米中対立の新常態-デリスキングとサプライチェーンの再構築 米中対立が対米サプライチェーンに与えた影響
通信機器で変化の兆し

2023年10月16日

2018年から顕在化した米中対立は、2023年になり5年が経過した。その間、米国は、中国の不公正な通商慣行を是正するための通商政策、安全保障上で重要な製品の中国への供給を制限する政策、対中依存を軽減し米国内もしくは米国と同盟国・友好国間でのサプライチェーンを再構築する、すなわちサプライチェーン強靭(きょうじん)化のための政策、などを相次いで打ち出してきた。こうした日々変化するビジネス環境の下、新型コロナウイルスの感染拡大による影響もあり、企業は、効率やコスト低減を最重要視するサプライチェーンから、地政学や地経学も踏まえた途絶リスクも考慮するサプライチェーンの構築を迫られた。だが、サプライチェーンの移管は容易ではなく、特に生産拠点の変更には時間がかかる。米中対立から5年でサプライチェーンはどう変わったのか。米国市場への供給源という観点から、影響のあった品目を検証する。

米国の対中輸入額が減少に転じる

米中対立は、2018年の追加関税賦課を契機に顕在化した。その後、米国は中国に対し、追加関税の対象拡大、機微技術に関連する製品や技術の輸出管理強化、人権侵害を理由とした輸入規制、特定の企業が生産する通信機器の輸入・調達制限などを実施してきた。投資の面においても、対米外国投資委員会(CFIUS)による審査権限の強化に加え、最近では、懸念国に対して、人工知能(AI)や先端半導体など特定の分野での、米国人による対外投資規制が具体的に検討されている(表1参照、注1)。

表1:米国による、中国を念頭においた通商や産業政策上の主な措置
大統領 時期 具体的措置
トランプ大統領 2018年 3月 1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウムへの追加関税賦課
4月 中興通訊(ZTE)の輸出特権の否認を発表
7月 1974年通商法301条に基づく対中追加関税の賦課
8月 輸出管理改革法(ECRA)、外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)、特定の中国企業による政府調達を制限する条項を含む、2019会計年度国防授権法(NDAA)が成立
2019年 8月 華為技術(ファーウェイ)と関連をエンティティ―・リストへ追加
9月 301条追加関税リスト4Aの発動により、約7割の対中輸入品が追加関税の対象に
2020年 7月 米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA)発効。関税免除のための域内原産割合が高まるとともに、非市場経済国とのFTA(自由貿易協定)締結を阻む、いわゆる毒薬条項が含まれる
11月 国防総省が指定する中国人民解放軍協力企業に対して、米国人が証券投資などを禁ずる大統領令を発令
12月 米国公開会社会計監督委員会(PCAOB)が監査できない状態が3年続いた場合、当該企業の証券取引を禁ずる外国企業説明責任法が成立
2021年 1月 商務長官の裁量でリスクのある民間取引に介入できる情報通信技術・サービスのサプライチェーン保護規則を発表
バイデン大統領 2021年 2月 半導体、バッテリーなどの安全保障上で重要な10の製品のサプライチェーン強靭化の大統領令を発令
9月 アンチダンピング税(AD)・相殺関税(CVD)迂回防止調査を強化する新規則を発表
2022年 6月 新疆ウイグル自治区からの輸入を原則禁止する、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)が施行
9月 対米外国投資委員会(CFIUS)が重点的にフォローすべき分野・要因を明示する大統領令を発令
8月 懸念国での投資拡大を規制する内容を含むCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)および、税額控除を受けるための条件に懸念国での生産などを規制するインフレ削減法(IRA)が成立
10月 CFIUSによる執行と罰則に関するガイドラインを発表
10月 中国向け先端半導体向の輸出管理強化を発表
11月 ファーウェイやZTEなどが生産する中国製の通信機器やビデオ監視装置の輸入や販売認証を禁止する行政命令を発令
2023年 8月 米国から懸念国への対外投資を規制する大統領令を発令

