米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築産業政策で重要製品サプライチェーンの国内回帰を画策(米国)

2024年2月15日

米国では従来、経済活動に対する政府の介入は極力避けるべきとする「小さな政府」の考え方が主流だった。政府が勝者を選ぶべきではないとの経済理念が背景にある。しかし、先鋭化する中国との競争に加えて、新型コロナ禍によるサプライチェーンの混乱を受けて、重要製品に限っては可能な限り自国か同盟・友好国から成るサプライチェーンの構築が急務との認識が超党派で形成され、政府による積極的な産業政策の推進が支持される機運が醸成された。民主党は支持基盤の労働組合に訴求する上で打ち出しやすく、共和党もトランプ前政権以降は労働者層の支持を獲得すべく躍起になっている。こうしたパラダイムシフトが米国の産業政策を後押ししている。バイデン政権で成立した投資関連の法律に焦点を当てて、経緯と見通しをまとめる。

米中対立とパンデミックが警鐘に

トランプ前政権時の関税戦争を皮切りに激化した米中対立の初期段階では、米国の主眼は貿易赤字の削減であり、重要製品のサプライチェーンを積極的に管理する意識はみられなかった。一方で、2020年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックにより需要が急増した医療関連製品については、中国からの輸入が減少すれば危機に対応できないため、米国通商代表部(USTR)が中国原産品に課している1974年通商法301条に基づく追加関税の適用除外対象に指定するなど、一部でサプライチェーンを中国に依存する弊害が出ていた(注1)。政府、議会における危機意識を決定づけたのが、2020年後半~2021年初頭あたりから顕著となった半導体の供給不足だろう。これが米国内の自動車生産などにも大きく影響したことで、アジア、特に中国に偏在する重要製品のサプライチェーンを見直す対策が急務との問題意識が高まった。その渦中の2021年に発足したバイデン政権は同年2月24日、重要品目を10分野指定した上で関連省庁にサプライチェーン上の脆弱(ぜいじゃく)性と対応策のまとめを指示する大統領令を発令した。そこで指定された分野が、(1)半導体製造・先端パッケージング、(2)大容量バッテリー、(3)重要鉱物、(4)医薬品・医薬品有効成分、(5)防衛、(6)公衆衛生・生物学的危機管理、(7)情報通信技術(ICT)、(8)エネルギー、(9)運輸、(10)農産物・食糧生産だ。このうち、優先度の高い(1)~(4)については同年6月に、サプライチェーンの強化に向けた提言策をまとめた報告書が公表された(2021年6月10日付2021年6月11日付ビジネス短信参照)。これが米国の「産業政策」の幕開けだったといえる。

巨額の政府予算を伴い動き出した産業政策

報告書の発表以降、全てが提言どおりになっているわけではないが、(1)半導体製造・先端パッケージング、(2)大容量バッテリー、(3)重要鉱物については、政権と議会が成立させた大型の投資計画も伴って、米国内で動き始めている。(2)と(3)はバイデン政権が推進する電気自動車(EV)を含むクリーンビークル(注2)の普及促進とも密接に関連している。その代表的な投資計画が、「インフラ投資雇用法(IIJA)」「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」「インフレ削減法(IRA)」の3つの法律だ(表1参照)。いずれも基本的には、法が求める要件を満たせば外国企業でもその恩恵を受けることができる。

表1:米国の産業政策を牽引する法律
名称 成立日 支援対象 予算規模
インフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act) 2021年11月15日
  • 道路、橋梁整備プロジェクト
  • 公共交通整備
  • EVインフラ、低排出車整備
  • 空港、港湾・水路整備、など
約5,500億ドル
CHIPSおよび科学法(CHIPS and Science Act) 2022年8月9日
  • 半導体製造関連投資
  • 同製造装置、素材関連投資
  • 同研究開発投資、など
約527億ドル
インフレ削減法
(Inflation Reduction Act)
2022年8月16日
  • クリーン製造業関連の投資、生産などへの税額控除
  • クリーン燃料生産への税額控除
  • クリーンビークルなど購入者向け税額控除、など
約3,690億ドル

注:いずれも産業への直接的な支援に関する部分のみ抜粋。
出所:米国政府、連邦議会

米国ではかつて、世界金融危機の影響が続く2009年に発足したオバマ民主党政権でも、景気対策と気候変動対策を兼ねて政府主導で環境エネルギー産業を振興する「グリーン・ニューディール政策」が推進された時期があった。土台となったのが7,872億ドル規模の経済復興対策、「米国再生・再投資法(ARRA)」だ。実際、ARRAで設立されたEV普及のための購入者向け税額控除制度が、後述するIRAで事実上復活するなど、米国政府による気候変動対策の先駆けとなった。一方で、ARRAの予算で支援した米国の太陽電池メーカーや車載用バッテリーメーカーが破産申告をしたり、資金難を経て中国企業から多額の出資を受ける事態に陥ったりしたことで、やはり政府が税金を投じて勝者を選ぼうとすべきではないとの見方が広がった。また、化石燃料産業の支持を受ける共和党からの批判も高まったことで、それ以降、政府が巨額を投じて産業支援に踏み込むことが難しくなっていた。その潮流を変えたのが、IIJA、CHIPSプラス法、IRAの3法だ。

