特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向徐々に進むAI分野エコシステムの形成(イタリア)

2019年5月17日

欧州における人工知能(AI)関連企業の集積や取り組みについては、英国、ドイツ、フランスなどの先行が目立つが、イタリア北部の大学では研究が積極的に進められているほか、大企業を中心に、業務効率改善の取り組みや、イタリアが強いファッションの分野でのAI活用事例も見られている。政府による促進策や主要機関、企業事例を紹介する。

政府は先端技術導入支援の枠組みでAIを促進

イタリア政府の技術支援策については、AI対象のみに特化したものはなく、先端技術導入・新規投資を促進する支援策の対象に、AIも含まれる形となっている。先進的技術への資金流入を後押しするため、2019年予算にはベンチャーキャピタル(投資会社)による企業への投資額を高めるべく、支援ファンドの立ち上げが盛り込まれた。関連予算は2025年までの6年間で総額1億1,000万ユーロが計上されており、2019年~2021年の3年間は1年あたり3,000万ユーロ、2022~2025年の4年間は1年あたり500万ユーロを割り当てる。また、AIやブロックチェーン(注1)、モノのインターネット(IoT)技術の導入による産業競争力の強化のために2019年~2021年の3年で合計4,500万ユーロの予算が究開発支援、研究機関交流促進などの目的に充てられる。

企業向けの支援では、企業の投資を促す「ハイパー償却」と呼ばれる制度が導入されており、AI分野における投資についても適用が可能。減価償却を取得価額以上に認める制度で、経費計上により節税が可能となる。もちろん、日系企業も活用が可能だ。

また、銀行融資への信用保証の付与や利子負担により、中小企業における機械・設備投資および更新による生産性・競争力向上を後押しする「新サバティーニ法」の対象には、ソフトウエアやデジタル関連製品も含まれている。企業内の金融・保険事業など一部は対象外となるものもあるが、製造業・農漁業分野の中小企業が支援対象となっている。ただし、同法の優遇適用では、投資対象として外国製品よりもイタリアの国産品を優先するとの規定がある点は注意が必要だ。このほか、中小企業がデジタル変革のためのコンサルティング会社を利用する際に、返済不要の助成をバウチャーの形で支給するなどの助成策がある。

イタリアのAIの資源は北部に集中

また、国レベルの政策に加えて、地方自治体における取り組みも行われている。例えばエミリア・ロマーニャ州は、モデナ大学などと共同でAI・コンピュータビジョン(注2)センターの立ち上げを2019年3月に発表している。このセンターは、大学発のAI関連技術の事業化や企業への技術移転を促進する役割を担い、センター内にはコワーキングスペースなどを構えつつ、地域の企業と協力したAIの利活用に関する調査やトレーニングの実施、ハッカソンイベント(注3)の開催を実施していく計画だ。イタリアは地方自治色の強い国で、各自治体がその土地の事情を踏まえた産業育成を実施しているが、AIに関する独自の取り組みも今後さらに増大していくと考えられる。

エコシステム(注4)の一部を担う教育機関についても、全土のさまざまな大学でAIおよび関連分野のコースが開講されており、近年の新規開講も相次ぐなど、いささかブームの様相を呈している。大学評価サービスQSのランキング(注5)によれば、コンピュータ科学分野ではミラノ工科大学がイタリアの大学としては唯一、世界50位以内にランクインしており、イタリア国内では最高峰となっている。ミラノ工科大学は、人工知能に関するコースの提供のほか、インキュベーターの提供やコンテストの実施を行っており、同大学のスピンオフベンチャーからはAI活用企業も生まれている。例えば、AIを活用した複合材料加工ソリューションを提供するMOIコンポジッツは、2018年のイタリアにおけるイノベーション大賞において総合優勝を飾っている。


人工知能分野ではイタリアで先端を行くミラノ工科大学(ジェトロ撮影)

インキュベーター(注6)も、AIのエコシステムの一角を担う。例えば、イタリア北部・べネト州の有力インキュベーターであるH-Farmは、自然言語処理分野のAIサービス製品を提供する会社であるCELIを傘下に置き、サービスの提供のほかにも学術機関との提携を実施している。