注:中国以外も対象となる措置も含まれる。また、既に効力を失った措置や、概要発表後に具体的な規則案やガイドラインが制定されなかった措置、具体的な規制対象がでなかった措置も含まれる。
出所:米政府発表資料などから作成

こうした規制強化を背景に、米中両国の経済上のつながりを切り離すデカップリングが懸念されてきた。だが、そうした懸念の一方で、米国と中国の貿易総額は、2022年に過去最高額を記録した。米国の輸入に限ってみれば、中国は、2007年にカナダを抜いて以降、米国にとって最大の輸入相手国となっている(注2)。米中対立が顕在化した当初の2019年や、新型コロナ禍による経済活動の停滞が著しかった2020年など、中国からの輸入額が落ち込んだ年もあったが、それでも輸入額で国別1位の地位は揺らいでいない(図1参照)。

図1:米国の国別輸入額の推移(年間)
中国は、2007年にカナダを抜いて以降、米国にとって最大の輸入相手国。2019年から2020年にかけては、中国からの輸入額は落ち込んだが、それでも国別1位を維持。2022年の輸入額が大きい順は、中国、メキシコ、カナダ、日本、ドイツ。

出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

ただし、米中対立の顕在化から5年が経った2023年に入り、この傾向に変化が出てきた。2023年上半期(1~6月)の米国の対中輸入額は前年同期比25.2%減となり、メキシコ、カナダに次いで国別3位だった(図2参照)。2022年の総輸入額が過去最高になったこともあり、2023年上半期は多くの国で前年同期比減となったが、20%を超える大幅減は、主要国の中では中国のみだった。

図2:米国の上半期(1~6月)の国別輸入額の推移
中国は国別一位だったが、2023年上半期は前期比25.2%減となり、メキシコ、カナダに抜かれ、国別3位。

出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

通信機器の供給拠点がベトナムとインドにシフト

中国からの輸入が大きく減った品目は、ノートPC(パソコン)(HTS8471.30.01、前年同期比:23.9%減、58億ドル減)、スマートフォン(8517.13.00、同23.5%減、56億ドル減)、三輪車など玩具(9503.00.00、同39.6%減、30億ドル減)、PC用モニター(8528.52.00、同49.6%減、21億ドル減)だった(表2参照)。

表2:米国の主要対中輸入品目(単位:100万ドル、△はマイナス値)
HTS番号 品目 2022年上半期 2023年上半期
輸入額 輸入額 前年同期比
(%)
前年同期比
(額)
8471.30.01 ノートPC 24,196 18,403 △ 23.9 △ 5,793
8517.13.00 スマートフォン 23,599 18,049 △ 23.5 △ 5,550
8507.60.00 リチウムイオンバッテリー 3,976 6,021 51.4 2,045
9503.00.00 三輪車など玩具 7,488 4,520 △ 39.6 △ 2,968
8517.62.00 スイッチング・ルーティング機器 4,290 3,908 △ 8.9 △ 382
9504.50.00 ゲーム用機器 3,909 3,385 △ 13.4 △ 524
3004.90.92 医薬品(包装されたもの) 3,071 2,211 △ 28.0 △ 860
8528.52.00 PC用モニター 4,152 2,091 △ 49.6 △ 2,061
8473.30.11 プリント基板 2,113 1,964 △ 7.0 △ 149
8518.30.20 マイク付きヘッドホン・イヤホン 1,150 1,441 25.3 291

