TICAD特集:アフリカビジネス5つの注目トレンドAfCFTAは「経済改革継続」のメッセージ、エチオピアの見方

2019年7月31日

アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)は、エチオピアの域内貿易を増やすだろうか。現在の貿易構造を見る限り、短期的には、既存の東南部アフリカ市場共同体(COMESA、注)の自由貿易協定(FTA)を先に完全履行した方が即効性はありそうだ。中長期的には、AfCFTAがもたらす市場拡大効果により海外からの投資増加が促進される可能性があり、インフラ整備と産業集積の進展とともに、エチオピアからの輸出増加もあり得るだろう。またAfCFTAへの参加自体が、国内制度改革の継続への意思表示となっている。

エチオピアの域内貿易相手の多くは近隣諸国

エチオピアの2017/2018年度の国別輸出入をみると、アフリカ向け輸出は全体の20.9%を占める一方、輸入は7.0%にとどまる。そもそも当地の主要な輸出産品は、コーヒーやゴマなどの一次産品だ。最近では切り花、野菜、果物などの園芸作物が増加基調にあるが、いずれも農産品であり、これらはケニアなどの近隣国と競合し、主たる市場は欧州や中東諸国などアフリカ域外となっている。また、軽工業ハブを目指して集積が進む繊維・縫製産業でも、主な市場は特恵措置を得られる欧米だ。

エチオピアの場合、アフリカ向け輸出とは、ソマリア(全体の8.0%)、ジブチ(4.4%)、スーダン(3.6%)のほぼ3カ国向けである。これにケニア(1.5%)を加えると、輸出全体の17.6%となり、これら国境を接する4カ国だけでアフリカ諸国向け輸出の83.7%を占める。ソマリアやジブチには覚醒作用のある、かみたばこ「チャット」が中心で、そのほかに食料品などが輸出されている。工業製品では、セメントが知られている。輸送コストがかさむ商材の性質から、ソマリアやジブチだけでなく、自国にセメント生産企業を持つスーダンやケニアでも、国境に近い町ではエチオピアからの輸出がある。AfCFTAで関税削減が進めば、価格低下を通じて今以上の市場拡大も見込めよう。

エチオピアの輸入品目は、資本財から消費材まで幅広い。しかし、域内からの輸入は限定的で、エジプト(1.9%)、モロッコ(1.9%)、南アフリカ共和国(1.9%、以下、南ア)が主たる輸入元だ。エジプトとはCOMESA加盟国同士の間柄で、電気製品などを含めて工業製品の輸入もある。モロッコからの輸入は、政府調達による肥料が大半と見られる。肥料は政府が調達する限り、AfCFTAが早期に実効性を持つか否かにかかわらず、農業戦略物資として輸入に際して特恵措置を得るとみられ、AfCFTAによって増えるとは見込めない。域内経済大国の南アからは石炭などの鉱物性燃料、自動車、殺虫剤・除草剤・消毒剤などの化学工業品の輸入が主だ。現在、化学工業品は域外の中国、インド、フランスからも輸入しているが、AfCFTAが進めば、南アからの調達が一層進むこともあり得る。

望ましいのはCOMESA自由貿易協定の完全履行か

AfCFTAは、原産地規則や関税譲許表などが未確定な状況のため、COMESAなど先行する地域協定との関係性や、既存の貿易自由化の枠組みの取り扱いも現状では先行き不透明だ。エチオピアの貿易相手国を見る限り、エチオピアにとっては枠組みが定まっているCOMESAのFTAをまず完全履行する方が即効性はあるだろう。現在、エチオピアはCOMESA加盟国からの輸入に限定的な関税優遇(通常の関税率の1割軽減)しか設けておらず、原則、自国からの輸出も同様の扱いを受けている。そのため、COMESA・FTAの完全履行だけでも、それなりの効果があると見られる。すでにみたように、輸出取引相手である近隣国へは輸出増加が見込まれる。他方、エジプトからの輸入も増加するだろう。

エチオピアとエジプトは、ナイル川上流にエチオピアが建設を進める巨大ダムを巡って意見の相違があるため、エジプトからの輸入増を快く思わない国民感情もあるかもしれない。しかし、政治的には貿易を通じて経済関係を緊密にし、ダム問題を周縁化して、この問題に妥協点を見いだす戦略も考えられる。

AfCFTA参加は経済改革の補完と制度改革継続へのメッセージ

AfCFTAの詳細が決まり、本格運用されるまでにまだ時間がかかると見込まれる中で、エチオピアが享受する利益は、むしろ動的な効果だろう。エチオピアは政府が策定した産業政策に基づき、工業団地などの整備を積極的に進めることで、近年は企業誘致に成果を上げてきた。これは上述したとおり、主に欧米市場向けの繊維・縫製工場である。しかし、かねて日系企業からは「周辺国にも自由に商品が輸出できるようになれば、1億人の低賃金、電気料金も安いエチオピアへの本社の見方が変わるだろう」といった声が聞こえていた。AfCFTAの進展で、海外からの投資分野は幅広い業種に及ぶ可能性を示唆している。

AfCFTA設立協定への署名・批准は将来、アフリカ大陸規模で進む自由貿易地域がもたらす市場拡大への期待とともに、海外からアフリカ諸国への投資を増やす効果も見込まれる。その際、企業の立地戦略として、域内への市場アクセスだけでなく、欧州市場への特恵措置が得られること、立地先の人口規模、労働者や電気代などの生産要素などを加味した時に、エチオピアは選択肢として検討に値する。折りしも国内では、民営化や規制緩和などの経済改革が進む。AfCFTAへの参加は、これらの経済改革を補完し、中長期的に後戻りできない制度改革継続へのメッセージとなっており、投資家の予見可能性を高める効果もあると言えるだろう。


注:
COMESAには、エジプト、リビア、スーダン、エリトリア、ジブチ、エチオピア、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国、セーシェル、コモロ、マダガスカル、モーリシャス、マラウイ、ザンビア、ジンバブエ、エスワティニ、チュニジア、ソマリアの21カ国が加盟。
執筆者紹介
ジェトロ・アディスアベバ事務所 事務所長
関 隆夫(せき たかお)
2003年、ジェトロ入構。中東アフリカ課、ジェトロ・ナイロビ事務所、ジェトロ名古屋などを経て、2016年3月から現職として事務所立ち上げに従事。事業、調査、事務所運営全般からの学びを日本企業に還元している。

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