企業の取り組みも大企業が主導、大学発アイデア・技術にも期待

関連メディアも、エコシステム形成に寄与している。出版を含むデジタルマーケティング関連サービス提供会社のデジタル360は、AIを含むデジタルイノベーション分野における主要企業の最高情報責任者(CIO)を審査員としたコンテストを開催している。2018年の同コンテストのAI分野では、インフォソリューション社の「DA-RT」という無人車両用情報システムが受賞した。病院における寝具移動から海洋探索潜水機器にいたるまで、無人自動車両の移動に関するAIソリューションを提供している。また、デジタル360は「ユニバーシティ・ツー・ビジネス(UNIVERDITY2BUSINESS)」というプラットフォームを運営しており、学生と企業の結び付けを図っている。同プラットフォーム内では、例えば「ディスラプター(破壊的)チャレンジ」(注7)という、未来の破壊的ビジネスイノベーションのアイデアに関する学生ビジネスコンテストが実施されており、若者からの新たなビジネスアイデアの創出を支援。エネル、ゼネラリなどのイタリア大手企業などが運営に協力している。

企業でのAI利活用も、一部の大企業を皮切りに始まりつつある。電力大手エネルでは、イタリアのスタートアップのIGeniusのAIを導入し、社内業務でのデータ取得の簡易化・高度化を推進している。利用者が音声入力つまり、しゃべった内容に対応したデータを分かりやすく視覚化して表示するシステムだ。プラントにいる現場社員からマネジメント職にいたるまで、手持ちの携帯端末からこのシステムへのアクセスでき、簡易に、即時性をもって、資料などへの活用ができるよう加工されたデータを取り出せるようにしている。また、このシステムは世界中で使用され、多言語に対応することが想定されており、話者がどの言語を使用しているのかの認識には機械学習が活用されている。このほか、BtoC企業の例では、アパレルオンライン通販のユークスがソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)上で流行を発信する、インフルエンサーが投稿する画像やテキストやオンライン・マガジンの記事を自動で認識し、「最新」のトレンドを把握し、服飾デザインに生かす取り組みを実施している。

公的機関でも、特に、セキュリティー分野などでAIの採用が始まっている。イタリアの警察組織は、マフィア対策のために犯罪抑止や危険人物・行動の特定に以前から注力しているが、これにもAIの導入を進めている。例えば地域警察や軍警察が、テキストマイニング(注8)や画像解析でのAI導入により、効率的な犯罪抑止や被疑者の特定を行っている。

日系企業では、NTTデータの子会社NTTデータイタリアの積極的な取り組みが目を引く。同社は、イタリア携帯通信最大手のTIMと、第5世代移動体通信規格(5G)を活用したAIと仮想現実(VR)の統合プロジェクトでの協力計画を、2019年2月にスペイン・バルセロナで開催されたモバイルワールドコングレスで発表した。特に、バーチャル観光サービスの開発に注力する。また、イタリア各地の大学との連携を実施しており、人材、先端研究、大学からのスピンオフ企業やスタートアップ創業者へのアクセス性を確保するなど、本分野において積極的な事業展開を図っている。


注1:
ネットワークにつながった複数のコンピュータデバイス(ノード)で取引情報を記録・共同管理する分散型デジタル台帳技術。
注2:
コンピュータによる画像や動画認識。
注3:
ソフトウエアなどのエンジニアリング行為を意味する「ハック(Hack)」とマラソンを組み合わせた造語で、エンジニア、デザイナー、マーケティング担当者などがチームを作り、短期間でサービスやシステムを開発し成果を競うイベントのこと。
注4:
元々は生態系の用語。関連企業、組織、技術が互いに連携、依存しながら成長するその環境のこと。
注5:
学術界での評判、卒業生に対する雇用主の評価、論文の引用数などを基に評価。
注6:
スタートアップ企業の成長を支援する機関。
注7:
「破壊的」とはイノベーションの概念で用いられる言葉で、既存事業を継続的に改良していくのではなく、イノベーションにより、既存事業の枠組みを破壊し、構造改革を起こすことを指す。
注8:
数値データではなく、文字列のデータを解析し、一定の規則性など有用な情報を抽出すること。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所 ディレクター
山内 正史(やまうち まさふみ)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ青森などを経て2014年8月より現職。