特集:分断リスクに向き合う国際ビジネス勢い増す世界の生成AI開発と投資の動向を追う

2023年9月26日

世界のVC(ベンチャーキャピタル)による投資は、2021年にかけて盛り上がりをみせていたが、2022年、2023年と落ち込み続けている。

世界のVC投資、2021年第4四半期ピークに6四半期連続減

オランダの調査会社ディールルームによると、世界のVC 投資額は2021年に大きく増加し、第4四半期(10~12月)には過去最高額の2,178億ドルを記録した(図1参照)。しかし、2022年第1四半期(1~3月)は前期からの反動減となり、その後、1年を通して縮小を続けた。第3四半期(7~9月)は前年同期比45.6%減(前期比27.5%減)、第4四半期は同57.5%減(前期比10.7%減)と、2022年後半で特に落ち込みが激しかった。インフレによる金利上昇やマクロ経済の不透明感などが起因し、新興企業への投資を控える動きが広がったかたちだ。世界的なVC投資の減速は2023年に入ってからも続いている。VC投資額の推移をみると、第1四半期は前期比4.2%減、さらに第2四半期(注1)は同10.4%減と、前期比ベースで6期連続の減少となった。

金額規模の大きいラウンドでの投資が大幅に減少したことが2022年のVC投資額を押し下げる1つの要因となっている。特に1億ドルを超える資金調達(メガラウンド)をみると、2021年は総投資額に占めるメガラウンド投資額が60.8%だったのに対し、2022年は47.2%に落ち込んでいる。上場企業の評価額が下落し、IPO(新規株式公開)による投資回収が期待しづらくなったことも、大規模な投資が減退する一因とみられる。

図1:世界の投資ラウンド別VC 投資金額の推移
各ラウンドは金額規模により、プレシード(~100万ドル)、シード(100万~400万ドル)、シリーズA(400万~1,500万ドル)、シリーズB(1,500万~4,000万ドル)、シリーズC(4,000万~1億ドル)、メガラウンド(1億~2億5,000万ドル)、メガ+(2億5,000万ドル~)と定義されている。VC投資額の総額は2020年第1四半期から2021年第4四半期まで右肩上がり。特に2020年第4四半期の総額1,049億ドルから、2021年第1四半期の総額1,688億ドルへの増加幅が目立つ。2021年はメガラウンド、メガ+での投資金額が一年を通して前年を大きく上回り、投資額全体の伸びを牽引した。2022年第3四半期には、2020年第4四半期とほぼ同水準まで落ち込んでいる。

注:各投資ラウンドは資金調達額に基づきディールルームにより設定されており、各企業が自己申告しているラウンドタイプとは異なる場合がある。
出所:ディールルーム資料からジェトロ作成

資金調達難の中でも勢いみせる生成AI分野

VC投資全体の規模が縮小する中で、右肩上がりで資金流入が拡大している産業がある。テック業界のみならず、社会全体にインパクトを与えている人工知能(AI)の「生成AI(ジェネレーティブAI)」分野だ。2022年11月、米国の非上場企業オープンAI が対話型AIツールの「チャットGPT(Chat GPT)」を公開して以降、既存のAIとは次元が異なる技術として注目されている。生成AI は、人間の言語を理解して画像や文章、音楽などのコンテンツを自ら生成することができる。「チャットGPT」は技術者や研究者でなくとも無料で簡単に利用できるという利便性や、日々の生活や仕事への応用性の高さから、急速に社会に浸透している。発表からわずか5日間でユーザー数は100万人に到達、その2カ月後には1億人に達したといわれている(注2)。2023年5月には公式スマートフォンアプリがリリースされ、さらなる市場拡大を続けている。

ディールルームによると、2022年の世界の生成AI関連VC投資額は過去最高の36億ドルを記録(図2参照)。さらに、2023年のVC投資額は7月10日時点で前年の4倍超の152億ドルとなっている。

図2:世界の生成AI関連VC投資額の推移
2018年から2023年7月まで示す。投資額の総額は、2018年は3億ドル、2019年17億ドル、2020年は10億ドル、2021年は33億ドルとなった。

