特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営民間の取り組みが先行、政策展開に向け政府も始動(ベルギー)

2021年12月8日

ベルギー連邦政府はこれまで、独自に定めた持続可能な開発に関する戦略の中に国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を取り入れてきた。同時に、政策的な展開の遅れが課題となっていた。国内政治では少数政党が多く、組閣に時間がかかるなどの政治的な空白が続いたためだ。

しかし、2021年10月、新たな5カ年計画となる「持続可能な開発計画2021-2025(案)」が連邦政府の閣僚会議で承認された。今後、各地域政府議会の審議を経て法制化されれば、SDGsへの取り組みも進むとみられる。一方で、民間レベルでの取り組みは先行する。それらの事例を含めて紹介する。

ベルギーで、SDGsは政策的にどう位置づけられている?

ベルギー連邦政府が取り組むべき持続可能な開発について、戦略的枠組みが初めて法定されたのは、1997年のことだ。その後、連邦政府は「持続可能な開発計画2000-2004(PFDD)」を策定。5年ごとに、行動計画の策定と評価を実施することとされた。

2013年にはさらに、「持続可能な開発のための長期的戦略ビジョン(VLT)」を策定。このVLTは、PFDDを統括するものだ。2050年までに達成すべき雇用や生産、消費方法などの4つの長期的ビジョンに基づき、15のテーマについて55の目標を設定した(参考参照)。

参考:VLTの4つの長期的ビジョンとその概要

ビジョン1:結束を促す社会
あらゆる差別(性、文化、出身、年齢)をなくし、全ての人の基本的な安全を保障する。そのために紛争を鎮静化し、社会的な結束のある社会を目指す。
貧困と健康格差を含む不平等を緩和し、全ての人の生活水準を向上させる。そのために、適切な教育と雇用、衛生状態を可能な限り高い水準で維持する。
ビジョン2:経済的、社会的、環境的な課題に適応できる社会
生産・消費活動は、天然資源の効率的で持続可能な利用に基づくものとする。社会的、経済的発展に貢献するレジリエント〔強靭(きょうじん)〕な社会を目指す。
経済発展と環境悪化を完全に切り離すことを目指し、製品やサービスのライフサイクルで高い水準の環境性と社会的な性能を実現する製品やサービスを提供する。そのことで、ベルギーの国際競争力を強化する。再生可能エネルギーを中心とする低炭素エネルギーを導入し、製品の生産性を高める。
モビリティーと交通が社会的・環境的な側面で経済発展に貢献するように、マルチモーダルシステムや統合された技術を活用する。安全性や、環境への負荷を軽減させる適切な土地利用、環境汚染などの課題に対応する。
人体や環境に悪影響を与えない製品の生産や農業を通じて、環境への負荷を軽減し、食品残渣(ざんさ)の減少を目指す。
ビジョン3:環境を大切にする社会
低炭素で資源効率の高い社会の実現を目指す。生物多様性が保存、保護、復元され、持続可能な繁栄に貢献しつつ、経済的、地域的、社会的な結束を促進し、文化遺産を保護、社会の発展を目指す。
ビジョン4:連邦政府が社会的な責任を務める
連邦政府が一般的、集団的な利益を保証する機関となることを目指す。
持続可能な開発へと移行するための政策(公的機関の機能と財政、科学政策と開発協力など)で、既存の取り組みを基礎として、新しい政治的な枠組みを構築・運営する。

出所:ベルギー連邦政府「持続可能な開発のための長期的戦略ビジョン」を基にジェトロ作成

また、2015年に国連サミットでSDGsが採択された後、連邦政府と各地域政府(注1)は共同で、VLTなど既存の政府文書や政策的な枠組みの中にSDGsを統合するための方法を調査した。この調査結果を踏まえて、連邦政府は各地域政府と連携し、「持続可能な開発のための国家戦略(SNDD)」(916.18KB)を2017年に策定した。一貫性の取れた方法でSDGsを達成するのが、その目的だ。

