特集:インフレ下の南西アジアにおける企業戦略・投資環境の再検証ビジネス環境を悪化させるスリランカ経済危機
持続的な成長に向けた過渡期か

2023年5月18日

慢性的に貿易赤字を続け、主要な外貨獲得手段が外国人観光客誘致にあった中、新型コロナ禍によって、外貨の確保が難しくなり、スリランカは2022年にデフォルト(債務不履行)に陥った。政府は、輸入規制関連措置を立て続けに発動し、外貨の積み増しを急ぐ一方で、企業のサプライチェーンは寸断・中断された。加えて、日系企業のビジネス環境は停電、インフレに伴う人件費の上昇などから悪化の度合いが強まった。今後は、国際通貨基金(IMF)のプログラムに沿った厳しい財政運営がなされることが見込まれる。スリランカが頑健な財政基盤を築く上では避けられない過程とはいえ、将来的なビジネス環境改善につながっていくことが期待される。

外貨獲得手段は限定的

インフラ建設や外国人観光客の誘致によって、高い成長率を維持してきたスリランカ経済ながら、2018年以降、米中貿易摩擦やロシアによるウクライナ侵攻などの外部要因に加えて、政治的混乱やテロ事件などの内部要因が成長を阻害した。2020年は、新型コロナに伴うロックダウンの影響が響き、3.5%のマイナス成長を記録した。2021年は、事業制限の解除や前年の反動増から3.3%成長を確保した。しかし、2022年は、経済危機の影響が実体経済に顕在化し、成長率はマイナス7.8%まで落ち込んだ。

スリランカの経済構造をみると、財の輸出競争力が高くない中、慢性的な経常収支赤字が続いている。1980年以降では、黒字を計上した年はない。IMFが2022年10月に発表した経済予測では、予測最終年の2027年まで経常収支の赤字が続く見通しとなっている。2022年の赤字は14億ドルで、そのうち貿易赤字は、52億ドルだった。単価が一般に低い繊維製品や茶が輸出の主力品になる一方、単価が高い機械・機器の輸入ウエートが大きいために、必然的に貿易赤字を計上する構造となっている。加えて、燃料の輸入割合が大きい点は、石油・天燃ガスや石炭などの市況が高騰した場合、さらなる貿易赤字の拡大を招くことになる。

モノでの稼ぎが限定される中、スリランカは、外国人観光客誘致を外貨獲得の手段としてきた。豊富な世界遺産やリゾートなどを観光資源とする同国を、米国の大手紙が2010年に「訪れるべき国第1位」に選定したこともあり、外国人観光客は同年以降、右肩上がりで増加してきた。政府は、観光業を最大の有望産業と位置付け、主要な外貨獲得産業とみている。スリランカ観光開発局(SLTDA)が観光動向をまとめた報告書によると、新型コロナ前の2019年の観光関連産業のGDPへの寄与は4.3%、40万2,607人の雇用を生み出したとする。輸出という外貨獲得手段が限られる中、外国人観光客の動向が経済成長の鍵を握っている。しかし、外国人観光客の入国者数は新型コロナの影響から大きく減少し、2021年は、2019年比89.8%減の19万4,495人と激減した(図1参照)。2022年は、世界で水際対策が緩和されたこともあり、前年比3.7倍の71万9,978人に回復したものの、コロナ禍以前の水準とは程遠い。

図1:外国人観光客の推移
2005年から2022年における外国人観光客の推移を示している。2018年には233万人まで増加したものの、 新型コロナ禍の2021年には19万人程度まで減少した。2022年は72万人まで回復した。

