特集:インフレ下の南西アジアにおける企業戦略・投資環境の再検証外貨流出阻止のための規制が日系企業を苦境に(パキスタン)
成長底上げには産業構造転換が不可避

2023年5月18日

人口世界第5位のパキスタン。今後も人口は増加する見込みで、潜在的成長性が期待される。世界経済の混乱で、対外ファイナンスが難しくなり、外貨準備高の急減から経済は苦境に立たされている。政府、中央銀行は、外貨準備などの資金流出を避けるため、輸入規制策を打ち出してきた。日系企業は、経常赤字と信用不安による通貨安に伴う輸入コストの増加に加え、輸入規制により必要な部品が入手できないことで、サプライチェーンに深刻な被害を受けている。危機の広がりを避けるためにも、外貨獲得を確実なものとする産業構造の転換が求められる。

慢性的な貿易赤字で海外からファイナンス

パキスタン経済は2013/2014年度(2013年7月~2014年6月)以降、おおむね4~6%程度の経済成長率を維持している。特に、直近では新型コロナ渦にもかかわらず、2020/2021年度、2021/2022年度は6%近くの成長率を達成した。個人消費が経済成長率を牽引しており、2021/2022年度の名目GDPに占める個人消費は89.0%だった。人口は約2億2,700万人(2022年推計)で、世界5位の規模を有する。若年層が多いため、必然的に消費が成長の原動力となる。こうした個人消費依存の高さは、外国経済に多少の変調があっても、経済の下押し圧力を軽減する緩衝材となりうる。

個人消費のウエートが大きい半面、外需を取り込む輸出競争力は必ずしも高くない。パキスタンでは、慢性的な経常収支赤字が続いている。直近で、黒字を記録した年は2010/2011年度までさかのぼる。国際通貨基金(IMF)が2022年10月に発表した経済予測では、予測最終年の2026/2027年度まで経常収支の赤字が続く見通しとなっている。2021/2022年度の同赤字は174億ドルで、そのうち貿易収支の赤字は397億ドルだった。なお、経常収支の中では、郷里送金を含む第2次所得収支は326億ドルの黒字を確保した。パキスタンの貿易統計をみると、輸出の主力商品は、2021/2022年度では構成比が56.8%の繊維製品、16.6%の食品となっている。他方、輸入は石油・同製品が26.0%、化学製品が14.8%、機械・機器が13.4%となっている。単価の高さが限定的な繊維製品が輸出の主力品になる一方、単価が高い機械・機器の輸入ウエートが大きいため、必然的に貿易赤字を計上する構造となっている。加えて、石油や化学といった市況品の輸入比率の高さは、一度市況が高騰した場合、さらなる貿易赤字の拡大を招くことになる。

モノやサービスの貿易が赤字になる以上、パキスタンは、海外資金によるファイナンスが求められる。その中でも、直接投資収支は金融収支の14.7%を占める。資金の流入に相当する対内直接投資をみると、2021/2022年度は、中国からの投資が6億ドル、構成比28.5%と最大の投資国となっている。中国がここ数年、最大投資国の地位を維持している一因に、政府が中国と中パ経済回廊(CPEC: China-Pakistan Economic Corridor)プロジェクトを発表した2015年以降、電力や交通などインフラ分野を中心に中国による投資が進んだことが挙げられる。しかし、直接投資の流入は、経常収支の赤字を賄うほどの水準にはない。結果的に、パキスタンは外国やIMFを中心とした国際機関からの借り入れに頼らざるを得ない。国際収支統計の金融収支をみると、流入資金の大半が外国からの借り入れを含む「その他負債」となっている(図1参照)。

図1:金融収支の項目別増減要因
2014/2015年度~2021/2022年度におけるパキスタンの金融収支の推移を示している。期間中のファイナンスの状況をみると、資金の「流入」において、対外借入などから成る「その他負債」のウエートが大きい。

