特集:半導体競争、技術覇権を制するのは受注減、コスト高、人材不足に打ち勝つ営業戦略(世界)

2023年5月8日

2022年後半から続く、メモリ半導体やロジック半導体の在庫調整プロセスの影響は、米国の半導体市場にも例外なく及んでいる。一方、米国内に拠点を構える日系の製造装置メーカーや原材料のサプライヤーは、2024年以降の市場回復やCHIPSプラス法の後押しを受けた設備投資の回復を見据え、販売・サービス体制の構築や、顧客と共同での研究開発強化を図る。次世代半導体のデザインや研究開発の中心に位置する米国に進出する日系企業へのインタビューをもとに、同国発のサプライチェーンのいまを報告する。

前年同月比で2桁減が続く米州市場

米国半導体工業会(SIA)が毎月発表する世界の半導体売上高(主要国・地域別、3カ月移動平均値)の最新データによると、2023年1月は前年同月比18.5%減の413億ドル、2月が同20.7%減の397億ドルと、2割前後の落ち込み幅で推移している。世界の半導体市場は2022年9月、2年8カ月ぶりのマイナス成長に転じ、その後、マイナス幅は拡大を続けている。中でも、国・地域別で最大の市場である中国での売上高は、2023年に入り、1月は同31.6%減(117億ドル)、2月には同34.2%減(110億ドル)と2カ月連続で同30%超の減少を続け、主要市場の中で際立った落ち込み幅を示している。

一方、国・地域別で中国に次ぐ巨大市場である米州は、2023年1月の売上高が同12.4%減の105億ドル、2月が同14.8%減の100億ドルとなった。いずれも、世界市場全体の約4分の1を占める。この2カ月の売上高の減少幅は世界全体との比較では緩やかな水準にとどまっているものの、PC(パソコン)やスマートフォン市場の減速に伴う、メモリやロジック半導体の在庫調整の影響は、米国内市場にも例外なく及んでいる。

図:2022年~2023年2月の世界半導体売上高(月別)主要国地域別

出所:米国半導体工業会(SIA)発表資料から作成

大規模工場の稼働を控え、加熱する人材獲得競争

では、米国に拠点を設ける日系半導体関連メーカーは、現状の米国内および世界の半導体市況と今後の展望、ならびに米国での事業展開における目下の課題をどのように見ているのか。筆者は2023年3月15~23日に、米国内で幅広い半導体関連産業の集積があるアリゾナ州、オレゴン州、およびカリフォルニア州を訪問。現地日系企業に上記に関するインタビュー調査を行った。そのポイントを取りまとめたものが表である。

