特集:女性の経済エンパワーメント自由なビジネス環境と女性の強みを活用(香港)
課題を克服しつつ前進する起業家たち

2018年6月8日

香港では政府(特別行政区政府)のトップに林鄭月娥(キャリー・ラム)氏が就任するなど、女性の活躍が目立つ。一方、「Hays Asia Salary Guide」が2016年に実施した調査によれば、管理職に占める女性の比率は29.0%とアジア全体の平均(31.0%)を下回っている(サウスチャイナ・モーニングポスト、2018年2月14日)。また、香港政府統計処によれば、2016年の女性の収入の中央値は1万2,000香港ドル(約16万8,000円、1香港ドル=約14円)と、男性(1万8,000香港ドル)に比べ低い水準となっており、女性の収入の低い傾向が続いている。

しかし、香港のスタートアップの世界では男女の区別なく、能力があれば起業できる環境にある。アイデア・実行力次第で女性の能力・活躍が認められるスタートアップの世界で活躍する二人の女性起業家(単暁晴氏、鄭凱然氏)に、香港における女性の起業環境およびそれぞれのビジネスの展開状況などについて聞いた(単氏4月20日、鄭氏26日)。

趣味からビジネスチャンスを生み出す

単氏、鄭氏に陳卓林氏を加えた3人の30代の香港人女性は、電子商取引(EC)を通じ購入した商品を互いにレビューし合うとともに、2012年には、さまざまなユーザーが購入を希望する商品をまとめて代理購入する機能を持つプラットフォームを立ち上げた。3人のうち、ネットショッピング業界でのビジネスに最初に取り組んだのは単氏だった。2011年、オンラインショッピングに関する情報や個々のサイトに関するレビューが不足していたことに着目し、「Clozetto」というプラットフォームを立ち上げた。その後、ショッピングという共通の趣味を持つ中学時代の同級生の鄭氏と陳氏の2人もビジネスに加わった。3人は、「Google EYE」や「Blueprint accelerator」といった起業家プログラムに参加し、ビジネスのノウハウを取得、2016年にはサイト名を「ShopLovers」に変更した。1万7,000人の会員を獲得するなど好調に滑り出し、2016年の売上高は10万米ドルに達した。

しかし、その後「ShopLovers」の売り上げは伸び悩んだ。3人は、さらなる売り上げの拡大のためにビジネスモデルの見直しが必要と考えていたが、最終的には同事業を中断し、それぞれ新しいビジネスを始めることにした。単氏は「Chat Campaign外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」というマーケティングツールを開発し、鄭氏と陳氏は「Food We Pick外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」という食品通販サイトを立ち上げた。

「Chat Campaign」―ネットユーザーとのインタラクティブなコミュニケーション・ツールが魅力


「Chat Campaign」の創業者である単暁晴氏(ジェトロ撮影)

単氏は香港科技大学コンピューターサイエンス学科を卒業した。一般企業で働くよりも自ら起業し、新しいことにチャレンジしたいとの思いが強かったという。専門性を生かし、「ShopLovers」運営時はサイトの管理や顧客データの分析を担当した。「ShopLovers」から独立した後、Q&A形式でのチャットボックスを通じた顧客関係管理(Customer Relationship Management、CRM)システムである「Chat Campaign」を開発、2018年2月から運用を開始した。雑誌社やNGOが同システムを利用している。単氏は「起業家として、既存の問題の解決を通じたビジネスチャンスの発掘を目指している。今回開発したシステムは、情報がターゲットとしたい客層に適切に発信されていない現状を踏まえ、ユーザーの嗜好(しこう)に適格に対応した情報を、ターゲット層に発信できるシステムである」という。

「Food We Pick」―食品を通じたコミュニケーション促進ツール


「Food We Pick」の創業者である鄭凱然氏(ジェトロ撮影)

鄭氏はジュエリー・デザイナーの出身。2015年に「ShopLovers」事業に参画した。その際には、サイトのコンテンツや同サイトのSNSの管理を担当していた。同事業中断後、2018年3月に「食への情熱」を込めた食品通販サイト「Food We Pick」を立ち上げた。同サイトのコンセプトは、自身で産地まで足を運び、発掘した食品をユーザーに提供すると同時に、各ユーザーが好きな食品をシェアすることを通じて、食品を通じたコミュニケーションを促進することだ。ユニークな「食の体験」をユーザーに楽しんでもらうべく、さまざまな国に赴き、現地で少量しか生産されていないような食品を発掘、製造元に直接発注して香港へ輸入している。最近では「新たなフードハブとなっている」というオーストラリア・タスマニアでの食品の発掘を強化しており、同地産のジャムを香港に輸入した。

同社は、香港政府が全額出資している会社が運営するスタートアップ支援施設である「サイバーポート」に入居している。また、単氏と同様に、鄭氏はサイバーポート内の入居企業などで組織する「Youth, Diversity & Women in Tech」グループの委員となっており、青年・女性がテクノロジー産業への参画を多様化・向上させる活動も展開している。

女性の強みを活用できる分野でのスタートアップを目指す

今回インタビューした両氏は、いずれも「香港のスタートアップの世界では男女を問わず、アイデアと実行力さえあれば起業できる」と話した。両氏のコメントから、男女が等しく起業できるビジネス環境の中で、女性には以下のような強みがあるといえる。

  1. 女性のニーズは女性が一番理解している
    女性は同性のニーズを理解するのが得意とされている。男女の「買い物」の位置付けの違いを例に取ると、男性にとって「買い物」は購買行為にすぎない一方、女性にとって「買い物」は友達との交流、情報発信のチャンネルの1つともなっている。女性のニーズを正確に捉え、それに対応したマーケティング戦略を立案できるのが女性の強みである。
  2. 女性は「美」に対する感覚が敏感
    単氏が運営するウェブサイトのデザインは「センスが良い」との評価を受けている。女性特有の「美」の感覚を活用し、市場に投入される商品は、そのデザインも、より多様性に富んでおり、市場のニーズにきめ細かく対応することができる。
  3. 女性は他人と共感することが得意
    ビジネス展開に当たり、女性は同性や異性とのコミュニケーションに際し、相手の主張・感情を適格に理解した上で、より尊重することができ、パートナーと話し合い、全員の合意を得て、次のステップに進もうとする傾向が強い。
  4. 女性は緻密な行動が得意
    女性は性格が細やかで、男性よりも市場動向の変化や顧客の動向に敏感である。ビジネス展開の際も、これまでの経験を踏まえながら男性に比べより緻密な行動を得意とする。

自由な環境を生かしたビジネスの開拓を

本稿で紹介した3人の起業家とも、起業の過程で自分の強みや弱みをより深く理解できるようになり、事業の中断という教訓を糧に、新たな道を切り開こうとしている。起業家精神を有する女性にとって、「24年連続世界で一番自由な経済体」である香港は、女性が自分自身の長所を発揮でき、その成果も適切に評価される都市である。香港の「自由」な環境下で、女性を意識した商品・サービスの開発に取り組む女性起業家のさらなる活躍を期待したい。

執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
カン カレン
2016年香港大学文学部日本研究学科卒業。2016年9月より現職。