特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞く東芝、サステナビリティ経営に向けて体制刷新
グローバルスタンダードの「人権」の社内定着へ

2023年3月27日

「人と、地球の、明日のために。」。経営理念の主文に、持続可能な人々の生活、地球環境への思いを掲げる東芝(本社:東京都港区)。2021年にサステナビリティ推進部を発足させ、サステナビリティ経営への取り組みを本格化させている。ジェトロはILO駐日事務所とともに、人権方針の策定や人権デューディリジェンスへの取り組みについて、同社サステナビリティ推進部バイスプレジデントの梶原真理子氏、有馬純子氏、井上智史氏、グループ調達部シニアマネージャーの高橋宏輔氏、篠原恵美子氏、人事・総務部シニアマネージャーの宮地信貴氏に話を聞いた(2022年12月7日)。

サステナビリティ経営に向けて、社内体制を刷新

2003年からCSR推進を担当する組織を設置していたが、2021年4月にサステナビリティ推進部を発足させ、すべての企業活動を通じたESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)を意識した社会の発展に貢献する取り組みを推進している。また、それまでのサステナビリティ推進体制を見直し、社長が委員長を務め、(各事業会社の)サステナビリティ推進責任者が出席する、「サステナビリティ戦略委員会」を新設した。傘下の3つの会議体(サステナビリティ推進会議、コーポレート地球環境会議、非財務情報開示検討会議)で話し合われたことがサステナビリティ戦略委員会に報告され、東芝グループの方針決定が行われる(図参照)。同委員会は原則年2回実施し、2021年8月に実施した委員会では、新しいマテリアリティ(重要課題)について議論、「東芝グループサステナビリティ基本方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を策定し、2021年10月に公表した。

グループとしての人権尊重方針である「東芝グループ人権方針」は2022年3月に策定した。従前より「東芝グループ行動基準」において人権の尊重を第1条に定めているが、昨今の世の中の流れを踏まえて、明確な人権方針を打ち出し、当社の人権に対する思いを社内外に公表していく必要があると考えた。方針の策定にあたっては、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとするグローバルスタンダードを参照し、外部専門家に相談した。また、「東芝グループ人権方針」は「東芝グループサステナビリティ基本方針」を補完する関係にある。

当社の中で人権への取り組みはまだ過渡期にある。人権尊重の体制として「人権啓発推進委員会」があり、人事・総務部が事務局を務めている。従来から部落差別などの国内問題を取り上げ、社内教育・研修活動に取り組んできた委員会で、昨今はハラスメント問題にも取り組むようにもなってきた。他方、世界で法制化が進む「人権」はグローバルな観点で、より幅広く取り組む必要がある。現在は人事・総務部も、サステナビリティ推進部や法務・コンプライアンス部、グループ調達部と連携し、全社で人権への取り組みを整備しているところだ。

図:サステナビリティ推進体制
東芝は2021年4月にサステナビリティ推進部を発足させ、すべての企業活動を通じたESG、SDGsを意識した社会の発展に貢献する取り組みを推進している。また、それまでのサステナビリティ推進体制を見直し、社長が委員長を務め、(各事業会社の)サステナビリティ推進責任者が出席する、「サステナビリティ戦略委員会」を新設した。

出所:東芝統合報告書2022(2021年度)47頁

サプライチェーン上の人権リスクの特定へ

東芝の事業活動に関係する潜在的な人権リスクのアセスメントは、米国のサステナビリティ推進団体であるBSR (Business for Social Responsibility)に協力いただいて実施した。BSRが東芝のスタッフ部門や事業会社の関係者に幅広くインタビューを行い、東芝の関与するバリューチェーンのどこでリスクが発生するかを事業ごとに特定した結果、例えば社会的に弱い立場に置かれがちとされる女性や非正規労働者、また原材料調達に関わる人を含め、新興国を中心としたサプライチェーンでの人権配慮が、当社の優先的に取り組むべき人権テーマとしてみえてきた。現在、これらリスクへの対応と取り組み状況の開示を順次進めているところだ。

リスク特定の1つの手段として、サプライヤーに対して東芝グループの調達方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を伝えるとともに、社会的責任を推進する世界的な団体であるレスポンシブル・ビジネス・アライアンス〔RBA、旧電子業界CSRアライアンス(EICC:Electronic Industry Citizenship Coalition)〕のセルフチェック(SAQ:Self-Assessment Questionnaire)を実施し、これと並行してグループ調達部主導でアンケートによるリスクアセスメント調査を2021年から実施している。設問は、RBAのSAQを参照しつつ、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の「責任ある企業行動ガイドライン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」とそれにひもづくSAQを参考にしている。東芝では国内取引先が多いため、欧米の人権意識を背景としたRBAのSAQをそのまま利用した場合に、日本やアジアの取引先には理解されにくい点があるので、東芝独自のSAQを作成して、設問の背景や意図について解説を加えるなど内容をかみ砕いて丁寧に説明している。

