中国EV・車載電池企業の海外戦略中国EV企業のブラジル進出動向
輸入から現地生産へのシフトはどう進むのか

2023年12月18日

ブラジルで近年、バッテリー式電気自動車(BEV)の販売が伸びており、そのうち中国企業のシェアは顕著に拡大している。現時点では、販売されているBEVは、小型トラックなどを除けば、全て輸入車となるが、BEVの国内生産を目指す計画も発表されている。その中でも長城汽車や比亜迪(BYD)などの中国大手自動車メーカーによる計画は特に規模が大きく、注目を集めている。

中国BEVのプレゼンス

ブラジルでのBEV普及率はまだ低く、全国自動車製造業者協会(Anfavea)が発表した2022年の新車登録台数(乗用車、軽商用車)統計によると、BEVの割合は0.4%にとどまった(表1参照)。

表1:エネルギー別の新車登録台数(乗用車、軽商用車) (単位:台)
燃料の種類 ガソリン フレックス燃料 BEV ハイブリッド ディーゼル 合計
台数 48,804 1,633,282 8,440 40,822 229,114 1,960,462
シェア 2.5% 83.3% 0.4% 2.1% 11.7% 100.0%

注:フレックス燃料車は、ガソリンとバイオエタノールを混合・燃焼して走行する車両。ブラジルではサトウキビ由来のバイオエタノール燃料が普及している。
出所:Anfaveaサイト情報を基にジェトロ作成

しかし、ブラジル電気自動車協会(ABVE)の国内販売台数(新車登録ベース)をみると、BEVの販売台数は2021年から急成長し、2021年に2,851台(前年比で約3.6倍)、2022年に8,458台(約3倍)、2023年1~10月累計で既に1万95台に達している(図1参照)。

図1:ブラジルでのBEV販売台数(新車登録ベース)の推移(単位:台)
2010年は10台、2011年は8台、2012年は22台、2013年は39台、2014年は61台、2015年は61台、2016年は132台、2017年は137台、2018年は176台、2019年は538台、2020年は801台、2021年2851台、2022年は8,458台、2023年(1~10月)で10,095台。

出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成

中国自動車メーカーは、ブラジルの近年のBEV市場の成長に大きく寄与している。2021年のBEV販売台数上位10車種をみると、BYDのET3は中国メーカーのBEVとして唯一ランクインした。2022年には、奇瑞汽車のICARと安徽江淮のE-JS1、2023年(1~10月)には安徽江淮のE-JS1のほか、BYDのドルフィン、元PLUS、D1もトップ10入りした(表2参照)。全体のシェアも伸びている。2022年に中国メーカーは23.5%を占めていたが、2023年1~10月には52.6%に達した(図2、図3参照)。

表2:BEV販売台数(新車登録ベース)の件数:1位から10位(2021年~2023年)

2021年
順位 車種 ブランド 販売
台数
シェア
1 リーフ 日産 439 15.4%
2 タイカン ポルシェ 379 13.3%
3 XC40 ボルボ 375 13.2%
4 クーパー ミニ 313 11.0%
5 e-tron アウディ 252 8.8%
6 I3 BMW 159 5.6%
7 500E フィアット 146 5.1%
8 ボルト GM 132 4.6%
9 ET3 BYD 124 4.3%
10 カングー ルノー 120 4.2%
2022年
順位 車種 ブランド 販売
台数
シェア
1 XC40 ボルボ 1,770 20.9%
2 ICAR 奇瑞汽車 782 9.2%
3 E-JS1 安徽江淮 609 7.2%
4 クウィッド ルノー 594 7.0%
5 C40 ボルボ 584 6.9%
6 e-tron アウディ 424 5.0%
7 カングー ルノー 400 4.7%
8 クーパー ミニ 384 4.5%
9 リーフ 日産 347 4.1%
10 ジャンピー シトロエン 244 2.9%
2023年(1~10月)
順位 車種 ブランド 販売
台数
シェア
1 ドルフィン BYD 2,870 28.4%
2 XC40 ボルボ 1,279 12.7%
3 元PLUS BYD 995 9.9%
4 C40 ボルボ 564 5.6%
5 E-JS1 安徽江淮 370 3.7%
6 D1 BYD 318 3.2%
7 クーパー ミニ 308 3.1%
8 IX3 BMW 264 2.6%
9 IX BMW 251 2.5%
10 クウィッド ルノー 276 2.7%

出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成

図2:BEV販売台数(新車登録ベース)で中国企業が占める割合
(2022年)
中国企業が占める割合は2022年で23.5%

注:中国企業には、BYD、奇瑞汽車、安徽江淮、東風汽車、AOXIN、Keytonが含まれる。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成

