特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向特集:北米地域における環境政策の動向と現地ビジネスへの影響テキサス州、石油・ガスと脱炭素の二刀流へ(米国)

2021年5月24日

メジャーと言えば、米国の国民的娯楽とされる野球の大リーグ。今シーズンの話題は、投打の二刀流で好調のロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手だ。かたや、テキサス州でメジャーと言えば、地域経済の中核をなす石油・ガス産業を連想する。投資家から強まる脱炭素の要請やバイデン政権の発足など、変化するビジネス環境の下、テキサスは環境エネルギー分野の二刀流に向けて歩みを始めている。

バイデン政権にくぎ刺すテキサス

テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は、バイデン政権発足直後の2021年1月、「バイデン政権や地方政府が雇用を壊し、エネルギーコストの上昇を招くことは受け入れられない」とし、あらゆる法的権限を行使して、エネルギー産業を脅かす連邦政府の措置に対抗するよう、同州の全ての州政府機関に命じた(テキサス州知事室プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) 。

テキサス州は石油、ガスの生産量が州別で全米1位、エネルギー消費量も全米1位のエネルギー大生産、大消費地だ。「世界のエネルギー首都(Energy Capital of the World)」と呼ばれるヒューストンには、欧米石油メジャーの本社や中核拠点、油田ガスサービス企業などエネルギー企業約4,600社が所在する。

2020年、石油産業は苦境に立たされた。新型コロナウイルス感染拡大の影響による燃料油の需要減を受け、テキサス州の石油生産開発会社や油田掘削業務などを請け負うサービス企業まで、この1年で従業員数を大幅に減らす企業が続出した。バイデン政権発足後は、パリ協定への復帰や、テキサス州を通過する米・カナダキーストーン石油パイプラインの認可の取り消し、連邦区域での新規の石油・ガス生産向けリース停止など、石油産業には逆風が吹く。

2020年には40ドル台の低迷が続いたWTI原油価格は、足元では60ドル台(2021年5月初め時点)に回復したが、石油業界からは2020年代に石油需要がピークを迎えるとの論調も出始めるなど、中長期の経営環境は予断を許さない。冒頭で紹介したアボット知事の措置は、石油産業を預かる同知事がこれ以上の足かせを同業界に課さぬようバイデン政権にくぎを刺すものだ。

風力発電では全米1位の再生可能エネルギー先進州

テキサス州にとって、石油・ガス産業は州経済の3割を構成するとも言われる重要産業だ。ただし、テキサス州=化石燃料一辺倒とみるのは正しくない。同州の風力発電量は全米で州別1位だ(注)。同州は米中央部を縦断する通称「風の回廊」(Wind Energy Corridor)の南端にあり、州西部や南部メキシコ湾岸には多数の風力発電所がある。同州の2019年の発電量を電源別にみると、1位は天然ガス(47%)だが、2位は石炭と風力がともに20%で肩を並べる(図1)。2009年の発電量割合は石炭37%、風力6%だったが、風力の割合は10年で3倍強になった。2021年3月には風力が39%に増え、30%の天然ガス、15%の石炭を抑えて単月で初めて首位となった。3月は気候が穏やかで空調需要が少なかったが、夏に向けて冷房需要が増加するため、天然ガスが再び主役に戻るとみられる。それでも、風力はテキサス州で主役もはれる名脇役の地位を確立している。

図1:テキサス州の発電量の電源別割合(2019年)
天然ガスは47.4%、石炭は20.3%、風力は20.0%、原子力は10.8%、太陽光は1.1%、その他は0.4%。出所はテキサス州会計検査官ウェブサイトを基にジェトロ作成。

出所:テキサス州会計検査官ウェブサイトを基にジェトロ作成

テキサス州の風力発電拡大の布石は20年以上前にさかのぼる。同州は1999年、再生可能エネルギー由来の発電量を2025年までに1万メガワット(MW)とする再エネ使用基準(RPS)を設定したが、2010年初めに15年前倒しでこの目標を達成した。その後、連邦政府による再生可能エネルギーの発電量や設備投資額に応じた法人税額控除に加え、テキサス州内のさまざまなインセンティブが設定されたことも追い風となった。州政府は再生可能エネルギー設備評価額全額の固定資産税からの控除や、州内で営業活動を行う企業に課す州独自のフランチャイズ税の控除を進めたほか、自治体や各地電力会社は再生可能エネルギー導入者に対して発電量に応じたリベートなどを提供している。州政府が69億ドルを投じ2013年に完成した州西部の風力発電地帯から人口が集中する州東部都市部への送電網も産業の発展を後押しした。

