特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くダイキン、優先順位をつけ一次取引先から人権リスクの特定に着手
2年目は物流、サービス業者におけるリスク抽出に取り組む

2024年1月31日

「一人ひとりの誇りと喜びがグループを動かす力」を「グループ経営理念」に掲げるダイキングループ(本社:大阪市北区、空調・冷凍機、化学、油機、特機、電子システム)。多様な価値観・勤労観を尊重しながら、個人が意欲と誇りを持って働き続けたい、と思える環境づくりを進めてきた。生産・販売をはじめ事業全般のすべての取引先・提携企業との強い信頼関係のもと、協働して「人権の尊重」の取り組みを推進することにより、互いの持続的成長とサステナブルな社会への貢献を目指すことを、同グループ人権方針で宣言している。ジェトロは、同グループの人権デューディリジェンスへの取り組みなどについて、CSR・地球環境センター担当課長の濱宏行氏、同センターの西邑麻衣氏、グローバル調達本部調達戦略室の相川耕平氏に話を聞いた(2023年12月6日)。

「人権の尊重」と「サプライチェーン・マネジメント」のそれぞれをサステナビリティ重点テーマの1つに掲げて実行

ダイキングループは、企業と社会双方の持続可能な発展に向けたサステナビリティ重点テーマを『価値提供』と『基盤』に整理し、事業活動を通じて社会課題の解決に取り組んでいる。サステナビリティ重点課題に、透明で誠実な事業活動に関わる課題を加味したうえで、「環境」「空気価値」「顧客満足」「人材」「協創」の5テーマを『価値提供』として、「人権の尊重」「サプライチェーン・マネジメント」「地域社会」「ステークホルダー・エンゲージメント」「コーポレート・ガバナンス」の5テーマを『基盤』として整理した。これら10の重点テーマのそれぞれに指標と目標を設定し、その達成に向けた取り組みを実行している。企業の社会的責任(CSR)担当役員を委員長とするCSR委員会が活動の方向付けと執行状況の監視・監督を担い、CSR委員会のもとに設置したスタッフ部門であるCSR・地球環境センターが、関連するコーポレート部門と共同で、グループ全体のCSRおよびサステナビリティを統括的・横断的に推進している。CSR委員会は、サステナビリティ重点テーマそれぞれの担当役員を委員として年1回開催、社会動向や重点テーマの進捗状況、推進課題について共有し議論する。委員会の決定事項は取締役会に報告される。

なお、サプライチェーンを含む人権取り組みに関わるテーマである「人権の尊重」と「サプライチェーン・マネジメント」に関する取り組みや目標、2022年の実績は表のとおり。

表:「人権の尊重」と「サプライチェーン・マネジメント」に関する目標と実績
重点テーマ 取り組み 中期目標 定量指標 2022年度実績 指標の説明
人権の尊重 人権に関するさまざまな国際規範を理解し、基本的人権を尊重する 人権尊重の徹底と人権デューディリジェンスの実施 自己点検実施率 99% 自己点検の実施率により、「人権の尊重」の徹底状況を測定
サプライチェーン・マネジメント リスクを最小化し、強靭でレジリエンスなサプライチェーンを構築する 全サプライヤのCSR調達達成度Aクラス率の向上 CSR調達達成度Aクラス率 75% 全調達額に占める、社内基準Aクラスを満たした取引先様の割合

出所:ダイキン「サステナビリティレポート2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(16MB)」23ページ(「マネジメント」章内)を基に作成

2022年7月に人権方針を策定、人権取り組みを強化

サステナビリティ重点テーマの1つである「人権の尊重」に関して、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が求めている、人権方針の策定、周知、人権デューディリジェンスの実施、内部統制・ヘルプライン設置のうち、人権方針について、社長指揮のもと人事担当役員を責任者として、すべての関連部門と協議して策定し、2022年7月に取締役会で承認された。人権方針の策定にあたっては、人事本部のほか、法務・コンプライアンス・知財センター、CSR・地球環境センター、経営企画室、さらに資材の調達という意味でグローバル調達本部やそのほか関連する部門と人権方針PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(543KB)をとりまとめた。

ダイキングループでは、人権への取り組みについては世の中の動きなどから重要課題と認識し、2021年ごろから社長を含めて社内で議論してきた。その議論の中で、人事担当役員が担当責任者となり、オペレーションリスクの管理とコンプライアンスの徹底を推進する企業倫理・リスクマネジメント委員会で、人権を重要なオペレーションリスクの1つとして位置づけ、前年の活動結果を踏まえて当該年度の活動内容を決定し進捗をフォローしている。他方、グループのCSRおよびサステナビリティを統括的・横断的に推進するCSR委員会では、人権尊重を含むサステナビリティの取り組み全体を俯瞰(ふかん)する中で、抜け漏れがないか、強化すべきはどこかなど、中長期的な視点で議論し課題抽出を行っている(図1参照)。

