特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来豊富な資源と地理的好条件を生かし水素輸出国を目指すオーストラリア

2023年7月27日

オーストラリアは「豊富な資源」と「市場となるアジアとの近接性」を生かして、国内で水素を製造し海外へ輸出する水素輸出国を目指している。日本との間でも、国境を越えた水素サプライチェーン構築を目指す取り組みが進む。オーストラリア国内では、水素の製造、貯蔵、消費など様々な段階での研究や実証が行われている。同国連邦政府によると、2022年にプロジェクト件数は倍増、世界の公表済みのクリーン水素(注1)にかかるプロジェクトのうち、約40%(注2)がオーストラリアにあるが、多くが小規模で実証段階にある。今後、プロジェクトをいかに商業化していくかが課題である。

アジア市場向け水素輸出国トップ3入りを目指す

オーストラリア連邦政府は、2019年11月に世界的な水素大国となることを目指して「国家水素戦略」を発表した。同戦略においては、2025年までに基礎研究と実証段階を終え、2030年までに「クリーンで革新的で競争力があり安全な水素産業」を創出し、特にアジア市場向け水素輸出国のトップ3入りを目指すことを明記している。連邦政府の方針としては、国内に豊富な設備を持つ風力発電と太陽光発電をベースとしたグリーン水素を安価に製造し、その主要市場となるアジアとの近接性を生かして、国内消費のみならず大半をアジアなどへの輸出に回すことで、水素を資源輸出産業の新たな柱とする狙いがある。

また、オーストラリア再生可能エネルギー庁(ARENA)は、2040年(1年間)にオーストラリアの水素輸出額が約57億オーストラリア・ドル(約5,415億円、豪ドル、1豪ドル=約95円)(中位推計)になると試算しており、日本、韓国、中国が輸出先として大きな比重を占めると予測している(表1参照)。ARENAによると、中でも日本はオーストラリアにとって世界最大の水素需要国になる可能性が高く、また日本も国内需要の20%程度をオーストラリアから輸入すると予測されている。

表1:オーストラリアにおける水素関連目標、予測、利用用途
項目 内容
製造/供給
  • 2025年
    水素ハブの建設(実証規模)
    水素ハブ予定地におけるサプライチェーン構築
  • 2050年
    輸出・国内市場・サプライチェーンの確立

    水素生産コスト
    1kg当たり2豪ドルまで下げる「H2 under 2」を指標としている。

輸出
  • 2030年までにアジア市場におけるトップ3の水素輸出国を目指す。
  • アジア地域における発電用燃料など、2040年(1年間)の輸出額を57億豪ドルと試算。
利用
  • 発電
    輸出用、水素発電所
  • 産業
    化学品用原料・燃料(グリーンアンモニアを含む)、製鉄、鉱山・遠隔地などオフグリッド用燃料電池、産業熱
  • 天然ガスへの水素混焼
    ガスパイプラインに水素混合
  • 運輸
    バス、トラックなどの大型車、船舶、鉄道、水素補給ステーションの建設

出所:連邦政府「国家水素戦略」、「State of Hydrogen 2022」、ARENA「Opportunities for Australia from Hydrogen Exports」などを基にジェトロ作成

連邦政府による資金支援はグリーン水素へ注力

水素の商業化への課題として、現在、水素は他のエネルギー源に比べると生産コストが高いことが挙げられる。そのため、連邦政府はグリーン水素の生産コストを1キログラム(kg)当たり2豪ドルまで下げる「H2 under 2」を達成すべき目標としている。連邦政府の計画では、再生可能エネルギー由来のグリーン水素の技術が確立するまでは、比較的コストの安い二酸化炭素(CO2)回収・貯留(CCS)を用いた化石燃料由来のブルー水素を中心に活用し、商業化への足掛かりをつくる狙いがある。

また、現在の水素需要はまだ不安定であり、十分とは言えない。結果、大規模な投資を伴う施設建設に踏み切れない企業もある。そのため、連邦政府は、需要と供給を同時につくり上げるべく、水素産業の大規模需要集積地「水素ハブ」の構築を急いでいる。

