特集:女性の経済エンパワーメント国際都市ロンドンで活躍するアフリカ系女性起業家たち(英国)

2018年9月14日

さまざまな人種や国籍の人々が集うロンドン。世界有数のスタートアップの集積地でもある。そんな多様性に満ちたロンドンで存在感を発揮しているのが、アフリカ系女性の起業家だ。彼女たちの活躍を紹介する。

都市環境とアフリカのルーツが起業を促す

ロンドンは、世界で最も多様な民族が集まる都市の1つだ。2011年の国勢調査によると、ロンドン市民の40.2%がアジア、アフリカ、中南米など白人以外の人種であり、英国出身の白人の比率は44.9%にとどまる。

この多様性が、活発な起業活動にも寄与している。世界の起業活動の実態に関する国際調査「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)」の2017年英国調査によれば、英国の総合起業活動指数(TEA)(全労働人口に占める設立前から設立後3年半以内の起業家の割合)は8.7%だが、人種別では白人の7.9%に対して、白人以外は14.5%と、後者が大きく上回っている。出生地でも、英国生まれの人が8.2%なのに対し、英国以外で生まれた移民が12.9%と、移民による起業が活発なことが分かる。

そしてロンドンは、女性起業家にとっても魅力的な都市だ。米パソコン大手のデルが発表した「女性起業家の成長を促す都市ランキング(WECインデックス)」によれば、ロンドンは市場規模、資金アクセス、テクノロジー、人材などの面が評価され、ニューヨーク、サンフランシスコに次ぎ、欧州トップの第3位にランクされている(ロンドンのスタートアップ環境については「起業家に魅力的なビジネス環境を提供するロンドン(英国)」を参照のこと)。

英国のTEAを男女別にみると、男性の11.9%に対して女性は5.6%と、男性優位であることは確かだ。しかし女性の起業においても、人種や出自の多様性が好影響を与えていることを裏付ける調査結果もある。地域別にみると、女性のTEA比率は「欧州・中央アジア」が6%と最も低い一方で、「サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南)」は26%と世界で最も高い(GEM2015‐2016年女性起業家レポート)。ロンドンには南アジアをはじめ、アフリカ以外の地域からの移民やその家族も多数居住しているが、アフリカ系女性起業家の活躍が目立つのは、女性の起業が盛んな大陸にルーツを持つことも影響しているだろう。