表:半導体市況の現状と展望、経営課題(米国進出日系企業コメントまとめ)
製品分野 2023年市況 2024年見通し 主な経営課題
アリゾナ州 半導体製造装置 稼働中の顧客からの受注は減少。他方、州内の大規模工場の新設に伴う設備導入、据え付けの需要が増加。 建設中の新工場が予定通り稼働すれば、新設ラインへの装置の受注が増える見通し。工事の遅れが懸念材料。 顧客からの要請(他国の先行事例の踏襲)と、米国内法制との両立。競合他社の増加による人材獲得難と人件費高騰。
半導体材料 2022年後半から、市況・経営状態が悪化。装置メーカーなどは過去の注残に対して、製品を出荷している状況。半面、一部の半導体は不足続く。 今後の見通しは不透明。しばらくは現在の状況が続くと予想。 地域全体で人材の取り合いが発生。州内への企業進出増加で人材採用難に加え、人材を引き抜かれる事態も生じる。
半導体製造装置 2023年はダウントレンドが続くが、レガシー半導体を中心に需要は底堅く、同分野で他州への追加投資を計画。 先端半導体、レガシー半導体とも需要は底堅く、中長期的には8~10%の成長を見込む。 TSMCとインテルの投資に伴い、周辺企業も増加し、競争が激化。人材採用難に加え賃金上昇も激しく、離職率も2年前から倍増。
オレゴン州 半導体製造・検査装置 短期的に設備投資需要は減少。PCの在庫過剰が最大の要因。
デバイスメーカーが抱える調整プロセスは2023年夏ごろまでかかる見込み。
半導体市場は2030年までに現状の2倍規模に拡大。装置市場も同程度の成長を予測。顧客の研究開発拠点向けのサービス市場にも伸びしろあり。 大規模半導体メーカーの投資拡大・人材需要増で州内の人材確保は困難。引き抜きも多く、業界全体での賃金上昇を誘発。
半導体用材料 アナログは堅調。ロジックICで顧客の在庫調整が直撃。製品により取引量は半減以下に。第2~3四半期が特に厳しい。原材料や運賃、人件費の上昇が想定外の水準で業績を圧迫。 国内物流をはじめとするコスト高騰により、当面は見通し立たず。他方、中長期的には、増産計画があり候補地を検討。CHIPS法による補助金に期待。 国内物流費の著しい高騰に伴う、拠点立地戦略の見直しなど。
新拠点の設立に伴うライセンス関連(危険物取り扱い、輸出入許認可など)に係る時間・コスト。
カリフォルニア州 半導体製造装置向け部品 2023年中は在庫がダブつく。すでに見通しとして示された受注分も納期延長やキャンセルの要請が相次ぐ状況。
装置メーカーの中国向け出荷停止の影響で1~2割分の受注が減少。
2024年の市況回復は間違いない。ICメーカーは設備増強を見据え、装置メーカーへキャパシティ維持を要請。中国の装置関連需要は他国・地域が代替する見通し。 2021年半ば以降の原材料費高騰の継続。顧客に対し、前例のない契約価格の見直しを要請。
半導体製造装置向け部材 半導体市況は2022年上期にピークアウトし、装置需要は減少。他方、TSMCやインテル、サムスン、マイクロンなどの大規模工場建設に伴う設備関連で特需あり。 チップメーカーによる米国内での設備投資により、2024年には回復し、今後数年の市況は良い状況が続く見通し。 装置業界における新規参入の難しさ(既存拠点のCopy Exactly戦略)。モーターなどの電子部品の不足による納期の延伸など。
半導体製造装置、搬送機器など EV向けを含むパワー半導体関連向けの装置などは需要の落ち込みが相対的に小さい。2022年の受注残があり、売り上げ規模は維持。 EV関連やデータセンターなど向けの需要が拡大。消費電力を抑えるICなど新たな分野で市場拡大の潜在性が高い。 CHIPS法に基づく補助金受給者への制約や申請にかかる前提条件が厳しく、ハードルが高い
車載半導体 車載用半導体は、需要の落ち込みが少なく、2023年夏までは需要が供給を上回る状況が継続。受注残の対応がひと段落した段階で、いったん、在庫調整に伴う受注の減少がある見込み。 EV化の加速や先端運転支援システムの普及による車載用半導体の需要増、車載用ICメーカーの米国内の投資拡大により、市況は2026年ごろまで上向きの見通し。 車載用半導体におけるサプライチェーンの混乱、部材(リードフレーム、基板など)の供給制約の長期化。
サプライヤー認証の厳しさによる代替の難しさなど。

出所:筆者による現地インタビュー結果(2023年3月15~23日)に基づく

インテルおよびTSMCによる先端半導体工場の建設が進み、新たな半導体産業の一大拠点として脚光を浴びるアリゾナ州。同州内に拠点を構える製造装置や材料メーカーは、顧客の在庫調整プロセスの影響により、受注減少のトレンドが当面続くとの見方を示す。しかし、2023年中には在庫調整プロセスの完了が見込まれることに加え、2024年のインテルやTSMCの新工場の稼働に伴う新規の受注拡大に期待する声も高い。他方、大規模工場建設に伴う人材獲得競争の過熱が、各社共通の課題として指摘される。

