特集:どう描く?今後の中南米戦略AMLO氏旋風が舞うメキシコ大統領選挙

2018年6月22日

2018年7月1日に実施されるメキシコ大統領選挙に向けた選挙戦では、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称:AMLO)氏が支持率で2位以下に15ポイント以上の差をつけて独走している。対立候補が逆転する可能性も残されているが、過去2回の大統領選挙でいずれも落選した左派候補が大統領になる可能性が現実味を帯びてきた。仮にAMLO氏が大統領に当選した場合の影響について、特に経済政策の分野において分析した。

選挙戦の最大の争点は治安と汚職

2018年7月1日に行われるメキシコ大統領選挙には、現政権与党で中道の制度的革命党(PRI)および連立を組むメキシコ緑の党(PVEM)と新同盟党(PANAL)が推す前大蔵公債相のホセ・アントニオ・ミード氏、中道右派の国民行動党(PAN)と中道左派の革命民主党(PRD)および市民運動(MC)が推すリカルド・アナヤ氏、国家再生運動(Morena)と労働党(PT)の左派2党と中道の社会集会党(PES)が推すAMLO氏、独立候補のマルガリータ・サバラ前大統領夫人(注)、同じく独立候補でヌエボレオン州知事(2018年1~6月まで休職中)のハイメ・ロドリゲス氏の5人が立候補している。6月3~5日に有権者1,000人に対して実施された最新の世論調査によると、各候補の支持率はAMLO氏が37.2%で首位、アナヤ氏が20.3%で2位、ミード氏が17.1%で3位となっている(図1参照)。AMLO氏の優勢が続く情勢だが、「未定」と回答した比率も22.2%あるため、まだ態度を決めかねている有権者が多い状況もうかがえる。なお、メキシコの大統領選挙は完全な直接選挙で決選投票もなく、1%以下の僅差でも得票数が最多の候補が当選する。

図1:2018年大統領選挙候補の支持率
2017年12月から2018年4月までの推移を示したグラフ。アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール候補の支持率は、2017年12月に23.0%、2018年1月に23.6%、2月に27.1%、3月に29.5%、4月に31.9%、5月に32.6%、6月に37.2%。リカルド・アナヤ候補の支持率は、2017年12月に20.0%、2018年1月に20.4%、2月に22.3%、3月に21.2%、4月に20.8%、5月に20.5%、6月に20.3%。ホセ・アントニオ・ミード候補の支持率は、2017年12月に19.4%、2018年1月に18.2%、2月に18.0%、3月に16.4%、4月に16.9%、5月に14.5%、6月に17.1%。マルガリータ・サバラ候補の支持率は、2017年12月に5.4%、2018年1月に4.8%、2月に4.7%、3月に4.8%、4月に3.8%、5月に2.7%。ハイメ・ロドリゲス候補の支持率は、2017年12月に3.8%、2018年1月に3.2%、2月に1.9%、3月は記録なし、4月に1.6%、5月に2.9%、6月に3.2%。
注:
ハイメ・ロドリゲス候補は2018年3月時点で正式立候補できるか分からなかったため、3月のみ結果がない。マルガリータ・サバラ候補は5月中旬に選挙戦から離脱したため、6月の結果はない。
出所:
Consulta Mitofsky(2018年6月)

今回の大統領選挙の最大の争点は、治安と汚職である。2012年12月から続くエンリケ・ペニャ・ニエト現政権において治安は悪化し、汚職スキャンダルは後を絶たず、現大統領の支持率は2018年2月時点で21%と低迷、政権与党PRIに対する国民の失望感は大きい。 2017年の1年間の殺人発生件数(過失致死を除く)は2万5,340件と過去最高を記録(図2参照)し、2018年1~3月も7,667件と前年同期比19.7%増、第一四半期としては過去最高を更新している。国立統計地理情報院(INEGI)が発表する国民の日々の生活における危険認知度は2017年に平均74.3%に達しており、近年の治安悪化は顕著である。2014年9月には市政府当局や市警察も関与したゲレロ州イグアラ市の教員養成学校の生徒43人の強制失踪事件が発生したが、同事件について国民が納得するかたちの解決がされなかったため、現政権の支持率低下に大きくつながった。

図2:メキシコの殺人発生件数と危険認知度
2011~2017年の推移を纏めたグラフ。殺人発生件数は、2011年に22,409件、2012年に21,459件、2013年に18,106件、2014年に15,520件、2015年に16,909件、2016年に20,547件、2017年に25,340件。危険認知度は、2011年に69.5%、2012年に66.6%、2013年に72.3%、2014年に73.3%、2015年に73.2%、2016年に72.4%、2017年に74.3%。
出所:
内務省(殺人発生件数),国立統計地理情報院(INEGI,危険認知度)

汚職については、現政権下で特にPRIが州知事の州における違法な選挙資金の支出や公共工事・調達をめぐる収賄、マネーロンダリング(資金洗浄)に関するスキャンダルが多数発生し、PRI出身の州知事が複数逮捕される事態となっている。トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が発表する腐敗認識指数(CPI)の国別順位は低下を続け、メキシコの順位は2017年に180カ国中135位まで下がった(表参照)。INEGIが2年に一度発表する腐敗認識率や汚職被害率も上昇傾向にあり、2017年時点で行政手続きにおいて汚職行為が頻繁に行われていると回答した市民の比率は91.1%に達し、実際に自らが汚職被害に遭った比率も14.6%に達している。