SDGsの理念に基づいて定めた本戦略は、持続可能な開発に向けた共通のビジョンとして、「誰も置き去りにしない」との原則に立つ。その原則の下、社会・経済・自然環境の持続的開発で、社会的に弱い人々やジェンダー格差問題に対し、特別の注意を向けている。SNDDが定める長期目標は、「自然資源の保護・保全・改善」「市民、企業、団体、政府など全ての関係者の貢献とエンパワーメント」などの5項目で構成される。この長期目標の下で、公共調達や住居・建築、食料などの取り組むべき6部門を特定。さらに、具体的な行動計画を部門ごとに策定している。例えば、(1)持続可能な公共調達のための実践的な基準と枠組みの開発、(2)建設要素や建物に関する環境性能の評価指標の策定、(3)持続可能なオフィスや住居の共通の認定基準の開発、などだ。

SDGsはどの程度進捗した?

連邦計画局(BFP)は2019年に「持続可能な開発に関する進捗報告書2019」を発表した。この報告書は、国内で2015~2019年に実施された持続可能な開発政策を評価したものだ。それによると、SDGsの達成状況を評価するBFP独自の51の指標を精査した結果として、現在の状況が継続した場合、目標達成困難と結論付けられた。

全般的に、連邦政府の持続可能な開発計画の下で幾つかの行動計画は実行に移された。しかし、SDGsに関して政府は政策をほとんど実施していないと分析した。

51指標のうち22については、定量的な達成基準と期限が定められた。そのうちで達成が見込まれるのは、4指標だけだ(研究開発、粒子状物質への暴露軽減、化石燃料汚染、海洋保護地域)。すなわち、17指標(女性議員数やエネルギー生産効率などを含む)については、2030年までに達成できる見込みがないことになる。なお、その17指標中10指標は、「方向性は正しいものの、期限までに目標に届くスピードで進展していない」と分析した。

定量的な達成基準がない29指標に関しては、11指標(廃棄物のリサイクルなど)で進展が見られる。一方、7指標(貧困に陥るリスクや財政赤字など)では、むしろ後退。残りの11指標(失業率、国際的な気候変動基金への貢献など)には統計的に顕著な変化が認められないとした。

同報告書では、5年ごとに策定されるべき「持続可能な開発計画」が政治的空白のために「2004-2008年」版以降策定されていない点にも言及。横断的で一貫性のある政策の実施のために、新たな「持続可能な開発計画」を早急に策定することを連邦政府に求めている。また、同報告書では、SDGsに合致する政策の実施例として、二酸化炭素(CO2)税や社用車の代替となる温室効果ガス(GHG)排出量がより少ないモビリティーに関して提案した。なお、BFPは2024年までにSDGsの達成に向けたモデルプランを発表するとしている。

SDGs実現に取り組む企業・団体を表彰

ベルギーで、SDGsに関する企業・団体はどう取り組んでいるのだろうか。

政府機関の連邦持続可能な開発院(IFDD)は、「SDG Voice」として、2017年以降、毎年複数の企業・団体をSDGsアンバサダーとして表彰。SDGs普及に向け、活動に2万5,000ユーロを授与している。その狙いは、一般市民のSDGsに対する関心を高めるところにある。その各年の受賞企業・団体は、表1の通りだ。