IIJAは、長く問題視されてきた道路や橋梁(きょうりょう)など交通インフラの老朽化などに対処するもので、超党派で成立。その中には、EV普及のための150億ドルの予算も含まれた。CHIPSプラス法も、半導体はあらゆる産業を支える基盤であり、その製造サプライチェーンを米国に呼び戻すことは急務だとして、党派を問わずに支持された。IRAは、クリーンビークルや再生可能エネルギーの普及促進など気候変動対策に史上最大規模となる約3,690億ドルの予算を確保したバイデン政権肝いりの計画だ。共和党の支持は得られなかったが、特別な議会手続きを経て民主党単独で成立させた。バイデン政権は、これらの経済効果をまとめた声明や分析データを発表している。CHIPSプラス法については、法施行から1周年となる2023年8月に、その1年間で1,660億ドルに上る半導体関連の投資計画が米国内で発表されたとの声明を出した。CHIPSプラス法成立を政権・議会に働きかけていた米国半導体産業協会(SIA)は、同法の議論が始まった2020年5月以降に発表された米国内の投資計画をリスト化して公開している(SIAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。それによると、2024年1月までに発表された投資計画は合計75件で約2,300億ドル(注3)となっている。

IIJAとIRAについては、太陽光、風力、系統蓄電、EVを含むクリーン経済の構築に果たしている役割との文脈で、2023年12月にデータを含む分析内容を発表した(2023年12月21日付ビジネス短信参照)。例えば、製造能力に関する点では、IRAの成立以降、太陽光発電モジュールの組み立て能力につき100ギガワット(GW)超に相当する投資計画が発表されたとしている。系統用蓄電池についても、IIJAとIRA成立前の2022年時点の普及見通しは2050年までにおよそ25GWとされていたところ、2023年時点の見通しでは2050年までに150GWを超えるペースで伸びると予測されている。EVでは2021年以降、バッテリー製造を含めて1,500億ドルを超える製造関連の投資計画が発表されたと強調している。販売ペースも急速に伸びており、2026年以降は毎年100万台を超える売り上げとなり、2030年には年間180万台に到達すると見込む。これは2021年時点の予測の5倍に相当する。これら予測は、政権が自らの政策効果を強調する観点から、ある程度、楽観的なシナリオに基づいていると考えられる。投資計画の中には、予定どおりに進展しないものもあるだろう。しかし、政策効果は足元で実際に出てきている。2023年の実質GDP成長率は2.5%と潜在成長率の1.8%を大きく上回った。主に消費(2.2%増、寄与度1.5ポイント)、設備投資(4.4%増、寄与度0.6ポイント)、政府支出(4.0%増、寄与度0.7ポイント)の3項目が支えており、特に設備投資の背景にはバイデン政権主導の産業政策が影響していると考えられる。

経済安保と政権交代の可能性がネックに

バイデン政権は、納税者への説明責任を強く意識して、政府からの資金援助はあくまで民間投資を呼び込む起爆剤だと強調している。しかし、それが突如止まったり、提供された資金が引き戻されたりすることがあれば、投資環境を不安定にするリスクがある。具体的な留意点として、(1)安全保障上のガードレール、(2)11月の大統領選挙を経た政権交代の可能性の2点が指摘できる。

(1)安全保障上のガードレールは、特にCHIPSプラス法とIRAに明確に盛り込まれたものだ。受益者が懸念国で重要な投資を行うことや懸念のある外国企業との共同研究に従事したり、また、懸念国から部品や資材を調達したりすることを防ぐためのルールとなる。CHIPSプラス法では、大きく、「拡張ガードレール」と「技術ガードレール」に分けて受益者が順守すべきルールが規定されている。単純化すると、受益者は懸念国(注4)での先端半導体関連の投資が10年間制限されることに加えて、懸念ある外国事業体との間で、安全保障に重要な技術にかかる共同研究・技術供与に関与してはならない。違反が発覚した場合は、政府から提供された資金の返納が求められることになる(2023年9月25日付ビジネス短信参照)。IRAでは、先行して具体化しているクリーンビークル購入時の税額控除(30D)の対象となる車両が満たすべき要件として、そもそも車両の組み立てが北米(米国、カナダ、メキシコ)で行われていることに加えて、バッテリー用の重要鉱物と部品それぞれについて、段階的に懸念国が関与する割合を減らしていくことを求めている(表2参照)。

表2:クリーンビークル税額控除の対象車両が満たすべき要件
対象 要件 要件を満たすために必要な調達価格割合
2023年
(有効後)
2024年 2025年 2026年 2027年 2028年 2029~
2032年
重要
鉱物
(1-1)米国または自由貿易協定(注1)の締結国で、抽出または処理あるいは北米でリサイクル 40% 50% 60% 70% 80% 80% 80%
(1-2)「懸念される外国の事業体」(注2)が抽出、処理、またはリサイクル 60%未満 50% 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止
(1-1)と(1-2)以外 60%未満 50% 40% 30% 20% 20% 20%
部品 (2-1)北米で製造または組み立て 50% 60% 60% 70% 80% 90% 100%
(2-2)「懸念される外国の事業体」が製造または組み立て 50%未満 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止
(2-1)と(2-2)以外 50%未満 40% 40% 30% 20% 10% 0%