出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

これらのうち、ノートPCとスマートフォンについては、それぞれ、ベトナムとインドからの輸入が急増した(表3、4参照)。ノートPCについては、2023年上半期のベトナムからの輸入額が前年同期比2.9倍(18億ドル増)だった。輸入額自体は小さいものの、メキシコ(前年同期比8.6倍、5,200万ドル増)、カナダ(2倍、800万ドル増)からの輸入も急増した。ベトナムには、大手PCメーカーの生産を委託されている企業が進出しており、米国市場向けの主要な生産拠点の1つとなっている。また、2022年以降は、PC生産に関する投資拡大が目立っている。2022年8月、アップルの委託生産を行っているフォックスコンが、ベトナムに3億ドルを投資し、生産拠点を拡大することが明らかになった(ロイター2022年8月20日)。2023年半ばからは、同拠点でMacBookが生産される、と報道されている(アップルインサイダー2023年2月15日)。また2023年5月には、同じくアップルから委託されMacBookを生産している台湾のクアンタ・コンピューターが1億2,200万ドルを投資し、ノートPC工場を建設するため、ベトナム北部の用地を確保した、と報道された。新工場は、2024年末から生産開始予定とされている(ベトナムニュース2023年5月7日)。さらに2023年6月には、アップルのほか、米国のデルや日本のソニー、台湾のAsus、中国のレノボなどのノートPCを生産しているとされる、台湾のコンパル・エレクトロニクスが、2億6,000万ドルを投資し生産拠点を建設する、と報道された。こちらも2024年から、新拠点での生産が開始されるという(ベトナムインベストメントレビュー2023年6月12日)。アップルの生産拠点の見直しは、米中対立や新型コロナ禍などに起因するビジネス環境の変化が影響しているとされている(注3)。投資が拡大していることからも、今後、より一層、米国のベトナムからのノートPCの輸入は拡大すると考えられる。

インドからのスマートフォンの2023年上半期の輸入額は、前年同期比6.2倍(20億ドル増)だった。スマートフォンについても、アップルがインドでの生産を拡大したことに伴った輸入拡大とみられる。インドでは2017年5月から、台湾の委託製造大手ウィストロンがiPhoneを生産している。最近では、インドのタタ・グループによる当該工場の買収や、同グループ企業の電子機器工場拡張により、タタ・グループによるiPhoneの生産が計画されているとも報じられている。2022年9月からは、フォックスコンがiPhone14の生産を開始した。工場拡張が現在進行中で、研究開発拠点や新工場設立の計画もあるとされている。同じく台湾の委託製造大手ペガトロンも同年9月からiPhoneの生産を、11月からはiPhone14の生産を開始している。アップルは、2025年までにiPhone生産の25%をインドに移管するともみられており、ノートPCのベトナムからの輸入と同様に、インドからのスマートフォンの輸入額は今後一層、拡大すると予想される(注4)。

表3:ノートPCの国別輸入額(単位:100万ドル、△はマイナス値)
国・地域名 2022年上半期 2023年上半期
輸入額 輸入額 前年同期比
(%)
前年同期比
(額)
世界 26,110 22,140 △ 15.2 △ 3,971
中国 24,196 18,403 △ 23.9 △ 5,793
ベトナム 923 2,705 192.9 1,781
台湾 855 856 0.2 2
メキシコ 7 59 758.9 52
カナダ 8 16 101.3 8
マレーシア 26 15 △ 39.9 △ 10
香港 11 13 20.4 2
ドイツ 11 12 4.9 1
韓国 22 8 △ 63.7 △ 14
日本 15 6 △ 58.4 △ 9

注:HTS8471.30.01
出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

表4:スマートフォンの国別輸入額(単位:100万ドル、△はマイナス値)
国・地域名 2022年上半期 2023年上半期
輸入額 輸入額 前年同期比
(%)
前年同期比
(額)
世界 31,725 25,625 △ 19.2 △ 6,099
中国 23,599 18,049 △ 23.5 △ 5,550
ベトナム 7,008 4,507 △ 35.7 △ 2,501
インド 379 2,353 521.6 1,974
韓国 508 582 14.5 74
香港 96 64 △ 33.2 △ 32
日本 70 34 △ 51.9 △ 37
UAE 2 5 127.0 3
インドネシア 5 5 △ 11.3 △ 1
カナダ 6 4 △ 35.3 △ 2
パナマ 0 4 3,204.3 3

注:HTS8517.13.00
出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

なお、スイッチング・ルーター機器(8517.62.00)の2023年上半期の対中輸入額は、2022年上半期との比較では8.9%減(4億ドル減)と大きくは減少していない。ただし、2022年の輸入額は95億ドルと、ピークだった2018年の235億ドルからは60%も減少した。世界全体からの輸入額が拡大しているのと対照的だ。中国はスイッチング・ルーター機器の輸入額で長年にわたって1位だったが、米中対立が本格化した2019年に急減し、その後も縮小を続け、2022年にはベトナムに抜かれ国別2位に転落した。2022年のベトナムからの輸入額は110億ドルで、2018年比で7.8倍となった(図3参照)。