水素ハブとは、工業や運輸、エネルギー部門など、水素の需要家となり得るさまざまな産業(ステークホルダー)を1つのエリアに集約した地域のことである。送電線やパイプライン、貯蔵タンク、補給ステーション、港湾、道路、鉄道など、水素供給に必要なサプライチェーンを港湾や遠隔地などに建設し、水素の製造、消費、輸出拠点を1カ所に集約することで、スケールメリットによるコスト削減を実現し、産業化の足掛かりとすることが目的だ。水素ハブ構築に向けた支援については、連邦政府の気候変動・エネルギー・環境・水資源省(DCCEEW)が2022/2023年度(2022年7月~2023年6月)予算案において助成金プログラム「地域水素ハブプログラム」(5億2,600万豪ドル)を盛り込み、水素ハブの優先候補地として指定した9カ所への支援を実施している(図参照)。

図:水素ハブの優先候補地
9つの水素ハブが予定されている。

出所:オーストラリア連邦科学産業研究機構(CISRO)など各種資料から作成

また、2023年6月に連邦政府が発表した2023/2024年度予算案においては、新たに20億豪ドルのグリーン水素の大規模プロジェクト支援策(Hydrogen Headstart program)を打ち出した。同支援策においては、電解槽設備容量が最大1,000メガワット(MW)のグリーン水素(注3)プロジェクト2~3件を選定し、市場価格とグリーン水素の生産コストとの間に生じる価格差に対して資金支援を行うとしている。産業界とのコンサルテーションを経て、2024年に公募を行う予定だ。

ブルー水素に関しては、2022年5月の連邦議会総選挙による政権交代で、グリーン水素を重視する労働党新政権により、ブルー水素に欠かせないCO2回収・貯留(CCS)の助成金が廃止されるなどの方針転換があった。現地報道によると、連邦政府は、助成金ではなく、規制緩和や制度整備によるCCS支援を進めていく方針を新たに示している。

具体的には、前政権の保守連合政府は、CCSをネット・ゼロ目標達成のために必要な手段として位置付けて、各種補助金の提供のほか、ARENAの投資対象分野にCCSを活用したブルー水素も対象とするなど、推進する姿勢を見せてきた。しかし、2022年5月に政権交代を果たしたアンソニー・アルバニージー首相率いる労働党新政権は、2022/2023年度予算案の中で、モリソン前政権下で打ち出されていた2億5,000万豪ドルのCCS・CCUSプロジェクトに対する政府補助金(CCUS Hubs and Technologies program)を打ち切ると発表した。連邦政府は、政府による資金支援はグリーン水素へ注力していく、とみられる。

日豪間で水素サプライチェーン構築

オーストラリアで水素を製造し日本へ輸出する、こうした水素サプライチェーン構築に向けたプロジェクトとして、「水素エネルギーサプライチェーン(HESC)プロジェクト」がある(表2参照)(2022年1月24日付ビジネス短信参照)。日豪両政府も支援する同プロジェクトは、世界初の液化水素実証事業であり、2022年に実証を完了した。今後は、商業化に向けて輸送実績を積み重ね、大型船の建造や貯蔵タンクの大型化などで供給量を拡大しながらコストを引き下げ、2030年ごろの商用化を目指している。日本政府による商業化に向けた支援は、継続して行われる。具体的には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業「液化水素サプライチェーンの商用化実証」(支援額2,200億円)として、大規模な液化水素の海上輸送技術の確立のための実証が2030年まで行われる。なお、NEDOの同事業においては、ENEOSがオーストラリア企業と組んで南オーストラリア州とクイーンズランド州で進めている「メチルシクロヘキサン(MCH)サプライチェーン実証事業」も支援しており、オーストラリアでグリーン水素を製造、MCHに変換し、日本へタンカーで海上輸送することが検討されている。