表:汚職関連指標の推移
指標 出所 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年
腐敗認識指数(CPI) TI 34 35 31 30 29
CPI国別順位 TI 109 106 114 129 135
腐敗認識率(%) INEGI 88.3 N.A. 88.8 N.A. 91.1
汚職被害率(%) INEGI 12.1 N.A. 12.6 N.A. 14.6
注:
CPIは100が最高(清潔)、0が最低(腐敗)、国別順位は腐敗が少ない国が上位。腐敗認識率は、汚職行為が「非常に頻繁に」あるいは「頻繁に」あると回答した比率。汚職被害率は、行政手続きで実際に汚職の被害にあった確率。
出所:
トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)および国立統計地理情報院(INEGI)のデータから作成

AMLO氏は倹約を身上とする政治家であり、メキシコ市長(2000~2005年)を務めていた時代も安価な車として認識される日産の小型セダンの「ツル」(サニーの旧モデル)を愛用していたといわれている。PRIから独立した1988年以降、一貫してPRIの不正、特に地方選挙における不正を追及しており、汚職を許さない政治家としてのイメージが強い。治安悪化の根本的な要因として貧困を挙げており、貧困対策や雇用創出を通じて麻薬ビジネスに手を染める市民を減らそうという主張を展開している。治安対策では、過去2政権の強硬策は完全に失敗したとして、犯罪組織との徹底抗戦よりも対話を重視した解決を目指すと主張しており、この治安対策については実効性に乏しいとの批判も強い。しかし、汚職を減らし、大統領を含む上級官僚の給与を削減してその分を貧困対策など社会開発に投じるという主張は、国民の4割近くに上る貧困層の支持を獲得するのに有利に働いている。

経済政策は本当に左派なのか

選挙戦において、治安対策や汚職撲滅に比べると、経済政策は今のところあまり争点にはなっていない。過去2回の選挙にいずれも左派候補として立候補し、貧困層を中心に支持率が高いAMLO氏の人物像は左派、あるいはポピュリストとしてのイメージが強く、AMLO氏の優勢を伝える世論調査結果などが出ると、メキシコの通貨ペソや株価が下落する傾向にある。7月1日の選挙で仮にAMLO氏が大統領に当選した場合、通貨ペソの一時的な下落など金融市場への短期的な影響は避けられないだろう。

しかし、AMLO氏が当選した場合の実際の経済政策への影響はどうであろうか。AMLO陣営が多くの専門家の参画を得て作成し、2017年11月末に発表した「国家計画2018-2024外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」に記述されている内容から、AMLO陣営が主張する経済政策がどのようなものなのかを分析してみた。その結果、市場メカニズム至上主義ともいえる新自由主義(ネオリベラリズム)には反対しているものの、市場メカニズムを完全には否定してはおらず、民間資本や外資も有効に活用すべきという主張が垣間見える。その主張は、ベネズエラのような典型的な左派政権とは一線を画している。

まず、マクロ経済政策については、ネオリベラリズムへのアンチテーゼとして、マクロ経済における公的支出の役割に重点を置いた計画となっているが、インフレや金利、国際収支や財政収支などのマクロ経済指標のバランスは重視し、均衡財政を維持して債務を拡大させないことを大前提においている。従って、公的支出全体を拡大するのではなく、高級官僚の数や給与の削減、透明性の強化を通じた歳出の効率的な執行、非効率な公的プログラムの見直しなどを通じて財源を確保し、社会開発やインフラ投資などより必要性の高い分野に公的支出を優先的に回すことを主張している。また、公共投資については、官民連携をこれまで以上に効率的に行うことを唱えており、民間資本の効果的な活用も視野に入れている。

エネルギー政策については、以前は大統領に当選したら民間企業に石油鉱区の開発権を与えているエネルギー改革を逆行させる旨の発言をAMLO氏はしていたが、「国家計画2018-2024」には民間企業と締結した鉱区開発契約を白紙に戻すような内容は一切書かれていない。エネルギー政策の方針として民間への石油鉱区の開放については、「探査・生産契約の国際入札の実効性を評価する」「既に締結された契約について落札プロセスおよび合法性に問題がないかを確認する」と書かれているだけであり、国際入札自体を否定しているわけではなく、入札プロセスの合法性を確認するという内容にとどまる。ただし、国営石油公社(PEMEX)に開発権が与えられている鉱区の共同開発(ファームアウト)については、「制度変更をするまで延期する」としており、ファームアウトは今後停滞する可能性がある。他方、ガソリン小売市場の自由化については、燃料市場創設のための真の条件が整うまでは柔軟に対処するとしており、ガソリン販売を市場に委ねること自体は否定していない。

北米自由貿易協定(NAFTA)など通商協定についての方針としては、対外政策に関する記述の中で、「NAFTAは米国およびカナダとの経済・通商関係の発展にとって有益な手段であることを証明した。とりわけ、貿易と外国投資に対する法的信頼性を付与した」と評価している。また、「自動車産業や電子産業など大きな利益を享受した産業があり、これらの生産性や獲得した市場は守る必要がある」としている。農業分野については、「NAFTAはメキシコの農業と農村、特に自給自足の規模にある農業に実質的な悪影響を与えた」としているものの、農業政策に関する指針としては「既存の国際協定を順守し、当該協定がもたらす機会を有効活用する」と記述しており、NAFTAなどの既存の国際協定を破棄することはなく、むしろ輸出促進のために活用していく意向がうかがえる


注:
5月16日に大統領選の候補者から離脱を表明した。
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所 次長
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部(1998~2002年)、海外調査部中南米課(2002~2006年)、ジェトロ・メキシコ事務所(2006~2012年)、海外調査部米州課(2012~2018年)を経て2018年3月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『FTAガイドブック2014』、共著『世界の医療機器市場』など。