注:2023年の投資額は7月10日時点のデータに基づく。
出所:ディールルーム資料からジェトロ作成

この記録的な投資額を牽引するのは、前述のオープンAIだ。同社は2023年1月に米マイクロソフトによる約100億ドルの大型資金調達を終えた(注3)ほか、米VC大手セコイア・キャピタルをはじめ複数のVC により、合計3億ドル強を調達していると報じられている(注4)。オープンAI の評価額は290億ドルに上ったと推定され、米調査会社CBインサイツによると、世界のユニコーン(時価総額10億ドル以上の非上場ベンチャー企業)の中で第10位の規模だ(注5)。そのほかにも、2023年1月から7月末までに8社の生成AI関連スタートアップが新たにユニコーン化している(表1参照)。

表1:2023年に誕生した生成AI関連ユニコーン
会社名 企業価値(10億ドル) 国名 概要
アンソロピック
(Anthropic)
4.4 米国
  • オープンAIの出身者によって設立された同社の競合。
  • グーグルやセールスフォース、ズームなどが参加するシリーズCラウンドで4.5億ドルを調達。
コヒア
(Cohere)
2.0 カナダ
  • 企業向け生成AIを開発。
  • エヌビディアやオラクルなどが参加するシリーズCラウンドで2.7億ドルを調達。
ランウェイ
(Runway)
1.5 米国
  • 動画生成AIツールを提供。
  • グーグルなどが参加するシリーズDラウンドで1億ドルを調達。
レプリット
(Replit)
1.2 米国
  • プログラミングAIを開発。グーグル・クラウドと戦略的パートナーシップを締結。
  • 米VC大手アンドリーセン・ホロウィッツがリードするシリーズBの拡張で1億ドル近くを調達。
キャラクターAI
(Character.AI)
1.0 米国
  • 元グーグルの研究者2人により設立。AIチャットボットを提供する。
  • アンドリーセン・ホロウィッツがリードするラウンドで1.5億ドルを調達。
アデプト
(Adept)
1.0 米国
  • 創業者はオープンAI出身で、グーグルでの勤務経験を持つ。ソフトウエア作業を自動化するAIアシスタントを開発。
  • マイクロソフトやエヌビディアなどが参加するシリーズBラウンドで3.5億ドルを調達。
シンセシア
(Synthesia)
1.0 英国
  • AI研究者と起業家のチームによって設立。動画生成AI技術を手がける。
  • 米VC大手アクセルがリードし、エヌビディアのVC部門なども参加するシリーズCラウンドで9,000万ドルを調達。
タイプフェース
(Typeface)
1.0 米国
  • 元Adobe CTOが設立した企業向け生成AI開発企業。
  • セールスフォースがリードするシリーズBラウンドで1億ドルを調達。

注:2023年7月31日時点の世界のユニコーンリストに基づく。
出所:CBインサイツ、各社HP、各種報道からジェトロ作成

前述のユニコーン企業の国籍からもわかるように、生成AI開発で圧倒的な存在感をみせているのは米国だ。ディールルームによると、米国の生成AI関連企業に対する2019年から2023年の累積VC投資額は198億ドルに上る(表2参照)が、そのうち6割を超える123億ドルが前述のオープンAIに対する投資だ。2019年から2023年の累積投資額で米国に次ぐのがイスラエルの6億6,445万ドルで、3位以降の国を引き離している。3位にカナダ(3億9,969万ドル)、4位に英国(3億8,908万ドル)、5位にはドイツ(2億8,218万ドル)と続く。

イスラエルには、AIアバターによるテキスト読み上げ技術のディーアイディー(D-ID)、大規模言語モデル(LLM)や文章作成支援ツール開発のAI21ラボ(AI21 Labs)をはじめ、多数の生成AI関連企業が存在している。AI21ラボは8月31日、シリーズCラウンドで1億5,500万ドルを調達したと発表(詳細はAI21ラボウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。これにより同社の調達資金は総額2億8,300万ドル、評価額は14億ドルに達し、新たにユニコーンの仲間入りを果たした。

表2:生成AI関連企業に対する2019年から2023年の累積VC投資額
順位 投資先国名 2019年から2023年の
累積投資額
(100万ドル)
1 米国 19,813.3
2 イスラエル 664.5
3 カナダ 399.7
4 英国 389.1
5 ドイツ 282.2
6 オランダ 138.2
7 スウェーデン 100.4
8 インド 97.2
9 エストニア 71.1
10 オーストラリア 53.3
24 日本 1.99

