アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応専門職や管理職級人材が不足、人事制度改善などで対応(インドネシア)

2024年3月21日

インドネシアは、経済成長が着実に続いており、2050年時点で日本を抜いて世界第4位の経済大国入りを果たすとの予測もある(注)。2023年の人口が約2億7,870万人で、人口ボーナスが今後も続くと予想される同国では、ワーカーなどの雇いやすさが魅力とする企業も多い。一方で、在インドネシア日系企業からは、人件費の高騰や優秀な人材確保に苦戦しているとの声も寄せられる。

本稿では、ジェトロが行った「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)の結果を基に、他国と比較した賃金水準や日系企業が直面する人材不足の状況や企業の対応状況について報告する。

人件費の安さやワーカー等の雇いやすさは魅力も、人件費の高騰を懸念

日系企業調査によると、2023年の営業利益が黒字と回答した在インドネシア日系企業は71.4%で、ASEAN諸国の中で最も高かった。2024年の営業利益見通しに関しても、2023年比で「改善する」との回答が43.2%で、「悪化」(10%)を大きく上回った。

今後1~2年の事業展開の方向性については、49.5%の企業が事業を「拡大する」と回答した。拡大するとの回答割合は前年度調査から1.7ポイント上回り、2021年度の調査以降3年度連続で増加となった。業種別では、製造業では食料品(81.3%)や化学・医薬(60%)、非製造業では金融・保険業(72.7%)、情報通信業(69.2%)の事業拡大意欲が高かった。

インドネシアでは人口や所得の増加に伴う消費拡大への期待が強い。事業拡大を見込む企業が挙げた理由をみると、「現地市場ニーズの拡大」が75.1%と最多、次点の「輸出の増加」(21.2%)を大きく引き離した。「現地市場ニーズの拡大」はASEAN平均(58.5%)を16.6ポイントも上回っている。また、インドネシアの投資環境のメリット(図1参照)を尋ねた設問では、「市場規模/成長性」と回答した企業が8割超に上り、「人件費の安さ」(39.5%)や「ワーカー等の雇いやすさ」(32.5%)に対して、2倍以上の開きが出た。人口や所得の増加に伴うインドネシアでの消費拡大に対する強い期待感が表れた結果といえよう。

図1:インドネシアの投資環境上のメリット上位5項目(複数回答)
市場規模/成長性は、82.5%の企業がメリットとして回答した。また、57.4%の企業がメリットとして特に当てはまると回答した。 人件費の安さは、39.5%の企業がメリットとして回答した。また、20.3%の企業がメリットとして特に当てはまると回答した。 ワーカー等の雇いやすさ は、32.5%の企業がメリットとして回答した。また、12%の企業がメリットとして特に当てはまると回答した。 取引先(納入先)企業の集積は、31.4%の企業がメリットとして回答した。また、18.6%の企業がメリットとして特に当てはまると回答した。 安定した政治・社会情勢は、20.9%の企業がメリットとして回答した。また、9.3%の企業がメリットとして特に当てはまると回答した。

注1:有効回答数474。
注2:青色は、ビジネス環境上のメリットと回答した企業の割合。オレンジ色はメリットとして特に当てはまると回答した企業の割合。
注3:政策運営とは、産業政策、エネルギー政策、外資規制などを指す。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

図2:インドネシアの投資環境上のリスク上位5項目(複数回答)

注1:有効回答数479。
注2:青色は、ビジネス環境上のリスクと回答した企業の割合。オレンジ色はリスクとして特に当てはまると回答した企業の割合。
注3:政策運営とは、産業政策、エネルギー政策、外資規制などを指す。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

2024年の昇給率見込みは5.5%、製造業でより上昇が顕著

在インドネシア日系企業の7割がリスクと認識した人件費の高騰について、ASEANの他国と比較してみる。在インドネシア日系企業の2023年の平均昇給率(前年比)は5.7%で、ベトナム(5.6%)、フィリピン(5.4%)をやや上回った。2024年についても5.5%と2023年並みの水準が続く見込みだ。2024年の昇給率見通しを業種別でみると、製造業が5.9%、非製造業は5.1%となり、製造業での伸びがより顕著だった。

