特集:AIを活用せよ!欧州の取り組みと企業動向2017年のAIスタートアップ企業への投資額は前年比4倍に(フランス)
フランスの人工知能(AI)促進の取り組み(2)

2019年5月17日

「国家主導でAI開発に取り組む」(2019年5月17日付記事参照)に続く2回シリーズの後編。本稿では現地企業や日系企業のAI取り組み事例を紹介する。フランスに人工知能(AI)研究拠点を持つ企業は増加傾向で、ビッグデータ、モノのインターネット(IoT)などのAIスタートアップ企業への投資額は前年比4倍で、欧州では英国に次ぎ2位となっている。

企業のAI研究拠点は増加傾向

フランスは伝統的に数学、情報工学など理工系の基礎研究が盛んで、AI分野でもこれまでにヤン・ルカン(フェイスブックAI研究所創設者)、ジャローム・ペサンティ(フェイスブックAI部部長)、エマニュエル・モジェネ(グーグル欧州AI研究所前所長)、オリビエ・ブスケ(グーグルAIパリ研究所所長)、リュック・ジュリア(アップルSiri開発者、現サムソン米国イノベーションセンター副所長)の各氏ら、優秀な研究者が輩出している。

パリ首都圏には、エコール・セントラル、エコール・ポリテクニーク、パリ国立高等鉱業学校、エコール・ノルマル・シュペルユール・カシャン校、パリ第6(ピエール・エ・マリー・キュリー)大学、テレコム・パリ・テック(旧フランス国立高等電気通信大学)など高等教育・研究機関が集中しており、数学、統計学、情報工学で高度教育を受けた高学歴取得者の数が多い。EU統計局(ユーロスタット)によると、IT関連分野で高等教育を受けた人の数は、英国が87万6,000人、ドイツが65万人、フランスが62万人だが、都市・地域圏別にみると、フランスのイル・ド・フランス圏は28万4,000人で、ロンドンの27万5,000人を上回る。ここ数年、海外のIT企業を中心にAI関連研究所の新設や既存施設の増強の動きが目立つ(表参照)。

表:フランスにAI研究拠点を持つ主な企業リスト
研究所 会社 設立年 人員数 主なプロジェクト
Sony CSL Paris ソニー(AV機器) 日本 1996 14人 インタラクティブな音楽作成、自己組織型言語コミュニケーションなど
RIT Paris 楽天(Eコマース) 日本 2014 5人 機械学習、ディープラーニング、自然言語処理
Huawei MASL ファーウェイ(IT) 中国 2014 80人 ICT分野に革新をもたらすアルゴリズム開発
Fair Paris フェイスブック(IT) 米国 2015 30人 画像認証、文章判別、ラーニング機能など。2018年に投資計画(1,000万ユーロ)を発表。研究者の数を2022年までに60人まで増員。人材育成に向け4つの大学で奨学金支給。
SAFRAN ANALYTICS サフラン・アナリティクス(IT) フランス 2015 n.a. ビッグデータ
Valeo.ai バレオ(自動車部品) フランス 2017 100人 ディープラーニングの自動車への活用
Factolab ミシュラン(タイヤ) フランス 2017 n.a. 製造工程におけるコラボレーション、ロボットの開発など
MSR - INRIA マイクロソフト(IT) 米国 2007 100人 医療画像認証、機械学習、ビッグデータなど。マイクロソフトとINRIAの共同研究拠点。
NAVER Labs ネイバー(IT) 韓国 2017 80人 自動運転、ロボティクス
Fujitsu Center of Excellence 富士通(IT) 日本 2017 15人 機械学習、ディープラーニング、自然言語処理
Criteo Labs クリテオ(デジタル広告) フランス 2018 n.a. 2,000万ユーロを投資してR&D拠点をパリに設置。ディープラーニング・モデルの開発。
IBM France Lab IBM (IT) 米国 2018 200人 AIシステムの開発。2019年までに400人に増員する計画。
Samsung Research サムソン(IT) 韓国 2018 100人 IoT、自動運転
Google Lab グーグル(IT) 米国 2018 15~20人 環境、医療、文化・芸術におけるAIの活用

出所:各社サイトよりジェトロ作成

企業と公的研究機関などの連携も

企業は公的研究・高等教育機関と連携し、研究プロジェクトを共同運営しているところが多い。また、研究プロジェクトに学生や研究生を受け入れることで、デジタル人材の育成にも貢献している。