図3:ルーターの輸入額の推移
中国からの輸入額が国別一位だったが、2018年をピークに大きく減少し、2022年にベトナムに抜かれ国別2位。3位はメキシコ、4位は台湾、5位がタイ。

注:HTS8517.62.00
出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

米政府は情報漏洩(ろうえい)といった安全保障上の観点から、特定の中国製通信機器の取り扱いに慎重になっている。2019会計年度国防授権法(NDAA)の889条では、中国のファーウェイ、ZTE、ハイテラ、ハイクビジョン、ダーファ(関連会社を含む)が製造する通信機器などの政府調達や、これら製品を利用している企業と米国政府との契約を禁止しているほか、米国連邦通信委員会(FCC)は2022年11月に、これら企業が製造する通信機器の米国への輸入や販売に関する認証を禁止する行政命令を発表した。事実上、これら製品の米国内での流通を禁止している(注5)。また、2021年2月に発令された、安全保障上で重要とされる10の分野でサプライチェーンを強靭化するための大統領令を受け、2022年2月に発表されたホワイトハウスの報告書で、ルーターはサプライチェーン上のリスクや脅威を評価する対象に明示的に指定されている。

投資統計からみても、中国企業による情報通信に関連する米国でのビジネスは、苦境にあるようだ。情報(Information)分野における米国の対内直接投資残高は年々拡大傾向にあるものの、中国からの投資残高は2019年の30億ドルをピークに縮小し、2022年には5億ドルと84.6%も減少した(図4参照)。統計上、情報分野には、ソフトウェアの生産、電気通信、データ処理などが含まれる。米国政府が通信機器に対する規制を強め、中国からの通信関連製品の流入が制限されていることなどが、米国内における中国からの投資の引き揚げにつながっている可能性がある。

図4:米国の対内直接投資残高(情報分野)の推移
全体の投資残高は増加傾向にあるものの、中国からの投資残高は2019年の約30億ドルをピークに、2020年から下降し、2022年は約5億ドルに低下。(情報)2018年から2022年までの上半期(1~6月)の国別輸入額の推移の図。中国は国別一位だったが、2023年上半期は前期比25.2%減となり、メキシコ、カナダに抜かれ、国別3位。

注:投資主体を最終的に所有またはコントロールしている事業体(最終的な実質所有者、UBO)が所在する国を基準とした集計値。
出所:米商務省経済分析局統計(BEA)から作成

他方で、PC用モニターや三輪車については、中国に代わって、大きく輸入額が拡大した国はみられなかった。代替供給元が見つからなかった、米国内産に切り替わった、米国内での需要そのものが減少した、といった可能性が考えられる。なお、このうち特に三輪車については、追加関税の対象になっておらず、また安全保障上、機微な製品でもないため、必ずしも米中対立の影響ではないと考えられる。

サプライチェーンシフトが東海岸の港湾利用増加を促すか

前述の通り、米国の大手IT企業であるアップルを中心に、生産拠点が中国からインドやベトナムに移ったことで、特定の通信機器においては、米国市場向けのサプライチェーンが再構築される潮目にあると考えられる。仮にこの流れが続き、特にインドが米国への輸出拠点として拡大していくと、対米輸出の物流に変化が起きると考えられる。米国東海岸の港湾の利用増加だ。現在、米国向けの航路で、東回りになるか西回りになるかの分岐点はシンガポールだと言われている(注6)。出港地がシンガポールよりも西になると、米国の西海岸へ輸送するよりも、スエズ運河を通る航路でニューヨークなど東海岸に向けて輸送する方が所要時間は短いという。

