特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後フィリピン進出日系企業、2023年景況感は改善見通し
人材面で優位性高まる

2023年4月4日

ジェトロは2022年12月、「2022年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」を発表した。同調査結果に基づき、フィリピン進出日系企業の営業利益見通し、および営業利益見通しの悪化・改善理由を取り上げ、企業の経営環境を分析する。また、フィリピンが優位性を有する「人件費の水準」などを紹介するとともに、フィリピンでの労働力確保において今後重要性を高めると考えられる「サプライチェーンにおける人権に関する方針」について言及する。

ビジネスコストの上昇が企業経営にダメージ

2022年の調査結果に関して、フィリピン進出日系企業の業績見込みは力強さに欠ける結果となった。フィリピン進出日系企業の60.3%が2022年の営業利益見込みを「黒字」と回答しており、2021年の65.5%を下回った(図1参照)。

図1:2022の営業利益見込み(国・地域別)(単位:%)
フィリピン(有効回答企業数146)において、2022年の営業利益見込みを「黒字」と回答した企業の比率は60.3%、「均衡」と回答した企業は26.7%、「赤字」と回答した企業13.0%。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2022年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

2022年の営業利益見込みについて、フィリピン進出日系企業のうち、前年と比較して「改善」と回答した企業は35.2%だった(図2参照)。調査対象のASEAN諸国(以下、ASEAN)の平均43.8%より低い結果となった。「悪化」と回答した企業は30.3%。業種別にみると、製造業では「悪化」と回答した企業が40.7%で、非製造業の16.4%を大きく上回った。なお、景況感を示すDI値は4.9と、ASEANの中では国軍による権力掌握の影響が続くミャンマー(マイナス11.5)に次いで低い結果となった(図3参照)。

図2:2021年と比較した2022年の営業利益見込み(国・地域別)(単位:%)
フィリピン(有効回答企業数142)において、2021年と比較した2022年の営業利益見込みを「改善」と回答した企業の比率は35.2%、「横ばい」と回答した企業は34.5%、「悪化」と回答した企業30.3%。 うち、製造業(有効回答企業数81)では、「改善」と回答した企業の比率は33.3%、「横ばい」と回答した企業は25.9%、「悪化」と回答した企業は40.7%。非製造業(有効回答企業数61)では、「改善」と回答した企業の比率は37.7%、「横ばい」と回答した企業は45.9%、「悪化」と回答した企業は16.4%。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2022年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

図3:2022年、2023年のDI値(単位:ポイント)

2022年のDI値(国・地域別)
フィリピン(有効回答企業数142)における、2022年のDI値は4.9ポイント。
2023年のDI値(国・地域別)
フィリピン(有効回答企業数142)における、2023年のDI値は34.5ポイント。​

注1:カッコ内は有効回答企業数。
注2:DI値とは、Diffusion Indexの略で、「改善」すると回答した企業の割合から「悪化」すると回答した企業の割合を差し引いた数値。
景況感がどのように変化していくかを数値で示す指標。
出所:2022年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

営業利益の見込みが悪化する理由としては、管理費・燃料費の上昇や為替変動が理由の上位を占めた。為替変動を理由に挙げた企業の割合は、ASEAN全体の平均が32.2%であったのに対し、フィリピンでは48.8%と影響が特に大きかった。フィリピンペソの対ドル為替レートは、米国FRB(連邦準備制度理事会)など主要国の中央銀行などによる相次ぐ利上げを背景に、2021年は1ドル=49.25ペソ(期中平均)だったのに対し、2022年は1ドル=54.48ペソとドル高ペソ安が急速に進行した。2022年9月28日には、1ドル=59.02ペソと史上最安値を更新した。また、フィリピンでは消費者物価指数(CPI)上昇率も2022年2月以降、上昇傾向にある。ロシアによるウクライナ侵攻やサプライチェーンの混乱を受けて、燃料費や食品価格が高騰していることがその理由だ。2022年12月のCPI上昇率は前年同月比8.1%を記録。2022年1~12月のCPI上昇率平均は5.8%で、政府が目標範囲とする2~4%を超過する結果となった。