ガスパイプラインへの混合、化学原料、水素発電所の建設計画も

また、オーストラリアの水素製造において着実な進展がみられるプロジェクトとしては、「南オーストラリア水素パーク(HyP SA)プロジェクト」がある。グリーン水素を定期的に製造し、南オーストラリア州の約700世帯に対して、5%の混合率で既存のガスパイプラインにグリーン水素を混合して供給する同国初のプロジェクトである。2021年5月からプロジェクトが開始され、2023年初頭にはプロジェクトエリアを拡張して、家庭、企業、学校などガス供給先を約3,000カ所にまで拡大する予定だ(表2参照)。

その他、連邦政府によると、分野別で2022年の1年間で最も進捗が見られたのは、水素の「化学用原料・燃料」としての利用だった(国内における計画プロジェクトが倍増)(2023年5月15日付ビジネス短信参照)。主な用途は、肥料などの製造に必要なアンモニアを作るための原料、鉱山用火薬の原料などだ。2022年に発生したロシアのウクライナ侵攻による天然ガス価格の上昇による影響で、グリーンアンモニアの価格競争力がグレーアンモニア(天然ガスなどの化石燃料を利用)に対して優位となったこともある。現在、国内で計画されている再生可能エネルギーを使ったグリーンアンモニア関連プロジェクトは23件あり、多くが小規模なものだが、最終投資決定まで至った案件のうち国内で最も大規模なプロジェクトがYuri Renewable Hydrogen to Ammonia プロジェクトである。フランス電力大手エンジーと三井物産の合弁会社がノルウェー肥料大手のヤラ・ピルバラ・ファーティライザー(YPF)が西オーストラリア州に保有するアンモニア製造設備向けに、グリーン水素を供給する。また、横河電機が同プロジェクトの初期フェーズでの統合制御システムを受注した。

さらに、州政府が進めるプロジェクトとして、南オーストラリア州グリーン水素発電所プロジェクトがある。南オーストラリア州は、発電における再生可能エネルギーの比率はすでに65%を占めている。州としての水素戦略「南オーストラリア州水素ロードマップ」は、2017年9月に制定され、他州に先駆けていち早く導入された。グリーン水素発電所の稼働は、2025年末を予定している。現在は州政府が用地選定に加え、設計や調達に必要な市場調査を実施中である。稼働した場合、250MW規模の大規模な電解槽設備によりグリーン水素を製造し、発電設備で製造した水素を燃焼する。南オーストラリア州の電力供給安定化に貢献するものとしている。また、余った水素を貯蔵する装置の設置し、天然ガスへの混合などの利用も想定している。

表2:オーストラリアにおける水素プロジェクトの例
項目/プロジェクト名 第1段階:水素エネルギーサプライチェーンプロジェクト(HESC)
第2段階:液化水素サプライチェーン商用化実証プロジェクト
南オーストラリア水素パーク(HyP SA)プロジェクト Yuri Renewable Hydrogen to Ammonia プロジェクト 南オーストラリア州グリーン水素発電所プロジェクト
ビクトリア州 南オーストラリア州 西オーストラリア州 南オーストラリア州
参加企業・機関
  • 第1段階
    川崎重工業、電源開発、岩谷産業、丸紅、住友商事、
    シェル、ENEOS、川崎汽船、HySTRA(技術研究組合)、エージーエルエナジー
  • 第2段階
    製造:電源開発、住友商事
    液化と輸送:日本水素エネルギー、川崎重工業、岩谷産業
オーストラリアン・ガス・ネットワークス (AGN) ヤラ・ピルバラ・ファーティライザー(YPF)、
エンジー、三井物産(一部出資)、横河電機(システム供給)
南オーストラリア州政府
フロンティア・エコノミクス
用途 生産、輸出(液化) 生産、利用 生産、利用 発電、利用、貯蔵
水素の色 ブルー グリーン グリーン グリーン
規模
(生産量、設備容量)
第1段階(実証):実証期間中に1~3トンの水素生産
第2段階(商業化に向けた段階):
初期は、年間3万~4万トン。
将来的には、年間22.5万トンの液化水素
1時間当たり最大20kg
電解槽容量1.25MW
第1段階では、年間最大640トン(電解槽容量10MWに基づく試算) 発電設備 200MW
電解槽容量 250MW
稼働時期 第1段階:2022年完了
第2段階:2030年代
  • 2021年5月より、グリーン水素の製造とパイプラインへの混合実施中。
  • 2022年8月にWhyalla製鉄所などの産業用に最大370kgの水素ガスをトレーラーで輸送。
2022年10月から建設開始
2024年より稼働予定。YPFが所有するアンモニア製造設備向けにグリーン水素を供給。
2025年末稼働予定
予算額 第1段階:約5億豪ドル
第2段階:不明
1,450万豪ドル 8,700万豪ドル 5億9,300万豪ドル