出所:パキスタン中央銀行から作成

外貨流出阻止に躍起となる政府

外国からのファイナンスを主とする経済活動の運営は、国際政治・経済情勢の変化によって、齟齬(そご)が生じ始めた。新型コロナ禍、米中貿易摩擦の激化、ロシアによるウクライナ侵攻によって、世界経済は不透明感を増した。これら事象によるサプライチェーンの寸断・停止から、インフレ率が世界的に急上昇した。結果的に、インフレ抑止のために、各国中央銀行が政策金利を引き上げたことで、政府・民間の資金調達環境が悪化した。中央銀行が保有する外貨準備高は、2023年3月末時点では、前年同月比64.8%減の42億ドルと6割以上減少した。インフレ率2桁が常態化してきた2022年以降に外貨準備高は減少傾向をみせ、その後、減少ペースは加速した。その結果、対外債務の支払いリスクに外国人投資家が懸念を強めたことで、パキスタンは海外からのファイナンスが難しくなり、IMFからの支援取り付けのための交渉を進めている。

外国人投資家の不安は、為替レートに如実にあらわれている(図2参照)。新型コロナが本格的にパキスタンで感染拡大する前の2020年1月初頭の対ドル為替レートは1ドル=154.87パキスタン・ルピーの水準にあったところ、2023年3月31日には同283.86パキスタン・ルピーまで下落した。この間の下落率は45.4%に及ぶ。一般に、為替レートの下落は、輸入コストの増加となって、企業の調達コストを引き上げる結果、企業収益は下押しされる。パキスタンでは、裾野産業の発達が進んでいないこともあり、日系企業は原材料や部材をASEAN、日本や中国など海外から仕入れる。輸入依存度の大きさは、通貨安時には企業活動にマイナスの影響を及ぼす。特に、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー・食料の供給量が世界的に減少したことによる国際商品市況の高騰は、為替安と相まって、日系企業のビジネス活動に深刻な影響を及ぼした。

図2:外貨準備と為替レートの推移
2013年から2023年(※2023年は3月末時点)におけるパキスタンの外貨準備(中央銀行保有分)と同国の対ドル為替レートの推移を示している。2021年には外貨準備高は177億ドル保持していたものの、2023年3月には42億ドルに減少した。同期間の為替レートは、1ドル176.2パキスタン・ルピーから283.9パキスタン・ルピーまで減価した。

注:「外貨準備」は中央銀行保持分の年末値。「為替レート」は年末値。2023年は3月末値。
出所:パキスタン中央銀行、Rifinitivから作成

通貨安や国際商品市況の高騰は、確実に物価を引き上げてきた。卸売物価指数は、2022年に前年比31.3%上昇した。企業は、物価上昇によるコストを価格転嫁することで、業績悪化の度合いを緩和できる。しかし、最終消費者の家計は、影響の分散が難しい。消費者物価指数の上昇率(インフレ率)は、同期間で19.7%上昇した。生活の基盤となる燃料の補助金打ち切りも価格を押し上げた。家計は、購入品・サービスを切り詰めて生活防衛を図るものの、食品・燃料などの生活必需品の購入は大幅に減らすことができない。そのため、物価の継続的な上昇が生活をより困難にすることから、国民は有効な手立てを打てない政府に不満を向ける。2022年4月、イムラン・カーン首相(当時)は、経済失政の責任を問う内閣不信任案の可決を受けて、首相の職を辞した。後任として野党のシャバズ・シャリフ氏が新首相に就任したことは、インフレが政権交代の引き金となりかねない現実を浮き彫りにした。

外貨の減少をおさえるために、政府は輸出を奨励するか、あるいは輸入を抑制するかの対応を迫られる。パキスタンは輸出産業の競争力が限定的なため、政府は後者の政策を2022年以降に強化し始めた(表1参照)。パキスタン中央銀行(SBP)は同年4月、信用状(L/C)開設の際の「キャッシュ・マージン要求(CMR)(注1)」品目の拡大対象品目を公開した。既に対象の525品目と合わせて、合計702品目が対象となった。日系企業に影響の大きい鉄鋼製品や繊維機械なども含まれた。さらに、政府は、5月には外貨準備高を維持することなどを目的として、自動車など33品目の輸入を即時禁止する政令を出した。加えて、SBPは、同月に自動車の完全ノックダウン(CKD)、携帯電話CKDを含む25品目に関し、L/Cの開設や決済などについてSBPの事前許可取得を市中銀行に義務付ける通達を出した。さらには、SBPは7月には対象品目を拡大した。