出所:スリランカ観光開発局(SLTDA)から作成

モノやサービスの貿易収支が赤字になる以上、スリランカは、海外からの資金流入によるファイナンスが求められる。しかし、直接投資の流入は、経常収支の赤字を賄うほどの水準にはない。対内直接投資を認可ベースでみると、2021年はEU、英国などの欧州からの投資に加えて、構成比20.6%のインドが最大投資国となった。一帯一路に絡んだ投資を進めるなど存在感を高める中国からの投資は9.8%にとどまった。2018年には、中国のシェアは46.0%あった。中国国有企業の招商局港口が2017年にスリランカからハンバントタ港を99年間リースするなど、中国は政府系企業中心に、スリランカとの関係を強め、各種投資を実行してきた。だが、ここ数年、中国はシェアを落としてきている。対内直接投資が限定的な中、スリランカは外国やIMFを中心とした国際機関からの借り入れで資金を賄わざるを得ない。国際収支統計をみると、経済危機直前の2021年の対内直接投資が6億ドルである一方、対外借り入れを含むその他投資は31億ドルとなっている。

相次いで打ち出される保護主義的措置

外国人観光客に依存する経済活動の運営は、新型コロナの拡大、米中摩擦の深化やロシアによるウクライナ侵攻などによる世界経済の不透明感から齟齬(そご)が生じ始めた。これら事象によるサプライチェーンの寸断・停止から、インフレ率が世界的に急上昇した。2020年の新型コロナ禍以降、外貨準備高は減少の一途をたどった。外貨準備高は、2021年11月には19億ドルとなり、新型コロナ前の2019年11月との比較で71.8%落ち込んだ。結果的に、対外債務の支払いリスクに外国人投資家が懸念を強めたことで、スリランカは、2022年5月にデフォルト状態に陥った。

外国人投資家の懸念は、為替レートに如実にあらわれている(図2参照)。新型コロナが本格的にスリランカで拡大する前の2020年1月初頭の対ドル為替レートは1ドル=181.18スリランカ・ルピーの水準にあったところ、2022年5月には下落率51.0%の同370.00スリランカ・ルピーまで半減した。中央銀行が2022年3月に変動相場制への移行を発表して以降、為替の減価が一気に進んだ。為替レートの下落は輸入価格を引き上げ、企業収益は下押しされる。スリランカでは、裾野産業が発達していないこともあり、日系企業は日本を中心とした海外から原材料・部材を仕入れる。スリランカのように輸入依存度の大きな国は、通貨安時には経済に悪影響が及びやすい。特に、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー・食料の供給量が世界的に減少したことによる国際商品市況の高騰は、通貨安と相まって、日系企業のビジネス活動に大きな影響を及ぼした。

図2:外貨準備の減少と通貨安が進行
2013年から2023年(※2023年は3月末時点)におけるスリランカの外貨準備高と同国の対ドル為替レートの推移を示している。2017年末には外貨準備高は70億ドル保持していたものの、2023年2月には22億ドルに減少した。同期間の為替レートは、1ドル153.5スリランカ・ルピーから326.0スリランカ・ルピーまで減価した。

注:「外貨準備」、「為替レート」は年末値。なお、2023年は2月値。
出所:スリランカ中央銀行、Rifinitivから作成

為替や国際商品市況の高騰は、確実に物価を引き上げてきた。卸売物価指数は、2022年は前年比63.1%上昇した。企業は、物価上昇分を価格転嫁することで、業績悪化の度合いを緩和できる。しかし、最終消費者となる家計は、そうした対応が難しい。消費者物価指数の上昇率(インフレ率)は、同期間に49.9%上昇した。食料・燃料など外需依存度が高いスリランカは経済危機の影響から十分な輸入ができず、物価が高騰した。家計は購入品・サービスを切り詰めるものの、食品・燃料などの生活必需品の購入は、大幅に減らすことができない。そのため、物価の継続的な上昇が生活をより困難にする結果、国民は有効な手立てを打てない政府に不満を向ける。その結果、権勢を維持してきたゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、2022年7月に辞任に追い込まれ、ラニル・ウィクラマシンハ首相が大統領に就任した。

