今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネスインドの再生可能エネルギー分野の事業機会

2023年10月27日

インドでは、再生可能エネルギー電源の商業的競争力が高いことに加え、エネルギー自給率向上の観点からも、再生可能エネルギーの積極的な導入が推進されている。現在は地場企業を中心として、太陽光発電などの電力を供給するだけの売電事業そのものは成熟化しつつあり、新しいサービスなど付加価値のある再生可能エネルギー関連事業に領域が拡大している。インドでの脱炭素の事業機会は、環境負荷の低下を目的とした取り組みという側面よりも、利益や付加価値を追求するビジネスの一環という側面が大きく、事業の裾野も広がっている。

経済合理性とエネルギー安全保障が両立する

インドは再生可能エネルギーの設備容量拡大を急速に進めている。インドの投資誘致機関インベスト・インディアによると、国内に導入されている再生可能エネルギー容量は179ギガワット(GW)以上(2023年7月時点)に達しており、うち3分の1以上(67GW)は太陽光が占める。再生可能エネルギー容量の目標として、政府は2030年までに合計500GW分の導入実現を掲げており、2023年度(2023年4月1日~2024年3月31日)から2027年度の5年間にかけ、年間50GW分ずつ容量を増加させたい考えだ。

日照条件や風況などの観点から、インドは再生可能エネルギー供給の潜在性に恵まれており、供給される再生可能エネルギー電源の商業的競争力は非常に高い。2022年に落札された太陽光発電には、1キロワット時(kWh)当たり2.29ルピー(約4.1円、1ルピー=約1.8円)という事例もみられた。2023年度以降、50キロワット(kW)以上の規模がある太陽光発電からの1kWh当たり調達価格が9.5円に設定されている日本に比べて、太陽光発電の競争力の高さが際立っている。

このような背景から、インドでは、再生可能エネルギー導入が経済合理性に基づいて進められる状況だ。温室効果ガス(GHG)の発生が少なく、環境負荷の低い電源として敷設が進められているというよりも、自国に存在するリソースを活用することで石油や石炭といった化石燃料の輸入量を削減し、貿易赤字の削減やエネルギー自給率向上の重要なツールとして捉えられている。このような方針は、政府が2023年1月に発表した国家グリーン水素ミッションにも記載されており(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)、インドは再生可能エネルギーについてはエネルギー安全保障を向上させる競争力の高い電源として明確に位置付けている。

売電事業は成熟化、サービスが新たな競争領域

再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、太陽光発電売電を行う発電事業自体はもちろんのこと、周辺の付加価値を併せて提供する再生可能エネルギー関連事業領域が今後も拡大し続けることが予測されている。一方、売電事業に関しては、地場企業が成長し、市場が成熟化しつつある。そのような中で、太陽光パネルを敷設する土地の収用や商流の確保が重要となる売電事業に国外企業が参入することは難しくなっているのも事実だ。このため、企業間では、再生可能エネルギーをサービスに組み込み、最終商品としてどのような付加価値を社会に提供していけるかという新しい競争が始まっている。

付加価値の提供方法は、多種多様だ。複数の再生可能エネルギー電源と蓄電池を組み合わせることで再生可能エネルギーのみを24時間供給し続ける事業や、インドで増え続ける電動二輪車、電動三輪車に対して着脱可能なバッテリーを提供する事業、発電装置を遠隔集中管理することで効率良くメンテナンスを行う事業など、大企業からスタートアップまで多くの事業主体がさまざまな角度から再生可能エネルギー領域への参入を続けている。今や、同領域はインドの中で最も盛況な事業領域の1つとなっており、非常に多くの事業機会が存在していることに疑いはない。以下では、農村部の課題を解決するサービスを提供しているOMCパワーの事業を取り上げる。

基地局で稼ぎ、住民に電力を供給

OMCパワーは、2011年にインドで創業された分散型電源・グリッド運営事業会社だ。三井物産と中部電力が同社に出資し、事業参画している。同社はインド北部のウッタル・プラデシュ州とビハール州の電力供給が脆弱(ぜいじゃく)な地域に対して、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギー由来の電力を蓄電池などと組み合わせて、安定的に供給する事業を行っている。インドの1人当たりGDP(2021年度)が約17万ルピーなのに比べ、ウッタル・プラデシュ州では約7万ルピー、ビハール州では約5万ルピーと、両州はインドの中でも相対的に所得が低い地域だ。一方で、人口は多く、両州合わせると3億人近くの人が居住している。OMCパワーは、両州の中でも特に農村部に該当する地域で、住民に対して高い社会的価値の提供を目指す。