図3:BEV販売台数(新車登録ベース)で中国企業が占める割合
(2023年1~10月)
中国企業が占める割合ア2023年10月時点で52.6%

注:中国企業には、BYD、奇瑞汽車、安徽江淮、東風汽車、AOXIN、Keytonが含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成

輸入税巡る論争

ブラジルでは現在、BEVの国内生産はされておらず、ほぼ全てのBEVは輸入されている(注1)。また、輸入税の免税措置が実質的にBEV普及の一助となっている状態だ。ブラジルは南米南部共同市場(メルコスール)の関税同盟に属しており、原則として共同市場の対外共通関税率表に縛られる(上げることも下げることもできない)。ただ、例外的に、国ごとに特別関税を設けることができる。その1つの「例外品目リスト(LETEC)」に、ブラジルは2014年以降、ハイブリッド車(HEV)を含め、輸入税を減税にした。2015年以降は、BEVを含め、その輸入税を無税としている(注2)。

しかし、Anfaveaのマルシオ・レイテ会長は9月5日の記者会見で、中国企業のBEVの輸入増への懸念を示し、BEVがLETECに含まれることに反対の意見を述べた。「国外の生産コストの方が低いので、輸入税がゼロだと、ブラジルに進出したメーカーはBEVの現地生産ではなく、輸入のみを行うことになってしまう。しかし、われわれはブラジルでの生産を望んでいる」と説明した(2023年11月13日付地域・分析レポート参照)。

以上の議論を受けて、開発商工サービス省はBEVに対する輸入免税措置を段階的に廃止することとし、BEV輸入税率を段階的に引き上げ、同時に無税の輸入関税割り当てを導入し、同無税枠について段階的に縮小することを11月10日付で発表した。HEV車に対する輸入税減税措置も同様だ(表3参照)。HEVと同様に、BEV国内生産を促進することにより、脱炭素化を加速させ、ブラジルの新工業化を実現することを主な理由として挙げている。

表3:2024年以降のブラジルでBEV、PHEV、HEVに適用される輸入税率と無税輸入割当額
項目 2024年1月以降 2024年7月以降 2025年7月以降 2026年7月以降
BEV 10%(2億8,300万ドル) 18%(2億2,600万ドル) 25%(1億4,100万ドル) 35%
PHEV 12%(2億2,600万ドル) 20%(1億6,900万ドル) 28%(7,500万ドル) 35%
HEV 15%(1億3,000万ドル) 25%(9,700万ドル) 30%(4,300万ドル) 35%

注1:BEV、PHEV、HEVはそれぞれ、バッテリー式電気自動車、プラグインハイブリッド車、ハイブリッド車。
注2:かっこ内の金額はBEV・PHEV・HEVそれぞれに適応される無税の輸入割当上限額。かっこ内の輸入額までは無税となる。
出所:開発商工サービス省プレスリリース

Anfaveaはこの措置を高く評価した一方、ABVEはリンクドインの公式アカウントで「(今回の決定は)投資や市場全体に悪影響を与えるだろう。BEVとHEVの販売価格は上昇していくと思われる。今までの伸び率が2024年に継続できるかどうか不安だ」と批判的な立場をとった。さらに、現時点でブラジルのBEV市場をリードしているBYDからも批判の声が上がった。BYDのインスティテューショナルディレクターのマルセロ・シュナイダー氏は11月14日付の現地紙「グローボ」のインタビューで、「焦りを感じる判断だった。残念ながら結局困るのは消費者の方だ」とやや不満を述べている。

中国企業によるブラジル国内生産

BYDは北東部のバイーア州カマサリ市で、3つの工場からなる大型生産拠点を建設し、BEVのドルフィンと元PLUS、プラグインハイブリッド車(PHEV)の宋Plusを生産する計画を発表している。総投資額は30億レアル(約900億円、1レアル=約30円)で、生産は2024年下半期、あるいは2025年上半期までに開始する見込み。同計画はバイーア州を地盤とする政治家によって歓迎され、税制インセンティブの法案も提出されている(注3)。例えば、バイーア州のジェロニモ・ロドリゲス知事は10月9日に、新車価格が30万レアル以下のバイーア州で生産されたBEVに対し、州税の自動車保有税(IPVA)を非課税とする法案を同州議会に提出している。

また、オット・アレンカール上院議員は、連邦税の工業製品税(IPI)を対象にインセンティブを付与する法案を提出した。現時点では、地方開発を目的に北部、北東部、中西部に工場を持つ自動車メーカーに対して、連邦税の工業製品税(IPI)の減税が講じられているが、この措置は2025年12月31日に終了となる予定。アレンカール上院議員は8月4日に、同税制インセンティブを2032年12月31日まで継続させる法案を上院議会に提出している。同法案は国会で現在審議されている税制改革を目指す2019年憲法改正法案45号(PEC 45/2019)の修正案として提出され、11月8日に上院議会で可決され、今後は下院議会で審議される(2023年10月26日付ビジネス短信参照)。