表1:政府の主な外貨流出抑制策
発表月 規制名称 具体的措置
2022年4月 キャッシュ・マージン要求拡大 パキスタン中央銀行(SBP)は信用状(L/C)開設の際の「キャッシュ・マージン要求(CMR)」拡大を発表。既に対象となっている525品目と合わせて、合計で702品目を新たに対象とした。
5月 輸入禁止 政府は奢侈品とされる自動車(完成品)、携帯電話(完成品)、楽器、家電製品(完成品)、家具など33品目の輸入を即時禁止する政令を出した(8月には廃止)。
5月 信用状開設や決済における中央銀行の事前許可取得義務 中央銀行は自動車組み立て用コンプリートノックダウン(CKD)、携帯電話CKDを含む25品目に関し、L/Cの開設や決済などについてSBPの事前許可取得を市中銀行に義務付けた。7月には対象品目を拡大した。HSコード第84類(原子炉、ボイラーおよび機械類等)と、第85類(電気機器等)、第87類(鉄道用および軌道用以外の車両等)の一部が対象となった。

出所:パキスタン政府、中央銀行ウェブサイトなどから作成

輸入依存が大きい日系企業のビジネス環境は厳しく

在パキスタン日系企業は、2億人を超えるパキスタンの人口の多さを商機とし、国内販売に力点を置くビジネスを展開している(注2)。しかし、実際には、日系企業は現地では原材料・部品の調達が難しいために、海外からこれら財を輸入することになる。ジェトロのアジア大洋州地域を対象としたアンケート調査では、パキスタンでは現地調達を実施している企業の割合は38.4%にとどまる(図3参照)。結果的に、在パキスタン日系企業は海外からの輸入による調達を迫られるにもかかわらず、政府の外貨準備流出抑止を目的とした輸入規制が企業の生産に必要な部材の調達量を制限する。SBPが許可を出す場合も、単価の安い部品から輸入が認められることがあるなど、不規則で柔軟性に欠ける政策が企業のビジネス活動に影響を与える。トヨタ・ブランドの四輪車を製造・販売する合弁会社インダス・モーターは2022年12月19日、SBPの輸入事前許可の取得に時間がかかったことに伴う現地完全組み立て部品(CKD)輸入遅延により、十分な部品在庫が確保できないとして、12月20日から30日まで生産を完全に止める決定を下した。

図3:在パキスタン日系企業の原材料・部品の調達先内訳
各国日系企業が「現地」「日本」「中国」「ASEAN」「その他」のどの地域から原材料・部品を調達しているかを示している。パキスタンの日系企業の数値は、それぞれ38.4%、11.8%、23.3%、10.9%、15.6%となり、現地調達の割合は4割に満たない。なお、インドの同比率は48.7%。

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(ジェトロ)から作成

一般的に、インフレ率の高止まりは、コスト増を通じて、企業収益にマイナスの影響を及ぼす。食料・エネルギーはじめ各種財の輸入依存度が高い上に、為替安が進行するパキスタンではなおさら影響が大きい。他方、パキスタンの人口は2億人を超え、マーケットは大きい。そのため、日系企業がビジネス対象とする富裕層の絶対数も多い。その結果、企業間取引も含めて、最終消費者への価格転嫁が日本よりも進みやすく、インフレを要因として、企業収益が大きく下押しされている企業は少ないとみられ、日系企業からは「パキスタンの消費者は価格レジリエンスが強い」との声も聞かれる。また、農産物価格の上昇は、農家の所得を向上させているメリットもあった。