製造業では、上記の理由に加え、原材料・部品調達コスト、物流コストの上昇を理由に挙げた企業の割合も高かった。フィリピンの製造業は、生産に必要な物資の国内調達率が概して低く、輸入に依存している場合が多い。そのため、為替変動や物流コストの上昇が原材料・部品の調達コスト上昇に影響したと考えられる。加えて、円安の影響も見られる。今回の調査によると、フィリピン日系製造業は約9割が輸出をしており、うち約8割が日本向けに輸出している。2022年ペソの対円為替レートは、円安ペソ高が急速に進行した。そのため、円建ての取引の際に、急な為替変動によって利益が圧迫されるなど、円安の影響があった企業も多かったようだ。

一方、2023年の景況感見通しは、明るい兆しがある。営業利益見通しについて「改善」と回答した企業は47.2%、「悪化」と回答した企業は12.7%、DI値は29.6ポイント増加し、34.5まで回復する見込みだ。業種別にみると、製造業では41.5%、非製造業では55.0%の企業が「改善」と回答した。見通しが改善する理由としては、「新型コロナに起因する反動増」と回答した企業が30.8%、「新型コロナ行動制限緩和の影響」が23.1%と、新型コロナ関連の理由が上位を占めた。

また、製造業に限定すると、2023年の営業利益見通しの改善要因として「生産効率の改善」を挙げた企業は回答対象の45.5%となっており、ASEAN全体の平均である28.9%と比較しても大きく高い結果であった。

人材面に優位性を有するも、人材獲得競争に留意

所在国・地域のビジネス環境のうち、経営に良い影響(メリット)があるものを聞いた設問において、「人件費の水準」と答えた企業の割合がフィリピンでは48.4%と、ASEANの中ではミャンマーの48.8%に次いで高かった。過去10カ年度の調査結果に基づき、製造業・作業員の賃金水準(基本給・月給、ドルベース)をベトナムと比較すると、ベトナムは右肩上がりで上昇をしている一方、フィリピンではおおむね横ばいで推移していることが分かる(図4参照)。

図4:基本給・月額(製造業・作業員)の推移(単位:ドル)
フィリピンの基本給・月額(製造業・作業員)は、2013年248ドル、2018年220ドル、2019年236ドル、2022年248ドル。ベトナムの基本給・月額(製造業・作業員)は、2013年162ドル、2018年227ドル、2019年236ドル、2022年277ドル。

出所:海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)(2013年度~2022年度)

同職種の賃金水準について2022年度の調査結果は、フィリピンが248ドル、ベトナムが277ドルとなり、過去10年で初めてベトナムがフィリピンの給与水準を10ドル以上上回った。製造業の作業員クラスの人件費において、賃金上昇が比較的緩やかなフィリピンにおいて、賃金面での相対的な優位性が増してきていると見ることができる。その他の職種においても、ASEAN主要国(注1)の中で見ると、製造業・エンジニア、製造業・マネージャー、非製造業・スタッフでフィリピンの賃金水準が最も低くなっており、フィリピンの賃金面での優位性がうかがえる。

フィリピンの優位性は賃金水準だけではない。経営に良い影響(メリット)があるものについて、フィリピンでは「言語・コミュニケーションの容易さ」と回答した企業が77.4%、「自社が求める人材の雇いやすさ、従業員の雇いやすさ(一般ワーカー、一般スタッフ・事務員など)」が56.5%と、ASEANの中で最も高い割合になった。フィリピンでは英語が公用語である。国際教育機関EF Education Firstが2022年に発表した報告書によると、世界111カ国の英語力の国別ランキングでフィリピンは22位、東南アジアではシンガポールに次ぐ2位となり、世界的にも英語力が高い国とされている。そのため、言語面での障壁が少ないのがフィリピン人材の特徴の1つだ。

