易産業省シニアダィレクター(ASEAN・南西アジア担当)〕にインタビューした(実施日:2021年2月24日)。


スライマー・マハムード氏(同氏提供)

RCEPによるルール統合はシンガポールの大きなメリット

質問:
RCEP協定が11月15日に署名された。シンガポールにとってどのような意義があるか。経済的効果、地政学的な観点から大局的な見方を聞きたい。
答え:
RCEP協定は世界最大規模の地域経済連携協定として、地政学的に重要なイニシアチブであり、地域経済統合を進め、グローバル経済の成長や発展に貢献することができる。協定は、当該地域の産業界・人々にとって市場や雇用機会を強化するものとなろう。
シンガポール産業界にとって、とりわけ各種経済ルールが参加国で共通化されることは、企業が協定締結国内で事業展開するに当たり大きなメリットとなる。例えば、A国向けに輸出する場合、ある原産地規則があり、B国へ輸出する場合には別のルールがある。A国向け輸出で特恵関税の適用となったとしても、B国向け輸出で恩典を受ける場合には、別の部品や製造工程が必要かもしれない。RCEP協定によってルール統合されていることは大きなメリットがある。
また、経済面以外でも、地域における自由で包摂的な、ルールに基づいたマルチラテラルな貿易システムを補完し、サポートするものとなろう。
質問:
シンガポール政府や企業はRCEPに何を期待しているか。
答え:
まず、シンガポールはRCEP参加国の日本や中国、韓国とのASEAN+1FTA(自由貿易協定)のほか、多くの二国間FTA/EPA(経済連携協定)のネットワークを構築している。RCEP協定発効後には、これら既存の協定に加え、以下4つの観点から改善が期待される。
  • 「貿易円滑化措置」では、シンガポール企業は物品貿易の手続き簡素化に加え、柔軟な品目別原産地規則により、締結国間のサプライチェーンを構築し、便宜を得ることができる。また、締結国15カ国での統一原産地規則の適用は大きなメリットがある。
  • 「サービス貿易」での市場アクセス改善では、締結国で多くの分野で外国企業の参入が可能になる。また、幾つかの締結国では、外国企業による出資可能な制限が緩和され、シンガポール企業にとって事業機会になる。
  • 「投資ルール・規律」は、参加国で企業による投資を促進するものになる。
  • 既存分野にとどまらず、「電子商取引」や「競争」「知的財産権」など新分野での経済ルール構築をコミットしている。

原産地規則の簡素化から投資促進まで企業活動に裨益

質問:
具体的な期待について聞きたい。物品貿易の自由化(市場アクセス)をはじめ、知的財産や電子商取引のルールなどの視点から、具体的な企業活動、産業・ビジネスへの裨益(ひえき)という点から教えてほしい。
答え:
RCEP協定の規定分野は多数あるが、とりわけ、シンガポール産業界にとって便宜を受ける具体的な分野として以下を挙げたい。
  1. 「物品貿易」「原産地規則」
    市場アクセスの改善・貿易手続きコストの削減のための関税撤廃(RCEP全体で92%)に加え、原産地規則のルール簡素化により、企業は特恵関税による市場アクセス改善の恩恵を受けることができるほか、累積規定は締結国間のサプライチェーン構築を促す。また、税関手続きの緩和や貿易円滑化が期待できる。
  2. 「サービス貿易」
    サービス貿易の差別的な措置を除去するため、少なくとも65%の分野で外国企業による出資制限が緩和・開放される。これらの分野には、プロフェッショナル・サービス、通信サービス、金融サービス、コンピュータ関連サービス、物流サービスなどが含まれる。ネガティブリスト(適合しない措置に係る表)による記載で、各種規制や措置の透明性を高め、締約国のサービス事業者に確実性をもたらす。
  3. 「投資」
    締結国に対して参入、拡張、操業する投資家に対して、ローカル・コンテンツ要求(原材料などの現地調達)、技術移転要求などの特定措置の履行を要求することを禁止している。当該条項により将来的な投資規制の緩和が担保され、約束された内容の後退を防ぐ。
  4. 「電子商取引」
    オンラインにおける消費者保護、個人情報保護、透明性確保、ペーパーレス貿易・電子署名などについて規定している。また、電子的手段の越境移転(データフリーフロー)が含まれ、これはデジタル貿易に係る環境改善を進め、締結国でのマーケットへのアクセスを推進する。
  5. 「知的財産」
    知的財産権の行使と保護に係る規定では、他の諸協定を上回るルールを構築している。音商標や幅広い工業デザインのような非伝統的商標の保護についても、RCEP参加国で事業展開するシンガポール企業は便益を受けることができる。また、企業は特許や商標の申請に当たって各国ベースではなく、複数国での申請を可能にし、これによりコストや時間を節約できる。
質問:
発展段階や制度の異なる国々での経済ルール構築の難しさは。
答え:
例えば、前述の電子商取引では、アジアにおけるデジタル貿易の重要性の高まりとともに、電子商取引に係る各種障壁が排除されることに対して、RCEPへの期待は高かった。野心的なものを目指してきたが、締結国には発展途上国が含まれており、そうした国々への配慮がされた。こうした面も理解しなければならない。

ASEAN+1FTAを超えた地域アーキテクチャーを実現

質問:
RCEP協定の交渉経緯と結果について、中国主導で署名に至ったとの報道なども見受けられるが、どう考えるか。
答え:
多くの国際メディアでは、RCEP協定署名までの道のりは中国主導によるものとしている。しかし、過去の交渉過程を振り返ると、協定の公式な交渉立ち上げは2012年だが、ASEANは2006年時点で新しい地域アーキテクチャーを考え始めていた。この時期はASEAN+1FTAが完成した後のタイミングだった。ASEAN+1FTAは各協定ルールに基づいたものであり、RCEP構想の大きな点として、ある品目に関して全ての締結国で同じルールが適用されることを狙ったものだ。今回の署名は2012年に基本理念と指針を構築し、協定締結に向けたモチベーションと機運を高めてきた結果だ。
質問:
インドは最終的にRCEPから離脱することになったが、インドに対しては門戸が引き続き開かれたかたちになった。インド離脱の影響、インド復帰に対する期待や見方について聞きたい。
答え:
シンガポール政府は、インドがRCEP参画に当たって置かれている現在の状況や困難について理解している。われわれはインドの決断を尊重することにしており、インド政府によるRCEP協定参画に継続して門戸を開き、準備が整い次第、受け入れる準備ができている。

2021年内に批准見通し

質問:
シンガポールでのRCEP協定発効に向けた批准の見通しをどうみているか。
答え:
2020年11月15日に開催された第4回首脳会議で署名されたRCEP協定は、地域としての強い決意とコミットメントの証しで、近年、不透明感が漂う世界経済の中で経済統合を深化させるものだ。次のステップは、RCEP協定締結国が早急に批准し、産業界の便宜享受を実現することだ。シンガポールは2021年内の協定批准をコミットしている。
略歴
スライマー・マハムード(Ms Sulaimah Mahmood)氏
シンガポール貿易産業省シニアダィレクター(ASEAN・南西アジア担当)。シンガポール政府のRCEP首席交渉官を務める。2007年の現職就任以前には、2006年に同省のASEAN担当ダィレクターを務めるなどの経験がある。シンガポール国立大学(NUS)卒業(経済学)。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。