  • フェイスブックとINRIA
    米国フェイスブックは、2015年からフランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)と共同研究を行っているが、2018年1月に1,000億ユーロの追加投資を決定した。フェイスブックAI研究所(FAIR)の人員を30人増やし、2022年までに60人に増員する。また、フランスのAI研究開発エコシステム拡充に向け、INRIAをはじめとした学術研究機関から学生や博士研究員に奨学金を支給し、FAIRに受け入れることで連携を強化する。FAIRに受け入れる、研究による産業教育協約(CIFRE:博士課程の学生が博士論文作成に当たり企業で研究を行う制度)を持つ博士研究員の数を2022年までに30人から40人に増やす。数学、物理、コンピューター工学、システムエンジニアリングなど幅広い分野の学生・研究員に対する奨学金を支給し、さまざまな分野の学生にアクセスを広げる。
  • 富士通とINRIA、エコール・ポリテクニーク
    富士通は2017年3月、フランス政府との連携でフランスのデジタル革新を支援するイノベーション・プロジェクトを立ち上げ、新サービスの開発や新技術の獲得などに5年間で5,000万ユーロを投資することを発表した。INRIAとの共同研究を、2017年から開始した。先端の数学と情報工学をベースに、AIの新たな学習機能を開発する。また、科学イノベーション・クラスターであるパリ市近郊サクレーにある理工系グランゼコール「エコール・ポリテクニーク」の研究施設内に、センター・オブ・エクセレンス(CoE)を設立した。CoEでは研究より事業、とく保険、小売業向けソリューションの開発に力を入れる。エコール・ポリテクニークの優秀な学生や同施設に入居するスタートアップ企業に、実ビジネスに基づいた研究や商談に関わる機会を提供するなど、デジタル人材の育成にも力を入れる。

官民でAIスタートアップ支援

フランスでは政府のスタートアップ支援策「フレンチテック」を背景に、イノベーション・エコシステムが充実しており、フランス国内のスタートアップ企業数は1万社を超え、パリ市の年間の起業数は1,500社と欧州最大を誇る。政府は有望なスタートアップ企業を「フレンチテック」としてラベリングし、総額2億ユーロのアクセラレーター基金を創設してスタートアップ企業を支援する民間アクセラレーターへの資金援助のほか、世界22都市に海外拠点を設置、優秀なスタートアップの海外展開と国内誘致の双方向で支援する。

2017年6月には、約1,000社のスタートアップが入居する世界最大級の民営スタートアップ・キャンパス「ステーションF」がパリ市内に開設した。米国IT企業(アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト)のほか、フランス大企業(LVMH、BNPパリバなど)のパートナー企業が人工知能、フィンテックなどIT分野で28のスタートアップ・プロジェクトに投資、運営している。


2017年6月にパリ市内に開設された世界最大級の民営スタートアップ・キャンパス。
およそ1,000社のスタートアップが入居する。(ジェトロ撮影)

ステーションFにおけるAIスタートアップ支援の例として、マイクロソフトがAIエコシステムの構築に向けて2017年7月、INRIAと共同でスタートアップ企業支援プログラムを設置した(AIファクトリー)。審査によって選考されたスタートアップ企業を、ステーションFでマイクロソフトが保有するスペース内に1年間入居させ、同企業へのメンタリング(注1)、マイクロソフトとINRIAの研究員による協業、共同マーケティング、共同販促活動などのサービスを提供する。現在では27企業を支援している。

AIスタートアップ企業への投資額は欧州で英国に次ぎ2位

フランスの投資会社セレナ・キャピタルの調査によると、フランスにおける2017年のAIスタートアップ企業への投資額は前年比約4倍の4億3,800万ドル。欧州では英国(7億8,200万ドル)に次ぎ2位。2017~2018年はダタイク、シフト・テクノロジー、カルレー、アクティリティなどのスタートアップ企業が、シリーズCラウンドで大型資金調達に成功した。主なAIスタートアップ企業は次の通り。