この中から、ベルギーならではの特徴的な取り組み例として、ベルギー王立サッカー連盟とアントワープ港を取り上げる。いずれも、2020年に表彰された。

表1:SDG Voiceの受賞団体・企業(2017-2020年)
受賞団体・企業名(業種・産業)
2017 年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • 11.11.11(貧困の撲滅を目的とするオランダ語圏のNGO)
  • BBL(環境保護団体)
  • CNCD(人権と環境保護を目的とするオランダ語圏のNGO)
  • コルロイトグループ(スーパーマーケットチェーン)
  • デュオフォージョブ(若年層の支援団体)
  • グッドプラネット(持続可能性に関する教育活動団体)
  • MAP(農業向け教育支援団体)
  • ゲント市(地方自治体)
2018年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • ジョーカー(旅行代理店)
  • ナタゴラ(自然保護団体)
  • ベルギー企業連盟(FEB-VBO、事業者連盟組織)
  • フランダース自治体連合(VVSG)
  • MOOOV(映画配給)
  • メトロ(無料日刊新聞)
2019年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • リコルト(農業関連NGO)
  • ウブントゥ・フェスティバル(無料コンサート主催者)
  • ヤンセンファーマ(製薬)
  • ビア・ドン・ボスコ(開発協力NGO)
  • ハイドロドー(水の文化センター)
  • フェアフィン(金融関連の活動団体)
2020年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • ハーレルベーケ市(地方自治体)
  • 貧困・不安定・社会的排除対策局(政府機関)
  • 持続可能な開発ネットワーク(産学連携プラットフォーム)
  • ディオジェン(ホームレス支援団体)
  • ワロン企業連盟(UWE、事業者連盟組織)
  • アントワープ港(港湾事業者)
  • ベルギー王立サッカー連盟(スポーツ団体)

出所:SDG Voice発表資料を基にジェトロ作成

事例1―サッカー場を通じ、地域住民の社会的なつながりを深化

ベルギー王立サッカー連盟(RBFA)がフランダース政府の支援を受けつつ、CSR(企業の社会的責任)戦略をSDGsにひもづける取り組みを開始したのは、2019年のことだ。この取り組みにあたり、スポーツを「社会に変革をもたらす開発ツール」と位置づけた。

2020年には、CSRをFSR(サッカーと社会的責任:football and social responsibility)と読み替え、サッカーが貢献し得るものとして、(1)インクルージョン(包摂)、(2)倫理、(3)健康と幸福、(4)環境の4点を活動の柱とした。また、(1)~(4)のそれぞれに、達成すべきSDGsを当てはめた(表2参照)。

さらに同年には、これらの柱を実践すべく、「ベルギーレッドコート」と呼ばれる新たなプロジェクトを開始。このプロジェクトで、RBFAは設置後15年を経過した40カ所のミニサッカーコートを4年間で改修し、若者や年配者が集まり、地域住民の社会的なつながりを深めることができる場所を創造するとしている。また、地元の自治体と協力し、集会ホールや照明設備、陸上競技トラック、無線ネットワークのアクセスポイントを設置した。ソフト面では、同施設のコーディネーターや、活動プログラムを実施する専属トレーナーの育成も行う。

表2:RBFAが進めるFSRの4項目の該当SDGs
FSR
項目
インクルージョン
(包摂)
倫理 健康と幸福 環境
該当SDGs 1. 貧困をなくす 5. ジェンダー平等を実現しよう 10. 人や国の不平等をなくそう 4. 質の高い教育をみんなに 16. 平和と公正をすべての人に 3. すべての人に健康と福祉を 8. 働きがいも経済成長も 7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 13. 気候変動に具体的な対策を 14. 海の豊かさを守ろう

1. 貧困をなくす
3. すべての人に健康と福祉を
4. 質の高い教育をみんなに
5. ジェンダー平等を実現しよう
7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8. 働きがいも経済成長も
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
10. 人や国の不平等をなくそう
13. 気候変動に具体的な対策を
14. 海の豊かさを守ろう
16. 平和と公正をすべての人に

出所:ベルギー王立サッカー連盟発表資料を基にジェトロ作成

事例2―マルチ燃料港を目指す

次に紹介するのは、アントワープ港だ。同港は欧州第2位のコンテナ量を取り扱い、フランスのトタルや米国エクソンモービルなど世界的な石油大手が拠点を構える。

アントワープ港は、世界第5位の船舶用燃料の補給港でもある。在来型化石燃料を、年間500万トン補給する。一方で2025年までに、より持続可能な代替燃料もあわせて提供する「マルチ燃料港」を目指す。具体的に取り組んでいるのは、以下の1~3だ。その実践により、表3に示したSDGsが達成できるという。