政府はこれまで、外貨の流出を抑止するために、保護主義的な通商・為替管理政策を実施してきた(表1参照)。中央銀行は2020年3月、為替の減価圧力を回避するために、自動車と非必需品の輸入に関する信用状(L/C)の開設を停止すると発表した。結果的に、信用状による取引のみが認められていた自動車の輸入は完全停止した。こうした輸入規制は企業だけでなく、物資不足というかたちで家計にも跳ね返る。また、2021年10月から、政府は企業の輸出収入は、外貨で支払う必要がある経費以外は全てスリランカ・ルピーに強制換金する制度を導入した。結果的に、企業は本社から都度、必要額を調達しなければならない管理上の手間が生ずることとなった。また、中央銀行が2022年3月に変動相場制への移行を表明したことに伴う、大幅な通貨安から生じる輸入コストの増加は、食料品や生活雑貨などのインフレ率を押し上げる要因の1つとなっている。

表1:輸入増加・外貨流出抑止のため保護主義的な政策
時期 通商・為替管理政策
2020年3月 自動車・バイクと非必需品の輸入に関する信用状の開設停止を発表
2020年4~9月 非必需品などの輸入制限を開始
2020年5月 特定輸入品目(パーム油、砂糖など)に特別商品税を課税
企業による一定額の外貨送金に関して、中央銀行の検閲・承認を要する
2021年5月 化成肥料の輸入禁止(2021年11月に全面解禁)
2021年7月 個人口座からECなどで海外アイテム購入する場合には、1週間の限度額を設定(民間銀行による自主規制)
2021年9月 L/C開設時に、事前現金証拠金の預金を義務化
2021年10月 輸出企業の輸出収入のスリランカ・ルピーへの換金義務
2022年1月 海外観光客の宿泊費の支払いは外貨払い
2022年3月 中央銀行による通貨切り下げ
マーガリン、砂糖など非必需品に特別税設定

出所:スリランカ中央銀行、財務省などの各種資料から作成

電力不足が日系企業のビジネスの足かせに

在スリランカ日系企業は、国内マーケットが人口2,000万人強と限られることから、輸出に力点を置いたビジネスを展開している(注)。日系企業は、原材料・部品の現地調達が難しいために、海外からそれら製品を輸入するサプライチェーンを構築している。ジェトロのアジア大洋州地域を対象としたアンケート調査では、スリランカでは現地調達を実施している企業の割合は22.1%と2割強の水準にとどまり、南西アジアの中では最低になっている(図3参照)。日系企業からは、各種製品を生産する上での基礎となる鉄鋼関連の現地調達も難しいという声も聞かれる。コストを抑えることができる現地調達が不十分な状況下、在スリランカ日系企業は海外からの輸入調達を迫られる。他方で、政府は輸入規制を実施しているために、そのビジネス活動への影響は大きい。

図3 :在スリランカ日系企業の原材料・部品の調達先内訳
各国日系企業が「現地」「日本」「中国」「ASEAN」「その他」のどの地域から原材料・部品を調達しているかを示している。スリランカの日系企業の数値は、それぞれ22.1%、44.7%、8.9%、2.4%、21.9%となり、現地調達の割合は2割強に過ぎない。なお、インドの同比率は48.7%。

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)から作成

先のジェトロのアンケート調査によると、在スリランカ日系企業が直面する経営上の最大課題は、「電力不足・停電」(回答率73.3%)となっている(表2参照)。外貨準備高の減少によって、燃料の確保が難しくなっていることが背景にある。燃料不足から、計画停電の実施や週間当たりのガソリン入手量が決められているなど、ビジネス活動は著しく阻害されている。加えて、電力料金が一気に、跳ね上がるという副作用も発生している。次いで、「従業員の賃金上昇」(71.4%)となっている。インフレ率が大きく上昇する中、企業はインフレ手当ともいえる一時金を従業員に支給し、従業員の生活を支えている。また、スリランカはIMFからの支援を受けるにあたって、歳入増に向けた施策を打ち出す必要があり、その一環として、所得税も引き上げている。こうした点も考慮に入れて、企業は賃金を引き上げざるを得ない。しかし、景気が不透明な中での、人件費の上昇は企業収益をさらに下押しする。