図1:コーポレート・ガバナンス体制(2023年7月1日現在)
2023年7月1日現在のダイキン・グループのコーポレート・ガバナンス体制。株主総会で取締役会、監査役会のメンバー、および会計監査人の選任、解任を行うことが示されている。また、取締役会は執行役員会のメンバーの選任、監督を行う。さらに、取締役会のもとに、内部統制委員会、企業倫理・リスクマネジメント委員会、情報開示委員会、CSR委員会が設置されている。そのほか、人事諮問委員会、報酬諮問委員会、最高経営者会議、グループ経営会議がある。

出所:ダイキン「サステナビリティレポート2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(16MB)」128ページ(「コーポレート・ガバナンス」章内)

社内ではグループ行動指針に基づく自己点検とリスクアセスメントを活用

人権デューディリジェンスは、コンプライアンス徹底の仕組みの1つである、自己点検とリスクアセスメントの取り組みを活用して実施している。グローバル・グループ各社役員・従業員一人ひとりが順守すべき行動を明示したグループ行動指針ごとにチェック項目を設け、その順守状況について、国内外の会社で自己点検を活用しており、日本語だけでなく、英語、中国語に翻訳し、周知徹底している。また、会社全体・各部門のリスクを洗い出すリスクアセスメントのなかで、深刻度とそのリスクが発生する可能性により人権リスクを評価している。

グループ行動指針の1つに、「人権・多様性の尊重と労働関連法令の遵守」がある(図2参照)。

図2:人権・多様性の尊重と労働関連法令の遵守
グループ行動指針 10.人権・多様性の尊重と労働関連法令の順守。私たちは、一人ひとりの人権を尊重し、「国籍」「人権」「民族」「宗教」「肌の色」「年齢」「性別」「性的指向」「障害の有無」等による差別となる行為は行いません。多様な価値観を受容し、一人ひとりの個性・強みを組織の力にまで高めています。また、強制・意思に反しての労働(強制労働)や、各国・地域の法令が定める雇用最低年齢に満たない児童の就労(児童労働)を排除し、各国・地域の労働関連法令およびその精神を徹底して遵守します。

出所:ダイキン「サステナビリティレポート2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(16MB)」104ページ(「社会」章「人権の尊重」内)

さらに、行動指針に基づき活動するための具体的指針をまとめた「企業倫理ハンドブック」と併せて、日々自らの行動をチェックするための「コンプライアンスカード」を全従業員に配付し、常時携帯を義務付けてコンプライアンス意識を高めている。こうした自己点検やリスクアセスメントの取り組みは、2022年の人権方針策定にかかわらず、以前から実施してきた取り組みであり、従業員に浸透している取り組みを通じて、人権取り組みのチェック項目の内容を適宜見直し・追加する中で、人権リスクや課題の抽出・是正取り組みや、従業員教育に活用しているのが、ダイキンの特徴となっている。

人権の尊重を含めた自己点検の実施率は、2022年99%となっており、国内外の従業員に浸透した取り組みとなっている。新拠点の設立や企業買収でグループ全体の規模が大きくなっている中、順次、自己点検の取り組みを展開し、100%実施に向けて取り組んでいる。

人権デューディリジェンスの優先順位を1年目は一次取引先、2年目は物流、サービス業者に特定

サプライチェーン全体の人権リスクがどこにあるかについては、人事担当、コーポレート担当、調達担当の役員で議論した。人権リスクが高いのは、直接材料の一次取引先であり、児童労働や強制労働があった場合には、素材・部品などが調達できなくなる可能性がある。そのため、一次取引先への確認が最も優先順位が高いという判断になった。次のステップとして2023年に始めたのが、物流やサービスなど協力業者への展開。ダイキンのロゴが入った作業着を着て顧客を訪問したり、ダイキンのロゴをつけた車で配送したりする中で、人権に関わる問題が生じるとレピュテーションも含めてリスクが高いという判断になった。

サプライチェーン全体について、こうした内部議論を踏まえ、外部NGOのグローバル・アライアンス・フォー・サステナブル・サプライチェーン(ASSC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの助言も得て、リスクが高いところから優先順位をつけて、徐々に進めていくことになり、1年目の2022年は直接材料の一次取引先、2年目の2023年は物流、サービス業者におけるリスクの抽出、と特定を進めてきた。