  1. 船舶用燃料市場向けに、メタノールや水素ガス、電力を供給する。
  2. 現在、年間750トンほどにとど留まっている液化天然ガス(LNG)の供給を拡大する。
  3. ライセンス制度の導入とデジタル化により、従来のバンカリング(注2)を本格的な港湾サービスとして提供する。
表3:アントワープ港の取り組みとSDGs
項目 目標SDGs 評価
地球 7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに13. 気候変動に具体的な対策を 従来型の燃料に比べ、気候と大気質に与える影響が緩和される。温室効果ガス(GHG)については、エンジンの燃焼によるものだけでなく、燃料の生産と輸送に係る排出量も考慮する必要がある。大気質に関しては、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)などの直接的な排出が考慮される。
人間 4. 質の高い教育をみんなに8. 働きがいも経済成長も 船舶への燃料供給を安全に実施するために、危険を最小限にとどめる対策を実施する。また、大気中に排出される汚染物質量の削減は、人々の生活の質向上に貢献する。
繁栄 8. 働きがいも経済成長も 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 持続可能な燃料は、今後の経済により大きな役割を果たすようになることから、「マルチ燃料港」の貢献が期待される。新燃料の使用には、実証試験や概念実証、実際に貨物船を運行するなどの観点から、一定の技術水準が要求される。
パートナーシップ 17. パートナーシップで目標を達成しよう 港湾産業や顧客、技術やサービスの提供事業者と協力して、持続可能な方法で「マルチ燃料港」を目指す。

4. 質の高い教育をみんなに
7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8. 働きがいも経済成長も
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
13. 気候変動に具体的な対策を
17. パートナーシップで目標を達成しよう

出所:アントワープ港資料を基にジェトロ作成

政府の政策も進展の兆し

EUの非財務情報開示指令(NFRD:2014/95/EU)を受け、ベルギーでは2017年に国内で法制化・施行された。結果、従業員500人(事業年度平均)以上で、(1)年間売上高3,400万ユーロ以上、(2)総資産1,700万ユーロ以上のいずれかに当てはまる企業・団体には、所定の非財務情報を公開することが義務付けられた。公表すべき情報の対象には、「環境保護」「社会的責任と従業員の雇用・労働環境」「人権の尊重」「 贈収賄防止」などが含まれる。

直近でも、政策をめぐって動きがある。2021年7月には、連邦政府の閣議で、SDGsとそのターゲットとの関連性を政策文書の中で明確に言及することで合意。あわせて、2023年の政策報告書の作成に向けて、優良事例や改善点を特定していくこととされた。その後、10月1日の連邦政府閣議では、長らく待たれていた「持続可能な開発計画2021-2025(案)」が承認された。当計画案は既に連邦議会や各構成体政府に提出済みだ。今後、審議を経て法制化されると、連邦政府のSDGsへの取り組みが前進するとみられる。ザキア・カタビ環境・気候・持続可能な開発・グリーンディール相によると、同案では、有害物質対策などの気候変動対策を強化するアプローチが取られた。また、持続可能な資金調達の戦略や、公共政策でジェンダー格差への対応、社用車を持たない雇用者向けの代替モビリティー費用の策定、既存モビリティーの強化などの提案が含まれている。


注1:
ベルギーは、連邦制を採用。連邦政府と地域政府、言語共同体政府が、それぞれ異なる政策分野を管轄している。
注2:
岸壁に係留中のLNG燃料船に、岸壁に駐車したLNGタンクローリーからLNGを供給する手法。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
大中 登紀子(おおなか ときこ)
2015年よりジェトロ・ブリュッセル事務所に勤務。