なお、既に東海岸の港湾でのコンテナ取扱量は増加している。新型コロナ禍による物流の混乱により、アジアからの貨物の玄関口となるロサンゼルス港やロングビーチ港でコンテナが大量に滞留したことから、2021年から2022年にかけて、一部の貨物が東海岸に流れていた。2022年の米国内の主要港のコンテナ取扱量は、西海岸では軒並み前年比で減少したのと対照的に、東海岸ではすべての港で増加した(図5参照)。

図5:米国の主要港別コンテナ取扱量
西海岸の港(ロサンゼルス港やロングビーチ港など)は2021年から2022年にかけて全てで減少しているのに対し、東海岸の港(ニューヨーク・ニュージャージー港)ではすべてで上昇。

注:世界のコンテナ取扱量の多い100港に含まれる米国の港を抽出。
出所:Lloyd's List「ONE HUNDRED PORTS」

在米日系企業は、こうした動きに対して概ね好意的だ。港に届いた貨物を利用する製造業や小売業が重要視するのは、最終仕向地である工場や倉庫に安定的に貨物が届くことだ。在米日系企業にとっては、半ば強制的に西海岸以外の港湾の利用を強いられたかたちだが、利用可能な港湾の選択肢が増えたことは安定的な輸送にはプラスと受け止められたようだ。このように、実際の物流コストに加え、ユーザーである企業も好意的に受け止めていることから、米国市場への供給拠点となる国が、インドのようにシンガポールより西に向かうほど、米国内では東海岸を中心とした物流網が作られていくと考えられる(図6参照)。

図6:サプライチェーン変化のイメージ
生産拠点が中国からベトナムやインドに移管され、一部は米国西海岸へ輸送されるが、インドからの貨物の一部は、スエズ運河を通り、米国東海岸へ輸送される。

出所:ジェトロ作成

リチウムイオンバッテリーの推移に注目

一方で、中国からの輸入が拡大している品目がある。リチウムイオンバッテリー(HTS8507.60.00)だ。表2の通り、主要な輸入品目のうち、リチウムイオンバッテリーだけが、2023年上半期に前年同期比51.4%増の60億ドルと大幅に増加した。米国のリチウムイオンバッテリーの輸入額は、ここ数年急拡大しており、2015年の8億ドルから2022年に135億ドルと17倍になった。これを牽引しているのが中国だ。米国の貿易統計上、リチウムイオンバッテリーは、車載用とそれ以外に分けられる。中国はいずれにおいても、2022年時点で輸入額の70%弱を占めている(図7、8参照)。

図7:リチウムイオンバッテリー(車載用)の輸入額の推移
中国からの輸入額が2021年に以降急増し、全輸入額に占める割合が2021年に51%、2022年に66.2%。

注:8507.60.0010
出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

図8:リチウムイオンバッテリー(車載以外)の輸入額の推移
中国からの輸入額が2021年に以降急増し、全輸入額に占める割合が2021年に54.7%、2022年に67.0%。

注:HTS8507.60.0020
出所:米国際貿易委員会(USITC)から作成

特に、輸入の伸びが大きいのが、車載用バッテリーだ。これは、米国での電気自動車(EV)の販売台数拡大が影響しているとみられる。米国のEVの販売台数は、2020年の26万台から2022年には81万台と3倍強に拡大した。新車販売台数に占めるEVの割合は、2020年の2.2%から2022年に6.7%に上昇した(注7)。2023年第2四半期では7.3%と、その後も増加傾向にある。加えて、地域を限定して運行するバスなど、商用車での利用拡大もみられている。

一方で、中国産リチウムイオンバッテリーに対する、米国内でのビジネス環境は必ずしも良好ではない。リチウムイオンバッテリーは、当初から、301条に基づく追加関税の対象であり、一度も適用除外措置の対象になっていない(注8)。また、インフレ削減法(IRA)では、EV購入時の税額控除を受けるための要件として、バッテリーを北米で製造または組み立てること、などが定められている。つまり、中国から輸入したバッテリーを組み込んだEVは、原則として税額控除の対象外となる(注9)。税額控除は新車で最大7,500ドルとなっており、実質的には販売時に値引きされる。EV普及における主要課題には、充電インフラの不足や消費者の嗜好などいくつか挙げられるが、その1つにガソリン車と比べて高い価格が挙げられる。その観点から、7,500ドルもの控除が受けられるかどうかは、自動車メーカーにとっては死活問題だ。ただ、そうした中でも、中国からの輸入が拡大していることから、リチウムイオンバッテリーに対する需要の強さがうかがえる。