  • ダタイク(DATAIKU)
    2013年に起業。ビッグデータ分析ソフトの開発。米国、アジアに事業展開する。パリ、ニューヨーク、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールに支店を置く。従業員数は200人を超える。2018年12月、1億ドルの資金調達に成功。顧客にゼネラル・エレクトリック(GE)、ロレアル、エシロールなど。米国「フォーブス」誌が発表した2018年の「従業員が選ぶ最も働きたいビッグデータ企業」の1つに選ばれた。
  • シフト・テクノロジー(SHIFT TECHNOLOGY)
    2013年に起業。インシュアテック開発に特化。2017年10月、2,800万ドルの資金調達を実施した。米国本社をボストンに開設。アジア、日本にも進出している。2018年4月、三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険と提携、保険金支払いデータのAI解析で保険金業務高度化を図ることを発表した。
  • カルレー(KALRAY)
    パリに本社を置くファブレス(工場を持たない)の半導体メーカーで、メニーコアプロセッサー(many core processor)などを開発。本社はグルノーブル。2018年6月の上場の際、4,400万ユーロを調達した。
  • アクティリティ(ACTILITY)
    2010年に起業。IoTに必要な省電力広域ネットワークLPWAN(Low Power Wide Area Net-work)を利用したインフラ領域のソリューションを提供。2017年4月、7,500万ドルの資金調達に成功した。
  • クァントキューブ(QUANTCUBE)
    2013年に起業。AI・ビッグデータ技術を活用し、リアルタイムで経済関連指標(経済成長率、株価、コモディティなど)の予測、分析を行うフィンテック関連企業。投資家向けのポートフォリオ、金融商品の提案を通じて、超過収益を獲得するための投資戦略の策定が可能となった。システム開発に関しては、フランス原子力・代替エネルギー庁(ADEME)、INRIA、フランス国立航空宇宙開発研究所(CNES)と提携している。従業員は約20人。2018年6月、シリーズAラウンドで500万ドルを調達した。
  • プロフェシー(PROPHESEE)
    2014年に起業。イメージセンサー(撮影センサー)を開発。ロボティクス、自動運転車、産業機器、電子機器などの分野に応用が可能で、モノを視覚的に認識する際、動いたピクセル部分のデータのみを捉え解析するため、高効率となる。従業員は約60人。2018年2月、シリーズBラウンドで1,900万ドルを調達した。
  • プレビジョン・ポワン・イーオー(PREVISION.IO)
    予測モデル構築のマシンラーニング(注2)システムを開発するフランスのスタートアップ(フィンテックや産業向け)。従業員数約25人。2016年に設立。ステーションF内でマイクロソフトのコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)にインキュベート(支援・育成)されている。フィンテック分野では不正検知、ローン返済、クレジットスコアリングなどに応用が可能。
  • ファイナルキャド(FINALCAD)
    建設業界向けに、モバイルアプリと予測分析サービスを開発する。海外30カ国で700以上のプロジェクトへの導入実績を有し、ユーザー数は世界で10万人を超える。アプリ「FinalCAD」は、ビル建設業者および関連業界の労働者が作業を最大限の効率性で推進できるようサポート。技術者の技能を動画による共有、日々の作業関連諸データの蓄積・管理、プロジェクトごとのデータ管理などの機能を有し、現場で入力された作業関連諸データを収集し、データの解析結果を関係者への共有配信することで労働時間の短縮、作業効率のアップを実現する。本国フランスのほか、英国、シンガポールに続く、同社4番目の拠点となる日本法人ファイナルキャド・ジャパンを東京都に設立した。 2018年6月から、建設企業へのトライアル実施や導入サポート、営業、マーケティングの拠点として活動を開始している。第7回フレンチビジネス大賞のフレンチテック東京賞を受賞。

医療関連AIスタートアップ企業

  • セラピクセル(Therapixel)
    2013年に設立。INRIAの研究者が創業した。マンモグラフィーを使った乳がん検出ディープ・ラーニング(注3)モデルの開発。2017年に米国IBMリサーチなどが開催したデジタル・マンモグラフィーのコンテストで最優秀賞に選ばれた。2020年末までの商品化を目指す。
  • カーディオログ(Cardiologs)
    心臓疾患を検知するディープ・ラーニング・モデル開発。エンジニア系エリート養成機関エコール・ポリテクニーク・パリで情報工学とバイオロジーの学位を取得したヤン・フラロー氏が2014年に設立。フラロー氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)が選んだ2018年の欧州における「35歳未満のイノベーター35人」に選ばれた。
  • テラパナセア(TheraPanacea)
    2017年に設立。INRIAの研究者が起業。がん治療(免疫療法、放射線療法)の効率性、安全性を強化するモデルを構築した。2018年のパリ首都圏の人工知能コンテストで優秀賞を受賞。

注1:
専門家(経験・知見がある人)からの専門的コンサルテーション・アドバイス。
注2:
プログラムによらず、機械自体が物事を理解、判断する精度を高めていくこと。人間の学習の仕組みを機械が実装すること。
注3:
機械が物事を理解するための学習方法で、人間の神経をまねてつくったネットワークを構築し、大量のデータのどこに注目すべきか、最適なデータの重み付けを自ら判断し、学習して、データに基づいた、より精度の高い分析や判断を可能としていくもの。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。