特集:新型コロナ感染拡大コロナ禍を奇貨にECやコンテンツに新たな商機を(ロシア)

2020年9月25日

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者数では、米国、インド、ブラジルに次いで世界4番目の規模で推移するロシア。原油価格の下落と通貨ルーブル安で経済不振に陥っていた矢先、コロナ禍が追い打ちをかけた。進出日系企業も影響を免れず、景況感は2008年のリーマン・ショック時並みに悪化した。他方、ロシア市場のポテンシャルは変わらないとし、中長期的な視点で取り組もうという声も聞かれる。EC(電子商取引)市場やコンテンツといった新しいビジネスの機運が高まっている。

市場ポテンシャル評価するも、入国制限が企業活動を阻害

ロシアでは2020年3月以降の外出制限や非労働日措置により経済活動が制限され、現地日系企業の経営は厳しい状況に置かれた。ジェトロが5月下旬に実施した在ロシア日系企業景況感調査ではリーマン・ショック直後並みの厳しい結果となった(2020年6月10日付ビジネス短信参照)(図参照)。回答企業の6割が「新規契約・受注、出荷の停止」を挙げ、「取引先の経営難(倒産含む)による債権回収の困難化」「事業縮小による人員削減、ローカルスタッフの解雇」などが続いた(表参照)。

図:自社の景況DIと2カ月後の景況見通しDIの推移
ジェトロが5月20~29日に実施した在ロシア日系企業景況感調査によると、2020年1月の前回調査に比べ、自社の景況感(最近の状況)DI(注)は62ポイント減のマイナス59、自社の景況見通し(2カ月後の状況)DIは61ポイント減のマイナス62と、ともに大きく下降し、リーマン・ショック後並みに悪い結果になった。

注:調査期間は2020年5月20~29日。調査対象は在ロシア日系企業(約240社)で101社が回答。
出所:ジェトロ「在ロシア日系企業景況感調査」(2020年5月)

表:COVID-19流行に伴い在ロシア日系企業に生じた影響(2020年5月下旬時点)
項目 該当率(%)
新規契約・受注、出荷の停止 60.4
取引先の経営難(倒産含む)による債権回収の困難化 35.6
物流・通関の遅延 28.7
事業縮小による人員削減、現地従業員の解雇 11.9
非労働日導入による現地従業員の人手不足 4.0
新規契約の受注、取引数の増加 3.0
物流・通関の迅速化 2.0
特になし 10.9
その他 9.9

注:調査期間は2020年5月20~29日。調査対象は在ロシア日系企業(約240社)で101社が回答。
出所:ジェトロ「新型コロナウイルス感染拡大のビジネスへの影響」(2020年6月8日)

一方でロシア市場のポテンシャルを評価する様子もうかがえる。「今後1~2年後の事業展開見通し」を聞いたところ「縮小・撤退」と回答した企業は12%と、2014年末の原油価格暴落時の約半分にとどまった。早期の経済回復は見込めないものの、中長期的な市場の潜在性に対する期待の底堅さが明らかとなった。

感染拡大から半年が過ぎようとする今日、進出日系企業にボディーブローのように効いているのが外国人の入国制限である。ロシアへの赴任予定者・帯同家族のビザ手配や一時帰国中の日本人駐在員の帰還は極めて難しい。現地出張もままならず、重要な商談が中止・延期となり契約交渉が頓挫したケースもあるという。7月にジェトロとジャパンクラブが共同で実施した在ロシア日系企業向けアンケートでは、「顧客は既に市場に復帰しておりケアが薄くなっている」「書類への署名など業務が一部滞っている」などの声が上がり、ビジネスに支障が出始めている実態が浮き彫りになった。

8月に入り、ようやくJAL(日本航空)臨時便で日本人駐在員のロシア再入国が始まった。高度人材(HQS)枠の駐在員に対して個別に入国を認める特例措置が動き出し、日本企業でも複数社がその対象となった。手続きに不透明な箇所があり対応に苦慮する企業も多い中、「駐在員の帰還の有無にかかわらずビジネスの再開に向けた活動に注力する」(進出日系企業)と関係者の切実な声も聞こえている。

