勢い増すアジアのスタートアップ・エコシステム最前線デジタル経済で飛躍、政府も米国と連携しつつ支援着手(ベトナム)

2024年3月22日

ベトナムのスタートアップ投資は2021年に14億4,200万ドルに達した(図1参照)。投資件数165件とともに、過去最大を記録した。世界知的所有権機関(WIPO)が公表するGlobal Innovation Index(2023年版)では、イノベーションの国際的評価として、全世界132カ国中46位の位置を占める。2013年の76位から大幅に評価を伸ばしたことから、「トップクライマー(Top Climber)」のうちの1カ国と称される。

図1:ベトナムのスタートアップ関連投資の推移(2014~2022年)
ベトナムにおけるスタートアップ関連投資は、件数・金額ともに、長期的な増加傾向を示す。2014年には21件、4,600万ドルだったところが、2022年には134件、6億3,400万ドルにまで伸びている。

出所:「Vietnam Innovation & Tech Investment Report 2023」、ベトナム計画投資省(MPI)傘下の国家イノベーションセンター(NIC)、地場ベンチャーキャピタルのドゥー・ベンチャーズ(Do Ventures)作成

2022年は世界経済の減速に伴ってスタートアップ投資は大幅に減少したが、ベトナム政府はイノベーション推進に積極姿勢を崩さない。国会が策定した「社会・経済発展計画(2021~2025年)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでも、イノベーションが経済成長のベースに位置付けられている(注1)。

日本との関係では、経済産業省やジェトロと共同で、イノベーションを後押しする「Inno日ベトナム・ファストトラック・ピッチ2023」を2023年11月3日に開催した(ジェトロ・トピックス参照)。人工知能(AI)技術の導入や脱炭素の推進〔電気自動車(EV)やカーボンクレジット取引〕などの事業課題に対し、スタートアップが解決策を提示するピッチを行い、評価された提案は今後の事業化が検討されている。

倍成長遂げるデジタル経済を取り込む動き加速

Crunchbase(2023年12月30日時点)によると、ベトナムに356社ものスタートアップが操業している(注1)。同じ基準で集計すると、ASEAN域内ではシンガポール(2,367社)とインドネシア(853社)、マレーシア(487社)に次ぐ規模で、フィリピン(256社)やタイ(245社)を上回る。資金調達のステージとしては、シード(資金調達額目安が100万ドル以下)が278社と大多数を占める。こうした集積が奏功し、2021年にはオンラインゲームのSkyMavisと電子決済のMomoが企業評価額10億ドル以上に達し、これまで4社のベトナム発ユニコーンが誕生している(表1参照)。

表1:ベトナム発ユニコーンの概要
企業名 創業年 事業領域 資金調達
ステージ
事業概要
VNG 2004年 オンラインゲーム、SNS、電子決済 不明 国内のゲーム市場を席巻。これまで20以上の人気ソフトを輩出。
M_Service
(サービス名:Momo)
2007年 電子決済 シリーズE スマートフォン向け決済サービスを提供。国内の資金送金のほか、オンラインゲームや航空券などの購入が可能。国内銀行24行や海外決済システムと提携。2021年、みずほ銀行が150億円(報道ベース)を出資。
VNPAY 2007年 電子決済 不明 国内でモバイル決済や携帯電話料金の支払いなどの金融サービスを提供。多くのベトナムの銀行、通信会社、eコマース事業と提携。
SkyMavis 2018年 オンラインゲーム シリーズC 分散型台帳に基づくブロックチェーンゲーム「Axie Infinity」を手掛ける。

注:スタートアップの資金調達には、起業時のシードラウンド、その後1回目の資金調達を「シリーズA」、2回目を「シリーズB」、3回目を「シリーズC」と呼んでいく。シリーズB以降は、資金調達額の目安1,000万ドル超~2,000万ドル程度となり、安定的な収益を出せるようになった段階での資金調達とみなされる。
出所:Crunchbaseと報道資料から作成

ベトナムのエコシステムの特徴として、国内市場を志向するスタートアップが多い。ジェトロが2023年2~3月に地場のスタートアップに実施したアンケートによると、投資家向けの説明で最も強調するポイントとして、「ベトナム地場の課題に対するソリューション」(回答比率37.2%)、「巨大な成長を見込める市場性」(23.3%)との回答が多い(2023年12月27日付地域・分析レポート参照)。世界銀行によると、ベトナムのインターネット普及率は79%に上る。これは高中所得層の国・地域平均の76%を上回る。2023年に人口が1億人を突破したベトナムのインターネット人口は約8,000万人と推計され、全世界で12番目に多い国だ。グーグルなど(注2)は、ベトナムのデジタル経済が2025年までに140%成長(2021年比)を遂げるとの見通しを立てている。

