特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後投資環境に課題残すも、進出日系企業7割以上が事業拡大(バングラデシュ)

2023年3月31日

ジェトロが2022年12月に発表した「2022年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)によると、足元の景況感を示す2022年のDI値(注1)においてバングラデシュは25.9ポイントで、世界平均の13.8ポイントを上回り、2023年も、強気の見通しとなっている。同国の特徴としては、成長性・潜在性の高さを見越した高い事業意欲が挙げられる。他方、通関など諸手続きの煩雑さ、為替変動、原材料・部品の現地調達の難しさ、電力不足・停電など、投資環境には依然として解決に時間を要する中長期的な課題があり、進出時にはそれらを事前に踏まえ、対応策を検討しておく必要がある。

事業展開は拡大意向、市場への期待感大きく

在バングラデシュ日系企業の71.6%が、今後1~2年の事業展開の方向性について、「今後ビジネスを拡大する」と回答した(図1参照)。本項目は、前年も68.0%と高水準だった。この結果は、調査対象アジア・オセアニア20カ国・地域(以下、同地域)の中でインドに次いで2番目に高い割合であり、同地域平均(44.4%)や全世界平均(45.4%)を大きく上回り、バングラデシュの市場規模や将来性に対する期待を示しているといえよう。

図1:在バングラデシュ日系企業の今後1~2年の事業展開の方向性
(国・地域別)(%)
調査対象アジア・オセアニア20カ国・地域の中で、今後1~2年の事業展開の方向性について、在バングラデシュ日系企業の71.6%が、「今後ビジネスを拡大する」と回答した。この数字は、インドの72.5%に次いで2番目に高い割合であり、同地域平均44.4%や全世界平均45.4%を大きく上回り、バングラデシュの市場規模や将来性に対する期待を示す結果となった。ちなみに次点はベトナムで、60.0%だった。

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」から作成

また、日系企業のビジネス環境上のメリットについて聞いた別の設問結果においても、「市場の成長性」への期待が表れている(図2参照)。今後1~2年で、駐在員をコロナ禍前よりも減らし、現地人員を拡充する動きが進む傾向にある中、事業の縮小、第三国(地域)への移転や撤退を計画する企業は皆無である点も特筆すべきだろう。

図2:現在の市場規模と市場の成長性(メリット、所在国別)
調査対象アジア・オセアニア20カ国・地域の中で、現在の市場規模と市場の成長性、日系企業のビジネス環境上のメリットについて聞いた別の設問結果においても、バングラデシュは53.5%、とインド71.6%、インドネシア61.9%に次いで高く、「市場の成長性」への期待が表れている。

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

「事業の拡大」の主な理由としては、「成長性・潜在性の高さ」が圧倒的に多く、以下、新規プロジェクトによる業務の増加や中国、ベトナムの賃金高騰に伴うバングラデシュへの生産移管、などが挙げられた。

成長性・潜在性の高さ見越し、高い事業意欲

2022年営業利益見通しについては、「黒字」との回答は47.3%と前年度調査(43.2%)から4.1ポイント上昇し、同地域の全体平均(65.6%)より低い水準にはあるものの、コロナ禍からの回復が続いている(図3参照)。

図3:日系企業の黒字割合の推移
調査対象アジア・オセアニア20カ国・地域の中で、2022年営業利益見通しについては、「黒字」との回答は47.3%と同地域で、前年度調査43.2%から4.1ポイント上昇し、アジア大洋州地域の全体平均65.6%より低い水準にはあるものの、コロナ禍からの回復が続いている。

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

また、「赤字」とした企業は32.7%で、前年度調査(32.4%)から0.3ポイント増加した。現状では特に内販型の事業において、通貨タカ安に伴う原材料の調達コスト上昇などにより、収益性が厳しくなっていることが、一因として挙げられる(図4参照)。

図4:日系企業の赤字割合の推移
調査対象アジア・オセアニア20カ国・地域の中で、「赤字」とした企業は32.7%で、前年度調査32.4%から0.3ポイント増加した。

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

内販型・輸出型を合わせたバングラデシュ進出企業の2022年の営業利益見通しについては、61.8%が新規案件受注による売り上げ増加などにより「改善する」(全体43.3%)としている。「悪化」は1.8%のみで、全対象国・地域で最低水準だった。