米中対立がサプライチェーンに与えた影響

これら動きから浮かび上がってくるのは、米中対立や新型コロナ禍の影響を受け、米国の巨大IT企業が、生産拠点を中国からベトナムやインドなど周辺国に移管する戦略を確定し、それを受け、委託生産を行う台湾の大手企業がこれらの国で投資を拡大している構図だ。ノートPCやスマートフォン、ルーターにおいては、米政府の意向通り、対中依存度を軽減する方向に動いていると言えるだろう。

一方で、完全に中国とのデカップリングが起きたかと言われれば、依然として疑問符が付く。ノートPCもスマートフォンも、中国からの輸入が減少し、代わってベトナムやインドからの輸入額が拡大してはいるものの、絶対額としてはまだ中国の方が圧倒的に大きい。中国からの完全撤退ではなく、対米市場向けサプライチェーンは、一定程度を中国に残しつつも、インドやベトナムなどにリスク分散しているという見方も根強い。また、これら工場に供給する部品レベルまで、中国から移管されているかは不透明だ。

加えて、サプライチェーン強靭化の大統領令で指定されている、安全保障上で重要視する製品すべてにおいて、米国政府が望むように、対中依存度が減っているわけではない。輸入拡大が続いているリチウムイオンバッテリーについては、政策よりも市場の需要拡大の方が、現状では上回っていると考えられる。EVの販売台数は今後も一定程度までは拡大すると予想される中、IRAにおいて「懸念される外国の事業体」の関与が認められなくなるのは2024年からだ。従って、政策の後押しを受けサプライチェーンが移管されることになるのか、それとも市場の需要が勝り中国からの輸入が拡大し続けるのか、リチウムイオンバッテリーの輸入の推移が、市場経済と経済安全保障のバランスをみる上での1つのメルクマールとなろう。

時間のかかるサプライチェーンの移管、2025年以降の米中関係は

既述の通り、ノートPCやスマートフォンのサプライチェーンの移管が、統計上に分かりやすい形で表れるまでに5年を有した。新型コロナ禍を挟み、企業活動が停滞した期間も考慮する必要はあろうが、それでも、サプライチェーンの移管には相応の時間がかかるかことが示されたかたちだ。投資発表をみる限り、今後も一定程度、移管は進むだろう。

ただ、その間にも、政局は変わり続ける。米国は、2024年大統領選挙に向けて着々と進んでいる。現状では、共和党は、ドナルド・トランプ前大統領が他の候補者を大きく引き離し、トップを独走している。対する民主党は、主要候補は現職のジョー・バイデン大統領のみだ。バイデン政権が今後も続けば、中国との関係では「狭い庭に高い壁」を作り、友好国と協力しながら、いわゆるデリスキングを志向する政策が続くと予想される。実際、バイデン政権は中国に変わる代替生産拠点となるインドやベトナムと2国間関係を強化している。バイデン大統領は2023年9月のアジア歴訪で、これら2カ国を訪問し、インドでは、ナレンドラ・モディ首相との会談を行った。6月にモディ首相が訪米した際には、首脳間の合意に基づいて設立した「米印重要新興技術イニシアチブ(iCET)」などに基づき、半導体、重要鉱物、通信、宇宙、量子技術、AIなどの分野で協力を進めることを確認している。続いて訪問したベトナムでは、2国間関係を「包括的パートナーシップ」から、ベトナム外交上最高位の「包括的戦略パートナーシップ」に格上げし、経済面では貿易促進や半導体分野を筆頭に協力関係を深めていくと発表している。半面、トランプ大統領が誕生すれば、既に、関税を10%上乗せすると述べている様に、デリスキングよりはデカップリングを志向する政策がとられると考えられる。また奇をてらった、予想もできないような政策が出てくるだろう。