出所:CISRO、各社発表資料、報道、各州政府資料を基にジェトロ作成

水素プロジェクト件数は1年間で倍増するも、小規模かつ8割が実証段階

連邦政府が公表したレポート「State of Hydrogen 2022」によると、公表済みの国内水素関連プロジェクトは106件あり、2022年1年間で件数は倍増した。これらの投資額合計は、2,300億~3,000億豪ドルと推定している。ただ、投資面やプロジェクト規模で国際的な比較をした場合、電解槽の設備容量10MW以上のプロジェクトで最終投資決定に至ったものが、米国、フランスなど他のOECD諸国と比較するとまだ少ない。

また、CISROのデータベース上では、110件以上登録されているプロジェクトのうち、8割近くが実施可能性調査(FS)やフロント・エンド・エンジニアリング・デザイン(FEED)段階など、あらゆる準備段階を含む最も初期の段階に分類されている。連邦政府産業科学資源省の「資源・エネルギー四半期報告書2022」によると、水素プロジェクトに対する潜在的な投資額は大きいが、個々のプロジェクトの不確実性が高く、実際に2021年時点の報告書に含まれていた16のプロジェクトのうちFSより先の段階に進んだのは3件のみで、大半はFS段階を経た後、次の段階に進まないなどの状態であることが指摘されている。同省は、シード段階における公的助成金の利用により多くの初期FSが実施されたものの、商業規模への展開には依然として政府による大きな支援が必要になると結論付けている。

日本企業が携わるプロジェクトは年々増加しており、グリーン水素、ブルー水素、アンモニアに関わるものを合わせて公表されたもので30件を超えている(注4)。そのような中、連邦政府は国内の水素産業の進捗や、米国のインフレ削減法(水素開発への税額控除)の成立なども踏まえた、海外における水素開発加速の可能性も考慮し、国家水素戦略を更新すると発表しており、日系企業にとっても今後の連邦政府による水素政策の動向が注目される。また、州政府も独自に取り組みを進めているため、進出または投資を検討している州政府の水素に関する政策は、ジェトロレポート(注4)を参照されたい。


注1:
化石燃料を原料とするが、生産過程で発生するCO2を回収・有効利用・貯留(CCUS)などで有効利用、または地中に貯留する「ブルー水素」、再生可能エネルギー由来の電力を利用、水を電気分解して生成され、製造過程でCO2を排出しない「グリーン水素」をまとめて、連邦政府は「クリーン水素」と分類。
注2:
連邦政府の「State of Hydrogen 2022外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、オーストラリアの水素関連プロジェクト投資額は2,300億~3,000億豪ドルで、これは世界全体の同投資額の40%を占めるとしている。
注3:
連邦政府のウェブサイトによると、グリーン水素だけでなく、グリーン水素から製造するグリーンアンモニアのプロジェクトも含まれる。
注4:
オーストラリアにおける日本企業の参画については、調査レポート「オーストラリアにおける水素産業と脱炭素化関連分野の動向に関する調査」(2023年6月)を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
青島 春枝(あおしま はるえ)
2022年6月からジェトロ・シドニー事務所勤務(経済産業省より出向) 。

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