取引先の調査を行いクラス付けで評価、改善指導を実施

ダイキングループは2017年4月、取引先向けに「サプライチェーンCSR推進ガイドライン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を策定した。これは事業の安定的な継続・成長に向け、取引先を含めたCSR推進のためのガイドラインとなっている。ガイドラインの行動指針は17項目で構成され、経営や法令順守などの一般的な要求事項に加え、環境、品質、労働安全、人権、紛争地域との取引禁止など、CSR全般にわたって取り組んでいくことを国内外の取引先に要請している。人権に関する行動指針は11番の「人権・多様性の尊重と労働関連法令の遵守」である。本ガイドラインは、ダイキン独自のグループ行動指針に基づいて策定している。

また、サプライチェーンCSR推進ガイドラインについては定期的に改正を加えており、2022年10月には、人権問題の重要性の高まりを受け、グループ人権方針策定に伴い行動指針11を改訂した。

一次取引先が、二次以降の取引先にも同ガイドラインを展開していただくようお願いし、サプライチェーン全体にガイドラインが浸透するように努めている。ダイキンは、調達額全体の8割以上に相当する国内外の取引先を対象に、ガイドラインの順守状況をモニタリングするCSR調査をアンケート形式で毎年行い、取引先にその結果をフィードバックしている。また、CSRの取り組みの向上のために、社内基準によりCSRの取り組みをクラス付けすることにより取引先の評価を行い、改善、指導も行っている。また、重要二次取引先に対するCSR調査についても、一次取引先経由で実施している

CSRの取り組みのクラス付けについて、例えば、Aクラスは「CSRの取り組みレベルが高い優良な取引先」と規定している。クラス評価でDクラス(CSR取り組みが不十分な取引先)になった場合は、該当の取引先に対して教育を行って改善を促している。

二次以降の取引先のサプライチェーン全体数については、システムを活用して毎年調査を実施しており、事業継続マネジメントに関する情報を収集している。

取引先対象監査について、品質や環境監査は行っているが、人権を含むCSR監査については現在構築段階で、国内の一部取引先を対象に試行監査を実施したところだ。

さらに、ダイキンは自社従業員や取引先だけでなく、地域社会や消費者を含めた主なステークホルダーと、同社バリューチェーン全体における人権リスクとの関連性を図3のとおり整理し、リスク評価、および優先して取り組むべきリスクの抽出と対応を進めている。

図3:ダイキンのバリューチェーンにおける人権リスクと
主なステークホルダーの関連性
ダイキンのバリューチェーンにおける人権リスクの種類として、労働安全衛生、製品・サービス、差別、コミュニティ、社会と政府を挙げている。それぞれの主なリスクの内容として、「事故や劣悪な環境により、作業者の安全・健康を損なう」「各拠点における騒音・振動・火災など」、「児童労働、強制労働」、「製品、サービスの不具合による、お客様の生命・健康への被害」、「企業として想定外の使用による、製品・技術の悪用」、「性別、先住民、マイノリティ、LGBTQ+、移民労働者などへの配慮不足(不適切な言動、広告表示など)」、「大気・水質の汚染、天然資源の乱用」、「先住民の文化・環境の破壊」、「非人道的な行為にかかわる紛争鉱物の調達」、「個人情報の流出」、「人権関連法規制の違反」を挙げ、それぞれに関連するステークホルダーとして、取引様、従業員、地位社会、お客様を挙げている。

出所:ダイキン「サステナビリティレポート2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(16MB)」105ページ(「社会」章「人権の尊重」内)

「サステナビリティレポート」での情報開示を重視

人権取り組みに関する情報開示については、「サステナビリティレポート」で情報開示していくことに力を入れている。2022年まではWEBサイト上で開示していたが、すべての情報をPDFでまとめて、外部評価機関や投資家の方が検索すればすぐにほしい情報にたどり着けるように、検索しやすさ、見やすさなどを改善した。

優先順位を決め、海外の法規制にも対応しながら人権取り組みを推進

救済メカニズムに関しては、従業員向けには、社内外に企業倫理相談窓口を設けているが、社外からの相談窓口はまだ設置していない。将来的には社外からの窓口を設置していくことを社内で検討している。

人権デューディリジェンスで一番の課題は、どこまでやればよいのかというところにある。優先順位を定め取り組むと同時に、海外の法規制に対応していくことも必要。既に発効しているEUの企業持続可能性報告指令(CSRD)や2024年発効予定のEUの人権デューディリジェンス指令など、常に、世の中の法規制などの動きを見据えながら、対応していくことが今後の課題だ。

執筆者紹介
ジェトロ調査部 主任調査研究員
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長、欧州課長、欧州ロシアCIS課長などを経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。