コスト低下で太陽光発電にも注力

さらに、今は太陽光が熱い。州北東部では、太陽光発電で全米最大規模となるサムスン太陽光発電所が2022年初頭の完成を目指して建設中だ。30万軒に電力を供給する計画で、既にAT&T(電力購買計画500MW)、ホンダ(200MW)、マクドナルド(160MW)、グーグル(100MW)などへの売電契約も済んでいる。州内ではこのほかにも、太陽光をめぐる取引や発電所建設ラッシュが続いている。風力同様の各種インセンティブが用意されていることに加え、大規模太陽光発電にかかる設備投資コストが火力発電に近い水準にまで下がっていることも、太陽光を後押ししている。

再生可能エネルギーは気象の影響を受けるため、発電効率は2~3割と、原子力(発電効率9割以上)やガス火力(6割弱)には及ばない。しかし、蓄電池を設置して昼間につくった電気を蓄えるなど、発展の可能性がある。テキサス州内には年間を通して日照時間の長い地域が広がり、州系統運用機関アーコット(ERCOT)によると、今後建設される発電施設の発電容量では太陽光が他を圧倒している(図2)。

図2:テキサス州の電源別発電所建設
石炭、天然ガス、太陽光、蓄電池、風力があり、このうち1995年以降実績では天然ガス、風力、石炭の順に建設実績が多い。今後の予定は太陽光、風力、天然ガスの順に多い。

注:バイオマス、原子力はともに300MW以下。
出所:テキサス州系統運用機関アーコット(ERCOT)データを基にジェトロ作成

テキサスの石油産業、カーボンキャプチャーに注力

石油メジャーの対応はどうか。米系石油企業が目指すのは、化石燃料ビジネスと温室効果ガスの排出削減の両立だ。そのカギとして注力するのがカーボンキャプチャー〔二酸化炭素(CO2)貯留〕技術の活用だ。

エクソンモービル(テキサス州アービング)は2021年4月、ヒューストン地域の石油化学工場が排出するCO2を回収し、メキシコ湾の海底に貯蔵する官民共同1,000億ドルの巨大事業構想を打ち上げた(2021年4月21日付ビジネス短信参照)。メキシコ湾の石油ガス層は大量のCO2を貯蔵できる可能性があるとみられてきたが、難点はコストだ。エクソンモービルは、政府が適切な財政インセンティブを提供することでこの構想が実現し、米国のCO2排出量を大幅に削減できると提案する。

米石油準メジャーのオキシデンタルは、優良石油・ガス田が広がるテキサス州西部パーミアン盆地で40年以上にわたり、カーボンキャプチャーの利用・貯蔵の経験を積んできた。同社が目下、傘下企業を通じて推進中の技術が、空中からCO2を回収するダイレクト・エアー・キャプチャー(DAC)だ。これは、回収したCO2を油田の残存原油の採収率を向上させる石油増進回収法に活用したり、地中層への永久貯蔵を図ったりするもので、2022年にはパーミアン盆地で世界最大級のDAC・貯蔵施設の着工を目指す。その先には商用化した施設の世界展開をと意気込む。

カーボンキャプチャーの課題は採算性だ。CO2回収コストはいまだ高額で、採算分岐点は1バレル75ドルと指摘する専門家もいる。それでも、オキシデンタルのビッキー・ホラブ最高経営責任者(CEO)は「われわれは『ダイレクト・エアー・キャプチャー版テスラ』の心境だ。開始時には皆が半信半疑だった。しかし、テスラは極めて成功して自動車産業を変えた。テスラが始めなければ、今の電気自動車産業はなかった」と前向きだ。同氏はまた、今後15~20年で同社が石油・ガス企業から炭素管理企業に転換することを期待している。

次世代エネルギー企業の創出を支援

石油・ガス産業の集積地ヒューストンは、世界のエネルギートランジションの牽引役を目指す。ヒューストン市は2020年4月、2050年までのカーボンニュートラル実現などを掲げる気候変動計画を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。ここでシルベスター・ターナー市長が力点を置いたのが、次世代エネルギー企業の創出だ(2021年2月8日付ビジネス短信参照)。2025年までにヒューストンで再生可能エネルギーやカーボンキャプチャー技術など、革新技術企業(エネルギー2.0)を50社誘致・創出しようとしている。

課題の起業支援体制は徐々に整い始めている。北米最大級の気候変動テック支援機関グリーンタウンラボ(マサチューセッツ州)は2021年4月、スタートアップインキュベーション施設をヒューストン市に開設した。創設パートナーには、石油大手シェブロンやシェル、電力大手NRGエナジーなど16社が参画し、最終的な入居企業数は50社に上る予定だ。