注:2023年の投資額は5月25日時点のデータに基づく。
出所:ディールルーム資料からジェトロ作成

日本の状況をみると、2019年から2023年の生成AI企業に対する累積投資額は199万ドルで、前述のランキングでは24位に位置する。直近ではサイバーエージェント(5月)やNEC(7月)が日本語に特化した独自のLLM開発を発表するなどの動きがあった(注6)ものの、主要国との比較ではAI開発投資の遅れは顕著で、政府も課題と捉えている。6月9日に閣議決定した「統合イノベーション戦略2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」で、「生成AI 開発におけるインフラとも言うべき、計算資源とデータの整備・拡充を進める」という方針を示した。同時に、幅広い世代が生成AI を適切に利用できるよう、スキルリテラシー教育を強化していく考えだ。

生成AIブームに伴うリスク

こうした世界的な「生成AIブーム」を受け、データセンターを含めた関連投資の拡大が予想される。データ通信量の増加に備え、データセンターの増設や電力消費の効率化が求められるだろう。さらに、AIの学習に必要な大量の情報処理を実現するには、高性能のデータセンター向け半導体、いわゆるAI半導体が必要となる。世界のAI半導体関連VC投資額は2021年にピークを迎えているが、投資件数に着目すると、2022年が40件と過去最高を記録した(図3参照)。こうした急速な需要の高まりに対する懸念として、米国のAI半導体最大手エヌビディアのGPU(画像処理半導体)「H100」の供給不足なども挙げられている(注7)。需給の不一致による混乱が続きそうだ。

図3:世界のAI半導体関連VC投資額・投資件数の推移
2016年から2022年まで示す。投資額の総額は、2016年は1億355万ドル、2017年は4億5,673万ドル、2018年は9億394万ドル、2019年は14億9,675万ドル、2020年は16億2,235万ドル、2021年は61億518万ドル、2022年は21億6,297万ドル。2021年はレイトステージ(1億ドル以上)の投資金額のみで56億7,405万ドルを記録している。投資件数は、2016年は11件、2017年は18件、2018年は31件、2019年は23件、2020年は24件、2021年は31件。

注:各ステージの定義と名称はディールルームによる。
出所:ディールルーム資料からジェトロ作成

また、AI技術の開発や投資が進展する中、プライバシー侵害や情報漏出、サイバー攻撃の巧妙化、誤情報のまん延など、さまざまなリスクに関する議論も不可欠だ。日本政府は先述の「統合イノベーション戦略2023」で、AI 開発者、サービス提供者、利用者ごとに問題を整理し、適切に対処する必要があるとした。特にEUが先行してAIを規制する動きがあり(注8)、リスク対応に当たっては、こうした国際的な議論の流れも踏まえながら、方向性を検討していく考えだ。2023年5月のG7首脳会合では、「広島AIプロセス」として生成AIに関する国際的なルール作りを進めることを決定しており、日本政府は責任ある立場として議論をリードしていくとしている。


注1:
2023年7月10日時点のデータに基づく。
注2:
2022年12月5日付のオープンAIの最高経営責任者(CEO)サム・アルトマン氏の発表、ならびに2023年2月3日付ロイターほか各種報道による。
注3:
2023年1月23日付「ニューヨーク・タイムズ」紙ほか、各種報道による。同日、マイクロソフトはオープンAIとのパートナーシップを拡大し、同社に数十億ドル規模の投資を行うことを発表している。
注4:
2023年4月29日付テッククランチの報道による。
注5:
2023年7月31日時点の世界のユニコーンリスト(CBインサイツ)に基づく。
注6:
2023年5月11日付プレス発表(サイバーエージェント)、2023年7月6日付プレス発表(NEC)による。
注7:
2023年7月発表のGPU Utils投稿外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますほか各種報道による。なお、エヌビディアのAI半導体生産を担う台湾積体電路製造(TSMC)は需要増大に対応するため、先端パッケージング工場を台湾の苗栗県に新設するとしている(2023年7月25日付ロイターほか各種報道による)。
注8:
欧州委員会は2021年4月にAI規制枠組み法規則案を発表(2021年4月23日付ビジネス短信参照)。2023年6月14日、同規則の修正案が欧州議会本会議で採択され、適用に向けて一歩前進した(詳細は欧州議会ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ)
2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。