一方、労働市場については、2022年12月の失業率が4.3%であり、同年11月の4.2%から0.1ポイント高まったものの、過去17年間で記録的な低水準にある(政府通信社2023年2月8日付)。失業率は、2020年4月に過去最悪の17.6%を記録して以降、コロナ禍からの経済活動の回復に伴い、改善を見せている。特にソフトウェア企業からの需要が高い、IT人材に関しては、多国籍IT関連企業がフィリピンでの投資を拡大させていることもあり、人材獲得が困難となりつつある(ジェトロにおいて2022年7月に日系企業複数社よりヒアリングを実施)。高度な技能を要しない労働力の確保については、ASEANの他国と比較して引き続き容易であるものの、ITエンジニアをはじめとする専門人材の雇用を検討している場合には、フィリピン地場企業や欧米系の多国籍企業との人材獲得競争への参画を要する場合もあり、注意が必要だ。

サプライチェーン上の人権問題への意識高まる

人権問題を経営課題として認識する日系企業の割合は、フィリピンでは54.1%であった。2021年調査時の37.9%から16.2ポイント上昇し、5割を超えた。サプライチェーンにおける人権の問題について経営課題として認識理由については、顧客からの要求あるいは本社の方針とする回答が目立った。調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている割合は、フィリピンでは81.8%と調査対象国中、最も高い割合となった(図5参照)。本調査結果に基づくと、フィリピン進出日系企業は輸出型の企業が多い。2022年調査結果では、売上高に占める輸出の平均比率は55.9%であった。ASEANの調査対象国の中では、ラオスに次いで比率が高かった。世界でビジネスにおける人権配慮に注目が集まるようになる中、調達・輸出などグローバルなサプライチェーンを有するフィリピン進出日系企業においても、人権に対する課題認識が高まってきていると言えそうだ。

図5:調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への
準拠を求めている割合(単位:%)
調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている割合はフィリピン(有効回答企業数33)81.8%、インド(有効回答企業数52)78.9%、オーストラリア(有効回答企業数54)77.8%、ニュージーランド(有効回答企業数21)76.2%、マレーシア(有効回答企業数59)72.9%、インドネシア(有効回答企業数63)66.7%。

注1:カッコ内は有効回答企業数。
注2:人権デューディリジェンスを実施していると回答した企業が母数。
出所:2022年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

世界的なビジネスと人権への意識の高まりと連動し、フィリピンのビジネスシーンにおいても、人権尊重に対して注目が集まりつつある。ジェトロが2023年1月に人権状況を調査・モニタリングする政府機関、フィリピン人権委員会(Commission on Human Rights)へインタビューを行ったところ、ファースト・フィリピンやバンク・オブ・ザ・フィリピン・アイランズ(BPI)、ファースト・ジェン、GTキャピタル、PLDTなどのフィリピンの大企業において、ビジネスと人権を経営戦略の中核に組み込む動きが見られるという。例えば、これらの企業では、ジェンダー平等の観点を踏まえ、経営戦略策定を行う、ハラスメントからの被害者救済のために苦情処理の仕組みを整備するといった措置も導入されている。フィリピン人権委員会は、フィリピンの財界において人権尊重が重要なアジェンダとなりつつある、と話す。

フィリピン国内でのビジネスにおける人権尊重への機運が高まりつつある中で、フィリピン進出日系企業においては、これまで以上に人権デューディリジェンス(注2)を実施する必要性が高まる可能性がある。


注1:
シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピン。
注2:
企業が、自社・グループ会社およびサプライヤーなどにおける人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取り組みの実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課リサーチ・マネージャー
菊池 芙美子(きくち ふみこ)
2009年、ジェトロ入構。ジェトロ茨城、ジェトロ・ヤンゴン事務所(実務研修生)などを経て、2020年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。