議会では、下院において2023年1月、共和党のマイク・ギャラガー議員(ウィスコンシン州)が委員長を務める「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」が設立された。委員会は共和党員9人、民主党員7人で構成されているほか、民主党の下院トップのハキーム・ジェフリーズ議員(ニューヨーク州)が「下院民主党は、米国民のために協力できる問題については、超党派のパートナーシップの手を差し伸べる意思があることを明確にしている」と述べるなど、対中政策は超党派で一定の合意がある。米国民の対中意識の悪化も、両党で一致しやすい環境を作っている。世論調査によると、米国の対中意識は2018年以降に悪化しており、2022年からは「好意的でない」とする割合が80%を超えた(図9参照)。従って2024年の議会選挙で、上院・下院の多数派政党が変わったとしても、対中姿勢について大きな変化があるとは考え難い。

図9:米国の対中意識の推移
2018年に中国を好意的としている米国人の割合は38%だったが、2023年には14%に低下。反面、好意的でないとする割合は47%から83%に拡大。

出所:ピュー・リサーチ・センターから作成

これらより考えられるのは、いずれのシナリオに基づいても、対中強硬姿勢が和らぐ道筋はなかなかみえないことだ。よって、大きな政治的転換点を迎える2025年以降も、対中強硬か融和かではなく、強硬度合いの程度が変わる、ないしは中国に対するアプローチに変化がある、との認識の下でいる必要があろう。一度動かしたサプライチェーンは、元に戻すのにも相応の時間がかかる。長期的な視点の下で、サプライチェーンの移管を含めた経営戦略を練ることが重要だ。


注1:
米国人とは、米国市民、永住者、米国の法律または米国内の管轄権に基づいて組織された事業体(米国外の支社も含む)、および米国内に存在する個人・事業体を指す。対象分野は、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野。懸念国は「米国の国家安全保障を脅かす方法で米国の能力に対抗するために、軍事、諜報(ちょうほう)、監視、またはサイバー能力にとって重要な機微技術・製品の進歩を指示、促進、または支援する包括的かつ長期的な戦略に関与している国・地域」を指し、中国(香港・マカオを含む)のみが指定された。ただし、今後追加される可能性がある。詳細は、ジェトロの2023年10月2日付地域・分析レポート「対外投資規制へ動き出したバイデン米政権 規則制定と法制化が焦点に」を参照。
注2:
輸出は、2007年以降、カナダ、メキシコに次いで国別3位となっている。
注3:
例えば、次の記事に記載されている。Yang Jie and Aaron Tilley, “Apple Makes Plans to Move Production Out of China”, The Wall Street Journal, Dec. 3, 2022.
注4:
インドでのiPhone製造については、ジェトロの2023年9月13日付地域・分析レポート「グローバル・サプライチェーンに加わるインド(1)製造業を振興」などを参照。
注5:
スイッチング・ルーターなどの輸入規制や、今後、米国への輸入規制が課される品目の動向については、ジェトロの2023年3月28日付地域・分析レポート「輸入における規制リスクの高い品目は?米中デカップリングの行方」も参照。
注6:
米国西海岸の港湾関係者の筆者によるヒアリングに基づく(2023年6月)。在米日系企業のコメントも、同ヒアリングに基づく。
注7:
バッテリー式EVとプラグイン燃料電池車(FCV)が占める新車販売台数に占める割合。モーターインテリジェンスによる集計に基づく。
注8:
適用除外に認定されることによって、本来は追加関税の対象である品目であっても、米国内で生産されていないなどの事情により、時限的に追加関税が賦課されなくなる。USTRが申請を受け付け、定期的に、適用除外対象となる品目と時期を発表している。
注9:
IRAの税額控除要件では、バッテリーに使われる重要鉱物は2025年以降、バッテリー部品については2024年以降、「懸念される外国の事業体」による関与が認められなくなる。「懸念される外国の事業体」は中国、ロシア、イラン、北朝鮮が所有、管理、管轄権または指示の対象となる事業体、とされているが、より明確な定義が明らかでなく、財務省は2023年中に明らかにするとしている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)を経て2022年8月から現職。