一方、平均賃金(月額基本給、ドル換算)をみると、製造業の作業員は377ドルで、タイ(410ドル)よりも安く、ベトナム(273ドル)を上回る水準だった(図3)。非製造業のスタッフについては、インドネシアは543ドルで、ベトナム(733ドル)やカンボジア(582ドル)より低い水準となった(図4)。

図3:製造業・作業員の月額基本給
シンガポールは1936ドル。 マレーシアは451ドル。 タイは410ドル。 インドネシアは377ドル。 ベトナムは273ドル。 フィリピンは271ドル。 カンボジアは257ドル。 ラオスは129ドル。 ミャンマーは112ドル。

注1:( )内の数字は有効回答数を表す。
注2:正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

図4:非製造業・スタッフの月額基本給
シンガポールは3114ドル。 マレーシアは969ドル。 タイは807ドル。 ベトナムは733ドル。 カンボジアは582ドル。 インドネシアは543ドル。 フィリピンは523ドル。 ラオスは399ドル。 ミャンマーは392ドル。

注1:( )内の数字は有効回答数を表す。
注2:正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

次に、インドネシア国内の地域別賃金水準についてみていく(表1、2参照)。インドネシアでは、日系製造業の進出先がジャカルタから東方へ延びるチカンペック高速道路沿線地域(西ジャワ州ブカシ県、カラワン県など)に集中している。日系企業の月額基本給をみると、ジャカルタ特別州にはおよばないが、製造業では東ジャワ州、中部ジャワ州と比較し高い水準にある(表1参照)。政府が定める最低賃金をみると、ブカシ県、カワラン県の2024年の県・市別最低賃金(UMK)は月額約520万ルピア(341ドル、調査時点のレートの1ドル=1万5,245ルピアで換算、2023年12月20日付ビジネス短信参照)で、ジャカルタ特別州(約332ドル)を含む同国内の他の地域よりも高い水準にある。労働力が豊富なブカシ県、カラワン県では、最低賃金でもワーカーは十分に集まる状況といえよう。

表1:製造業・作業員の月額基本給(州別)
地域 回答数 月額基本給(平均額、ドル)
ジャカルタ特別州 31 417
バンテン州 14 401
西ジャワ州 115 380
東ジャワ州 15 317
中部ジャワ州 6 255

注:有効回答数5社以上の地域のみ記載。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

表2:非製造業・スタッフの月額基本給(州別)
地域 回答数 月額基本給(平均額、ドル)
ジャカルタ特別州 151 563
西ジャワ州 23 451

注:有効回答数5社以上の地域のみ記載。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

人材不足感は職種によって大きな差が生じる結果に

次に、在インドネシア日系企業からみた人材確保の状況についてみていく。インドネシアで「人材不足の課題に直面している」と回答した企業は38.5%にとどまった。調査対象のASEAN9カ国の中で最も低く、ASEAN平均(45.9%)を大きく下回った。一方、職種別でみていくと、人材不足の深刻度にばらつきがみられる。人材不足の深刻度について、「とても深刻」「やや深刻」とした企業の合計割合(以下、「深刻度合」)は、工場作業員が21.0%で、ASEAN諸国の中で最も低い結果となった(表3)。

一方で、特定の技能や経験などを必要とする職種についてみると、一般管理職の人材不足の深刻度は82.2%、専門職種(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)は76.1%と極めて高く、上級管理職(65.1%)、プログラマーなどのIT人材(64.8%)では6割を超えている。これら職種については、必ずしもインドネシアだけがASEAN域内で突出して高いわけではないが、特に一般管理職の人材不足に関する深刻度は、主要ASEAN6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)の中で最も高く、人材不足が浮き彫りになった。

表3:インドネシアの人材不足に対する見方(職種別、地域別) (—は値なし)
地域名 工場作業員 一般事務職 プログラマーなどのIT人材 専門職種(法務、経理、エンジニアなど) 一般管理職(マネージャーなど) 上級管理職(ディレクターなど)
総数 深刻度合 総数 深刻度合 総数 深刻度合 総数 深刻度合 総数 深刻度合 総数 深刻度合
ジャカルタ特別州 39 20.5% 107 35.5% 67 67.2% 93 76.3% 109 79.8% 90 61.1%
西ジャワ州 41 22.0% 47 38.3% 37 54.1% 46 71.7% 46 82.6% 40 65.0%
バンテン州 7 42.9% 7 42.9% 5 80.0% 8 87.5% 7 85.7% 7 71.4%
東ジャワ州 5 0.0% 5 20.0% 5 80.0% 5 100.0%
インドネシア全土 100 21.0% 174 35.1% 122 64.8% 159 76.1% 174 82.2% 146 65.1%