表:アフリカ系女性起業家が設立したロンドンの主なスタートアップ
企業名 分野 概要 創業者
AB2020外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ビジネス情報サービス 2015年設立。投資家とアフリカ企業をつなげる各種イベントの運営や情報サービスを提供。特にガーナでのテック系スタートアップに注力。創業者はガーナ系。 Akosua Annobil 
Africa Fashion Week London (AFWL)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ファッションイベント運営 2011年設立。欧州最大のアフリカ系ファッションイベントを運営。参加するデザイナーと企業は800社、来訪者は7万人以上。2014年にはナイジェリアでAfrica Fashion Week Nigeria(AFWN)も設立した。創業者はナイジェリア系英国人。 Ronke Ademiluyi 
Africa Technology Business Network (ATBN)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ビジネス情報サービス 2015年設立。アフリカのテック系スタートアップ企業に各種支援メニューを提供 。政府・NGO・企業等との提携による各種調査や実証実験、オンラインプラットフォームの運営に加え、アフリカの若手女性によるテックビジネスの起業を支援するプログラム「#HerFutureAfrica」を運営。創業者はウガンダ出身。 Eunice Baguma-Ball 
Afrocenchix外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ヘアケア用品製造販売 2010年設立。オーガニックでヴィーガン(動物由来成分を排除したもの)なヘアケア用品を企画・製造・販売。米スーパーマーケット大手ホール・フーズ・マーケットの英国店舗がアフロヘア用ヘアケア用品として店頭販売した最初のブランド。 Joycelyn Mate
Rachael Corson
AMWA Designs外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます インテリア 2014年設立。ガーナの古い格言と諺の影響でクッションや寝具など手作りのテキスタイル製品や壁紙などインテリア製品のデザイン・販売を行う。創業者は国際的に著名なチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ・アンド・デザインで修士号を取得したガーナ系英国人。 Chrissa Amuah
Beyond The classroom外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 教育 2010年設立。主に女子高校生を対象に、学校から社会に旅立つ際の心理面での支援を行う。小グループで短い上演を製作しながら将来の自分の可能性を探る「Girlhood to Womanhood」などのプログラムを英国各地の学校で実施。創業者は心理学を専攻したガーナ系の女性 。 Amma Mensah
Easy Maths Skills外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 教育 子供が算数・数学 に対して自信をつけ、楽しむことができるオンラインサービスを提供。さらに6歳から13歳までを対象とした「無限 への競争」と名付けた算数ボードゲームを製作した。創業者はナイジェリア系の元投資銀行勤務のコンピュータープログラマー。 Grace Olugbodi
GoalMind外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ヘルスケア 2010年設立。企業従業員や中小企業経営者に対するパフォーマンス向上の支援を行う。同社の事業のひとつ「Tuneintoyourbaby外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、妊娠・出産・子育てを経験する女性に対して、精神面でのケアや教育を行う。創業者は助産師・看護師としての経験を持ち、本人もつらい妊娠を経験したことが、同事業を立ち上げるきっかけとなった。 Ruth Oshikanlu
Kush Communications外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます メディア 映画、テレビなどの番組を制作。社名の由来であるスーダンの古代クシュ王国は、創業者の出身地。2017年にBBCワールド向けに制作したアフリカの歴史に関するドキュメンタリー番組は、アフリカ人の視点で描かれている。  Zeinab Badawi
Medic Footprints外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 医療関係者向け情報サービス・コンサルティング 2014年設立。医師以外の職へのキャリア変更を考える医師に対して、他の職業の紹介、履歴書作成やキャリア形成に関するコンサルティングなどを行う。 Abeyna Jones
Medixus外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ヘルスケア 様々な分野の医療従事者をオンラインで繋ぐシステムを運営。専門が異なる医師や医療関係者の交流による、より良い医療サービスの提供を目指す。創業者のひとりでアフリカ系のニコール・カヨデ氏は生物医学と有機化学の修士号を持つ。 Nicole Kayode ほか
NoScrunchie外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ファッション情報提供サービス 2012年設立。アフロ・ヘア・サロンをユーザーが評価するウェブサイトを運営。毎年11月には優良サロンを選出し、賞を授与している。創業者はウガンダ出身。 Leilla Sekalala
Shukri Hashi外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ファッション 2014年設立。西洋とソマリアの両方のデザインを混合したユニークなウェディングドレスをデザインし、オンラインで販売。創業者はロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業したソマリア系英国人。 Shukri Hashi
Stemettes外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 教育 2013年設立。科学、技術、工学、数学(STEM)科目を履修する女性を増やすことを目指す。5歳からの女性を対象に、理科系科目に対する関心を高めるような学校行事や活動など、多様なプログラムを用意している。 Anne Marie Imafidon ほか
Uhusiano Capital外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 金融アドバイザリー 2016年設立。対アフリカ・インパクト投資に注力する金融アドバイザリー会社。スタートアップ企業、特別目的事業体、環境エネルギー関連プロジェクトなどの資金調達や開発援助プロジェクトへの助言などを行う。創立者はコンゴ系ベルギー人。 Christelle Kupa 
出所:
各社ウェブサイト、ヒアリング等を基にジェトロ作成

ルーツを商機にした事業展開

具体例をみてみよう。まずは、アフリカという自身のルーツを前面に押し出し、事業を展開するアフリカ系起業家の事例を紹介する。

アフリカ・ファッション・ウイーク・ロンドン (AFWL)の創業者兼CEO(最高経営責任者)で、ナイジェリア系英国人のロンケ・アデミゥイ氏は、アフリカ系デザインのファッションショーを開催する会社を2011年にロンドンで設立した。アデミゥイ氏は起業の理由について、「将来有望なアフリカ人のデザイナーに、ファッション業界に入るチャンスを与えるような場がなかったから」(ナイジェリア紙「ガーディアン」2016年7月16日)と述べている。AFWLは現在、アフリカ系ファッションイベントとしては欧州最大の規模を誇る。2014年にはナイジェリアでもアフリカ・ファッション・ウィーク・ナイジェリア(AFWN)を開催し、今後は他のアフリカ諸国にも拡大する予定だ。

2014年にロンドンで自身の名を冠したファッションブランド、シュクリ・ハシを立ち上げたソマリア系英国人デザイナー、シュクリ・ハシ氏は、ソマリアの文化を取り入れた斬新なウエディングドレスをデザインし、オンラインで販売している。ハシ氏はジェトロの取材に対して、「来年にはロンドンで実店舗を構えたい」と希望を語っている。外国人やロンドン以外の英国に住む人々にとって、ロンドンは魅力的な観光地だ。実店舗を持てば、同社店舗でウエディングドレスを求める顧客に、ロンドン観光と併せて、魅力的なウエディングドレスを作るという新たな楽しみ方も提供ができる。加えて、国際都市ロンドンから他の市場に向けて発信するアンテナショップとしての役割もある。

デジタル技術先進都市からアフリカのイノベーションを

ロンドンの強みを生かし、アフリカの未来のために尽力する社会起業家もいる。アフリカ・テクノロジー・ビジネスネットワーク(ATBN)の 創業者で、ロンドン在住のウガンダ人、ウニス・バグマ・バル氏もその1人だ。

同社は英国の政府機関、非営利組織、民間企業などと提携して、アフリカのデジタルイノベーションを支援するためのさまざまな事業を行っている。各種の現地調査や、インターネットに接続できない地域でのデジタルコンテンツへのアクセスに関する実証実験、アフリカの社会起業家を支援するオンラインプラットフォームの運営などだ。

