アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応離職率引き下げへ、日系企業が取り組み拡大(インド)

2024年3月21日

インドでは、日系企業の多くが今後1~2年間にかけて、積極的に事業拡大を図ろうとしている。一方、それを支える人材確保に苦慮している。十分な実務経験や専門性を持った人材が不足してきているためだ。

そうした実態を踏まえ、改めて離職率の引き下げに取り組む企業も増えてきている。

事業拡大を支える人材確保に苦慮

日系企業のインドに対する視線が熱い。ジェトロの2023年度の海外進出日系企業実態調査(以下、日系企業調査)では、「今後1~2年の間に事業拡大を考える」とした企業が、在インド日系企業全体の75.6%に上った。前年度(72.5%)を3.1ポイント上回ったかたちだ。また、世界各国で実施する同種調査と比べてみても、国別で引き続きトップになる。国際協力銀行(JBIC)が2023年12月に発表した「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」でも、インドは中期的な有望事業展開先国・地域として2年連続首位になった。

背景には、世界主要国の経済成長率鈍化がある。これに対し、インドでは今後も安定的に年6%以上の成長が見込まれている。日系企業調査で、旺盛な内需を狙い拡大する機能として筆頭に挙がったのは、「販売機能」(72.9%)だった。このほか、「生産機能(高付加価値品)」(32.1%)や「カスタマーサービス機能」(24.4%)なども、少なくない。

他方、日系企業の多くが、事業拡大を推進するための人材確保に苦慮している。「人材不足の課題に直面している」と回答した在インド日系企業は、全体の50.4%と約半数。調査時点(2023年8~9月)の雇用状況は、前年同期比で「悪化」(21.2%)とした回答数が「改善」(14.6%)を上回った。人材不足の深刻度合い(注)を職種別にみると、「一般管理職(マネージャーなど)」(71.1%)を筆頭に、「専門職種(法務、経理、エンジニアなど)」(67.3%)、「プログラマーなどのIT人材」(60.6%)などが上位に挙がっている(図1参照)。一定の実務経験や専門性を持った人材が、特に不足していることがうかがえる。

図1:在インド日系企業から見た職種別・人材不足の深刻度合い
「一般管理職(マネージャーなど)」(71.1%)を筆頭に、「専門職種(法務、経理、エンジニアなど)」(67.3%)、「プログラマーなどのIT人材」(60.6%)などが上位に挙がっており、一定の実務経験や専門性を持った人材が特に逼迫していることがうかがえる。なお、深刻度合いについては、深刻ではない」「あまり深刻ではない」「やや深刻」「とても深刻」の回答数合計のうち、「やや深刻」「とても深刻」の回答数が占める割合を合算し算出した。

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

転職事由は、賃金水準だけでない

インド都市部では元々、転職を重ねる働き方が一般的に浸透していた。そうすることでキャリアアップが望めるからだ。近年は好調な経済を背景に、積極的に事業展開を図ろうとする企業の採用がさらに活性化している。転職市場は、従来以上に活況を呈しているのだ。

その影響は日系企業にも及んでいる、社内人材の引き留めのため、従業員からの賃金引き上げ要求に応じざるを得ない状況だ。2023年度の日系企業調査で、基本給のベースアップ率は9.7%だった。これは、2023年の消費者物価上昇率5.5%(IMF推計値)を大幅に上回る水準になる。既に在インド日系企業にとってのビジネス環境上のリスク(複数回答)として、「人件費の高騰」(56.5%)や「従業員の離職率の高さ」(52.2%)が上位に位置付けられている。

では、日系企業で働くインド人材が他社に転職する理由は何だろうか。RGFセレクトインディア(リクルートのインド法人)が、日系企業に勤めるインド人職員を対象に実施した調査によると、インド人材が転職を考える理由は「給与や福利厚生」(59%、複数回答)が最上位だった。前述の通り、日系企業の昇給率は既に高水準にある。しかし、インドの労働市場では、それを上回る勢いで賃金水準が急上昇しているのが実態だ。転職先の企業から、現職の2~3割増の給与を提示されることも多い。また、それがきっかけとなって転職を決断するインド人材は少なくない。

なお、この調査では、インド人材が転職を考える他の理由には「キャリア形成の機会が不十分」(40%)、「ワークライフバランスの欠如」(23%)、「経営スタイルや企業文化」(18%)、「研修や成長機会が不十分」(15%)なども挙げられた。一方、現職を続ける最大の要因は、「ワークライフバランス」(46%)だった。こうしてみると、インド人材が日系企業にとどまるインセンティブには、賃金水準以外の要素も大きく影響することがうかがえる。

日系企業も離職率引き下げに動く

日系企業も離職率の引き下げに向け、取り組みに着手している。その動きは、ジェトロがインド日本商工会(JCCII)と共同で実施した「2023年度賃金実態調査」からも見えてくる。「離職率引き下げに向けた新たな取り組みに着手する予定がある」と答えた日系企業は、51.5%。過半数を占めた。具体的な方策(複数回答)として、成果主義の導入・強化やインセンティブ制度の構築などの「人事評価制度の見直し」(44.6%)、在宅勤務制度やフレックスタイム制の導入などの「福利厚生の充実化」(43.5%)が上位に挙がった(図2参照)。

図2:在インド日系企業による離職率を引き下げるための取組
成果主義の導入・強化やインセンティブ制度の構築などの「人事評価制度の見直し」(44.6%)、在宅勤務制度やフレックスタイム制の導入などの「福利厚生の充実化」(43.5%)が上位にあがった。

出所:ジェトロ・インド日本商工会(JCCII)「2023年度賃金実態調査」

ほかにも、カジュアルフライデーの導入や社員旅行、家族を招いての社員表彰式など、インド文化に合わせた取り組みを実施する企業もある。インド人材が一般的に重視する賃金などの待遇面だけでなく、社員やその家族に企業への愛着を持ってもらう工夫を施そうというわけだ。こうした多面的な取り組みで、事業拡大を支えるインド人材の定着につなげようとする日系企業が増えてきている。


注:
当該設問の選択肢は、(1)深刻ではない、(2)あまり深刻ではない、(3)やや深刻、(4)とても深刻、で構成された。「人材不足の深刻度合い」とは、これら回答数合計のうち(3)と(4)の回答数が占める構成比。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。