表2:在スリランカ日系企業が抱える経営上の課題
順位 経営上の課題 回答率(%)
1 電力不足・停電 73.3
2 従業員の賃金上昇 71.4
3 通関等諸手続きが煩雑 70.0
4 原材料・部品の現地調達の難しさ 66.7
5 発注量の減少 57.1

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」から作成

経営課題の3番目は、「通関等諸手続きが煩雑」(70.0%)が挙げられた。元々、スリランカは当局の担当者次第で、求められる通関関連書類に差異がでるなど予見可能性が不透明な問題があった。さらに、最近は、スリランカ政府が各種輸入規制を実施したことで、輸入に今まで以上に時間がかかり、円滑なサプライチェーンが構築しにくいという問題が生じている。4番目は、「原材料・部品の現地調達の難しさ」(66.7%)が続いた。スリランカは非資源国かつ産業の集積が不十分な中、企業はコスト低減につながる現地調達の選択は難しく、輸入を通じて外国から原材料・部品を調達せざるを得ない状況にある。特に、経済危機以降は、輸入価格の上昇に加えて、抜港問題もあり、調達環境がより厳しくなったとする日系企業も多い。

持続的な成長に向け、痛みを伴う改革は不可避

スリランカ政府の通商政策は、2022年11月には衣類や化粧品などの輸入が可能になるなど徐々に緩和されてきている。ただし、2023年においても、完成車輸入や外貨の自由な取り扱いなどへの規制は継続しており、日系企業のビジネス環境は良好とは言い難い。政府の規制緩和が進まない背景には、外貨準備高が十分ではなく、引き続き、経済が脆弱(ぜいじゃく)な状態にあることが主因とみられる。他方、現地の日系企業からは、経済状況について「最悪期を脱した」「これ以上は悪くならないのではないか」との前向きな回答も聞かれる。また、懸念の外貨準備高についても、減少は底を打った感もある。

それだけに、今後は経済回復の歩みを着実にすることが期待される。その意味では、IMFからの支援取り付け、その前提としての中国、インドなど債権国の同意を得た上での債務再編が1つのメルクマールとなる。他方、経済危機脱却後も、経済構造の健全化を目的としたIMFプログラム履行のための厳しい財政運営が行われることで、短期的にはビジネス環境の大幅な改善は見込みにくいとみられる。これまで、スリランカ投資委員会(BOI)の承認を受けた企業は、優遇税制の適用など各種恩典を享受できた中、経済危機を経た新制度はそうした魅力を減退させている側面もある。しかし、スリランカが同種の危機に陥らないためにも、ここでの痛みを伴う経済改革は必須で、それは将来的には同国の投資環境を抜本的に改善することにもつながろう。

日系企業の多くが、スリランカのメリットとして、英語が通じることからコミュニケーションの構築のしやすさ、経済危機の影響もあって労働力確保が容易であること、人件費が相対的に低いこと、などを挙げる。また、その立地が南西アジアだけでなく、欧州、中東、アフリカ、ASEANへとアクセスのしやすい点も強みといえる。最近は、デジタル人材への需要が世界的に高まる中、人件費の低さも手伝って、理数系に精通したスリランカ人材への関心も高まっている。スリランカ経済・産業が持続的に発展する上では、経済危機からの脱却という前提の下、痛みを伴う改革を実施しながら、重点産業を絞った投資環境の整備が必要となる。外国直接投資のさらなる誘致を進めることで、産業集積を図っていくと同時に、外国で活躍できる高度人材を育成することで、モノ・サービス・ヒトの面から外貨を稼ぐ構造をつくりあげることが望まれる。


注:
ジェトロが2022年12月に発表した「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では、在スリランカ日系企業の売上高に占める輸出の平均比率は56.1%とアジア大洋州地域平均の38.6%と比較すると、かなり高い水準にある。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。