半導体製造装置の販売、保守・メンテナンスサービスを行う日系企業の人事担当副社長は「工場への装置の導入・設置や機器のメンテナンスなど、特定の技術要求に対応した人材を必要とするが、特に直近2年間は、TSMCとインテルの大規模投資に伴う人材確保により、採用が困難になっている。賃金上昇が激しく、また離職率も2年間で倍近くに増加した。各部門での離職に対応するため、毎月15~20人を継続的に採用しなければならない状況が続く」と話す。

5年後の量産を見据えた研究開発段階での参入がカギ

インテルによる米国最大のチップデザインおよび研究開発拠点を中心に、製造装置や部材も含めた産業集積が形成されているオレゴン州。同州内で、ロジック、メモリ、アナログの各分野の米国系ICメーカーと取引を有する日系半導体材料メーカーは、2023年3月時点の市況について「アナログIC向けの受注は堅調だが、ロジックICの在庫調整の影響が直撃している。市況の変化による影響は、製品ごとに時間差がある。顧客の稼働率が2割程度まで落ち込み、人員整理をしている分野もある」と話す。また今後、「CHIPSプラス法による補助金の申請や、補助金を活用した追加投資を検討したい」とする一方、国内のトラック輸送など物流費の著しい高騰が収益を圧迫している事情から、新たな拠点の立地については、効率的なサプライチェーン構築の観点から、慎重な検討が必要としている。

また、同州内に半導体製造装置・販売や技術サービス拠点を有する日系製造装置メーカーは、市況の見通しについて「半導体市場失速の最大の原因であるPCの過剰在庫の調整プロセスは、2023年夏ごろまではかかるだろう。年内の設備投資は減少する見通し。しかし、半導体市場自体は2030年までに現状の2倍規模の1兆ドルに拡大することが見込まれ、製造装置市場も相応の成長が期待できる」との見解を示す。

同社によれば、半導体製造装置メーカーは研究開発を生業とする事業モデルを有し、「市場の急速な変化(IC回路の微細化)に合わせた開発投資が日本の装置産業の発展を牽引してきた」という。また今後の成長戦略について、同社は「装置の販売は顧客であるICメーカーの5年先の量産を見据えたレシピを販売すること。顧客に隣接し、設計段階から顧客と共同で装置の開発を行い、顧客のもとでテストを繰り返す必要がある。そのためには、量産拠点ではなく、顧客の研究開発拠点にリソースを集中投入し、装置の精度とサービスの質を高めることが重要」と説明する。

中国向け装置の出荷停止、日系部品メーカーにも影響

米国内最大規模の半導体関連産業集積を有するカリフォルニア州。同州内には、世界市場をリードする垂直統合型の半導体メーカー(IDM)、ファブレス企業、ならびにファウンドリ企業(注2)による集積回路のデザインや研究開発のための拠点が100カ所以上存在する。また、世界の半導体製造装置市場をリードするアプライドマテリアルズ、ラムリサーチ、KLAの3社はいずれも同州内に本社機能を有するほか、オランダのASMLも同州内に研究開発拠点を設けている(注3)。

同州で、アプライドマテリアルズやラムリサーチなど、米国半導体装置メーカー向けに部材を販売する日系部品メーカーは「半導体装置メーカーからの受注は、2022年の夏以降、落ち込んでいる。装置メーカーは、周辺サプライヤーに対し、発注の半年ほど前の段階で発注見通しを示すが、いったん示された見通しの延期やキャンセルも続いている」状況にあると話す。また、装置の最終顧客のうち、「特に市況の変化が激しいメモリICを中心にIDMやファウンドリの在庫が積み上がっており、装置の納入は当面不要という状況が生じている」という。他方、2023年内の在庫調整は、半導体ICメーカー各社が同期の業績を少しでも良く見せるため、装置向けの支出を抑制している事情もあるという。そうした事情から、「2024年以降の設備増強を見据え、装置メーカーに対しては、生産キャパシティを維持するように要請が入っていると聞いており、2024年には装置市場の回復が期待できる」としている。