こうしたデジタル経済の成長を取り込むべく、「電子決済」「小売り」「金融サービス」への投資が活況を呈している(図2参照)。前述のとおり、これら分野では既にユニコーンが誕生している。新しいトレンドとしては、「ヘルスケア」「教育」に投資が広がる。このトレンドには、ベトナムで第3世代と呼ばれる地場系のベンチャーキャピタル(VC)の台頭が背景にあると国家イノベーションセンター(NIC)は指摘する(取材日:2023年12月21日)。第1世代(2004~2011年)はオンライン取引やメディア・広告、第2世代(2012~2019年)は特定の産業に限らずに幅広く投資してきたのに対して、第3世代は「目的(purpose)主導」で、ヘルスケアや教育、グリーンといった分野に注力しているという。前出の2022年のスタートアップ関連投資件数(全134件)のうち、第3世代のVCが参加した2022年の投資件数は36件で、前年の24件から5割増を記録する。また、金額ベースでも、ベトナムのスタートアップ投資額全体の27%を占め、存在感が増している。

図2:ベトナムのスタートアップ投資額
(分野別、2018~2022年、上位8分野)
2018年から2022年までにベトナムのスタートアップ投資額を分野別にみると、小売が10億5,600万ドルで最大。決済サービスが9億8,100万ドル、金融サービスが3億4,300万ドルと続く。その他、ゲームや教育、自動化、ヘルスケアなどにも投資がみられる。

出所:図1に同じ

米国とも連携、IT人材大国へまい進

ベトナム政府の取り組みは「2025年までのスタートアップ・エコシステム支援プロジェクトに関する首相決定」(2016年公布、844号)が軸となる。同決定では、2025年までに600社のスタートアップと2,000件の関連プロジェクトの創出を掲げている(2018年9月14日付地域・分析レポート参照)。この実現のため、2019年には計画投資省(MPI)の傘下に、国家イノベーションセンター(NIC)が設立された。

NICは科学技術省などの関係機関と連携しつつ、スタートアップと投資ファンドや企業、教育・研究機関とつなぐ役割を果たす。ハノイ市内のカウザイ地区と同市郊外のホアラックに拠点を有しており(2023年11月10日付ビジネス短信参照)、入居する事業者には税優遇や行政手続きなどで各種支援を提供する(表2参照)。NIC副所長のボー・スアン・ホアイ氏はベトナムのエコシステムの発展状況について、米国や日本などの外資系VCに加え、地場系VCによるスタートアップ投資も拡大傾向にあると指摘する(取材日:2023年12月21日)。

表2:NICに入居する事業者への支援策
項目 対象 内容
ビザ 外国籍かつNIC入居事業者の従業員、起業支援を行う者、その家族 複数回入国可能なビザの取得、同取得に際してNICの支援を受けることが可能。
登記 NIC入居事業者
  • 有効な登記申請を提出した1営業日以内に手続きが完了可能。
  • 産業財産権の登録手続きで優先的に扱われる。
税優遇 ホアラック・ハイテクパーク内のNIC入居事業者
  • 法人税は30年間10%に据え置き。
  • 9年を超えない範囲で課税対象全体の50%を控除。
  • 生産活動の開始から5年間、原材料や部材などの輸入税を免除。
入札 NIC入居事業者
  • 入札要件を複数免除。
    (例:入札資格、実施能力、財政基準実績)
  • 物品契約で国内コンテンツ要求上の条件を緩和可能。

出所:「政令94/2020/ND-CP」(2020年8月21日公布)

ベトナムの強みの、スタートアップに携わるIT人材の育成にも専念している。MPIは2023年10月、グーグルと共同で、学生4万人に奨学金を供与するプログラムを発表した(注2)。先端データ解析やサイバーセキュリティーなどの先端技術を専攻する学生らが対象となる。また、同年9月にジョー・バイデン米国大統領がベトナムに訪問した際には、米国国際開発庁(USAID)が主導し、2030年までにベトナムが高中所得国となるよう、デジタル経済で活躍可能な人材を育成するため、約1,500万ドルの支援が約束された(注3)。同支援には、NICと連携し、イノベーションに貢献する人材開発を行うことが盛り込まれている。

ベトナムのエコシステムの特徴について、「東南アジアにおけるイノベーション創造活動に関する調査」(ジェトロ・シンガポール事務所実施、2022年8月発表)では、「コンシューマードリブンイノベ―ション」と表現されている。海外で既に浸透したビジネスモデルを基に国内市場を志向する、いわゆる「タイムマシン型」が目立ち、破壊的なイノベーションやユニコーンが登場しづらいという課題が地場系スタートアップからも指摘されている(2021年4月27日付地域・分析レポート参照)。他方で、エコシステムの途上段階でも、ベトナム発のイノベーションが登場しつつあるとの指摘もある(2021年4月27日付地域・分析レポート参照)。政府支援や豊富な人材を追い風に、他国の発展したエコシステムに肩を並べられるかがベトナムのカギを握る。


注1:
スタートアップの社数については、調査機関によって相違がある。例えば、アジア開発銀行(ADB)は約3,000社のスタートアップがベトナムに所在しているという調査を紹介している〔アジア開発銀行(ADB)資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.56MB)〕。
注2:
「e-Conomy: SEA 2023」、グーグルとテマセク(TEMASEK)、ベイン・アンド・カンパニー
注3:
計画投資省(MPI)プレスリリース(2023年10月28日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注4:
米国政府プレスリリース〔2023年9月10日付ホワイトハウス発表2023年6月付国務省発表資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(432KB)
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。