国産品優先の動きを要注視

コロナ禍は各国でサプライチェーンの混乱をもたらしたが、ロシア進出日系企業にも一定の影響が及んだ。約300社強の日系企業のうち製造業は3割、うちロシアで製造を行う企業数は限られる。制限措置の導入直後は当面必要とされる分の在庫を抱えている企業も多く、また市場縮小による生産減のため、サプライチェーン問題はそれほど深刻ではなかった。しかし、措置が長期化するに従って、稼働を停止した中国工場からの部材調達難や欧州地域のロックダウンに伴う調達部品の一部遅延が指摘されるようになった。外食産業でも航空便の運航停止により日本から茶などの食材輸入が滞るなど、広い業種で部材調達に支障がみられている。

企業・個人の補償・救済は一段落し、政策の重点が経済・産業の再生に向かい始めたようにみえた6月以降、電子機器の公共調達において国産品を優先する法案がロシア政府内で検討中と報じられた。コロナ禍をきっかけとした保護主義的な動きとみる向きもある。進出日系企業は自社製品が国産品とみなされる可能性があることから静観の構えだ。他方で日本産として認定されてしまえば顧客に提案ができず不利益を被る可能性(金属製品メーカー)もあるという。「原材料には低率の、生産財については品目によって低率から中程度の、最終製品については高率の関税をかけ国内への生産投資を促すべき」との意見もロシアの地場企業から提起されている(9月モスクワでの官民フォーラム)。過去に自動車・同部品製造誘致のための産業政策(リサイクル税の引き上げなど、一部の外国製品が不利益を生じる措置を含む)が導入されたこともあり、今後の日本企業のビジネスにどのように影響するか目配りする必要がある。

EC市場、コンテンツに新たな商機の兆し

コロナ禍は一方で日ロのビジネス交流に新しい展開をもたらしうる。景況感調査では「新型コロナウイルス感染拡大により消費者性向が大きく変化すること、ビジネスモデルも大きく変わることを前提に、今だからこそ変えられることを変えていく、市場が回復するまでに新しいビジネスモデルを構築する」との前向きな回答がみられた。

新たなビジネスモデルといえばオンライン市場、いわゆるEC市場である。今日、ロシアでは小売業を中心にEC市場が急成長している(2020年9月10日付ビジネス短信参照)。外出規制や行動自粛を受けた、いわゆる「巣ごもり消費」行動だ。ECによる日用消費財売り上げ(5月)は前年同期比で実に2.5倍、2020年のEC市場規模は2兆5,000億ルーブル(約3兆5,000億円、1ルーブル=約1.4円)に達するとの予測もある。売れ筋商品は、マスクなどの防疫商品や保存食品、密の都会を離れダーチャ(郊外の別宅)で過ごす人々の需要を反映したアウトドア用品など。日本のサプライヤーは越境ECをサポートする業者を通じてのロシアEC市場への参入を検討するのも一案である。既に日本産食品をEC販売する現地企業によれば調味料や菓子、紅茶、コーヒーが売れ筋商品という。

オンライン動画配信市場も伸びている。2020年上半期のロシアのオンライン動画配信市場規模は2018年通年にほぼ匹敵する規模(約261億円)に達した(2020年9月7日付ビジネス短信参照)。こちらも「巣ごもり消費」が市場拡大を後押ししたかたちだが、今後は日本のアニメなどコンテンツの分野でも商機がありそうだ。ジェトロが2020年10月に実施する海外のコンテンツバイヤーと日本企業とのWEB商談会には、国別で最多となるロシアからのバイヤー5社が参加する。日本への関心の高さが推し量られよう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部主幹(ロシアCIS担当)
下社 学(しもやしろ まなぶ)
1994年、ジェトロ入構。海外調査部ロシアNIS課長、和歌山県農林水産部食品流通課長、ジェトロ・タシケント事務所長などを経て2019年7月から現職。主たる著作・執筆協力として「中央アジア経済図説(東洋書店)」、「中央ユーラシアを知る事典(平凡社)」、「ロシア経済の基礎知識(ジェトロ)」、「カザフスタンを知るための60章(明石書店)」、「現代中央アジア(日本評論社)」など。