こうした取り組みには、ロンドンが持つ情報や技術面での蓄積が大いに役立っている。ロンドンはWECインデックスの「テクノロジー」の指標で世界第2位と評価されており(第1位は米国オースティン)、関連産業の蓄積は女性起業家にとっても重要な経営資源だ。バグマ・バル氏はジェトロの取材で、「アフリカでも育ちつつあるデジタル分野やテクノロジー分野の起業環境に、これらロンドンのノウハウや支援の仕組みを持ち込みたい。加えて、英国の投資家の目を現地のスタートアップに向けさせることで、アフリカのイノベーションを後押ししたい」と話している。

バグマ・バル氏は、アフリカの若手女性起業家によるイノベーションに大きな期待を寄せている。そのために同社が始めたプログラムが「#ハーフューチャーアフリカ(#HerFutureAfrica)」だ。講習会や市場調査、専門家による指導などを経て練り上げた事業計画を基にピッチ(短いプレゼンテーション)を行い、優秀者には提携先インキュベーションを利用できるようにするとともに、一定額の開業資金を提供する一連のプログラムだ。ロンドンを拠点に、さまざまな仕掛けとチャンネルで、アフリカの女性が巻き起こすイノベーションを支援しており、その情熱は尽きない。


2017年にガーナで開催された「#ハーフューチャー
アフリカ」革新事業講習会(写真提供:ATBN)

ATBN創業者のウニス・バグマ・バル氏
(写真提供:ATBN)

英国の社会課題にも果敢に挑戦

アフリカとつながりのない事業で活躍するアフリカ系起業家も少なくない。その1人が、アン・マリ・イマフィドン氏だ。英国の教育問題に意欲的に取り組む。

英国では理数系科目(科学、技術、工学、数学の頭文字をとり、一般に「STEM」と呼ぶ)を履修する若者が減少しており、同分野での労働力不足が顕著になっている。女性の就業率は特に低く、英国においてSTEM分野での女性登用を啓発する「ワイズ」の統計によると、2017年の同分野の就業人口に占める女性の割合は23%にとどまっている。

STEM分野の就業人口に占める女性の割合を30%以上に引き上げることをビジョンに掲げ、イマフィドン氏らが2013年に設立したのが「ステメット(Stemettes)」だ。5歳以上の女児・女生徒を対象に、ワークショップやハッカソン(プログラマーなどが参加してアイデアを競うイベント)、学校視察などのさまざまなイベントを開催しているほか、STEM分野での起業に関心を持つ女性を対象に、専門家による指導、起業に関する情報を得られるオンラインプラットフォームの提供などを含むインキュベーション事業も行っている。

イマフィドン氏自身、英国史上最年少(11歳)でコンピューティングの高校卒業資格を取得し、20歳でオックスフォード大学の数学とコンピューターサイエンスの修士号を取得、さらに英国の複数の大学から名誉博士号を授与された理数系の天才でもある。

自分が活躍するきっかけと場所を与えてくれたSTEMの楽しさや起業の醍醐味(だいごみ)を多くの若い女性に伝えたいというイマフィドン氏の思いは、金融大手バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ、金融大手ドイツ銀行、米顧客情報管理(CRM)大手セールスフォース・ドットコムなど世界的著名企業などの賛同も得て、事業を拡大している。

さまざまな支援を利用し、さらなる飛躍へ

活躍するアフリカ系女性起業家が多く存在するが、成功を収めるのはもちろん簡単ではない。そこで重要な役割を果たすのが、さまざまな支援機関やネットワークだ。ロンドンには、起業を目指すアフリカ系女性が活用できる、さまざまなネットワークが存在する。

50年以上の歴史を持つロンドンのアフリカ支援団体「アフリカ・センター」は2017年、アフリカ・カリブ諸国系起業家を主対象に、手頃な会費で利用できる「ザ・ハブ」というコワーキングスペースを開設。各種ワークショップなども提供している。さまざまな講習会などを開催してアフリカ系女性のキャリア形成を支援する「全国黒人女性ネットワーク(NBWN)」をはじめ、さまざまなアフリカ系ビジネス支援団体、女性起業家支援団体などが存在している。

英アストン・ビジネススクールのマーク・ハート教授は、2017年のGEM英国報告書に対するコメントで「移民やマイノリティーの人々が企業を成長させ、雇用を創出することで英国経済に大いに貢献している。彼らは、単にお金を稼ぐためではなく、社会課題の解決に貢献することを目指して起業している」と述べている。

ロンドンを舞台に、アフリカ系女性起業家の活躍は今後さらに広がっていくだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
キャサリン・ロブルー
2015年よりジェトロ・ロンドン事務所に勤務。同事務所のアフリカデスク立ち上げに関与。主に英国・アフリカ調査に従事。