特集:各国進出企業に聞く-RCEPへの期待と発効を見据えた事業戦略東アジア大の生産・流通ネットワークの深化へ期待(シンガポール)

2021年7月21日

2020年11月15日に署名された、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に関して、シンガポール進出日系企業の期待と発効を見据えた事業戦略はどのようなものなのだろうか。本稿では、シンガポール進出日系企業へのインタビューを基に、各企業の同協定発効に向けた対応やサプライチェーン見直しの内容について紹介していく。日系企業にとって最大のメリットは、締結国市場へのアクセスが円滑化されることであり、東アジアにおける生産・流通ネットワークの深化への期待が大きい。一方、実務面での運用を変えるには関係者間の調整や、それに関わるコストが課題となり、現時点では検討段階にとどまるといった声もある。

原産地規則の簡素化により、広域サプライチェーン構築が容易に

シンガポールでは ASEAN物品貿易協定(ATIGA) や 、ASEAN+1FTA(自由貿易協定)が既に締結されており、シンガポール進出日系企業は幅広く活用している。これらに加え、RCEP発効によりさまざまな経済ルールが共通化することは、さらなるメリットとなる。例えば、シンガポール進出日系企業は、関税撤廃(RCEP全体で92%)や統一原産地規則適用により市場アクセス改善の恩恵を受けるほか、累積規定により締結国をまたいだ東アジア大でのサプライチェーン構築で便宜を得ることができる。また、税関手続きの緩和や貿易円滑化など幅広い分野でのルール再構築が期待されている。

「原産地規則」に関しては、RCEPでは同一品目であればすべての締結国で統一の原産地規則が適用される。シンガポール進出日系企業の精密部品A社では、現在、日・ASEAN包括的経済連携 (AJCEP) 協定を利用し、日本とASEAN間の商流を構築している。RCEPが発効されれば、輸出先ごとに細かい原産地規則の管理の必要がないことがメリットになるという。同社では、日本・中国・ASEANをまたぐ広域なサプライチェーン構築の見直しや域内での柔軟な在庫の移動や販売を検討している。

RCEPの原産地規則は、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)、日EU経済連携協定(EPA)など既存EPA、FTAと比較すると、規則を満たすための要件が総じて緩やかという特徴がある。さらに、既存EPA、FTAは「付加価値基準」のみの品目が多いが、RCEPでは「関税番号変更基準」との併用が採用され、原産地規則の条件を満たしやすくなった品目もある。石油化学B社では、同社プラントで生産される商品を中国などに輸出している。輸出にあたっては既存EPA・FTAを活用しているため付加価値基準を満たす必要があり、算出にかかる事務処理の煩雑さや、市況によっては基準を満たせないといったリスクがあるという。RCEP利用への切り替えで関税番号変更基準の適用となれば、業務効率改善や関税コスト削減につながるとしている。

物流ハブであるシンガポールならではの利用検討も

運輸・倉庫C社では、シンガポールの倉庫で在庫管理を行い、複数に分割して輸出するような場合、RCEP発効により「バックトゥバック原産地証明書(連続する原産地証明書)」が使いやすくなると考えている。 「バックトゥバック原産地証明書」は3 カ国以上が加盟するEPA、FTA で生じるもので、モノと原産地証明書が第三国経由で輸出される場合に利用される。例えば、ベトナムを生産国とし、シンガポールの倉庫に入庫した後に、必要に応じて複数に分割して中国、日本、オーストラリア(消費地)などへ持っていくようなケースが想定される。C社では、顧客がアジア新興国で生産した消費財・アパレル製品などをシンガポールの倉庫で集約・保管し、複数分割して域内市場へ再輸出し、販売するための物流サービスを提供しており、今後のRCEP活用検討について顧客と協議しているところだ。

同様に、電気・電子D社でも、同社の日本工場で生産した製品をシンガポールの販社が輸入、在庫保管し、「バックトゥバック原産地証明書」を用い、必要に応じて域内国へ再輸出している。RCEP発効により輸出先の対象国がこれまで以上に増え、事務手続きの統一化などにより使いやすくなるとする。加えて同社では、サプライヤーが中国で委託加工する際に日本の部品・原材料を用いており、中国における加工プロセスの累積により原産地規則を満たすことができれば、中国からRCEP締約国へ輸出される場合、関税の減免が適用される。メリットを受ける可能性があり、オペレーション変更を検討している。

具体的な利用については様子見をする企業も

前述の電気・電子D社では、RCEP利用のメリットは大きいものの、輸出者、輸入者とも、生産、販売、営業、調達部門などの多くの関係者による連携が必要であり、運用を変更するためのコストが課題であるという。同様に、電気・電子E社では、既存FTA・EPAを利用している中、広域のサプライチェーン構築にあたりRCEPは原産地規則の使いやすさはあるものの、オペレーション変更に伴うコスト増を上回る関税減免効果が出るには至っていないという判断をしており、現段階では既存協定を使い続ける予定である。

また、個別の業種・製品などによっては、サプライチェーン構築にかかる事情や方針が異なる面もある。金属F社では、RCEPにより「日本・中国・ASEANが絡むサプライチェーン形成がしやすくなる」と考えるものの、米中対立などの地政学的なリスクや中国とASEANでの商習慣などの違いにより、中国産品をASEAN市場において積極的に活用するという方針は現時点では立て難いとしている。また、2020年後半から見られるコンテナ不足などによる海上輸送の混乱がサプライチェーンを取り巻く課題となっており、ASEAN域内での地産地消のサプライチェーンを組む方向であるという。このような事情から、ASEANを中心とした域内サプライチェーン構築が当面の方向であり、ATIGAあるいはASEAN+1FTAを中心に利用する見込みとのこと。同様に、輸送機器G社では、自動車関連のサプライチェーン構築では、中国とASEANはそれぞれ独立した関係にあり、ASEAN展開をするうえでは、既存のATIGAなどで十分とする判断もあった。

最後に、電気・電子H社では、現段階ではRCEP利用の予定はないものの、インドビジネスが拡大しており、インドがRCEPに参加することを念頭に状況を注視している。

このように、シンガポール進出日系企業では、RCEP発効を見据えた対応やサプライチェーン見直しに少しずつ取り組んでいることが確認された。とりわけ、市場アクセスを最大のメリットとし、サプライチェーン再構築への期待がみられる。RCEP発効により、日中韓を含めた東アジア大での新たなEPA、FTAが形成されることにもなるため、その影響は大きく、今後のさまざまな変化に注目していく必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。