人権デューディリジェンス(DD)の実施率はアジアの中で上位

世界で人権デューディリジェンス(DD)をすでに実施している企業の割合は3割程度だったところ、バングラデシュでは40.6%だった。今後の実施予定を含む割合は53.1%にのぼり、地域内でも高い水準だった。背景には、2013年に同国で起きたラナプラザ崩壊事件後の厳しい監査の強化がある(2021年10月8日付地域・分析レポート参照)。環境や人権尊重を軸とする法規制の整備が進む欧州を主要取引国に持つ同国では、コンプライアンスに対する基準、取引先からの要請が人権DDを後押ししていると考えられる。主として日本向けの生産を担う当地の日系企業に関しては、例えば輸出加工区(EPZ)において、同国のEPZ労働法を解釈し的確に運用するのは容易でないため、異なるEPZの進出日系企業が集うハイブリッド(オンラインおよび対面)型の勉強会や、各社の制度運用に関する情報交換会を、定期的に行う事例がみられる。

通関手続きや現地調達に課題

その一方で、進出日系企業の抱える経営上の問題も多い(表参照)。課題として最も回答率が高かったのは「通関など諸手続きが煩雑」の73.2%(前年度3位、46.7%)だった。特に輸入通関手続きにおいて多くの書類が求められ、通関の担当官が限定されているうえに、担当官によって運用が大きく変わること、また担当官の知識不足とみられるミスも散見されることから、結果的に他国以上に通関に時間を要し、滞貨のリスクが大きいという。それ故に、通関手続きの簡素化および運用ルールの統一といった改善を求める声が強い。加えて、インフラ以外に運営面の改善も不可欠なところ、2023年1月には税関手続きの認定事業者(Authorized Economic Operator:AEO)制度の本格運用が発表され、日系企業を含む9社が新たにAEO認定の暫定証明書を取得した、と報じられている。

2番目の課題は、「為替変動」(72.6%)となっている。エネルギー供給に対する補助金の削減により、ガソリン代は2022年8月以降50%値上げされ、ディーゼル燃料についても42.5%引き上げられたことで、停電時のバックアップとなる自家発電コストも大幅に上昇し、工場運営におけるエネルギーコスト上昇の影響が深刻化している。その中での米国ドルに対するバングラデシュ・タカ安は、エネルギーを輸入に依存する同国にとって、輸入物価を介してさらなる高インフレを招くリスクも指摘できる。また、為替が大きく変動することで、今後の事業計画が立てにくく、プランの修正を余儀なくされることから課題に挙げる企業が多い。

その次は、「原材料・部品の現地調達の難しさ」(67.4%)だった。在バングラデシュ日系企業にとって、海外からの輸入による調達を迫られる中での政府の外貨準備高維持を目的とした輸入規制の影響は大きい。2022年秋以降は、市中銀行のドル不足などによるL/C(信用状)決済の遅延や、開設が困難になっているケースもみられる。そのため、例えば製造業においては、市場シェアを占める地場系のグループ企業やインド系など外資企業とも連携しつつ、原材料の現調化を進め、強靭(きょうじん)なサプライチェーンを構築することが1つのカギとなり得るだろう。

4番目は「電力不足・停電」(65.2%)となった。ロシアの対ウクライナ軍事侵攻に伴う石油・ガスの供給の停滞や通貨安も重なり、エネルギーを含めた輸入規制措置により、2022年には計画停電による影響も一部の製造業においてみられた。

5番目の課題には「調達コストの上昇」(63.0%)が挙がった。原材料のエネルギー価格の上昇による物価高や通貨安が、複合的に調達コストを引き上げ、経営を圧迫している。「調達コストの上昇」は、アジア・オセアニア全地域・全業種共通の経営課題としても、「従業員の賃金上昇」(70.9%)に次いで69.0%と高く、コスト上昇による業績への圧力の高さが反映された。

原材料や輸送コストの高騰、エネルギーの供給途絶リスクの顕在化など、全世界でロシアのウクライナ軍事侵攻の影響を受けた様々なイシューを共有している点が、2022年度の課題の特徴として挙げられるだろう。

表:在バングラデシュ日系企業が抱える経営上の課題
順位 項目 回答率(%)
1 通関等諸手続きが煩雑 73.2
2 為替変動 72.6
3 原材料・部品の現地調達の難しさ 67.4
4 電力コスト・停電 65.2
5 調達コストの上昇 63.0