設問は毎年、見直している。2021年はリスクベースアプローチによる調達取引先のサステナブル調査を実施した。調査は段階的に実施し、調達取引先の拠点所在地を基に、人権リスクに関する地域情報などの外部参照情報に記載された国や地域を調査対象として絞り込み、リスク評価を行った。調査結果にリスクが認められる場合、必ず実態確認を行っている。これまでの調査では大きな問題は見つかっていない。

調査をはじめ、人権リスクの特定の取り組みは、大きなリソースを必要とする。東芝の場合、1次取引先をすべて調査対象にしているので、国内外で1万社以上が対象だ。2021年から始めた取り組みで、最初はデータを幅広く取得したいという思いから、手間をかけて実施している。他方で、サプライヤー側の負担軽減のためにも、フォローアップの方法を考えていく必要がある。人権や環境といったテーマは定点観測をしないと実態の動向をつかめないし、課題があったときに迅速に対処できないので、なるべく調査の頻度を落とさず実施できる形式を検討していく必要がある。

当社のアンケート送付対象は、継続的な取引がある1次サプライヤー全体で、スポットの取引先は対象外になることもある。2次サプライヤーに対しては直接アクションを取ることが難しいので、1次取引先に対し2次サプライヤーへ「こういった調査をしてほしい」と間接的に依頼している。しかし、1次サプライヤーによっては2次サプライヤーを開示しないところもあるので、サプライチェーンをさかのぼって網羅的に人権デューディリジェンスを行うのは難しく、苦労している。他方で、リスクが高い業界や国におけるサプライチェーン特定の要請は今後深まっていくだろう。そうなると、特定の業界、特定の分野に対象を絞ってサプライチェーンを掘り下げていくなどの対応が考えられる。

東芝の事業領域は幅広く、一口に電気業界といっても業種、取引先の業態、所在地は様々だ。2次サプライヤー以降を含めたサプライチェーン全体の把握をするとなると、何らかの業界標準として調査形態、調査方法(システム・フォーマット)が必要だ。統一化されれば、個別の調査結果が各サプライチェーンの中で活用できるようになるので、将来的にそうなればよいと考えている。また、サプライヤーからみても、納品先各社のフォーマットで独自のアンケートが配布され、それぞれに回答せざるを得ない現状の解決につながるだろう。

グローバルスタンダードの「人権」を社内に浸透させる

東芝は人権の尊重をマテリアリティの1つに設定し、数値目標(KPI)を定めて取り組みを進めている。人権の尊重というテーマは、数値化することが難しく、どの企業も目標設定やその策定方法について悩んでいると聞いている。東芝が掲げているKPIが正しいものだと言い切れるわけではない。しかし、設定が仮に間違っていたとしても、まずは取り組んでいる実態を開示してステークホルダーとエンゲージメントを行い、見直し・改善していくのが正しい進め方だと考えている。

情報開示では、有価証券報告書とグローバルスタンダードでの開示要請事項が異なる点も課題になる。日本の上場企業は、有価証券報告書で求められているものを開示していく、という姿勢が第一になるが、人権に関してはグローバルスダンダードに合わせる必要があるので、日本のガイドラインや有価証券報告書などへの対応を考慮するだけでは、社内での取り組みやグローバル社会への情報開示が遅れてしまう。欧州をはじめ世界の法律への理解や「人権」に対する正しい理解が進まないと、社内での取り組みがうまくいかない。「世の中はこうなっている」と社内で説明しても「まずは日本の法律への対応」となって、海外現地法人に対しては手薄になりがち。このような社内への働きかけにはとても苦労している。

こうした課題の根底には、「人権」の解釈の違いがあると思われる。日本では、労基法など法令によって従業員の人権は守られているものの、欧米のように人権があらゆる企業活動の根底にあるという理解はまだ十分ではないと感じている。例えば、労使の問題やハラスメントは人権に配慮する取り組みというより労務管理の問題であるとされがちで、なかなか人権という切り口では語られない。本来は従業員の人権を守るためにルールがあるはずなのに、企業においては管理する/されているという切り口になる傾向が強いと思う。

社内にグローバルスタンダードに基づく「人権」を認識してもらうために、そして持続可能な調達の考え方をより一層グループ内で浸透させるために、グループ会社の全従業員にはグループ行動基準に基づき、ビジネスと人権の視点を含めた人権教育を毎年実施している。また、例えば他部門から調達管理部への異動者や新入社員に対しては、持続可能な調達に関する講義を行っている。全社における階層別教育についても、昇格昇進に必要な知識として、ビジネスと人権や持続可能な調達に関する教育プログラムを実施しているところだが、さらなる教育の充実が必要だと思っている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。