注1:「深刻度合」とは、人手不足の深刻度を尋ねた設問で「とても深刻」と「やや深刻」と回答した企業の合計割合。
注2:「該当なし」は集計対象企業 から除外。
注3:有効回答数5社以上の項目のみ記載。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

政府は2024年国家予算編成で、中期的に改革が必要な柱の1つとして教育・医療制度の質向上や人材育成を挙げる(2023年8月30日付ビジネス短信参照)など、人材育成の重要性については強く認識している。また、2023年12月に発表した「デジタル経済にかかる国家開発戦略白書2030」では、デジタル技術の導入を進めることなどを掲げており、そのための専門家の育成や、生涯学習によるデジタル技能を持つ人材の育成を強化するとした。こうした政策が産業界の人材不足解消につながっていくのか、動向が注目される。

人材の確保に向け、企業も具体的な取り組みを進めている。在インドネシア日系企業に人材の採用や定着に関する具体策や成功事例を尋ねたところ、給与や勤務体系の改定、福利厚生の充実など、従業員の定着に向けてさまざまな取り組みを実施する企業の声が寄せられた(表4)。

給与については、会社業績に連動したかたちでの賞与支給や、勤務実績に応じたインセンティブを導入するなどの事例が挙げられた。また、フレキシブルな勤務体系や在宅勤務を導入することで人材定着を図る事例もあった。福利厚生については、従業員に対する無利子の貸付金制度の導入 、車両購入補助などなどに加え、「法定内容を上回る手厚い産休・子育て支援制度の導入により、子育て世代の優秀な人材の継続雇用につながった」とする回答があった。

一方、従業員の採用に際しての工夫としては、現地の高校・大学などとパートナーシップを組み、継続的に優秀な人材を受け入れる体制を整えている事例などが挙げられた。また、日本人駐在員とインドネシア人従業員の垣根を越えたスポーツ大会や社員旅行の実施、定期的な意見交換などの社内コミュニケーション強化に関する取り組みに加えて、従業員の家族を招いた社内イベントやファミリーツアー開催も効果的との声も寄せられた。

表4:インドネシアにおける人材の採用・定着に関する具体策
項目 具体策
給与
  • 会社業績に比例した賞与支給
  • 売上額に対するインセンティブ制度を導入
勤務体系
  • 在宅勤務の導入
  • フレキシブルな時間勤務体系の導入 
福利厚生の充実
  • 無利子の従業員貸付金制度の導入、車両購入補助支給
  • 従業員満足度向上に向けたアンケートを行い、結果に基づいた取り組みを実施
  • 法定内容より手厚い産休・子育て支援制度の導入
採用上の工夫
  • 地域の高校から実習生の受け入れ、卒業後に契約社員として雇用
  • 大学生のインターンシップ受け入れ
  • 日本本社での研修生受け入れ(外部派遣機関による)を実施し、3年程度の研修期間終了後に優秀な人材を現地法人で採用
コミュニケーションの強化
  • ファミリーツアー、スポーツ大会、カラオケ大会の実施
  • 日本人とスタッフの壁ができないよう、日本人も参加するイベントを実施

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

前述のとおり、インドネシアでは、現地市場の拡大への期待から、現地事業の拡大を見込む企業が多いものの、在インドネシア日系企業の7割が人件費の高騰をリスクとして認識しており、賃金上昇率は前年度に引き続き約5%だった。

また、職種別に人材不足の深刻度合をみると、工場作業員では約2割と、ASEAN諸国の中で最も低い結果となった。しかし、特定の技能や経験などを必要とする職種や管理職についてみると、他のASEAN諸国と同等、もしくはそれ以上に深刻度合が高かった。

人材不足に対しては、給与や勤務体系の改善、福利厚生の充実など日系企業もさまざまな取り組みを実施しているが、継続して優秀な人材を採用し定着させるには、今後もより一層の取り組みが求められるだろう。


注:
The Path to 2075 — Slower Global Growth, But Convergence Remains IntactPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.69MB)出所:ゴールドマン・サックス(2022年12月8日)
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ)
2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ・北九州、企画部企画課を経て現職。