連邦政府もBYDのバイーア州進出を歓迎している。ジェラウド・アルキミン副大統領兼開発商工サービス相は10月9日に行われた新拠点のくわ入れ式で「この計画はルーラ大統領が目指しているイノベーションとサステナビリティーに基づいたブラジルの新工業化を体現している」と述べた。また、ルイ・コスタ官房長官も「ブラジルへの進出を歓迎する。これからも新しいパートナーシップや投資があるだろう。ブラジルと中国にとって実のある友情を築きながら、経済成長と雇用を展開していきたい」と述べた。

BYDのほか、中国大手自動車メーカーの長城汽車も、BEVやHEVを生産する拠点をサンパウロ州イラセマポリス市で建設する計画を発表している(2021年10月8日付ビジネス短信参照)。HEVのほか、PHEVの長城炮(Poer)やBEVのORA 03がブラジル国内で生産される可能性が報道されている。サンパウロ州のタルシジオ・フレイタス知事は4月25日付の州政府サイトで「長城汽車は100億レアルの投資のみならず、2,000人の新しい雇用をサンパウロ州にもたらす」と歓迎し、バイオエタノールから得られた水素で走行する自動車の開発に関する長城汽車との共同プロジェクトの発表も行った。

連邦政府への期待

BYDをはじめ、中国企業は近年、ブラジル国内での現地生産に向けてBEVの輸入販売が拡大してきたことによって、BEV市場がより活発になった。半面、ブラジルに既に進出済みの外資系メーカーの多くは内燃機関を残し、バイオエタノールの活用が可能なハイブリット車の投入を進めており、国内自動車業界との競争激化の兆しが見え始めた。この将来の競争激化を象徴しているのが、BEV、PHEV、HEVと輸入税免税・減税に関するAnfaveaとABVEの考え方の相違だ。また、税制改革に含められた北部、北東部、中西部に工場を持つ自動車メーカーに対するIPIの減税措置継続に向けた法案に関しては、既にブラジルに進出している自動車業界内でも意見が分かれている。採用された場合、BYDのほか、既に北東部ペルナンブコ州に工場を持つステランティスなども税制インセンティブを利用できるため、ステランティスは減税措置の継続を支持している。一方、インセンティブを利用できないトヨタ、フォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズは多数の現地紙の広告欄を利用して法案を批判した。

輸入関税減免措置の段階的廃止措置を見る限り、連邦政府はブラジルに進出してBEV、PHEV生産を進める中国メーカーと、バイオ燃料の利用が可能なHEVの生産を進める既存の進出自動車メーカー各社双方の意見を聞いて、バランスを取ろうとした政策だと言えそうだ。連邦政府はハイブリッド車の重要性を強調している。バイオ燃料の利用促進を目指す制度を運営している。同時に、連邦政府はBEVとPHEVの生産を進めるBYDの進出を歓迎しているが、BEVとPHEVの生産と販売促進に向けては、現在のところ具体的な政策を公表していない。

今後も連邦政府などが脱炭素化を推進する上で、BEVとバイオ燃料の利用が可能なHEVに対して、どのようなバランスで規制や支援プログラムを展開するのか、注視する必要がありそうだ。中でも、2018年に開始された「Rota 2030プログラム」(注4)に代わる新しいプログラムが準備されており、報道によると、グリーンモビリティーの新しい枠組みが発表される予定だ。BEVとHEV双方に対する新たな支援策の行方が注目される。


注1:
HEVはブラジル国内で一部車種が生産されている。
注2:
2014年9月18日付CAMEX決議第86号により、HEVが輸入税減税対象となった。2015年10月26日付CAMEX決議第97号により、プラグインハイブリッド車(PHEV)も輸入税減税対象となり、BEVは輸入税免税となった。
注3:
その他、バイーア州には、1999年10月28日付法律第7,537号と2001年12月12日付法律第7,980号を基に、自動車メーカーに対して州税の商品流通サービス税(ICMS)の減税を与えるインセンティブも既に存在する。このインセンティブは2032年12月31日まで有効。
注4:
国内自動車産業の競争力強化を目指し、自動車の安全性やエネルギー効率性、自動車に搭載される技術の高度化などに向け、完成車メーカーや自動車部品企業、輸送・ロジスティクスに関するソリューション提供企業を対象としたもの。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
エルナニ・オダ
2020年、ジェトロ入構。現在に至る。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
中山 貴弘(なかやま たかひろ)
2013年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、ジェトロ三重、ジェトロ・サンティアゴ事務所、企画部海外地域戦略班(中南米)、内閣府などを経て、2023年7月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。