注1:インフレ削減法では、「自由貿易協定(FTA)」の定義が独自に定められた。米国と包括的な貿易協定を締結済みの20カ国(注3)と日本が含まれた。今後も重要鉱物の要件を満たすための追加の協定や新たな交渉による合意も対象に含まれる見込み。
注2:「懸念される外国の事業体」とは、中国、ロシア、イラン、または北朝鮮政府の「所有、管理、管轄権または指示の対象となる事業体」(合衆国法典第42編18741条(a)(5))。
注3:オーストラリア、バーレーン、カナダ、チリ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、イスラエル、ヨルダン、韓国、メキシコ、モロッコ、ニカラグア、オマーン、パナマ、ペルー、シンガポール。
出所:米国財務省、内国歳入庁

現時点では、バッテリーのサプライチェーンに占める中国の存在が大きいため、中国からの調達を即時にゼロにはできない実態を考慮したものと解されている。サプライチェーンが米国内で完結している企業であれば影響しないが、今日、特に製造業では米中をまたぐサプライチェーンを構築している企業は少なくない。よって、これら制約は企業によっては相当な影響を受ける。実際に、ジェトロがヒアリングした企業の中には、今後、中国への投資や中国企業との協業が難しくなることを懸念して、精査する前に、資金援助の申請の断念を考える企業が少なからずあった。安保面以外にも、労働組合を重視するバイデン政権は、受益者が雇用する労働者の賃金を一定以上に設定することなど、さまざまな条件を付加している。こうした制約が政策効果をある程度減退させ、企業間の競争条件を歪(ゆが)める可能性は否めないだろう。少なくとも資金援助を受ける場合は、投資計画が進展した段階で資金が引き揚げられないよう、事前のデューディリジェンスを徹底し、米政府から問題がないとの確約を取っておくことが肝要だろう。さまざまな制約を煩わしいとみて公的資金に頼らない道も1つだが、その恩恵を受ける企業と受けない企業では競争条件に大きな差がつくと考えられる。制約と恩恵を天秤(てんびん)にかけて、少しでも恩恵が大きいとみられる場合は、それをしたたかにとりにいく道も1つだろう。

(2)11月の大統領選挙を経た政権交代の可能性については、実現した場合に影響が懸念されるのがIRAだ。前述のとおり、3つの産業政策関連の法律のうち、IRAのみが共和党議員の賛成票を1票も得ずに成立した。共和党は引き続きIRAに批判的で、撤廃のための法案も今議会で提出している。共和党から大統領選に立候補しているドナルド・トランプ前大統領とニッキー・ヘイリー元国連大使も、当選すればIRAの気候変動対策部分を撤廃する構えをみせている。民主党が上院で多数党を押さえている現状ではIRA撤廃法案が成立する見込みはないものの、11月の大統領・連邦議会選挙で共和党が大統領職をとり、上下両院でも多数党となった場合は、既に実装段階に入っている措置が巻き戻されるリスクがある。しかし、特に再生可能エネルギー生産に関わる税額控除に関して、その恩恵を受ける地域を州別でみた場合、共和党優勢州(注5)の方が民主党優勢州より大きな恩恵を受けるとみられている。ホワイトハウス発表のファクトシート(2022年8月)では、IRAがもたらす経済効果を州別でまとめている。その中の、期待される投資額をみた場合、共和党優勢州が3,370億ドルであるところ、民主党優勢州が1,830億ドルと差が大きく開いている。この予測の方向に投資が進み、IRAが州内雇用の創出に寄与しているという状況が生まれれば、共和党がIRA撤廃を実現することは難しくなるかもしれない。税額控除を受けて投資計画を進める企業においては、自らの投資がいかに当該地域の経済活性化や雇用創出に貢献しているか、それを支える上で継続的な政府支援がいかに不可欠であるかをアピールできる材料を準備しておくことが望ましい。

強力な産業政策で重要製品サプライチェーンの国内回帰に道筋をつけたバイデン政権だが、11月の選挙を控えた政局の変化が米国のビジネス環境の行方に不透明感をもたらしている。企業としては、動揺したり極端な対策を取ったりすることなく、あらゆる展開に備えることが肝要だろう。


注1:
中国原産の一部医療関連製品への追加関税の適用除外は現在も継続中で、2024年5月31日まで77品目が除外対象となっている(2023年12月27日付ビジネス短信参照)。
注2:
バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)の総称。
注3:
中には投資金額が明示されていない案件も含まれている。
注4:
北朝鮮、中国、ロシア、イラン。また、閣僚間で協議の上、米国の安全保障または外交政策に有害となる活動に関与していると判断した国が追加される可能性がある。
注5:
2020年11月の大統領選挙において、トランプ氏が勝利した州を共和党優勢州、バイデン氏が勝利した州を民主党優勢州と定義する。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ニューヨーク事務所での調査担当などを経て、2023年12月から現職。