中国EV・車載電池企業の海外戦略中国企業のチリへのEV・リチウム事業展開を探る

2023年12月14日

中国はチリにとって、輸出入ともに最大の貿易相手国だ。2022年のチリの対中国貿易は、輸出が全体の約4割を占める384億4,700万ドル、輸入は25.3%を占める264億1,300万ドルだった。チリの主要輸出品目である銅は全体の56.4%を中国向けに輸出するなど、貿易面での結びつきは強い。また、チリ経済は銅の輸出に支えられており、中国の銅需要が国内の景気に与える影響も大きい。加えて、投資面においても中国企業がチリ進出を加速させており、電気自動車(EV)・車載電池企業も例外ではない。

本稿では、主な中国企業のチリ進出動向や中国メーカーのバッテリー式EV(BEV)の国内販売動向に加えて、関連するチリ政府の取り組みや政策をまとめた。

EV大手BYD、LFP生産工場建設を発表

中国のEV大手の比亜迪(BYD)は2023年4月、現地子会社(BYD Chile SPA)を通して、EVの車載電池などにも使用されるリン酸鉄リチウム(LFP)の生産工場を、チリ北部のアントファガスタ州に建設すると発表した。また、天斉リチウムが主要株主でもある、チリの特殊植物栄養素・化学製品メーカーのSQM(Sociedad Química y Minera de Chile)から、年間1万1,244トンの炭酸リチウムを2030年まで優遇価格で入手できる権利を獲得した。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、BYDがチリで生産するLFPは、ブラジルで新設予定のEV生産拠点向けの供給が想定されている。

同社は2017年に、首都サンティアゴの公共交通に初めて電気バスを導入した。これをきっかけにチリ全土への電気バスの導入を促進しており、チリ政府によるエレクトロモビリティ国家戦略(注1)を進める上での先導者としての地位を確立した。

リチウム関連の投資としては他にも、金属大手の青山控股集団(Tsingshan Holding Group)の子会社・永青科技(Yongqing Technology)による、LFP生産工場建設がある。2023年10月にガブリエル・ボリッチ大統領が就任後初めて中国を訪問した際に発表されたもので、BYDに続く中国企業の投資プロジェクトとして注目されている。工場の操業開始は2025年5月を予定しており、年間最大で12万トンのLFPの生産を行うとしている。

これら中国企業の動きは、チリ政府が2023年4月に発表した国家リチウム戦略(2023年4月28日付ビジネス短信参照)の中で提唱している「持続可能なリチウム産業の発展」の実現にも呼応しており、リチウムを銅に続くチリの一大産業として振興しようとする両国の思惑の一致が垣間見える。

欧米と日本を抑え、中国BEVが販売上位に

チリ自動車産業協会(ANAC)によると、国内のBEV販売台数は2022年の新車販売(バスなど大型車を除く)全体の0.3%で、電動車(注2)としては1.6%に過ぎない。2006年から2023年9月までの累計の電動車販売台数は2万2,168台で、そのうちBEVは全体の16%に当たる3,492台だった(図参照)。

図:2006~2023年9月までの累計電動車販売台数
ハイブリッド車(HEV)1万1,836台、バッテリー式電気自動車(BEV)3,492台、マイルドハイブリッド車(MHEV)5,221台、プラグインハイブリッド車(PHEV)1,391台、その他228台。

出所:チリ自動車産業協会(ANAC)

2023年1~9月のBEV販売台数は、前年同期比6.3%増となる959台だった(表参照)。国内経済の停滞で、ガソリン車を含む新車販売台数が前年同期比で2桁減少しているにもかかわらず、BEVは販売増が続いている。ブランド別にみると、韓国や中国のBEVが欧米や日本を抑えて、販売台数上位に位置している。

表:バッテリー式電気自動車(BEV)のブランド別新車販売台数 (単位:台、%)(△はマイナス値)
企業・ブランド名 2022年 2023年 前年同期比 シェア
1~9月
起亜 0 178 全増 18.6
マクサス 310 164 △ 47.1 17.1
MG 8 148 1,750.0 15.4
比亜迪(BYD) 1 97 9,600.0 10.1
鄭州日産汽車(ZNA) 52 78 50.0 8.1
上海華普汽車(MAPLE) 98 61 △ 37.8 6.4
現代 33 53 60.6 5.5
BMW 33 39 18.2 4.1
プジョー 29 33 13.8 3.4
MINI 26 21 △ 19.2 2.2
ボルボ 29 18 △ 37.9 1.9
日産 65 11 △ 83.1 1.1
アウディ 36 9 △ 75.0 0.9
DS 137 8 △ 94.2 0.8
江鈴汽車(JMC) 12 8 △ 33.3 0.8
東風小康汽車(DFSK) 0 7 全増 0.7
ポルシェ 14 7 △ 50.0 0.7
遠程汽車(FARIZON) 0 6 全増 0.6
テスラ 3 5 66.7 0.5
吉利汽車(GEELY) 0 3 全増 0.3
ジャガー 1 2 100.0 0.2
シトロエン 0 1 全増 0.1
ルノー 15 1 △ 93.3 0.1
その他 0 1 全増 0.1
合計 902 959 6.3 100.0

出所:チリ自動車産業協会(ANAC)

中でもBYDは、スペインに本社を置く、自動車のマルチプロバイダーであるアスタラのチリ法人と戦略的提携を結び、2023年に入って本格的にバスなどの大型車以外のBEV市場に参入したばかりだが、すでに全体シェアの10.1%を獲得し存在感を示している。中国のBEVが販売台数を伸ばしている主な要因としては、政府の補助金支給の対象モデルである点、脱炭素化を進める民間企業が事業運営上、導入している点などが挙げられる。前者は、チリ政府がタクシーの運転手に対してガソリン車からBEVへ乗り換えるための補助金を支給しており、BYDのモデルもその対象になっている。後者は、温室効果ガス(GHG)の排出量削減のため、大手鉱山企業や配送業などがオペレーションにBEV導入を進めているためで、上海汽車傘下のマクサスが販売台数を伸ばしている要因にもなっている。さらに、車種にもよるが、中国メーカーのBEVが他国メーカーのBEVと比較して2割程度安価であり、価格面で優位なのは言うまでもない。中国の新興EVメーカーの浙江零跑科技(リープモーター)もチリ市場に進出し、低価格モデル「TO3」の販売を始めたところだ。

冒頭で述べたように、貿易、経済、投資の面で中国とチリは親密な関係にあること、また、政府が進めるエレクトロモビリティ国家戦略や、民間企業における脱炭素化の取り組みに中国企業が参画している点をみても、チリが中国のEV・車載電池企業の進出を歓迎しているのは明らかだ。2021年の終わりに電動車安全要件に関する法改正を行い、国内で販売されるBEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)の充電規格に、新たに中国の国家標準規格であるGB規格を追加したことも記憶に新しい。脱炭素化に向けたエレクトロモビリティ推進と、経済の中心にもなり得る持続可能なリチウム産業の発展を目指すチリにとって、中国企業の存在感は今後さらに増していくことになるだろう。


注1:
2035年までに国内で販売される軽および中型自動車、都市公共交通機関に導入されるバスやタクシーを100%ゼロエミッション車(ZEV)にすることを目標にしている。
注2:
ハイブリッド車(HEV)、バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、マイルドハイブリッド(MHEV)のことを指す。
執筆者紹介
ジェトロ・サンティアゴ事務所
岡戸 美澪(おかど みれい)
2017年、ジェトロ入構。現在に至る。