事業の内容は、電力供給力に不安のある地域で、太陽光パネルで発電した電気を配電するというものだ。具体的には、太陽光パネル、蓄電用バッテリー、天候に出力が左右される太陽光パネルをバックアップするためのディーゼル発電機、通信タワー、地域コミュニティーへの配電線といった設備を1つのプラントモジュールとして統合し、農村地域に電力供給拠点を配備している。同社の電力供給先としては、(1)携帯電話の基地局、(2)ガソリンスタンドや銀行、小規模商店といった法人顧客、(3)一般家庭と大きく3つの類型がある。また、近年は新規事業として、政府機関向け大型屋根置き太陽光発電事業、マイクロファイナンスを活用した中小零細企業向けの設計・調達・建設(EPC)にも着手しており、顧客の需要に応じた事業の多角化も進めている。安定的に電力需要が発生する携帯電話の基地局の電力需要を基盤とし、周辺の需要家に対して裾野広く電力供給を行うことで、需要家ポートフォリオを形成し、経済的に継続性がある事業モデルを確立している。


太陽光パネルのプラントモデル(OMCパワー提供)

実態に合わせたエネルギー源転換

インド農村部で一般家庭の主なエネルギー源は、まきや農業での残りかすなどの伝統的なバイオマス燃料だ。これらの燃料は調理や暖房に使われることが多く、呼吸器疾患やその他の健康問題につながる高レベルの室内空気汚染と関連していることから、電化によるエネルギー源転換の需要が高い。また、電力が利用できる農村部でも、停電や電圧の変動が頻繁に起こるなど、電力供給が不安定な場合も多い。このため、農村部での農業や教育、食品加工や製造に携わるような小規模産業など、幅広い領域の事業継続に悪影響が及んでいる。農村部に電力を安定的に供給する上で、脆弱なインフラや限られた財源といった課題に直面することが多いことから、電力不足は慢性的な課題となっている。

日本のように国土が限られた地域では、効率的な火力を中心とする大規模電源を設置し、中央から地域に送配電を行うモデルを実現することが前提として考えられることが多く、送電線、配電線、変電所などのインフラが必要となる。一方、インドは国土が広く、地域によって人口密度や所得水準にも差があるため、日本と同様の事業モデルは必ずしも合わないのが実態だ。

OMCパワーは、豊富な再生可能エネルギーの活用を前提とする分散型電源を配置し、必要な地域に必要なサイズの電源を配備して電力を供給することで、インドの実態に合うかたちでの事業を展開している。OMCパワーによると、こうした事業は周辺住民からも高い支持を得ており、農村部の生活水準の向上に大きく貢献している。


電力が供給された農村部の一般家庭の様子(OMCパワー提供)

多岐にわたる再生可能エネルギー関連事業の可能性

本稿では、OMCパワーの事業を取り上げたが、生活水準や生活様式のいずれをとっても多様な大国インドでは、さまざまな階層や地域にいろいろな事業機会が存在している。地場の大企業が発電事業に対して精力的な事業投資を継続することが予測される一方、付加価値のある新規事業の可能性は多岐にわたる。例として、水電解装置やアンモニア混焼技術、水素専焼ボイラーなどの水素関連技術といった最先端技術を用いたハイエンドユーザー向けの高付加価値サービスに対する需要から、比較的成熟したヒートポンプ技術やエネルギーマネジメントシステム技術に対する需要、OMCパワーが提供するような社会的付加価値が高いサービスに対する需要などが挙げられる。

このような裾野の広い需要に対し、日本が競争力を有する製品の活用を中心としたサービスの提供や、人的ネットワークを活用した新しい事業モデルの提案などを通じて著しい成長を取り込むことができれば、インドにとどまらず、世界に対して新しい価値を提供することができるだろう。


ウッタル・プラデシュ州立キング・ジョージ医科大学内のプラント(OMCパワー提供)
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
大瀧 拓馬(おおたき たくま)
2011年、経済産業省入省。被災した中小企業の事業再生プロジェクトや、電力およびガスの自由化の詳細制度設計など、エネルギー関連プロジェクトに従事後、カリフォルニア大学サンディエゴ校で修士号(気候変動科学)取得。東京電力への出向を経て、2021年から現職。インドを中心とした南西アジアへの日系企業の進出支援を行っている。