先のジェトロのアンケート調査によると、在パキスタン日系企業が直面する経営上の最大課題は、「為替変動」(回答率84.9%)となっている(表2参照)。ドルに対するパキスタン・ルピー安といった問題にとどまらず、為替が大きく変動することで、今後の計画が立案しにくく、ビジネスの先行きが読みづらいことから課題に挙げる企業が多い。次は、「調達コストの上昇」(79.0%)となっている。エネルギー価格の上昇が波及した物価高や通貨安が、複合的に調達コストを引き上げる環境にある。価格面以外でも、カントリーリスクが高いために、在パキスタン日系企業の信用が高くても、取引先が取引を避けることで、調達に支障をきたすこともある。

表2:在パキスタン日系企業が抱える経営上の課題
順位 経営上の課題 回答率(%)
1 為替変動 84.9
2 調達コストの上昇 79.0
3 輸入関税が高い 75.0
4 電力不足・停電 68.4
5 従業員の賃金上昇 61.3

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」から作成

経営課題の3番目は、「輸入関税が高い」(75.0%)が挙げられた。元々、パキスタンは自由貿易協定(FTA)には積極的ではなく、締結しているFTAの数もASEAN各国と比較すると少ない。政府は、国内産業保護と関税収入喪失懸念のために、FTAに消極的な姿勢を示している、とみられる。4番目は、「電力不足・停電」(68.4%)となった。ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、石油・ガスの供給が減少した中で、パキスタンは通貨安も重なり、発電用燃料購入が簡単でないために、国内企業への供給も不十分になり、企業は電力不足問題に直面している。

外貨獲得に向けた産業構造の転換が成長のカギ

パキスタン政府の政策は、2023年に入っても、円滑な企業活動の妨げとなっている。サプライチェーンの阻害要因となる政府の輸入規制は、2022年12月27日に輸入規制の新基準(優先輸入品目)を発表したものの、日系企業がパキスタンで競争力を有する自動車には新基準が適用されず、自動車のCKD輸入が改善することは見通しにくい状況にある。

パキスタンの経済危機の行方は、予断を許さないものの、核保有国かつ地政学的な立ち位置の重要性から、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など中東含めた周辺国の支援も期待でき、スリランカのようなデフォルト(債務不履行)は起こらないとの見方もある。実際に、対外債務の返済能力への疑念や外貨準備高の減少から為替が大きく売られる問題があるものの、パキスタン・ルピーの経済圏だけをみれば、経済は決して悪いわけではない。銀行も高い貸出利率で業績は安定しており、特に、金融不安も起きてはいない。人口が世界5位のパキスタンだけに、経済に加えて、政治的・社会の安定が確保されれば、経済は一気に拡大するだろう。それに伴って、産業の集積が進めば、海外への依存度も低減し、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化にもつながる。また、労働参加率が20.7%(2021年)にとどまる女性の社会進出が進めば、さらなる経済の底上げも期待される。

日系企業の多くが、パキスタンのメリットとして人口を挙げている。しかし、経済・産業が成長しない場合、人口の多さは輸入依存度の高さから、今回のように、大きな外生的ショックが起こった際には、常に外貨準備高の大幅減を招く構図となることから、パキスタンは、ドルの確保が特に重要になってくる。そのためにも、産業集積の前提として、政府は、現在の農産物、軽工業の輸出や郷里送金に偏った外貨獲得手段を変える産業構造転換の必要性に迫られている。


注1:
CMRとは、輸入者がL/Cを開設するなどの際に、ドルなど決済予定額相当のルピー現金を輸入者の銀行に預け入れる制度。輸入者は決済まで預け入れた現金を動かせないので、CMRは輸入者のキャッシュフローを圧迫する。また、多くの企業は、本規制に対応しつつ、適正なキャッシュフローを維持するため、銀行から借り入れを行い、預金している。しかし、この預金は無利息である中、借入金に対する金利は高止まりしているために、企業は借入金に対して、重い金利負担を強いられる。本規制自体は2017年2月に導入されていた。
注2:
ジェトロが2022年12月に発表した「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」では、在パキスタン日系企業の売上高に占める輸出の平均比率は15.8%とアジア大洋州地域内では最低だった。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。