出所:「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」から作成

総選挙を前に懸念される、最低賃金の上昇

アジア・オセアニア全地域・全業種の共通の経営課題として、「従業員の賃金上昇」は70.9%で最多だった(2022年12月15日付ビジネス短信参照)。従業員の賃金に関し、バングラデシュにおける製造業の作業員の基本給月額(諸手当を除いた給与)の平均は127ドルで、前年度同様に調査対象中で低廉だった製造業のエンジニア(同268ドル)、マネージャー(同765ドル)も他国に対して競争力がある。一方、2021年度の前年比昇給率が6.9%、2022年度の予測が7.3%と、毎年の賃金上昇が進んでおり、今後一層、進出日系企業にとって事業運営上の障壁となる恐れがある。特に、輸出加工区(EPZ)内では最低賃金の内訳に、食事および通勤手当が含まれていないため別途支給する必要があり、さらに毎年約7.5%の昇給が義務付けられていることから、EPZ外の企業と比較してコスト高となっている、という声も多い(注2)。同国では、5年に1度の総選挙時に、最低賃金が上昇する傾向がみられるため、2024年初頭の次期総選挙前にどの程度賃金が上昇するかは注視を要する(注3)。

後発開発途上国(LDC)卒業に向けて

バングラデシュに進出している日系企業は、2023年1月末時点で330社を超えているとみられる(ジェトロ・ダッカ事務所調べ)。円借款を活用したODAによるインフラ案件に関連した進出が活発である一方、約1億7,000万人の人口による巨大消費市場に着目した、内需を狙う日系企業のアプローチも本格化しつつある。

さらに、近年はIT分野でも注目を集めており、2022年9月にはKDDIが支店を開設。日系IT企業による視察も相次いでいる。

バングラデシュには英語を話せるITエンジニアが多く、欧米から直接、オフショア開発などの業務を受注できることが強みとなっている。また親日的な国民性ゆえ、日本での就労意欲や日本語学習意欲の高いITエンジニアが多いことも、日系企業にとってのメリットといえるだろう。バングラデシュのIT人材育成体制の構築を目的としたICT(情報通信技術)人材育成事業や、日本バングラデシュIT協会による日系企業向け合同採用説明会の開催などの試みも見られ始めた。

2022年12月には、国際水準のインフラ環境を備える、同国で初めて日系企業が開発した工業団地「バングラデシュ経済特区(BSEZ)」が操業開始し(2022年12月9日付ビジネス短信参照)、今後の日系企業進出の加速に大きな期待がかかる。他方、上述したとおり投資環境には課題も多く、日バ双方による持続的な取り組みとして2014年以降、日本・バングラデシュ官民合同経済対話(Public Private Economic Dialogue:PPED)が重要なプラットフォームの1つとなっている。

2022年12月にはまた、バングラデシュとの経済連携協定(EPA)締結を検討する共同研究の立ち上げも発表された(2022年12月13日付ビジネス短信参照)。2026年に後発開発途上国(LDC)からの卒業が予定されており(2021年12月6日付ビジネス短信参照)、卒業後はLDC向けの関税優遇措置の適用対象外となるため、多くの進出日系企業に関わる衣料品の日本向け輸出への影響が懸念されている。バングラデシュにとって初となる、日本を含む2国間(または多国間)の自由貿易協定(FTA)交渉の行方やビジネス課題の改善には、今後一層注目が集まるだろう。


注1:
Diffusion Index の略。営業利益が「改善」する企業の割合から「悪化」する割合を差し引いた数値。
注2:
EPZ外では昇給率に関する規制はなく、CPIに応じて昇給を行うことが一般的。
注3:
「従業員の賃金上昇」は、バングラデシュでは2021年度の経営上の課題として2位(60.9%)だったところ、2022年度で改善されたというよりは、通関や調達コストなど他の課題がより際立っていたとの見方の方がより適当と考えられる。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
山田 和則(やまだ かずのり)
2011年、ジェトロ入構。総務部広報課(2011~14年)、ジェトロ岐阜(2014~16年)、サービス産業部サービス産業課(2016~19年)、お客様サポート部海外展開支援課を経て、2019年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
寺島 かほる(てらしま かおる)
オークションハウス、出版社編集部などを経て2021年7月から現職。