石油業界も起業支援に参画する。油田サービス企業大手のハリバートンは2020年7月から、スタートアップ支援機関ハリバートンラボを立ち上げ、クリーンエネルギー分野の起業家を支援している。ハリバートンは2020年、新型コロナウイルス感染拡大による経営難で、従業員数を5万5,500人から4万人へ約3割減らした。本業の厳しさが続く中、起業家の知恵も借りながら脱炭素領域での活路を見いだそうとしている。

シェブロン北米生産探査部門のスティーブ・グリーン社長は、2020年11月に行われたヒューストン地区最大の経済団体グレーター・ヒューストン・パートナーシップ主催のパネルディスカッションで、「エネルギー産業の根幹は昔からヒューストンにある。著名大学もあり、ライス大学の支援で建設中のインキュベーション施設Ion(2021年2月8日付ビジネス短信参照)が加われば、ベンチャーキャピタル(VC)やイノベーター、起業家はエネルギーの研究と主導がヒューストンにあると気づく。エネルギートランジションに必要な資源は全てここにある」と述べた。石油・ガス産業と、エネルギートランジション、脱炭素産業の二刀流に向けてテキサス、ヒューストンは動き始めている。

テキサスで活躍の場を広げる日本企業

最後に、もう1つのメジャーと言えば、ゴルフ。2021年4月、米男子ゴルフツアーのマスターズで松山英樹選手が優勝した。日本人男子初の海外メジャー大会制覇だった。ひるがえって、テキサス州の環境エネルギービジネスでは、進出日系企業は新型コロナウイルス感染拡大以降も、積極的に脱炭素事業に参画している(表)。クリーンエネルギーから、石油産業のカーボンキャプチャー技術まで、二刀流に臨むテキサスと日本が組む余地は広がっており、テキサスでの日本企業の活躍は今後増えてきそうだ。

表:テキサス進出日系企業による米国での脱炭素プロジェクトへの参画・連携例
No 発表時期 企業名 概要(米子会社を通じて出資、参画)
1 2020年7月 関西電力 陸上風力では米最大級のアビエータ発電所(テキサス州内西部)に出資。同年9月に商業運転開始。日本の電力会社が単独で現地企業とともに同国の陸上風力発電事業に参画した最初のケースで、フェイスブックやマクドナルドとの売電契約を締結済み。
2 2020年7月 東京ガス 米再生可能エネルギー開発事業者がヒューストン近郊で開発を進めている大規模太陽光事業アクティナ太陽光発電事業を取得。2021年度中の商業運転開始を目指す。建設から運転開始後の事業運営までを東京ガスグループ主導で手掛ける初めての海外太陽光発電事業。
3 2020年3月
/8月
電源開発 テキサス州内で太陽光発電所2カ所の開発に着手。3月着手のウォートン地点は2022年前半、8月着手のレフュージオ地点は2023年運転開始予定。両案件ともテキサス州の太陽光開発デベロッパーとの共同開発で、電源開発にとり米国初の再生可能エネルギー事業。
4 2020年9月 三菱重工業、トヨタ 米国フロンティアエナジー(カリフォルニア州)は米エネルギー省主導のテキサス州水素インフラ実証プロジェクト(H2@Scale Project)に参画。三菱重工とトヨタ・モーター・ノース・アメリカ、テキサス大学オースティン校などと連携し、共同で実証事業を推進。
5 2020年11月 三菱重工業 メタンからプラズマ熱分解方式で水素と固体炭素を取り出す革新的技術を持つ、米国モノリス(ネブラスカ州)に出資。モノリスは、水素製造過程でCO2を排出しない「ターコイズ水素」を製造できる技術に加え、カーボンブラックなど利用価値の高い固体炭素を製造できる技術を有している。
6 2021年1月 三菱重工業 三菱重工業はCO2と再生可能エネルギーからクリーン燃料を生成する革新的技術を持つ、米国インフィニウム(カリフォルニア州)への出資を発表。交通・輸送部門におけるCO2の排出削減の要請に応えられる技術として注目。
7 2021年4月 大阪ガス、三菱重工業 大阪ガスと三菱重工は、米国スターファイア・エナジー(コロラド州デンバー)に共同出資。スターファイアが開発した独自の触媒技術は、再生可能エネルギー、空気および水のみを投入してグリーンアンモニアを製造可能。

出所:各社プレスリリースを基にジェトロ作成
4:2020年9月17日付ビジネス短信参照
5:2020年12月2日付ビジネス短信参照
6:2021年1月28日付ビジネス短信参照
7:2021年4月14日付ビジネス短信参照


注:
テキサス州の風力発電量は、24.2ギガワット、風力タービン設置数は1万3,180基(米国エネルギー情報局2018年データ)。
執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所長
桜内 政大(さくらうち まさひろ)
1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕、海外調査部北米課、サービス産業部ヘルスケア産業課などを経て、19年10月から現職。編著書に「世界の医療機器市場―成長分野での海外展開を目指せ」など。

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