他方、2022年10月以降の米国政府による対中輸出管理の強化に伴う影響は、米国内の製造装置メーカーを顧客とする部品メーカーにも及んでいる。同社によれば、「アプライドマテリアルズやラムリサーチは、中国の顧客に対しても相応の納入実績があったが、最先端の装置はすべて出荷が止まった。この影響で当社部品の新規出荷の1~2割分に相当する受注が消失した」という。また、中国内の設備投資需要を受け、米国の装置メーカーがすでに受注していた製造装置のオーダーについても、2022年10月以降の納入については各社がキャンセル対応を行っているという。

米国でサプライチェーン上流の動向をつかむ

カリフォルニア州内、サンフランシスコに営業拠点を構える日系製造装置メーカーは、「半導体サプライチェーン上流の動向をいち早くつかむこと」が拠点設置の目的であると話す。一例として、「アップルやメタ・プラットフォームズは米国内で半導体チップの設計を行い、アジアで生産している。各社の設計段階の情報をつかむことで、アジア各国での生産工程で入り込むきっかけを作ることができる。装置メーカーのみならず米国に拠点を置く日系材料メーカーも、同様の営業活動を積極的に行っている」という。また、州内に拠点を有する装置メーカーと材料メーカーが共同で、「両社の装置と材料を活用すれば、これが実現できる」という提案型の営業活動を行うこともある。米国内のファブレス企業向けの営業活動の強化により、「ファブレスが生産を委託する国内外ファウンドリ向けの仕様に、自社の装置を加えてもらう」ことを狙いとする。

なお、SIAによれば、世界全体の半導体売上高に占める米国系半導体メーカーの構成比は、2021年時点で46%にのぼったと報告されている(注4)。同構成比は、前出の世界の半導体市場に占める米州市場の構成比(約25%)を大きく上回っている。この数値は、米国が、今日の半導体のグローバルサプライチェーンにおいて、消費市場よりも、むしろ米国ブランドの半導体ICのデザインや研究開発において、圧倒的な存在感を有することを意味する。

現在、世界の大手半導体メーカーや製造装置メーカーの間では、新たな生産設備の立ち上げプロセスにおいて「Copy Exactly(コピー・イグザクトリー)」の手法が浸透してる(注5)。すなわち、先行する他の生産拠点と同じ装置、部材、生産プロセスを採用することで、効率よく量産体制を構築する手法である。同慣行は、部材メーカーや装置メーカーにとって新規参入障壁に位置付けられる半面、新たな仕様の製品、新たな生産設備の仕様検討・導入プロセスに組み込まれれば、中長期的な取引が確約されるメリットもある。前出のオレゴン州やカリフォルニア州における日系の製造装置メーカーや部材サプライヤーの取り組み事例は、米国のIDMやファブレス企業の研究開発部門や設計部門の近くに自社の営業・サービス拠点を設け、上流のライン構築段階から関与することを通じて、中長期的視野で米国外も含むグローバル市場獲得を目指す戦略の一環と捉えることができる。


注1:
TechInsights, McClean Report 2023データに基づく。
注2:
IDMはICの設計、開発、生産を一貫で行う半導体メーカー。ファブレスは、ICの企画・設計・マーケティングなどに特化し、生産は他社に委託する事業モデル。ファウンドリは生産機能のみに特化した事業モデルやメーカーを指す。
注3:
SIA, U.S. Semiconductor Ecosystem Map外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (2023年4月25日時点掲載情報に基づきカウント)
注4:
SIA, The U.S. Semiconductor Industry has nearly half the Global Market Share, 2022 Fact BookPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.3MB)
注5:
「Copy Exactly」は、もともとインテルが確立した方法論であるが、TSMCをはじめとする半導体メーカー、半導体製造装置メーカーにおいて採用されている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。